強引に締めましたので、後日加筆するかもです。しないかもですが。
(本音:早く先に進みたいのです!なのです!)
――――そこから先は目の疑うような光景の連続だった。
上条が不気味に浮遊を続ける黒い球体に右手を叩き付けた。予想していた通り、それだけでは球体は消失しない。つまり、質的にか、量的にか、あるいはその両方かで、球体は
――――時間にすればそれほど長い時間ではなかった、
上条の右手が球体表面から弾かれる。――――いや、それだけではない。上条の右手が、
――――しかし、そのことについて嘆く時間も、恐れる時間も、与えられることはなかった。事態は止まらない。
ズッ!! という全てを震わせるような重く鈍い振動。体の中に直接氷の塊を突っ込んだかのような、そんな生々しい寒気が勇斗を貫く。全身から一気に冷や汗が噴き出した。そんな、普通ではない感覚が勇斗を襲っていた。得体の知れないモノに対する、理屈では語れない恐怖にも似た感覚が。
――――そしてそれは、訪れた。突然に、現出する。
体の芯から揺す振られるような、根源的な恐怖を呼び覚ますような、形の無い大気を圧し砕くような、鮮烈な咆哮が轟く。しかもそれは1つではない。いくつもの轟音が折り重なり、爆音の壁となって周囲に撒き散らされる。
「……ドラ、ゴン……?」
そう。それは、――――上条の右腕から鮮血と共に出現したのは、幾体もの『ドラゴン』だった。1体1体見た目が違う、全て異なる、竜だ。何よりも鋭く思える牙を光らせ、極上の餌に対するそれのように獰猛に黒の球体に喰らい付く。幾体もの――――恐らく8体ほどか――――竜は、我先にと競うように球体を噛み千切り、あっという間にそれを喰い尽くしていく。
圧倒的な光景だった。学園都市の全てを灰に帰することなど容易いと思われた膨大な力が、それ以上の何かによって強引に、容易く、消されていった。もう球体から発せられていた禍々しさなど欠片も残ってはいない。ただひたすらに、世界の理を乱す『異能』を打ち滅ぼし、駆逐する『力』のみがこの場を支配している。
――――その時だ。自身も膨大な
――――ただそれだけで、勇斗の体が地面に縫い止められたように動かなくなる。『足を動かす能力』を消されてしまったかのように、足が――――いや全身が、微動だにしなくなる。次の瞬間、その竜は口を大きく開け、勇斗の元へ飛び掛かった。何故かはわからない。力の質的にか、量的にか、竜が反応してしまうような何かが、勇斗の力にはあるというのだろうか。
竜を生み出している上条はそのことに気付いていない。いや、気付いていたとしても対処できたかどうか。ともかく、鋭く並んだ牙を光らせ、勇斗を呑み込まんとその竜が迫る。――――竜には生物的な実体は無い。しかし、これに喰い付かれ何事も無いとはどうしても思えない。何が起こるかはわからないが、ただで済む保証など欠片も無い。――――しかしそれでも、勇斗の足は、体は、びくともしない。思考が停止し、一瞬が永遠にすら感じる程、時間が薄く引き伸ばされる。
「――――何やってんだ!!」
怒号にも似た叫び声。体を襲う強烈なG。――――それらを自覚して、勇斗の思考の歯車がようやくその動きを再開した。手を握り込み、開く。体に対する謎の縛めもその効力を失っている。
「――――おい! 生きてるか!」
「……ああ、何とか。助かったよ、削板」
ぐったりと疲れ切ったような声で、自分を抱えて脱出してくれた削板の問い掛けに勇斗は返答する。目線を上げれば、漆黒に染まっていた空は元の青さ――――日が傾きつつはあったが――――を取り戻していた。眩しい日光が勇斗の目に照り付ける。
「翼と頭の上の輪っかの色、白に戻ってんぞ。大丈夫なのか?」
再びの、削板の問い掛け。翼と円環の白色への『脱色』――――それは恐らく、
「……あの竜な、喰い付かれてねえのに、近づかれただけで、ごっそり、持って行かれた」
喋るだけで息が上がる。恐怖感からではなく、実際に勇斗の体全体を隈なく脱力感と疲労感が襲っていた。原因は何となくだが掴めている。つい今まで体中に満ちていた力――――恐らく
「……狙われた心当たりはあるのか?」
「ない、わけじゃ、ない。……確証は、無いけどな」
何とか返事をするが、その傍から次第に意識を覆い始める
「手間、掛けさせるけど……第7学区――病院――、」
その言葉を言い終わる前に、勇斗の意識は完全に闇に引きずり落とされた。
▽▽▽▽
意識を取り戻した勇斗が最初に知覚したのは、何か瑞々しい果物の皮をむくような、しゃりしゃりとしたそんな音だった。次に、自分が柔らかく、ふかふかなベッドか何かに寝かされているということも理解した。――――ああ、またあの病院か。当麻の事を馬鹿にしてる場合じゃないんじゃないだろうか、何てことをぼんやりと考えたあたりで、意識が急速に覚醒を始める。瞼の向こうが明るい。どうやら病室には明かりがついているらしい。
勇斗は目を開ける。枕に頭を預けたまま周囲を見る。案の定、予想通り、そこは件の病院の、しかもオリアナ戦後に勇斗が入院させられていた部屋と全く同じ部屋だった。
「あ、勇斗さん。起きたんですね」
そんな勇斗の様子に、ベッド脇の椅子に座りながらリンゴの皮をむいていた少女――――絹旗最愛は気付いたらしい。作業の手を止めて、勇斗に声を掛けた。
「……絹旗か。悪いな、また来てもらって」
勇斗はそう言って、体を起こす。
「今何時だ?」
「9月20日の19時過ぎです。外は今、ナイトパレードで超騒がしくなってますよ」
言いながらリンゴに爪楊枝を刺し、それを勇斗に差し出す。勇斗はありがたくそれを受け取り、リンゴに齧り付く。
「……今日はそこまで長々と寝てたわけじゃないのか」
「ええ、そうみたいです。第7位があなたを運んできたのが16時前頃だったらしいので、3時間くらいですかね」
リンゴ2切れ目。同じく勇斗は噛り付く。
「……削板には手間掛けさせたな」
「ああ、その辺りの件も含めてあの超カエル顔の先生から伝言を預かってます。……極度の疲労が原因の意識喪失、大きな異常は無し。が、昨日の件も含め、脳への影響を鑑みて明日一杯は能力の使用を自重すること。『根性入れ直して、万全の状態になったら手合わせ願うぜ!』と言って帰っていった第7位に感謝すること。……だ、そうですよ」
「なるほど……。じゃあ明日は事務作業に徹するかなあ。削板の方は……まあまたどっかで会うだろうし、しばらくおいとくか」
リンゴ3切れ目。今回は絹旗が差し出したリンゴ(の刺さった楊枝)を手で受け取らず、そのまま噛り付く。傍から見れば餌付けされているようにも見えなくはない。
「ああ、そういえば、『とりあえず今日もここで寝ていくといいんだね?』っても言ってましたよ、超カエル顔の先生」
「……まさか病院に連泊することになるとはなあ」
「私としても一度退院した人間をこんなに早くまた見舞う事になるなんて超予想外でしたよ」
リンゴ4切れ目。餌付け再び。
「見舞いで思い出したけど、当麻とか御坂がどうなったかは知ってるか?」
勇斗の見たその2人に関する最後の記憶は、上条の右腕から出現した竜が黒い球体を食い荒らしたところで途切れている。事態は無事収束したのだろうか。
「その2人なら、ここの隣とさらにその隣で検査入院してます」
澱みなく、絹旗は勇斗の問いに答えを返した。
「今は家族の方が付いていますけど、2人とも超ピンピンしているみたいでした。勇斗さんと同じで、今日は念のため病院に泊まっていくみたいですけど」
リンゴ最後の一切れ。三度の餌付け。2人ともピンピンしているということは、つまり無事に解決したということだろう。その裏で起こっていた出来事――――あの水銀人形やその操作主、雷神モード御坂との激突直前に勇斗と上条の頭に
「どうやら家族だけでなく、友達や後輩なんかも超お見舞いに来ているようでしたね。……何故かここには来ないみたいなんですけど」
そう付け加えて、不思議そうに絹旗は呟いた。
「……? それってどういう……、」
ことだ? と言いかけて、そこで勇斗はふと、嫌な予感に襲われた。上条や御坂のお見舞いに来る『友達や後輩』と言えば、土御門や九重、青ピ、吹寄、姫神、の高校生軍団あたり、177支部メンバーの白井、初春、佐天、そして泡浮と湾内、の中学生軍団(婚后はまだ怪我で入院中のため除外)あたり、なんかがまず思い浮かぶ。そして彼ら彼女らは、いずれも勇斗の友人、後輩でもある。隣の部屋、隣の隣の部屋、に勇斗がいれば、(自分から言うのもアレな話ではあるが)普通ならお見舞いに来てくれてもいいはずなのだ。
「……なあ絹旗。1つ質問していいか?」
「何です?」
「今日は、いつ頃ここに来たんだ?」
「確か……、勇斗さんが運ばれてからそんなに経たないうちだったと思います。詩菜さんから突然電話が来て、勇斗さんが倒れたっていうから超急いでここに来たんですよ。ちなみに詩菜さん達以外では私が超一番早く来ました」
自分が倒れたと聞いて絹旗が急いで駆けつけてくれたのはかなり嬉しい。超嬉しい。嬉しくないわけがない。いつの間にか絹旗と上条ママの詩菜さんが連絡先を交換しているというのはかなり驚いたけれども。――――しかしそれらは置いておくとして、つまり絹旗は、その時からずっとここにいるのだ。上条と御坂の家族以外の見舞客の中では、誰よりも長く。
他の見舞客からしたら、それはどう見えるだろう。誰よりも先に、少年の見舞いに駆けつけた少女。ちょうどその2人には、
そして勇斗は、見舞いに来るであろう人間達の性格について考えてみる。――――どいつもこいつも、『面白そうなこと』があれば首を突っ込んできそうな奴らばかりだ。
例えば、
「……そこで覗いてやがるのは、どこのどいつだ!」
勇斗は枕を掴み、ドアに――――ほんのわずかに隙間が開いている引き戸に、勢いよく投げつける。枕が戸にぶつかった音に半瞬遅れて、「ひゃっ!?」だか何だかの、甲高い叫び声。それからすぐに戸が開く。そこに立っていたのは、
「にゃー、勇斗。ちょっと今のは乱暴すぎやしないかにゃー? 小萌センセービビっちゃってるぜい」
ニヤニヤと、実に清々しい笑みを浮かべている土御門と、驚いた表情で立ち尽くす月詠小萌だった。小萌先生の足元には、見舞いの差し入れだったのだろう、お菓子の箱のようなものが落ちてしまっていた。
あまりにも意外な組み合わせ(土御門がいるとは思っていたが)に、言葉を失う勇斗。突然の勇斗の凶行と、突然の金髪グラサン男とその男に「センセー」と呼ばれたどう見ても見た目小学生なロリな少女の登場に、同じく呆然とした表情を浮かべる絹旗。
「いやー、にしても、昨日もそうだったけど2人とも仲良いにゃー。昨日はお泊り看病でー、今日は『あーん』ですかい。いやー羨ましいにゃー砂吐きそうだにゃー」
「……いくら2人の時間のお邪魔をしたからと言って、あんな乱暴なことを、しなくても……」
――――収拾がつかないという点では、それで間違いなく最悪に近い事態に陥ることになった。勇斗の前では土御門がニヤけ、小萌が泣きそうになり、横では絹旗が顔を真っ赤にして動きを止める。隣の部屋、更にその隣の部屋からは今の騒ぎを聞きつけ、聞き慣れた声がぞろぞろとやってくるのがわかる。
嫌な予感は的中した。最後の最後で引き金を引いたのは、勇斗自身だったけれど。
――――いっそ何も気づかないふりをして、寝たふりをしていた方が良かったのか。下手をすると今日1日の騒ぎに匹敵するほど面倒になことになりそうなこの場をどう収めるべきか、勇斗は頭を抱えることになったのだった。