科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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お久しぶりです。またぼちぼち更新をしていきたいと思います。よろしくお願いします。


ep.35 9月20日-6

 

 

 御坂の前方、10メートルも無い。その位置に、意識を無くしベンチに座らせられた初春飾利と、その彼女の首元に鋭利なナイフを突きつけるフードで顔を隠す長髪の少女。

 

 そしてこちらは50メートルは離れているだろうか。そこに、同様に意識を失った御坂美鈴(ははおや)と、これまた同じくナイフをちらつかせているフードを被る人影。こちらも顔は見えないが、髪型やシルエットから判断するにこれも女性の形をしているようだ。

 

「さてさて、流石の第3位でもこの距離の2人を同時に助け出すなんて無理っしょ? さっさと『妹達(シスターズ)』について口を割った方がいいと思うんだけどなあ。クローンの居場所とこの2人の命なんて比べるまでも無いじゃんねー?」

 

 ――――病院前で勇斗と別れ、婚后の髪についていた蚊型ロボットの電波を辿り、その先で『暗部』のものと思しき巨大カマキリロボットを叩きのめし(物理)、その操縦者を追い掛けていた御坂を呼び止めたのが、このフードを被ったアヤシさ満点の少女だったのだ。

 

 この少女は、初春と美鈴を人質に『妹達(シスターズ)』についての情報を御坂に要求した。目的は依然として不明なまま、「暗部の情報網を駆使しても全く見つからない」と一言。「暗部の情報網を駆使して」まで、一体何故執拗に『妹達(シスターズ)』を追い求めるのか。

 

 ――――いや、一応の見当はつかないわけではない。ただのクローンには無くて、『妹達(シスターズ)』というクローンにだけある唯一性(ユニークさ)。御坂美琴という複製元(オリジナル)には無くて、複製体(コピー)にのみ存在する独自性(オリジナリティ)。――――同一脳波を持つ、電気系統の能力者だからこその産物、『ミサカネットワーク』。何のためなのか、はわからないが、何を、の部分は恐らくそれで合っているはずだ。

 

「さあさあ早く。学園都市に残ったクローン、どこに匿ってるか教えてよっ」

 

「…………アンタに教えることなんて、1つも無いわ」

 

「あれあれ、ハッタリだと思っちゃったのかな? それとも、自分1人でこの状況をどうにかできるとでも思っちゃったの? もしくは、どっちか見捨てちゃったり?」

 

 ――――ところで、こんなことを知っているだろうか。電荷を持った粒子が移動するとその周囲には円形の磁場が発生し、磁力が生じる。大分ざっくりした言い方にはなるが、このように粒子や物体の移動はその周囲に何かしらの影響を及ぼす。微弱な力であっても例外ではない。人体や、地球のような天体すら貫通するニュートリノでさえ、水中を通過する際には痕跡を残す。もちろん微弱なものであるから、それ相応の感知能力が必要になるけれども。

 

 視点を変えよう。御坂の持つ能力『超電磁砲(レールガン)』は、電気系統能力の最高峰だ。そして電気系統能力者は、本来なら不可視のものであるはずの電子線や磁力線を可視の物として捉えることができる。つまり、見方によっては優秀な感知能力を持っていると言っても過言ではない。

 

 他にも、超能力者(レベル5)の第1位一方通行(アクセラレータ)は、本来なら不可視のものである放射線や紫外線を探知して反射することができる。これだって、優秀な探知能力を持っていると言える。

 

 微弱な力を分析できるだけの所持能力の性質と、演算力。それらを兼ね備えた高位の能力者の中には、優れた直感(サイドエフェクト)を持つ者が存在する。ほんのわずかな力の余波を、直感という形で感じ取っているからだと言われている。

 

 まあそんな戯言は置いておくことにして、ともかくその時御坂は、『それ』を感じ取った。感覚的には、第4位と死闘を繰り広げた時にその横にいた、そして昨日のレストランで勇斗と共にいた、ピンクジャージのあの少女が能力を使った時のそれに似ている。――――移動するAIM拡散力場が周囲の電磁波を押し退けた時に撒き散らす、微弱な微弱な感覚。周囲に人がいなかったことが功を奏した。知覚を妨害するノイズが少なかったからこそ感じ取れた、その感覚。

 

「私は……、初春さんを助けるわ」

 

 その言葉と共に御坂は磁力の網を伸ばし、ベンチごと初春を自分の元に引き寄せ、そしてそれと入れ替わるように前に出る。迸る閃光の電圧が爆発的に上昇した。

 

「――――だから勇斗。ママの事は頼むわよ」

 

 呟いて、御坂は立ち尽くす人影に電撃を叩き込む。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「うおーマジかー!?」

 

 手で(ひさし)を作った格好で、半分以上本気の驚いた様子で、少女――――『警策(こうざく)看取(みとり)』は声をあげた。完全に予想外な行動だったのだ。母親と親友という絶対的な2択を吹っかければ、『あの』御坂美琴なら絶対に妹達(シスターズ)の情報について口を割ると思っていた。

 

 最大の援軍になるだろう千乃勇斗は病院に留まっていたのは確認している。空間移動能力者(テレポーター)の後輩とは連絡を取っていないという事も確認済みだ。つまり、援軍をアテにしているというのとは違うはず。ということは、御坂美琴は本当に母親を見捨てた? ――――いや、暗部の本気というものを舐めているだけか。超能力者(レベル5)を敵に回すような真似をするはずがない、とか何とか思っているのだろう。

 

「……残念だけど、そうならそうでケジメってモノをつけてもらわないとね」

 

 『警策』はそう呟いて、ナイフを振りかぶる。

 

「悪いんだけどねおかーさん。この街ってこういうところもあるからさ、ダメならダメでそれなりの報いってのを受けてもらわないといけないわけよ」

 

 絶対能力進化(レベル6シフト)計画をうまく切り抜けたことで調子に乗っちゃっているのかもしれない。そういう『悪い子』にはオシオキが必要だ。

 

「恨むんならあなたを見殺しにした美琴ちゃんを恨んでちょーだいね!」

 

 真っ直ぐにナイフを振り下ろす。ターゲットは止まっているし、自分も暗部の人間としてナイフの扱いについて訓練をした。急所を貫き、治療のための時間も与えずに即死させることなど容易い。娘が“痛みを感じない人形”の相手をしている間に、サックリ殺して逃げてしまおう。

 

 ――――しかし、彼女の振り下ろしたナイフは宙空で動きを止めた。これは……指か? つい一瞬前まではいなかったはずの人間の人差し指と中指が、ナイフを挟んでいる。全く動かない。万力か何かで挟んでいるかのように、びくともしない。

 

「ったく……、どいつもこいつも好き勝手暴れてやがるせいでいっつも俺はこんな役回りなんだよねえ。別にいいんだけどさ」

 

 その人影がそんなことを呟いて、次いでナイフがいとも容易く折り砕かれる。

 

「ま、つーこって。裏でコソコソやってようが必ず見つけ出してブッ飛ばすからそのつもりでね、向こうにいる(・・・・・・)誰かさん(・・・・)

 

 その言葉と共に、目の前の人影――――少年が、踏み込む。地面のアスファルトを割り砕く程の踏み込み。背から伸びる翼が閃光のように煌めき、そして『警策』の体に突き刺さる右の拳の途轍もない衝撃。彼女の体が弾け飛び、視界が一瞬でブラックアウトした。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 御坂の視線の先で、瞬間移動(テレポート)でもしたかのように突然美鈴の前に現れ、振り下ろされたナイフを指で挟んで止めるという曲芸じみた方法で彼女の身を守った勇斗。そんな彼が、ナイフを折り砕くや否や、強烈な踏み込みと共に右の拳をその人影に叩き込んだのだ。

 

 自分が立っているところにまで振動が伝わってきた気がする。それほどまでに凄まじい一撃だった。人影は一瞬で四散し、欠片も残っていない。――――というか勇斗があまりに自然に一撃を叩き込んだために気付かなかったが、あれは殺人では……? ――――いや、よく見れば血飛沫などは舞っておらず、赤ではない色の液体が飛び散っているだけだ。御坂はホッと胸を撫で下ろす。どうやらあれは何かしらの手段によって、恐らく能力によって、作り上げられた人形のようなものだったのだろう。

 

 それにしても今の勇斗の右ストレートは、一体どう能力を使ったのだろう。AIM拡散力場をどう扱えばあそこまで爆発的な一撃になるのか。

 

 ――――まあいい。勇斗は自分の予想通り現れ、母親の身を守ってくれた。とりあえず今はそれで十分だ。抱きかかえたままの初春に目線を落とす。意識はないが呼吸も脈拍もしっかりしている。怪我もない。

 

「……初春さんは大丈夫みたい」

 

 母親(みすず)をお姫様抱っこしてその背の翼で滑るように飛んできた勇斗に向けてそう声を掛けると、勇斗は安堵の表情で頷いて、そして美鈴の体を御坂に預けた。よろしく、と一声。そのまま、高圧電流を浴びて倒れたままのもう1人のフードの不審者に近づいていく。

 

風紀委員(ジャッジメント)ですよー……って、まあ聞こえてないだろうけどな」

 

 完全に「のびて」しまっている様子に苦笑交じりの声でそんな言葉を呟く勇斗。横たわる身体の横にしゃがみ込み、手首に手錠を掛けようとした。

 

 そのタイミングで。

 

 御坂は見た。フードマンの手を覆う黒い手袋が一瞬不吉に蠢いた、その瞬間を。そして手袋の生地を裂き、鋭く光る金属めいた物質が顔を覗かせて――――、

 

「ッ!! 勇斗、そいつから離れて!!」

 

 御坂がそう叫ぶのと、勇斗が動くのは同時だった。

 

 間一髪、勇斗の回避は間に合った。あと半瞬でも体を傾けるのが遅ければ、突如としてフードマンの指先から出現した、鈍い銀色に光り蛇のようにのたうつ槍に体を貫かれていただろう。

 

 ――――しかし、それだけでは終わらなかった。不意打ちを回避した勇斗に反撃する間を与えることなく、もっと言えば体勢を整える間すら与えることなく、時間差で、フードマンの指先から追撃が放たれたのだ。真っ直ぐ、正確に、勇斗の体の中心に向けて、狙い澄ました第二撃が迫る。

 

 御坂が焦燥からの声すら上げる間もなく、鋭利な槍が勇斗の胸に吸い込まれ――――ることはなかった。これまたタッチの差で、勇斗の姿は射線上から消えていたのだ。しかし今度は、勇斗が(かわ)した訳では無かった。一瞬の後、勇斗はそのフードマンの真上(・・)にいた。ツインテールの、後輩と共に。

 

「――――流石白井。俺のやりたいこと、よくわかってるじゃん」

 

「当然ですわ。何か月一緒に働いてると思ってるんですの?」

 

「それもそうか。ちなみに答えはそろそろ11か月だ!」

 

 そのやり取りが終わるころにはもう決着はついていた。雷速の集中で収束されたAIM拡散力場が叩き付けられ、こちらのフードマンも人の形を失い、血ではない液体を撒き散らして四散する。

 

「……これでやっと数えきれないほど積み上がった恩の1つが返せましたわ」

 

「ん、サンキュー」

 

 2メートル程の高さから再び空間移動(テレポート)し、勇斗と共に危なげない着地を決めたのは、白井だった。

 

「さて……、ここではなんですし、177支部に戻って話を聞かせてもらいますわね」

 

 得意げに、白井はそう締めくくった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 地下。下水道。徹底的な排水浄化設備が各研究施設に普及し、薄暗く湿った、しかしそれでいて下水特有の不快な臭いが欠片も感じられないその場所に、『生身』の警策看取はいた。手に持った情報端末を何やら操作しながら、先の見えない暗闇に向かって歩みを進めている。

 

「いやー、ほんとほんと、あのパンチを食らった時は生きた心地がしなかったなあ」

 

 画面に表示されているのは、不正に接続され表示された書庫(バンク)の勇斗のページ。[ LEVEL4 ]の[ 御使降し(エンゼルフォール) ]。AIM拡散力場の操作と、それを用いた攻撃を始めとする高い汎用性、そして詳細不明の翼による飛行能力。成程確かに『レベル4.5』と呼ばれているだけはある。

 

「デモデモ、さっきのあの馬鹿力についての記述は無いなあ。馬場ちゃんが知らなかった不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)に関する記述はあるし。んー、いくらあんな馬場ちゃんでも流石にこの記述は見逃さないと思うんだけどなあ。……もしかして、誰か(・・)が弄ってる?」

 

 学園都市の暗部の中でもかなり深い位置に潜り込んでいるはずの自分や、『メンバー』の一員である馬場をすら欺く程の情報操作、か。ただの勘違いと切り捨てるには不確定さが過ぎるが、――――正直自分の手には余る。

 

「……ま、『あの爺さん』に伝えておけば大丈夫か。何とかしてくれるっしょー。それより当面の問題は美琴ちゃんよね。直接対面しての交渉もムズいし、かと言ってカメラ越しでも色々細工されちゃうし」

 

 とは言え、収穫があっただけ良しとしよう。裏で動き回っている人間にも見当がついたし。

 

「……ま、今度はその辺り洗い直してみますかっ」

 

 足音を響かせて、彼女は闇に紛れていった。

 


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