科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.46 9月28日-3

 

 ――――得体の知れない敵にむやみに飛び込むのは得策か否か。

 

 これは答えが分かれる問い掛けだ。飛び込むことにも、様子を見ることにも、それぞれメリットとデメリットの両面があるからだ。

 

 例えば、すぐさま飛び込むことで敵に行動を起こさせる前に攻撃を叩き込めるというメリットがある。先手必勝という言葉が表すように、先制攻撃が決まれば戦況は一気に有利に傾く。一方で、特に力量差がある場合などで、手も足も出ないままに返り討ちにされる可能性がある。そのいい例がつい先刻の騎士たちと修道士たちだろう。自分たちの力を過信し、勇斗の地力を過少に見積もったことで、壊滅する羽目になった。

 

 様子を見る、という選択をすればそうなる可能性は減るが、逆に相手に準備のための時間を与えることになり、より強力で手痛い一撃をもらう羽目になるリスクを負うことになってしまう。

 

 結局のところ、最適解は自分と敵の力量差、戦闘状況や周辺状況などの環境要因に左右される。

 

 ――――さて、現状の戦闘に話を戻そう。勇斗は学園都市の一能力者でありながらその身に天使の力(テレズマ)を宿す、いわば擬似的な『聖人』だ。瞬動術(クイック・ムーブ)や鎧を砕く拳の一撃など、その身体能力は常人の域を優に上回り、()()の人間相手ならオーバーキル過ぎる程。それに移動や攻撃、防御など幅広い用途に用いることのできる翼、学園都市内部での戦闘に限られるもののAIM拡散力場という力すら扱うこともできる。

 

 故に、勇斗はこういった状況では、()()は迷いなく飛び込む。人の知覚を超える速さで接敵するもよし、不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)を叩き込んでやるもよし。

 

 ――――しかしこの場で勇斗はそうはしなかった。正確には、そうすることができなかった。勇斗にそうすることを躊躇させるような『何か』を、エジディオが持っていたのだ。

 

 それはもしかすると、単なる勇斗の考えすぎなのかもしれない。繰り返すが、勇斗は擬似的でかつ不完全であるとはいえ『聖人』と同質の力を有しているのだから。しかし少なくとも、勇斗の前に立ち塞がるローマ正教の司教は、確かにその瞬間、勇斗の動きを封じ込めていたのだった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 エジディオは緩やかにその手の杖を振り上げる。呼応して、真水の中に濃い塩水だか砂糖水を流し込んだ時のような、そんな鈍い『揺らめき』が凄まじいスピードで放たれた。真っ直ぐに自分に襲い掛かってくるそれを、勇斗は体を捩って回避する。

 

 と、一瞬遅れて、体を押し潰すような強力な乱気流が勇斗の体に襲い掛かった。虚を突いた故の一時的なものとはいえ、そしてあくまで『擬似的な聖人』であるとはいえ、勇斗の脚力を捻じ伏せる程の強烈な下向きの風が勇斗の動きを封じこめる。

 

 そしてエジディオが再び動く。今度は杖先で地面――――強化鉄筋コンクリート造りのビルの天井を優しくコンと突いて、――――轟音と共に地面が割れた。生じたひび割れが勇斗の足元にも到達する。亀裂が広がり地面が消えた所に、聖人の脚力に打ち勝つほどの下向きの風。どうなるかなど想像に難くない。勇斗の体が凄まじい速さで下向きに吹き飛ばされ、下のフロアの床に叩き付けられる。

 

「がっ、は……!?」

 

 肺の中の空気が一気に叩き出され、一気に酸欠状態に陥る勇斗。

 

「言っただろう。容赦はしないと」

 

 亀裂の入った天井の、その隙間からエジディオの声が飛んだ。逆光で表情を確認することはできない。シルエットと化したエジディオが三度杖を振るう。――――いや、そうしようとしたところで。勇斗は床に寝転んだ形のまま、亀裂の向こうのエジディオ目がけて不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)を撃ち放った。

 

「――――甘いわ」

 

 しかしシルエットは動じない。改めて杖を振り上げると、収束したはずのAIM拡散力場が真っ二つに切り裂かれ、そして霧散していく。

 

「姿だけでなく扱う力まで天使の紛い物か。どこまでも主と十字教を愚弄する大罪人が」

 

 驚愕に言葉を失う勇斗に向け、断罪の言葉を司教は紡ぐ。

 

「――――偽りの翼を持つ者よ。全てを捨て去り、土に還るがいい」

 

 杖を振り上げる。勇斗の背中で床が割れ、杖の先から2条の『揺らめき』が勇斗を挟み込むように放たれる。体を支える床を失った勇斗に、先刻の物より一層強烈な乱気流が襲い掛かった。

 

「……さて、全てのフロアの床は全て砕いてある。20階を超える高さのビルの最上階から地面に叩き付けられて、人は原形を留めていられるのだろうかね」

 

 勇斗の耳に届いたのはその言葉が最後だった。恐ろしいほどの初速を得て、勇斗の体は砲弾のように落ちていく。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「……さて、次は貴様の番だ」

 

 ゆらりと、首を振ってエジディオは視線を土御門に縫い止める。

 

「大方貴様はイギリス清教の人間なのだろうが……十字教に属する人間が大罪人と手を組むとは。イギリス清教も堕ちたものだ」

 

「……お前が人の事を言える立場なのかにゃー? 『預言者の奇跡』を、人を傷つける目的で振るうお前が」

 

 土御門は動じることはない。ただその目に冷たい光を宿したまま、シニカルな笑みを浮かべるだけ。

 

「……………………なんだ、もうバレていたのか。喰えないやつだ」

 

 右に、左に。エジディオはゆっくりと首を揺らす。

 

「そうだ。わが杖は、かの著名な預言者であるモーセのそれを再現したものでな」

 

 『モーセ』という人物の話を耳にしたことのある人は決して少なくはないだろう。敵に追われ追い詰められたモーセが海を割り、窮地からの脱出を成功させたというエピソードは有名なものであり、現代日本の学園都市の中でさえ人込みが分かれ道ができてしまう状態のことを『モーセ状態』と呼んだりする。

 

「モーセが起こした、記録史上最も有名な『奇跡』。そこから『割る』という現象のみを厳選して抽出し、作り上げたのがこの司教杖だ」

 

 杖を手の中で遊ばせて、エジディオは続ける。

 

「ひとたび振るえば大気だろうが、強化コンクリートだろうが、不可視の力場だろうが、みな等しく『割れる』のだ。『預言者の奇跡』の中のただその一点のみを追い求めた、単純ゆえに強力な私の自慢の霊装さ」

 

「……いいのかにゃー? そんなにペラペラと手の内を明かして」

 

「今更何を言い出す。言い当てたのは貴様だろう」

 

 つまらなさそうに、溜息を1つ。

 

「……言ったはずだ、『単純ゆえに強力』だと。手の内が知られようと、『奇跡』の効力には何の揺らぎもない」

 

 大気を引き裂いて乱気流を発生させる。足元の地面を割り砕くことで足場を失わせる。力の出どころは魔術だが、ひとたび現象として出力されればそれは単なる『物理現象』となる。

 

 魔術は魔術によって妨害されうる。それ以外にも上条当麻(ツンツン頭)幻想殺し(イマジンブレイカー)や、特定状況下での勇斗の術式破壊(グラムデモリッション)、インデックスの強制詠唱(スペルインターセプト)等々、魔術が『魔術のまま』であるなら、未然に打ち消すことも可能だ。

 

 しかし、えてしてそういった対抗手段は『現象』を打ち消すことはできない。現象を無かったことにはできない。時間移動(タイムリープ)のように、時間に干渉でもしなければそんなことは不可能なのだ。

 

 単純さゆえの強固さ。妨害をほとんど受けることなく効果を発揮できる安定感。それを指してのエジディオの自画自賛だ。

 

「……まあ、『預言者の奇跡』が気に食わないというのであれば、灰すら残さず焼いてやってもいいだろう」

 

 笑みを浮かべたエジディオがその手の杖を掲げると、その先端に光点が――――小さな火球が出現した。

 

「知っての通り、杖は『火』の象徴武器(シンボリックウエポン)。『奇跡』以外の全てを削ぎ落としたとしても、杖が杖である限りそれは変わらない」

 

 話している間にもどんどんと火球はその大きさを増していく。それこそ、人1人くらい簡単に呑み込んでしまいそうなほどに。

 

「……………………やっぱり、お前はローマ正教の典型みたいな人間だな」

 

 そんな状況で、土御門は呆れたような声を発した。いや、声だけではない。表情も心底呆れかえったことをありありと表している。

 

「……なんだと?」

 

 その言葉に怪訝な表情を浮かべるエジディオ。

 

「いや、優位になったと思った途端にべらべらと語り出したりとかな。俺は訳あって魔術が使えない身だ。何も言わずにさっさとそのご自慢の杖で俺を殺しておけば良かったものを。戦場で敵を見下して時間を浪費するなんて愚の骨頂だ。……なあ、勇斗」

 

「全くだ。結局部下の連中と同類だよ。ビビッて損した」

 

「なっ……!?」

 

 背後からの第三者の声。振り向くとそこにいたのは、先ほど奈落の底に叩き落としたはずの翼を持った少年だ。目立った傷は見受けられない。

 

「生き、て……!?」

 

「あんまり舐めてもらっちゃ困るんだよなー。紛い物にだって本物の力が宿ることくらい魔術業界じゃ常識だろうに」

 

 そう言って、勇斗は構えをとった。

 

「ご自慢の魔術でもっとしっかり分析しとくべきだったんだよ、()()()()()()()()()が集まってんのかをさ。やっぱり激情に駆られる人間は扱いやすいってことかな」

 

 そしてエジディオが二の句を継ぐ、それよりも早く、勇斗は動く。

 

 瞬動術(クイックムーブ)、そして翼を一閃。切り裂かれた杖がエジディオの手から滑り落ちる。

 

「じゃ、ロンドン塔への片道切符ってことで1つ」

 

 滑り落ちる杖が地面に落ちるよりも早く、勇斗が不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)を叩き込んだ。学園都市に満ちる微弱な力、それらが強大な奔流となってエジディオを呑み込んでいった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 第7学区、窓のないビルの内部。

 

『素晴らしいな。また成長しているようじゃないか』

 

 いつぞやと同じ、姿なき声が空間に響く。

 

『ちょっと目を離した隙にここまで天使の力(テレズマ)を使いこなせるようになっているとは思わなかった。男子三日会わざれば刮目して見よ、とはよく言ったものだな』

 

「その言葉には全く同感だが……あなたがそんなことを言い出すとは思わなかった」

 

 楽しげにその声に応じたのはこの空間の主、アレイスターだ。

 

「内包する天使の力(テレズマ)への自己干渉可能化という大きな課題は残っているが……」

 

『この調子ならすぐにでも克服する、だろう?』

 

「そうだな。彼なら大丈夫だろう」

 

 人影は1人、声は2人。低い笑い声が響き渡る。

 

「…………身体強化が掛かっているとはいえ、20階の高さからコンクリートに叩き付けられればダメージを受けて然るべき。それなのに彼は無傷だった。ということは」

 

『「聖人化」が進行している証拠ということになるな。だんだんと魔術側に引きずられてしまっているようにも思えるが。良いのかい? 君はそれで』

 

「……構わない。そのための『ハイブリッド』だ。あのまま成長してくれれば、虚数学区展開下でもうまくやれるはずだよ」

 

 そう言って、モニターへと目を向ける。

 

「どれだけ天使の力(テレズマ)をその身に宿していても、彼が能力者であることには変わらない。彼は天使の力(テレズマ)の操作に魔力の精製を必要としないからな。彼の用いる『術』は、『魔術』ではなく『能力』と呼ぶべきだろう。……さて、次の魔術師たちはいつ来てくれるのだろうね。待ち遠しくてたまらない」

 

『……いつになく楽しそうだな、今の君は』

 

 少し呆れたような姿なき声が、会話をそう締めくくった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

『はーいヴェント。そろそろ出発なのぉ?』

 

『……何の用よ』

 

『いやいやぁ。できれば一緒についていきたいなぁ、って思ってぇ』

 

『それこそ何の用よ。あんたが一体学園都市に何の用があるの?』

 

『まあ、そうねぇ。上条当麻君じゃない方かなぁ。ちょっと気になることがあってぇ』

 

『ああ……、確か大能力者(レベル4)ってヤツ? まあエジディオをブッ飛ばしたってヤツだから何かあるとは思ってたけど、アンタが直々に出ていくほどなの?』

 

『多分ねぇ。予想通りならきっと面白いことになると思うわぁ』

 

『…………未だにアンタの言う「面白い」には付き合いきれないところもあるんだけどね』

 

『まぁまぁ。そうツレナイこと言わないでさぁ』

 

『……勝手にしろ。私は私がしたいようにするし』

 

『ありがとぉ。何だかんだ言ってヴェントは面倒見がいいから好きよぉ』

 

『…………』

 

 


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