科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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色々とツッコミどころが多いとは思いますが、ご容赦いただけると幸いです……!


ep.36 9月20日-7

 

 ジャリっと、踏みしめたガラスの破片がコンクリートの床と擦れる甲高い音がした。ガラスだけでなく、何の部品だったのか全く分からない程になった金属片(スクラップ)なども周囲に散乱している。建物のガワこそ残っているものの、まさしく廃墟一歩手前といった様相を呈していた。

 

「……で、なのに何で真新しい足跡なんかが残ってるんですかねえ。しかも複数ときたもんだ」

 

 口元を笑みの形に歪めながら、勇斗は慎重に歩みを進めて行く。水中探信儀(ソナー)電波探信儀(レーダー)と同様の、AIM拡散力場を用いた索敵能力をフルに使い、隅々まで知覚の手を伸ばす。

 

 勇斗が今いるのは、学園都市の一角に佇む廃工場だ。少し前に盛んに研究が行われていた、そして今では下火となってしまった、液体金属を扱っていたという。

 

 何故彼がそんなところにいるのかというと、つい先刻初春と美鈴を人質にとり、御坂を襲撃していたあのフードマンの中身が、液体金属だったということがわかったからだ。

 

 ――――『人形』の成形は恐らく能力によるもの。そして同時に2体の『人形』を作り上げていた点から見て、演算力はかなり高い。『液体金属、ないしそれに類する物質』を遠隔操作することができる、『強能力者(レベル3)大能力者(レベル4)の高位能力者』。そしてその『人形』から推測するに、操作主は女子中高生。――――あの手の能力は精密操作を行おうとすればするほど、より正確に自分の姿形を再現することが要求される。手を伸ばした間合いや、目線の高さ、歩幅。そういったものを正確に再現しないと脳が混乱し、細かい動作に支障を来すし、最悪の場合自分の体の動かし方にすら悪い影響をもたらすのだ。それはちょうど、多脚や大型の『人間とは全く異なる運動機能』を有する駆動鎧(パワードスーツ)を操作するときに生ずる、『装着解除時における人間としての運動機能への影響』に似ている。

 

 閑話休題(それはともかく)、白井に佐天、目を覚ました初春は、それらの情報をもとに書庫(バンク)の情報を絞り込み、容疑者(フードマン)の洗い出しを進めている。ちなみに御坂は能力で復元した『“Auribus oculi fideliores sunt.”』の情報を頼りに、そのサイトの画像に写り込んでいた建物へ向かって行った。そして勇斗は『調査』の一環として、その液体金属の調達元と目されるこの廃工場に来ていたのだった。――――現在も液体金属の研究がつづけられている2企業からは、液体金属を紛失したり盗難されたりといった報告は挙がっていないのだ。よって勇斗達は、犯人たちは廃棄された機材を流用しているのではないか、という結論に至ったわけなのだが、

 

「……うん、当たりっぽいなあ。相変わらずうちの支部の情報処理能力って頭おかしいレベルだと思うわ」

 

 声を抑え、そんな独り言を呟く勇斗の目線の先。そこには機械の乗った台車を押す2人の男がいた。そのうちの1人がカードキーのようなものをかざすと、軽快な電子音と重たいものを引きずる鈍い音がハモって、壁の突き当たりにあった扉が開き、2人の男はそのまま奥へと消えて行く。

 

 ――――廃工場に電気が通っている。間違いない。ガワこそ廃墟だが、中に何かある。

 

「鬼が出るか蛇が出るか、ってね」

 

 そう呟いて、扉が閉まる前に、勇斗は内部に忍び込む。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「……お守りねえ。当麻もよくもまあそんなオカルト満載のアイテムをこの科学満載の街で引き当てる羽目になったよね」

 

「とうまの運の無さは筋金入りなんだよ。こんなのまだまだ序の口かも」

 

「だよねえ」

 

「うん、泣いていい?」

 

 呆れ顔を浮かべる九重にインデックス、半泣きの表情の上条がいるのは、『借り物競争』が行われている会場だ。頭にハチマキを巻いた上条がコース内に、たこ焼きを頬張る九重と、わたあめをパクつくインデックスはコース外に立っている。

 

「……で、悟志もインデックスもお守りは持ってないんだな?」

 

 がっくりと肩を落とし、しかし藁にもすがる様な最後の一縷の望みを込めて上条は再び彼らにそう問い掛けるが――――、

 

「うん、ごめんごめん。学校に置いてるカバンには付いてたはずだけど、流石に今は持ってないよ。この人混みじゃあ戻るのにも絶望的なまでの時間がかかるだろうし、諦めてもらった方がいいかなあ」

 

「十字教の敬虔なシスターである私がお守りを必要とするわけがないんだよ。そんなものに頼らなくても私が祈ればそれできっとどうにかなるんだよ」

 

 そんな返答で、上条の期待は粉々に吹き飛ばされた。

 

 項垂れる上条の横を、指定された品をもう見つけたのか、数人の学生たちがホクホク笑顔で駆け抜けていく。

 

「……うん、まあ、とにかく頑張って。リタイアさえしなければ点が入るから諦めちゃダメだよ」

 

「ああ……わかってるよ……」

 

「頑張ってとうま!私が応援してるんだから!」

 

 昨日同様、チアリーダーの格好に着替えているインデックスがポンポンをシャンシャカふりふりしながら上条に激励の言葉を投げかける。しかし上条は胡乱な目をそのインデックスに向けて、

 

「……今すぐここでシスター服に着替えさせて『コイツは俺の大切なお守りなんです!』って言い張れねーかな」

 

「うん当麻、その発言は色々と問題を生んでるってことに気付いた方がいいかもね」

 

 そう冷静に突っ込む九重の横で、顔を真っ赤にしたインデックスがきらりと光る歯を覗かせて、

 

 ――――しばらく上条は、地面をのた打ち回る羽目になったのだった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 扉をくぐった先は、その外とはまさしく別世界だった。壁にひびが入っていることも無く、床にスクラップが転がっていることも無く、最新鋭の研究施設と比べても遜色ない設備が設置されている。そしてそれらは音を立てて動いており、現在進行形で何かしらの作業を行っていた。

 

 そんな空間を勇斗は進む。索敵能力を使ってはいるものの、『ここまで来たんだし見つかればぶっ飛ばせばいいじゃない』という精神の元、足音を潜めたり曲がり角で隠れたり、なんてそんな面倒なことはしていない。そのあたりは能力に任せて、あくまで(傍から見れば)堂々と歩いていく。

 

 と、しばらく歩いたところで、勇斗はふと何かを感じ取った。索敵能力(ソナー・レーダー)に反応があったわけではない。物音や足音が聞こえてきたわけでもない。視界の中で何かが動いたわけでもない。五感で感じ取れるような何かがあったわけではなかった。しかし確かに、勇斗は何かを感じ取ったのだ。――――第六感(サイドエフェクト)。目では見えないモノを観測することに長けている能力者に多いというそれが、ここで働いたのか。

 

 ――――勇斗が一瞬、思考に沈みかけたその瞬間、首元に何か硬い物が押し当てられた。ゴツゴツしたものが首に食い込んでいる。

 

 一瞬の出来事に、驚愕が勇斗を貫く。とっさに振り向きそうになるが、それを抑え止め、目線だけを下げ、首元を見る。木製と思われる刀身に石で出来た刃が並んだ形をした奇妙な剣が押し当てられている。そしていつの間にか、左肩に人の手が乗せられており、強く抑え込まれていた。

 

「振り返るな」

 

 背後から聞こえてきたのは女性の声だった。

 

「ここで何をしていた。今すぐ答えろ。さもなくば喉笛を切り裂く」

 

 声と共に肩を抑え込む手の力と、首への食い込みが少し強まった。

 

 ――――だがここで逆に、勇斗の頭は冷静さを取り戻す。伊達に修羅場をくぐってきたわけではない。それに、色々と気づいたことがあったのだ。例えば、首に押し付けられてる武器の名前とか。例えば、この声の主の正体とか。

 

「……『マクアフティル』、か。へえ、面白い武器じゃん」

 

「ッ!?」

 

 落ち着いた声でそう話しかけると、後ろの人間が硬直したのが分かった。マクアフティル。12世紀から16世紀頃まで南米アステカで使用されていた、木製の刀身に黒曜石で出来た刃をノコギリのように取り付けた剣だ。正直、日本ではマイナーな武器。それ故、言い当てられたことに驚いたのだろう。ほんの少しだけ、肩と首元の力が弱まった。

 

「……なぜ、その名前を知っている」

 

「別に、実在してた剣なんだから知ってたっていいじゃん? まあちょっとばかり友達付き合いが特殊なんだよ。アンタみたいな(・・・・・・・)魔術師とも友達やってるからな」

 

 最後の一言がトドメとなって、背後の人間が完全に動きを停めた。力も抜けていたので、左肩に乗った手をどけ、首元の剣(マクアフティル)を押し退ける。振り返り、襲撃者に勇斗は向き合った。ジャージ姿で、髪を後ろで2つに分けている。そんな少女が驚愕の表情を浮かべ、呆然と立ち尽くしていた。

 

「貴様……なぜ私が魔術師だと知っている……!」

 

 まあ、そこに驚くのは当然だろう。学園都市で、ジャージを着ている、見た目は高校生くらいの少女。それだけならこの街にはどこにでもいる。勇斗ですら気づかないうちに背後を取られていたが、もし今の一連の流れを人前で見せたところで「あ、空間移動能力者(テレポーター)なんだね」の一言で終わってしまう。普通の人間が、普通の能力者が、見ただけならば。

 

「AIM拡散力場を発してない人間が空間移動(テレポート)を使ったんだぜ。『原石』ですらAIMを無自覚に出してんのに、それが無いってことは、アンタの異能は学園都市のそれとは別物だ。そうすると、俺が知ってんのは『魔術』っていう異能だけだからな。消去法的にそうなっただけだよ」

 

「…………」

 

 せっかく説明してあげたというのに、反応が無いのはちょっと困るなあ、なんて事を勇斗は考えた。――――いやまあ、表情を見れば大体考えている内容はわかるんだけど。今の話を信じるべきか、信じないべきか。恐らくそれについて悩んでいるのだろう。難しい表情で少女は口をわずかにパクパクしていた。

 

 ――――と、そこで。勇斗の索敵能力が今度こそ接近してくる何かを捉えた。人間には不可能な、それこそ何かの能力を使わなければ出せないような速さで、天井を通るダクトの『中』を通るという無茶苦茶なやり方で、何かがここに迫ってくる。

 

 勇斗は溜息を吐き、面倒くさそうに一歩飛び退り、――――直前に立っていた位置を、銀色の閃光が切り裂いていった。

 

 突然の闖入者(2人目)が顔を覗かせる。ドロリと、粘質な物体が人の形をとり、天井から床に降り立った。

 

「……よう、さっき振りじゃないかスライム野郎」

 

「スライムじゃねーし失礼だなあ、ってあれー何でアンタがここにいんのさっき死ぬかと思ったんだからねこんちくしょー!」

 

 勇斗を見つけるや否や、のけ反り引きつつも一気に捲し立てるスライム、もといフードマンの中身。液体金属で構成されているとは思えない程人間じみたコミカルな動きを見せている。

 

「こっちにも仕事ってもんがあるんだからさあ、邪魔しないでほしいんだけどねっ」

 

「邪魔されたくないなら邪魔されないように永遠に暗い所に引きこもって出てくんなよ」

 

 薄い笑みと共にそう勇斗が返事する。同時に、『人形』の左腕が弾け飛んだ。不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)だ。

 

呟いて、一歩一歩『人形』に近づいていく勇斗。うげぇ、とか何とか声をあげ、『人形』は後ずさっていく。

 

「――――ちょっと待て」

 

 そこに割って入ってきたのは、ジャージ姿の少女だった。

 

「お前らの事情は分からないが少し待ってもらっていいか。……警策、こっちもお前に話がある」

 

 ドスの効いた声で、勇斗ではない人間の名前を呼ぶ。――――なるほど、この『人形』の操作主は「こうざく」という名前なのか、みたいな事を考えながら、勇斗は請われたとおりに動きを止める。

 

「……私は『博士』から『メンバー』は学園都市統括理事会の特命を受けて動く組織だと聞いている。だがどうやら、今回の仕事は統括理事会とは無関係らしいな。仲介役のお前の指示がどうも怪しいと『博士』は考えていたようで、統括理事長本人に裏取りをして、貴様の背信行為を突きとめていたよ」

 

 先程までの驚愕を欠片も感じさせることなく、むしろ冷たく鋭利な怒りを言葉に乗せて、少女は言葉を続けていく。

 

「私にとって、誰に指図されるかなどはどうでもいい。だが、生憎と私は『背信』や『裏切り』といった言葉には敏感でな。それ相応の制裁を下さねばなるまい、と考えているところだ」

 

 『メンバー』……絹旗が所属する、『アイテム』と似たような存在なのだろうか。どうやら『博士』と呼ばれている人物がまとめ役であるらしい。そしてどうやら、今回のこのゴタゴタはその『メンバー』なる暗部組織が中心となって起こしていたらしい。詳しい事は全く読み取れないが、後でじっくりOHANASHIをする必要がありそうだ。

 

 と、閑話休題。『制裁をする』という言葉が聞こえてきた気がした。

 

「そいつに制裁するってんなら俺も混ぜてくれないかな。アンタもどうやらしてやられた口らしいけど、俺もこいつらには苦労させられてる身でね」

 

「イヤイヤイヤ、ちょっと待ってって。何でいつの間にかホームがアウェイになってるんだって。さっきも言ったけどこっちにだってこっちなりに目的があるんだからさ、その辺は少しくらい汲んでくれても……なんて言い分が通るとはハナから思ってないケドね。ここでしくじるのもアレだし、ここらでさっさとお暇させていただくよっ。それじゃさよならっ」

 

 その一言を言い終えるか否かのタイミングで液体金属の体は人の形を失っており、血だまりのように広がった鈍く光る色の液体金属を残し、「こうざく」と呼ばれた少女はあっさりとその場から消えたのだった。

 


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