科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.39 9月20日-10

 

 

 学園都市のとある場所で、とある老人が歓喜の声をあげていた。

 

「もう『Phase 5.2』に入ったのかッ……! 予想を超える成長速度! さすが上条君(『幻想殺し』)削板君(『最大原石』)、そして千乃君(『御使降し』)が一堂に会しただけのことはあるッッ!!」

 

 建物に窓は無く、外も見えないはずなのに、如何なる手段によってか――その左目にはカメラのレンズのような紋様が浮かんでいる――老人は外の様子を見通している。

 

 彼の視界の先にいるのは、単純な『科学』という単語では定義できない能力を持つ能力者たちと、そして『超能力の先(レベル6)』あるいは『科学』の『先』への一歩を踏み出した能力者。神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの――SYSTEM――既存の『科学』の及ばない領域への足掛かり。『科学』の『先』という意味で言えば、ある意味もはやそれは『オカルト』に等しいかもしれない。

 

 彼――木原幻生をして、そして彼ら『木原』をして、『科学という範疇から逸脱している』という評価を下さざるを得ない者たちが1つの場所に集結し、その力をぶつけ合っている。『科学』の総本山たる学園都市で、数えきれないほどの実験を繰り返してきた彼/木原だからこそ理解できる『科学』の『外側』。理論だけでは演算できない、しかし誤差と切り捨てるには規則的すぎる、見え隠れする『法則のようなもの』。それらと同じ、あるいはよく似た何かを持つ者たち。

 

 この街では『オカルト』と呼ばれ忌避されることが多いそれらを、彼/彼らは否定しない。サンプルは少ないにしろ自分たちの目で確かめた『事実』であるし、自分たちの理解が及ばない事象はむしろ垂涎の的。『オカルト』と断じ、排斥し、それ以上の研究を捨ててしまうなど愚の骨頂であり、『オカルト=既存科学の枠を超えたモノ』すら分析し、研究し尽くしてこそ。それが『木原』という研究者一族の矜持だ。

 

 『SYSTEM』と『オカルト』。一度で二度おいしいこの状況を前に、木原幻生は子供のそれのような無邪気な笑みを浮かべ、『目先の目的』を忘れ、食い入るように4人の戦いを見つめていた。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 背中の毛が総毛立つような、ザワザワとした嫌な感覚が止まらない。それと同時に、自分の体の奥底で昨日のそれと同じようなノイズが走り、より一層の焦燥が勇斗を包む。心臓の脈打つ音が耳のすぐそばに聞こえるような気がする。上手く息を吸い込めないのか、呼吸が浅く、荒くなっていく。

 

 勇斗にとって、AIM拡散力場は『可視の』――――五感としての視覚で捉えているか否かは置いておくとして――――力である。だからこそ、能力使用に際して必ず現れる力場の揺らぎなどの前兆現象を頼りにして攻撃を回避する、なんていう離れ業ができる。

 

 しかし、いくらその気になれば音速の2倍で動くことのできるような能力者であっても、前兆を何も捉えることができなければ、光速で迫る雷撃を回避することなど不可能だ。そして、目に見えるような前兆が観測できるようになっている時点では、得てしてもう取り返しのつかない段階まで物事が進んでしまっていることの方が多い。

 

 ノイズが、嫌な感覚が、勇斗の中で急激に膨れ上がる。力場の流れが急速に変化し、海の荒波のように激しく荒れ狂う。それを解析し、とっさの判断でその場を飛び退ることを勇斗は選択した。

 

 ――――次いで、先駆放電(ステップトリーダー)先行放電(ストリーマ)が発生する。本来ならそれらは肉眼で見ることは(時間的に一瞬過ぎて)厳しいはずなのだが、削板はそれを認識し、回避行動に移る。

 

 ――――移ろうとしたその瞬間だった。

 

 一条の雷撃が削板を捉える。――――彼は第7位として、不可思議なまでに強靭な体を持っている。銃弾を撃ち込まれても、刃物で切り付けられても、そして雷神モードと化した御坂の一撃をその身に受けても、「痛い」の一言で済ますことができる程だ。だからその雷撃も、「ちょっと痺れたぜ!」くらいの一言で受け流せるはずだった。

 

 いや、事実その雷撃は削板をちょっと痺れさせたくらいで、彼に対してさしたるダメージを与えることはなかったのだ。――――その雷撃自体は。

 

 横で様子を眺めていた勇斗の視界が閃光で染め上げられる。爆音と衝撃波が壁となって勇斗の体に叩き付けられた。

 

 微動だにしない食虫植物が獲物となる虫をついに捕らえた時のような、飢えた猛獣が縄張りに迷い込んできた草食動物に襲い掛かる時のような、そんな獰猛さ。先の一撃でほんのわずかに回避が鈍ったその隙を突いて、数多の雷霆が降り注ぎ、一斉に削板に喰らいつく。

 

 消し炭になってしまわなかったのが不思議な程だった。生身の体を維持できているのが不思議な程だった。永遠に続くかにも思えた雷撃が止み、削板が弾き飛ばされ、上条が名前を呼びかけながら削板に駆け寄っていく。打ちのめされ、地面に転がされ、閃光と爆音によって視覚と聴覚がまともに働いていない状態の勇斗も、AIM拡散力場の流れを通して、ソナーの要領でその様子を把握する。

 

 そして、

 

「――――伏せろ当麻!!」

 

 耳鳴りに負けないくらいの大音量で、叫んだ。

 

 一瞬の間。そして風を切る音と、肉を叩いた鈍く湿った音。そして硬い物が砕ける音と、その破片が散らばるパラパラという乾いた音。

 

 爆音で三半規管がやられているのか、ふらつく体を引きずり、何とか体を起こした勇斗。苦労しながら目を見開けば、地面に身を投げ出した格好で倒れ込んでいる上条と、広場外縁に建っていたビルの残骸に叩き付けられ、めり込んだ様子でぐったり力なく倒れ込んでいる削板の姿が見えた。上条は勇斗の言葉通りとっさに伏せただけで今の一撃の直撃は受けていないらしく、すぐに立ち上がる。しかし削板は動かない。雷撃を受けたのに、そして(恐らく再び)御坂の『翼』による一撃を受けたのに、目立った外傷はほとんど見られない。しかし、微動だにしない。

 

 命に関わるダメージを受けたのかもしれない。そうでないにしろ、少なくとも、驚異的な耐久力を見せた削板の意識が刈り取られるほどのダメージを受けたという事だ。

 

 『敵』を1人排除したことを誇っているかのように、羽衣のような翼を艶やかに舞わせて、御坂は勇斗と上条の前に立ち塞がり続ける。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「……?」

 

「どうしたんですかシスターちゃん」

 

 急に出現した黒雲とそれに伴う雷を避けるために地下街に避難しており、横を歩いているシスター少女(ただし今はチアリーダーの服を着用)に向かって、月詠小萌は声を掛けた。ついさっきまで一緒に行動していたツンツン頭の少年が集合場所に戻ってこなかったので、通りがかりの小萌が“昨日に引き続いて”面倒を見ているのだ。彼女の教え子でもあるあのツンツン野郎は、こんなかわいい少女をほったらかしにして一体どこをほっつき歩いているのだろう。少しお説教が必要だろうか。特別授業とか。――――本人に伝えたら顔を青くして震えるんじゃないかと思う程の真っ黒なことを考えつつ、そんな事は微塵も感じさせないような声色で。

 

「……いや、何でもないかも」

 

 さっきまでのぷんすか顔とは明らかに違う表情で、言葉少な気にチアガールなインデックスはそう返答する。急にどうしたのだろう。地下街にまで響いてくる程の大音量で鳴り響く雷が怖くなったのだろうか。

 

「大丈夫ですよシスターちゃん。この街は科学の街であるが故に、それだけ雷への対策もしっかりしています。地下街に居ますし、何の心配もいらないのですよー」

 

「……うん。そうだね」

 

 しかし、少女の反応は鈍い。心ここに非ず。そんな表現がしっくり来るような。

 

「……ああ、もしかしてシスターちゃん、上条ちゃんの事が心配なんですか?」

 

 そして小萌はその考えに思い至った。確かにこんな危険な天気の中、帰ってこない友人がいたら、小萌だってそりゃ不安になる。単なる友人以上(・・・・・・・)の人間がそうなれば、それはもう言うまでもないだろう。

 

 案の定、インデックスはその問いかけに素直に頷く。

 

「上条ちゃんなら大丈夫ですよ。どうせ勇斗ちゃんと一緒に居るでしょうし、上条ちゃんも上条ちゃんでおバカですけどアホの子ではないのです。きっとちゃんと避難してますよー」

 

「……うん。だよね!」

 

 (でも、この荒れ狂ってる天使の力(テレズマ)みたいな力は……。とうま達はまた、何かに首を突っ込んでるのかな)

 

「んー?シスターちゃん、今何か言ったのです?」

 

「……ううん。何でもないかも」

 

 そう言って、シスター少女は薄く笑んだ。どこか寂しげに、祈るように。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 圧倒的な力で以って、勇斗と上条の前に立ち塞がる御坂。そして削板(ナンバーセブン)というプラチナキング並みの『経験値の塊』を倒したことでレベルアップでもしたというのだろうか。早くも再び、御坂はその姿を変え始める。いや、『御坂の姿が変わり始める』の方が適切なのだろうか。

 

 ――――そんな日本語の違いはここでは些細なものだ。そんなもの、これ(・・)を目の前にしてしまうと正直どうでも良くなってくる。

 

 長く伸びていた角の根元にあった目のような黒点が、ゆっくりと御坂の頭の方に下がっていく。そしてその『目』が御坂の額に触れた途端、溶けるように形を失い、御坂の頭部全体に広がり、纏わりつき、同化する。それに呼応するように、角も上下から中央に向かって収束し、スライムか何かのように蠢きながらも形を変え、トゲの生えた円環のような形に成形されていく。頭の上に浮かぶその禍々しい円環は、まさしく天使のそれを思い起こさせる。

 

 そして同時に、優雅に、艶やかに、舞い踊る羽衣にも似た翼にも変化が起こった。蝋燭が溶けて短くなっていくような、そんな様子を思い起こさせる。先端の方から波打ち、溶けるように揺らめきながら、御坂の腕の周りに集まっていく。そしてまたしても、AIM拡散力場を物質化・現出させ、更にそれを腕に取り込み、集めた『羽衣』と練り合わせ、練り上げたそれを腕に、体に、纏う。

 

 遠目から見れば、全体としては人の形をとっている。しかし、腕や足は燃え盛る炎のように揺らめいており、見方によっては炎が龍か何かの顔を形作っているようにも見える。

 

 そして顔の周りに貼り付いた、黒い『影のような何か』は、少しずつ少しずつ、じわじわと御坂の体を『侵食』していく。その『影』の『奥』には銀河や星――深い宇宙の果てにも見える『異世界のようなもの』が映し出されている。

 

 一体どこから発せられているのかはわからないが、重たい何かを引きずるような硬い音が響いている。――――まるで、重い鉄の扉を無理やり引きずり、こじ開けようとしているように。

 

 御坂は右腕を上げ、龍の顎にも思える形の右手を勇斗と上条に向かって突き出す。――――いや、更にその後方、『窓の無いビル』に向けて。同時に、御坂の足元から『影のような何か』が出現し、円形に広がっていく。そしてそこから、『力』が噴き出し、巨大な球形に収束していく。

 

 ――――これは、雷撃でも磁力でもない。もはや、AIM拡散力場でもない。

 

 言葉無くその様子を眺めながら、勇斗は確信する。――――あれは、どこか別の世界から引きずり出された、この世界には本来存在しないものだ。今の御坂は、単なる『科学』という言葉では説明できない、そんな領域にいる。その身に天使の力(テレズマ)を宿す自分と同じ、下手をするともっと『深い場所』に足を突っ込み、同化しようとしている。

 

 『同じような』存在である勇斗だからこそわかる。あの『球』が解き放たれれば、自分たちは、いやこの街全体が、ただでは済まない。

 

 ――――何としても、止めなければならない。御坂を救うため、この街を守るため。

 

 勇斗は目を閉じ、そして、静かに目を見開く。

 

 ――――『水晶の青』と『金色』。白銀の翼と同色の円環をそう色付かせて、勇斗は御坂に対峙した。

 


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