ゴスロリで侵入者でテロリストな魔術師と一戦を交えた後、勇斗は地下街に来ていた。戦闘後に一旦第177支部に戻った際、初春から『侵入者が地下街にいること』、『確保作戦が進行していること』、『そのために一般人の避難誘導が必要であること』が伝えられたのだった。
――――ちなみに勇斗の横に白井の姿は無い。先輩たちにより留守番が命じられている。
勇斗は先輩と白井のやり取りを思い出す。いや、あれをやり取りと呼んでいいものかわからないのだが。
床に正座させられているツインテールテレポーター白井黒子。その白井を見下ろすように立っているのは1組の男女だった。1人は固法
先輩から反論する間も与えられることもなくお説教を受ける白井。終わったころにはグロッキー状態で、気の毒そうに御坂、初春、佐天が彼女を見つめていた。
――――またまた補足すれば、その後に勇斗と御坂もお説教を頂戴している。後輩を危ない目に合わせるんじゃない! と、現場で御坂に言われたようなことと同じお説教を2人して受けることになったのだった。
こうしてお説教が全て済んだ後、勇斗は坂本と固法と共に地下街まで赴き、各々避難誘導にあたっているという訳である。最も、侵入者への捕獲作戦についての情報の漏洩を避けるために、メインの誘導係には
「……まあ、ある意味予想の範囲内ではあるよな」
呆れたような口ぶりでひとり呟く勇斗の視線の先、そこには制服の右袖に緑の腕章をつけた女子生徒と、見覚えのある修道服を着た少女と見慣れない制服を着た見慣れない少女、そしてその2人を侍らせている(?)こちらはよーっくと見覚えのあるツンツン頭の少年がいた。
「だから
彼女は今回動員された
(……どうりで妙に避難してない人間が多かったわけだ)
彼女はレベル4とかなり高位の
……とりあえず。
「何ひと様に迷惑かけてんだこの野郎!」
「げふっ!? ……おい勇斗。突然何しやがる……」
上条に飛び蹴りをかまして、恨めしそうに口を開く上条をジェスチャーでさえぎって、勇斗は言った。
「インデックスはおろか知らない女子高生までナンパしちゃってキャッキャウフフとフラグ満喫中の所悪いんだけど、ガチの緊急事態だからおとなしく話聞け」
その言葉に更に何か言いつのろうとする上条を視線で黙らせ、今度は四葉の方を向いて勇斗は言った。
「すいません四葉先輩。こいつの能力ちょっぴり特殊でして、
「……なかなか派手に登場してくれたね
そして四葉は声のトーンを落として、
「……実は今、この地下街にテロリストが紛れ込んでいるんです。
「は?」「え?」
予想斜め上の言葉だったのだろうか、上条と、見慣れぬメガネの少女が間の抜けた声を上げた。インデックスはきょとんとした表情で首を傾げ、こーどれっど? と口の中で小さく呟いている。
「ま、危ないから早く逃げろってことさ」
まだ理解が追い付いていないだろう3人に対し、勇斗はざっくりと説明する。
「……じゃあ私はそろそろ行きますから、早く移動してくださいね」
そう言って、四葉はそこから立ち去って行った。
「てことで、俺もまだ見回りがあるからもう行くぞ」
「お、おう。わかった。じゃあさっさと出るかインデックス、風斬」
「……やっぱちょっと待てお前。お前のそのナンパ癖はどうにかなんないのか? 両手に花とは感心しねーぞおい」
「大丈夫なんだよゆうと! ひょうかは私のともだちなんだよ! すーっごく珍しいことだけど、とうまが最初に手を出したわけじゃないんだよ!」
「……へえ、珍しいな」
「……ワタクシの立ち位置について小一時間問い詰めたい気がするのですが」
「小一時間も必要ねーよ一瞬で済むわ」
上条の反論を一言でバッサリと斬り捨て、それから勇斗は『かざきり』『ひょうか』と呼ばれた少女に向き直った。長いストレートの髪から一房だけ髪を束ねて垂らしている。吹寄に負けず劣らずの胸の膨らみを持っていて、突然それが視界に入ってきた勇斗は少し狼狽えた。勇斗に視線を向けられて、その少女はびくりと体を震わせてインデックスの後ろに隠れるように動く。身長差が結構あり、全く隠れられていないのだが。
「大丈夫なんだよひょうか」
そんな少女を安心させるようにインデックスは背後に隠れた少女に声をかけた。
「この人は『ゆうと』っていってとっても紳士的で優しい人なんだよ! とうまと違ってラッキースケベもしないから安心かも!」
「「おいお前そんな言葉どこで覚えた」」
上条と勇斗の心がひとつになったツッコミを、しかしインデックスは無視した。
決心がついたのか、インデックスの後ろから出てきた少女がおずおずと口を開いた。
「えっと……、風斬、氷華です。よろしく、お願いします」
「
そう言ってあいさつを済ませると、恥ずかしそうにしながらも風斬は小さく微笑んだ。
「? どうしたのひょうか」
「うん……。あんまり知り合いが多くなかったから……、こうやって知り合いが増えるの、実は嬉しいんだ」
「ひょうかはちょっと引っ込み思案すぎるかも。でも大丈夫なんだよ。私も、とうまだってゆうとだって、ひょうかのともだちなんだから」
「ともだち……、うん、ありがとう」
その一言に、風斬は更に柔らかい笑みを浮かべた。場に和やかな空気が流れて、しかしそこで勇斗はハッと気づく。
「っと、忘れてた。封鎖まであと12分ちょっとだから、早く逃げろよ。話はまた後でだ」
「おーう。じゃ、気を付けてな」
そう言って、上条たちは出口の方に向かって歩いていった。その様子を見送って、勇斗は1つため息をつく。
「……さて、仕事再開か」
侵入してきたテロリストが魔術師であるという事はわざわざ告げなかった。今回は
苦笑いを口元に浮かべながら、勇斗は地下街のさらに奥へと向かっていく。
▽▽▽▽
まだ避難していない学生に避難指示を出しながら地下街を回る勇斗。この周辺にいる人間はあらかた避難させ終え、他のポイントの応援に移動しようとしたとき、突如として ガゴン!! という大きな衝撃が地下街を襲った。
「なっ……!!」
突然の衝撃に足を取られる勇斗。しかし再び、同様の衝撃が地下街を走る。地震のような自然的な揺れとは違う。爆発か何かの衝撃か、もしくは何か……そう、
「……ッ!」
勇斗の脳裏に、駅前広場でゴスロリ女が使役していたアスファルトの
(――――まさか、もう隔壁を降ろしたってのか!? 早すぎるだろ……!!)
地下街を封鎖するまで本来ならあと5分以上はある。まだ避難中だった人間だっているはずだ。隔壁を降ろしてしまえば地上との出入りは完全に封鎖される。つまりこの時点で地下街にいる人間は、テロリストと共に地下街に閉じ込められたことになるのだ。
(学生がパニック起こしたらどうするつもりだよ……!)
とりあえず事態の収拾にあたろうと勇斗が踵を返しかけたところで、唐突に声を掛けられた。
「あの、そこに超誰かいるんですか?」
「!?」
突然の声に、驚いた勇斗はあたりをきょろきょろと見回す。すると通路に軒を連ねているレストランの中、暗闇の中から誰かが歩いてくる気配がした。すわ敵かと勇斗は身構えるが、どうにもその声色や薄暗い明かりに照らされるそのシルエットは、先程遭遇したゴスロリ女の物とは全く違っていた。
「
そう言って、非常灯で照らされた通路に出てきたのは1人の少女だった。薄暗くてよく見えないが、髪の色は恐らく明るい栗色。髪型は……ボブカット、だったか。シンプルな薄青色の半袖シャツを着た、見かけ初春や白井と同い年くらいの美少女。
「実は体調を超崩しちゃった友人がいるんですよ。逃げようにも隔壁が閉じちゃってますし、ホントだったら私の能力であの程度の壁超チョチョイのチョイなんですが、今そんなことやったら超目を付けられますし。というわけで、助けてくれませんか?」
「……まあ、それはもちろんだけど。その友達はどこに?」
まくし立てるような口調にちょっぴり圧倒されながらも、勇斗はそう言ってその少女に案内を頼んだ。こっちです、と先導する少女に連れられていったのはレストランの奥の休憩室だった。
「ここでお昼ご飯を食べていた時に友人が体調を超崩しまして。それでここの休憩室を借りてたんですが、いつの間にかみんな超逃げていたんですよ」
「親切なんだか不親切なんだか、はっきりしないなオイ」
「結論から言えばとんだ超迷惑ですかね」
そんなことを言いつつ扉を開けて中に入ると、従業員の仮眠用の物と思しきベッドに1人の少女が横たわっていた。肩のところで切りそろえられた黒髪の、整った顔立ちの少女が布団にくるまれている。
「あ……きぬはた。どうだったの?」
「とりあえず
最後の『ね?』は勇斗に向けられたものだった。意地の悪そうな、しかし体調の芳しくない友人への心配を絶妙にミックスさせたそんな表情で、『きぬはた』と呼ばれた少女は勇斗をじっと見ている。
「暗に『何とかしろ』って言ってんだろそれ。まあ、なんとかなるとは思うけど」
そう言うと、勇斗はポケットからスマートフォンタイプの携帯端末を取り出した。画面を操作して、後輩少女の電話番号を呼び出し、コールを掛ける。
『……もしもし。どうしたんですの?』
数回のコール音の後、電話口から聞こえてきたのは白井黒子の声だ。……何やらその後ろの方から、聞き覚えのある声――具体的に言えばツンツン頭と銀髪シスターとビリビリ少女の声が聞こえてくる気がするが……。
「いや、地下街の隔壁が予想外に早く下りたせいで中に閉じ込められてる人間がいるんだよ」
とりあえずそれらを無視して勇斗は用件を伝えていく。
「で、その中でちょっと体調が悪い人がいて、どうも自力避難が難しいんだ」
そこまで言ったところで、地下街が再び大きく揺れた。心なしか、さっきまでの衝撃とは近い感じがする。
「……どうやら侵入者さんも近づいてきてるみたいだし、早いうちに避難させたい。ってことでテレポーターを召喚したいわけなんだが」
『わかりましたわ。今どこにいらっしゃいますの?』
「えっと……、ちょっと待ってくれ。すぐに位置コード送るよ」
『わかりました。それでは、確認したらすぐに参りますわ』
「よろしく頼む」
そう言って勇斗は通話を切り、現在地をGPSで検索してそれを伝える位置コードを白井に転送してから、心配そうにこちらを見つめていた少女たちに向き直る。
「てことで、すぐにテレポーターが来てくれるはずだ。もうちょっと待ってもらっていいか?」
「なるほど……。これが他力本願ってやつなんですね」
「……適材適所と言ってもらおうか」
突然の暴言に思わず苦笑いが浮かぶ。
「俺だってやろうと思えば隔壁くらいぶち抜けると思うけど、
「へえ。ちなみにどんな能力なんですか? 私、超気になります」
「ま、AIM拡散力場干渉系と言っておこう」
「へ? そうなんですか? 隔壁ぶち抜けるとか言うからもっと超派手な感じの能力者だと思ったんですが。てことは滝壺さんと同系統なんですか。あれ、じゃあ滝壺さんも実は隔壁超ぶち抜いたりとかできるんですか?」
そう言って、目の前の少女は『たきつぼ』と呼んだ少女を見やる。自分の名前を呼ばれたのに反応したようで、黒髪の少女はむくりと体を起こした。
「ううん、私にはそんなことできないよ。……あなた、もしかして、『
「ぶっ!?」
「うわ、ちょ、いきなりなんなんですか? 超汚いですよ全く。てゆうかなんなんですか? 超図星とかですか? 実は2人は知り合いでしたとかそういうオチなんですか?」
「ううん。この人が誰なのかはわからないけど。でも私が知ってる限りの同系統能力で、隔壁をぶち抜けるような能力は、それしか知らない」
「へえ……。それにしても『
「……何だか外見が、天使っぽくなるからだったと思う」
そう言うと、黒髪少女は『違う?』といった感じで頭を傾げた。
「……まあそんな感じだよ。大当たり」
再び苦笑を浮かべて、そして勇斗は背に翼を出現させた。
『
「おー。超天使してますねこれ。超メルヘンです」
「まあな」
一言そう言うと、勇斗は背中の翼を消した。
「……で、君の能力は? 俺も『私超気になります』状態なんだけど」
「えっと、AIM拡散力場を手掛かりに能力者を追跡できる、っていうやつ」
「……なるほど。
「うん。大当たり」
「おー。こっちも超正解しましたね」
「AIM干渉系統は、
「ま、そうだね。結構合同で研究したりとかもするからなあ」
「うん」
そう言って、勇斗と黒髪の少女はうんうんと頷き合う。
と、そこで。
「勇斗先輩、ここにおりますの?」
レストランの外からツインテール少女の声が聞こえてきた。
「お、到着したみたいだな。こっちだこっち」
「やっと到着ですか。超遅いですね」
「まだ、5分とかかっていないけど」
3人が思い思いの言葉を口走るなか、声を頼りにして白井が部屋に入ってきた。
「お疲れ様ですわ勇斗先輩。ご無事で何よりですわ。で、救助待ちなのはこちらのお2人ですか?」
「そ。ベッドに座ってる黒い髪の子の方が体調が悪いみたいだから、外に出たらあの医者のいる病院に運んであげてくれ。その横の子に付き添ってもらう感じで」
「わかりましたわ。……それではここから脱出しますが、準備はよろしいですか?」
「うん。だいじょうぶ」
「はい。超よろしくお願いします」
その言葉を聞いて頷いた白井が、2人のもとに近づいていく。
「私の能力は自分と触れている物体を飛ばしますので、手の届く範囲にお願いいたしますわ」
「わかりました……てあれ、てことは、えっと、勇斗さんは脱出しないんですか?」
「? 何で名前……って、そうか、今白井が俺の名前呼んだからか」
ここで再び地下街が揺れた。静かになっていた地下街に、何か怒号のような音が響きだす。やはりテロリストが徐々に近づいてきているのだ。それをわかったうえで聞いているのだろう、栗色の髪の少女の声には少し硬さのようなものが聞き取れた。
「白井の
「私
「いや、女の子1人残して逃げられるほど落ちぶれたつもりはないからね。俺だって隔壁ぶち抜くことくらいできるんだし、何とかなるさ。安心して、っとー、絹旗さん、も滝壺さんと一緒に脱出しなよ」
「……そう言うなら、お言葉に超甘えさせていただきますね」
「うむうむ」
「……それではお先に失礼させていただきます。勇斗先輩もお気をつけて」
「おう。よろしくな白井」
その勇斗の言葉に頷いて、白井は2人と共に地下街から姿を消した。静寂が唐突に訪れ、しかし衝撃と怒号がその静寂をあっさりと破る。
「さーて……、それじゃあ行きますかっ」
上条の事を巻き込まれ体質と評したが大概にして自分もそうなのではなかろうか。まあここまで来たら放ってはおけないだろう。さっきの感じだと、侵入者はあっさり人を殺しかねない。そんなことをぼんやりと考えつつ、つとめて明るい声をだし、勇斗は更に奥の方、衝撃と怒号、おまけに銃声まで聞こえてくる方へ、足を進めていった。