感情を全く感じさせない表情のまま、指1つ動かすことなく、御坂の周囲の帯電する空気の電圧が再び上昇を始めた。バチバチと弾けるような帯電音と、目に見える程の閃光がチカチカと周囲で瞬いている。
――――そこに、上条が飛び込む。背後を取り、死角から、右手を御坂に突きだした格好で。
しかしやはりこれも御坂は不動のまま、大量の電撃が放たれ、上条に襲い掛かった。幸いにも伸ばしていた右腕が避雷針の働きをし、雷撃は全て上条の右手に吸い込まれる。それでも、打ち消すことはできたものの体が浮き上がる程の凄まじい衝撃。だが上条は体勢を立て直し、御坂の背後から彼女目がけて更に腕を伸ばした。
――――ボッ、という音と共に、上条の体が横に吹き飛ぶ。そしてその直前まで上条がいた場所に大量の金属片が降り注いだ。1つ1つがそれなりの重量を持ち、当たれば打撲では済まされそうにない。
「……強引すぎる気もするけど、サンキュー勇斗!」
勇斗が行った、
「どういたしまして」
片や落ち着いた声で勇斗はこう返し、2発目の
これでいける。ようやくこちらを振り向き、こちらを直接認識した御坂の磁力の網がバラバラに吹き飛んだ金属片を掬い上げ再び寄り合わせているが、それよりも体勢を立て直した上条が御坂に触れる方が早い。
そう思ったその時、勇斗は見た。御坂の足元で蠢く、黒い影を。
「当麻! 足元!」
その声で上条も足元を蠢く影に気付いたらしい。たたらを踏んで、右手を足元に叩き付ける。その一動作だけで影――――御坂が舗装された地面の遥か下から引きずり出してきた砂鉄――――は形を失い、動きを止める。
しかし安心したのもつかの間、その一瞬の隙に金属片は寄り集められ、再び
――――そこで、閃光一閃。
勇斗の翼の一振りで金属片の塊は真っ二つに切り裂かれた。そしてそれらの金属片は、それらを結びつけていた磁力から解放されたかのように1つ1つのカケラに分かれ、地面に崩れる。御坂は磁力操作を解除していないはず。にも関わらず、うんともすんとも動かない。
金属片の磁力への反応をどう妨害しているのか、詳しい理屈はその現象を引き起こしている勇斗自身にもわからない。ただ、翼がこのようにノイズまみれになっている状況で“翼を用いた行動”を起こすと、
恐らく、勇斗や今の御坂の力の源泉が『能力』という範疇では収めきれない異能にある、ということが影響しているのだろう。本来学園都市の開発する『能力』という異能は、物理法則を壊したり改変したり超越したりすることはない。もちろんパッと見物理法則を無視している様な能力もあるにはあるが、裏側の理屈を考えると結局それは何かしらの物理法則が働いた結果なのだ。例えば摩擦力を無くすような能力であれば、裏では接触面の電子の分布に干渉してクーロン力をいじり、摩擦力を近似的にゼロに近づける、なんていうプロセスが隠れている。
そう考えるとこの場面で、『能力』という観点ではAIM拡散力場を操作できるだけであるはずの勇斗が、金属が磁力に反応する純然たる物理現象であるはずのものを
――――と、唐突に、これ以上余計なことを考えるような余裕は吹っ飛んだ。
何故なら、勇斗の前方で御坂が、それ一発が全開のレールガンに匹敵するのではないかというもはや何かのビームにすら見えてくる程の極太の雷撃を放ったからだ。この規模の雷撃をまともに喰らえば、消し炭すら残るかどうかわからない。
「――――ッ!」
再び、翼の一閃。斜めに交差するような軌道で振り上げられた翼はその雷撃を切り裂き、雲散霧消させた。
勇斗の心臓が跳ね上がる。
勇斗の視界から雷撃の閃光が消えて――――、今度は勇斗の視界に影が落ちた。前方で、御坂がこちら――――勇斗と上条に向けて手を伸ばしており、その御坂の頭上、いつの間にそこまで寄り集めていたのか、人の何十倍程もの大きさの瓦礫の塊が浮かんでいた。
「ちょ……それは反則だろ!?」
焦りにまみれる上条の声がした。勇斗もその言葉に全面的に同意せざるを得ない。上条の右手や勇斗の翼を使った
――――現実逃避はこれくらいにしておくべきだろう。どう動くべきか。疑似
そんな時だった。呆然としつつ、それでも動き出そうとした勇斗の耳に、こんな声が聞こえてきたのは。
「ハイパーエキセントリックウルトラグレートギガエクストリームもっかいハイパー……」
緊張感の欠片もないお気楽なその声は、小学生が『ぼくのかんがえたさいきょうのひっさつわざ』につけるような修飾語をいくつも並べたて、
「すごいパーンチ!!」
センスの欠片もないその一言と共に放たれたその一撃は、セリフの軽さに見合わない爆音と共に瓦礫の塊を薙ぎ払う。磁力による縛めをものともせず、塊は爆発四散。ワザマエ。
跳躍しつつとんでもない一撃を放った声の主は、靴の底でガリガリ地面を削りながら軽やかな身のこなしで地面に降り立ち、爽やかな笑顔と共に振り向き、勇斗と上条に向き直った。上条にも似たツンツン頭に白の鉢巻きをして、昔の日本の国旗のような模様の入ったTシャツを着ている。そしてその上に、袖を通さずにパーカーを羽織っていた。
「大丈夫か?」
髪型だけでなく、人のピンチに居合せて颯爽と人助けに入るあたりもどことなく上条に似ているなあ、なんてことを勇斗は思う。
「なんかスゲーのがいるな。ツノ生やすなんて根性あるな!」
ある種好戦的な笑みを浮かべて、少年はそんなセリフを口にする。
――――これが、『根性バカ』もとい『最大の原石』『
▽▽▽▽
『敵』が増えたことを認識したのか、砂鉄や瓦礫を防壁のように周囲に纏わせた御坂。そのまま、人1人くらい簡単に押し潰せそうなほど巨大な瓦礫や、人1人くらい簡単に消し炭にできそうなほど強力な雷撃、人1人くらい簡単に「ミンチよりひでえや」状態にできそうなほど危険な砂鉄の奔流を放ってくる。
そんな強力な防壁と強力な遠距離攻撃を持つ御坂に対し攻めあぐねている勇斗、上条、削板の3人だったが、しかし御坂の攻撃もまた、3人には届いていなかった。
磁力操作によって飛んでくる巨大な瓦礫による物理攻撃は削板の『すごいパンチ』で撃ち落とし破壊し、能力そのものがメインとなる雷撃や砂鉄を用いた攻撃は上条の右手が
「……しっかし、オカルトみてーな天使の翼か。角生やしたアイツもアイツだけど、オマエもオマエでおもしれーな」
断続的に降り注ぐ瓦礫をパンチ一閃吹っ飛ばし、一息つきながら削板は言う。
「AIMの流れを見れる俺からすれば、なんで削板のAIMがまともに観測できないのか、ってところも十分面白いけどな。どうなってんだお前の能力」
降ってくる細かな破片を吹き飛ばし、上条の右手の届く範囲を超えた位置から飛来する雷撃を翼を振るって掻き消し、勇斗はその言葉に返事をした。
「さあなあ。この街の研究者でもよくわかってないらしいし、そもそもそんなことを気にしたことが無いからな」
肩をすくめてそう返し、削板は自分に向かって飛来するビーム状の雷撃を“はたき落とす”。
「……電撃を“はたき落とす”ってマジでなんなんだ? どうやればそんなことできるんだよ」
上条がジト目で削板にそう声を掛け、時間差で飛来した砂鉄の津波に右拳を叩き付ける。形を失い、崩れ去る砂鉄。
「もちろん『根性』だ。『根性』に不可能は無いんだぜ。俺としては触っただけであっさり能力を無効化できるカミジョーの右手も気になるけどな」
ビルの1フロア分がそのまままるまる飛ばされてくるが、削板が正拳突きを繰り出すだけで爆発四散。飛び散る瓦礫は勇斗がスイープ。――――膠着状態が続く。千日手、イタチごっこだ。
「……その右手でアイツに触れて元に戻るか試してみたいんだけど、どうにかならないか? このままだと近づくのも難しいけど」
上条が勇斗と削板に問い掛ける。
「……なるほど。そういうことか。確かに試す価値はあるな」
少し考え込んだ後、削板は意を得たりとばかりにニヤリと笑って頷く。そのまま勇斗とアイコンタクト。何をしようとしているのか察した勇斗も、口元を歪めて頷き返す。
それを確認し、削板は「よし、任せろ!」という頼もしい声と共に御坂に向き直り、深呼吸をしつつ、力を溜めるような体勢を取る。深く、長く、息を吐き、そして、
「超ッ……すごいパァァンチ!!」
込められた気合いが普通の『すごいパンチ』の比ではないような雄叫びと共に放たれたその一撃は、もはやパンチなどではなく、これもまた極太の光線となっていた。射線上を漂う全ての瓦礫や砂鉄を破壊し、吹き飛ばし、御坂が周囲に防壁として纏っていたそれらをも弾き飛ばした。これで御坂までの道を遮るものは何もない。もう一度削板は勇斗に目線を向け、勇斗はそれに頷きを返し――――
むんず、と、削板が上条の首根っこを掴む。
そこまでされてようやく自分が何をされるかに考えが至ったのか、「いやいやいやいやちょちょっ」なんて悲鳴を上げて、上条は手足をばたつかせるが、
「今のうちだ。行ってこい!」
削板は容赦なく上条を投げ飛ばす。障害物の無い空間を、上条が砲弾のような猛スピードで御坂目がけて飛んで行く。「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉ!?」なんて叫びがドップラー効果すら起こしているようだ。しかしそれでも上条は的確に右手を伸ばし、御坂の肩に触れる。その様子を見届けて、勇斗は
「……心臓に悪すぎるだろ。先に言ってくれよ……」
「言ったら同意しないだろ? で、どうだったんだ?」
「……ダメだった。外から何かの力が入り続けてるみたいで消しきれない。感触としてはステイルの『
「ん? そのいのなんとかが何なのかは知らないけど、上条の右手じゃダメだったのか? ならどうするんだ? 互いの根性が尽き果てるまで殴り合えばいいのか?」
「いや……俺達の他にもアイツをどうにかしてくれてる人間がいるらしいから、そいつがどうにかしてくれるまで時間を稼ぐのが正解だと思う。一応アイツは知り合いだからな。タコ殴りにするのは勘弁してやってくれ」
そんな、御坂を思いやる上条の声が聞こえていたのかいないのか、ともあれそのタイミングで、御坂が動き出した。自分の守りを破られ、一瞬とはいえ自分の能力を無効化されたことが何らかの引き金を引いたのか。角のようになっていた髪の毛が更に伸び、絡み合い、一本のより長い角を形作っていく。そしてその根本、額の上の所に目玉のようなものが出現した。
それと同時に周囲の雰囲気が一変する。――――いや、普通の人間にはわからない変化だっただろう。恐らく3人の中で気が付いたのは勇斗だけだったはずだ。凄まじい量のAIM拡散力場が渦を巻き、御坂の両腕に収束していく。
「なん……だと……?」
収束されたAIM拡散力場が、
そもそもがAIM拡散力場の集合体である『風斬』と、
物質化したAIM拡散力場に、周囲の瓦礫から取り出した金属を電熱溶解させたものを加え、作り上げた羽衣のようにも見える翼を広げ、宙に浮かびだす御坂。
そんな御坂の様子を見つつ冷や汗を滲ませている勇斗の横で、上条と削板は半ば緊張感のない様子で話を続けている。そんな2人の前でそのまま緩やかに、いっそ優雅にすら見える動きで、翼を纏う右腕を振り上げる。ゾクり、と勇斗の体を寒気が貫く。
「――――伏せ、」
伏せろ、と言い切る前にその一撃は放たれていた。能力――
――――当然、それができない人間に回避が間に合うはずがない。普段の不幸が嘘のように、幸いにもタイミングよく屈んでいた上条の頭上を掠め、その一撃は削板に叩き込まれた。一瞬で吹き飛ばされ、数十メートル離れた所の瓦礫に叩き付けられる。
砂煙が上がる中、すぐにひとっ跳び、削板は2人の元に戻ってくる。しかし、
「なっさけねー、油断した」
ドロリとした赤い血液が、削板の頭から滴り落ちる。それ以外目立った傷という傷が無いのがすごい所ではあるが、それでもここまで全く傷を負うことなく御坂の攻撃を処理してきた削板の防御を御坂は貫いたのだ。
「こりゃ、根性いれねーとやべーぞ」
ここまでどこか楽しげな声と表情だった削板から余裕が消えた。
そのことが何よりも、事態が逼迫していることを伝えてくるように、勇斗は感じたのだった。