科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.37 9月20日-8

 

 

「いやー、まさか佐天さんがたまたま通りがかった上にお守りも持ってたなんて、カミジョーさんにしては運が良すぎてこの後の事が心配になるなあ」

 

「あー、確かに上条さん不幸ですからねえ。そこら辺の色んなエピソードは勇斗さんからよく聞いてますよー」

 

「……アイツ、嘘言ってねえだろうな?」

 

 そんなことを呟きながら人混みを縫って歩いているのは上条と佐天だ。借り物競争で(順位のついた人間の中では)最下位ながら無事にゴールし、雀の涙ほどのポイントではあるが獲得、チームに貢献することができた上条。指定された「お守り」が見つからず、涙目になって街中を駆けまわっていた所を佐天に救われたという訳で、お礼の屋台巡りをすることになったのである。――――インデックスには大分恨めしげに睨まれていたが。

 

「うーん、なんか『これだっ!』て来るものが無いですねえ……。もっと向こうの方の屋台を見てもいいですか?」

 

「おー、いいぞいいぞ。カミジョーさん何でも貢いじゃうぞー。なんてったってまさしく降って湧いた幸運の女神だからなあ」

 

「……上条さん、『降って湧いた』、って流石にもっと言い方無かったんですか?」

 

「あー、ごめん。割増しで貢ぐから許してくれ。……うーん、公園脇の通路突っ切るのが一番早いか」

 

 通路に足を踏み入れると、人通りは急激に少なく――というかゼロになった。屋台も無ければ現在時刻の競技会場からも離れているような裏道に近い通路だから当然と言えば当然かもしれないが、周りの道の人の数とのギャップに上条は「人払い」の魔術を思い出す。もちろん、昨日のゴタゴタがあっての今日でそんな魔術絡みの事件が起こるとは考えられないし、考えたくは無いけれど。

 

 と、上条がそんなことを考えながら歩いていると、斜め後ろを付いてきていた佐天が上条を呼び止める。

 

「…………あれ、上条さん。あそこにいるのって勇斗さんじゃないですか?」

 

「んー?」

 

 立ち止まり、佐天が指差す方を見ると、通路の脇、柵を越えた所にある工場と思しき敷地、確かにそこにいるのは勇斗だった。しかし1人ではない。その横にはジャージ姿の女性が立っている。

 

「……勇斗の横にいるジャージの女の子、滝壺さんじゃないよな?」

 

 勇斗絡みの知り合いでジャージの少女と言えば、最近何かと勇斗と噂になっている絹旗、の友人の滝壺という少女が思い浮かぶ。しかし、今勇斗の横にいる少女が滝壺であるかと言えば――――

 

「はい。あたしの記憶が正しければ、滝壺さんはピンクのジャージのはずです。髪型も違いますし、つまり滝壺さんじゃありません」

 

「だよなあ。じゃあアイツ何してんだ? 滝壺さんだったら“今朝の事”について相談してるんだろうな、とかわかるけど。……ナンパか?」

 

「その“今朝の事”が何なのかはすごく気になる所ですけど、勇斗さんがナンパしてるっていう現状の方が気になりますね。近づいてみましょう」

 

 あっさりと流れるようなスムーズさで勇斗がナンパしていると決めつけ、2人は柵を乗り越え、勇斗と少女の元へ近づく。

 

 ――――近づいて上条は気付いた。勇斗の顔は、ふざけている時のそれではない。昨日、オリアナ=トムソンと対峙した時と同じくらい、緊張感で表情が硬い。

 

 嫌な予感がする。

 

「――――態度から、――――る」

 

 少女が何か喋っている。その声も固い。甘い言葉を吐いてるとか、そんな気配は欠片も無い。

 

「ヤツラの真の狙いは――――御坂美琴だ」

 

 不穏極まりない雰囲気の中、突如聞こえてきたのは、上条の良く知る少女の名前だった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 抜けるような青色だったはずの空が、どこからともなく出現した分厚い漆黒の雲に塗り潰されていた。その黒雲の合間を更に暗い色の閃光が走り抜けている。明らかに、自然現象のそれを超えた、不可思議な現象だ。

 

 その空の下を、勇斗は上条と共に駆け抜けていた。――――廃工場で『こうざく』と呼ばれた水銀少女が逃げ去った後、勇斗と、それに上条佐天の前で、ジャージ少女はこう告げたのだ。「ヤツの狙いは御坂美琴である」と。そこからの動きは早かった。勇斗は佐天をすぐに177支部に向かわせ、自身は上条と共に現場へと駆けつけることにしたのである。

 

 ――――と、視界の前方に見えるビルに巨大な落雷があった。次いで、着弾点から放射状に放電が起こる。轟く爆音が衝撃となって勇斗の体を揺さぶる。

 

「でかい雷だな」

 

「だな。でも、つまりあそこに御坂がいるってことだろ?」

 

「まあ、そうなるな」

 

 勇斗の呟きに上条が反応し、さらに勇斗が同意を返す。そんなやり取りをしながらも2人の足は止まらない。雷を恐れることも無く、勇斗は上条と落雷したそのポイントへまっしぐらに向かっていく。

 

 ――――勇斗には1つ気がかりなことがあった。黒雲が青空を塗りつぶし、黒い閃光が雲間を駆け抜け始めたその瞬間から、胸がざわつきだしたのだ。比喩ではない。雷が怖いわけでもない。走りすぎて息が切れたわけでももちろんない。胸の奥、正確に言うと体の内側にノイズが走る感覚。そして、天上と目の前のビルの屋上で起こる不可思議な現象に呼応するようにノイズは波打つ。

 

 こんな状態になったのは、今この瞬間を除けば『魔術』に触れた時だけだ。ついさっきジャージ少女と対峙した時もわずかだがノイズは走った。しかし別れてからはすぐにそのノイズは収まっていたから、それを引きずっているわけでもないはずなのだが。

 

 ……まあ、よくわからないものをいつまでも気にしていても仕方がない。このノイズが起こっている状態の時には、魔術を『押し流し』たりするような不思議な強化(バフ)が掛かったりするし、使える選択肢が増えるに越したことはない。……なんてことを考えていると、

 

 ――――ゾくり、と。

 

 唐突に、今度こそ嫌な震えが物理的に勇斗の全身を貫いた。思わず勇斗は立ち止まり、空を見上げる。今気づいた。気づかなかった。濃密過ぎて、歪みすぎて、変質しすぎて。稲光と共に空を駆け廻る漆黒の閃光は、膨大な量のAIM拡散力場だ。そして今、“何か”が通る道を形作るように、AIM拡散力場が蠢いている。勇斗が感じ取ったのは、そんな“攻撃”の予兆。勇斗の捕捉可能量のキャパを遥かに超える量のAIM拡散力場の移動、それに伴う余波が勇斗に逆流したのだ。怪訝そうな顔で上条も立ち止まり、勇斗に何やら声を掛けるが――――。

 

 時間の流れが停滞したような感覚。スローモーションのような世界で、勇斗の視界が閃光で塗り潰された。――――そして一瞬遅れての、爆音の津波。それは、『柱』と形容しても差し支えない程の強烈な雷霆。その光が、轟音が、統括理事長の居城と噂されている『窓の無いビル』を呑み込んだ。あまりの『柱』の太さに、ビル外壁が強烈な雷撃に完全に覆い尽くされ見えなくなる。

 

 数秒程で閃光と爆音は収まり、ビルは再びその姿を現した。

 

「…………無傷、だって?」

 

 常軌を逸した、自然現象では到底観測されない程の規模の雷。その莫大な閃光と轟音は人間の根源的な恐怖を呼び覚ます。勇斗や、御坂の電撃を受け慣れているはずの上条でさえ、体の震えが抑えられない。しかしそれほどの一撃を受けてなお、『窓の無いビル』はその威容を崩さない。外壁が焦げることも、火災が発生した様子も、全く観察できない。

 

「…………どうなってんだよ」

 

 上条のその一言が、今の2人の気持ちを極めて正確に言い表していた。

 

 だが、いつまでも呆然と足を止めているわけにもいかない。耳鳴りと目のチカチカがある程度治まるまでその場で待ってから、2人は再び走り出すことにした。立ち止まっている間にも放電は続き、焦りが募る。

 

 ――――と、その時、

 

 2人の視界の先、ビル街の一角に作られた広場のような空間に、小規模な落雷。そして2人がその事に気づき、身構える前に、目もくらむような閃光と共に何かが降り立つ。

 

 “ソレ”は、全身から青白い閃光を放ち、少女のような姿をとっていた。だが、頭から伸びる捻じ曲がった悪魔の角のような物と、羽衣にも見える体の周囲を浮遊する帯状の物体が、人間の姿とは掛け離れた様相を呈している。

 

 “ソレ”がそこに降り立った途端、勇斗の中のノイズが激しさを増した。ともすれば、昨日オリアナ=トムソンと対峙したあの時よりも強い。息苦しさすら覚える程に。

 

「なあ……勇斗」

 

「……なんだ当麻」

 

 そんな中、沈黙と停滞を破ったのは上条の声だった。

 

「あれ、もしかして、みさ」

 

 しかしその上条の声も、突然の別の声に中断させられる。いや、正確に言えばそれは『声』ではなかった。その『声』は耳ではなく、頭の中に直接響いてきたからだ。

 

『はあい♡』

 

 そんな、語尾にハートマークだか音符マークだかが付いていそうな程甘ったるい声が頭の中に響く。

 

『あ、先に言っておくけど上条さん、アナタの右手で自分と勇斗さんの頭に触っちゃうと今から言う事全部消えちゃうから触らないでねえ☆』

 

 その声の主は、勇斗と上条の名前、そして幻想殺し(イマジンブレイカー)について知っていた。

 

『あとぉ、念話能力(テレパス)とは違って一度に全部脳に直接メッセージを書きこんでるから仕様上反論は受け付けられないからねぇ♪』

 

 突然の事にあたふたする上条を横目に見つつ、勇斗は静かにそのメッセージを確認していた。――――『脳に直接書き込む』という言い方からすれば、声の主は精神系の能力者だろう。そして、この件に関わっていた精神系能力者と言えば……。

 

 確信は無い。推測でしかない。だがもしかすると、(くだん)の第5位は、こちらの事を知っているのかもしれない。上条の右手について知っている程に。

 

『状況を説明するとぉ、今あなた達の前にいるのは御坂さんよぉ。私の能力とミサカネットワークが悪用された結果ああなっちゃってるわけねぇ』

 

 声の主の説明が続く。要は上条の右手で、警策一派のせいで雷神か何かみたいなモードに覚醒してしまった御坂を、どうにかして元に戻せばいいらしい。『私の方も私の方でやる事があるから、そっちも頑張ってねぇ』の一言を最後に、メッセージは途切れた。

 

「……だそうだ」

 

「ぐおお……昨日に引き続いて今日もかよ……。しかもカミジョーさんには昨日のオリアナより今の御坂の方が危険そうに見えるんですけど?」

 

 変貌した御坂を見ながら、上条はぼやく。

 

「安心しろよ。俺にもそう見える」

 

 肩をすくめ、そう返事をし、勇斗は能力を発動させた。

 

 背から白銀の翼が伸び、頭上には同色の円環が出現する。しかしその翼はノイズに塗れて輪郭が曖昧になっており、頭上の円環も、夜の病院や公園での戦いで見せた円形ではなく、円と十字が交差した等脚のケルト十字のような形に変わっていた。同時に、勇斗の体に力が漲る。公園での戦闘で感じたものよりさらに強力な身体強化が掛かっていることを理解した。

 

 詳しい原因はわからないが、目の前の御坂のせいで体内の天使の力(テレズマ)が活性化している。それはつまり、今の御坂は単純な科学の範疇に収まらない力を有し、放っているという事だ。

 

「…………2日連続でこんなんか。土御門辺りを経由して、上の人間に危険手当でも請求できないもんかねえ」

 

「俺ならともかく、勇斗が全力で脅しにかかったらあっさり認めてくれそうだよな」

 

 そんなボヤキと共に、2人は戦闘の構えを取る。

 

 


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