ちなみに私の嫁は吹雪ちゃんです(無関係)
「…………『神の右席』が動きたりけるか」
ロンドンのランベス宮。深夜の静けさに包まれた宮殿の、その内部に設えられたバスルーム。20メートル四方の広い空間に小型の(とはいえ人1人はゆったりと浸かれる大きさの)バスタブがぎっしりと詰め込まれているというある種異様な光景が広がっているその空間の中、『電気風呂』と書かれたバスタブに、イギリス清教
「おまけに……あの『5人目』まで動くとは、思いがけぬこともありにつきけるのね」
誰に気兼ねすることもなく落ち着くことができる場所で、彼女の独り言は紡がれる。唯一の邪魔になりそうな赤毛の不良神父ももう帰らせたから、誰かに聞かれる心配もない。――――いや、『邪魔』というのであればもうその不良神父にされたのか。人が折角足湯を楽しんでいたというのに、突然レディの浴室に殴り込みをかけてくるなんて英国紳士としてなっていないにも程がある。そのせいで着衣入浴の上、M字開脚を見せる羽目になってしまった。着衣入浴のせいで修道服はぴったりと肌に張り付いてしまったし、あの開脚っぷりからすれば多分下着も見られただろうし。
(…………まあ、別にそんなことはどうでもいいのだけれど)
別にそこまでの羞恥心は感じていない。部下とそんな感じのドタバタなやり取りをするのはいつものことだとは言わないまでも、ままよくあることではある。そんなことより、ここで考えるべきはローマ正教の方だ。――――これで『そこまでの羞恥心は感じていない』なんて割り切れちゃうのは女としてどうなんだろうと思わなくもないけれど、これくらいできないと
「…………『5人目』。十字教における第5の天使を司りけるもの」
――――ローマ正教には『神の右席』と呼ばれる組織が存在する。最初は教皇を『組織の外部』から補佐する影の相談役として作られ、十字教世界における本来のピラミッドの内部には存在していなかった。しかし、歴代の教皇たちが彼らを頼りすぎた結果、いつしか『教皇すらをも教え導くもの』として指導者の立場を掌握することになる。
この世界に生きる『普通の人間』として、最も『神』に近いとされる教皇。その教皇よりもさらに神に近い者たち。故に彼らは、自らを天の御使い、その中でもさらに重要な四大天使に見立てるようになった。すなわち、『
そしていつの間にか、彼らの目的は変質した。『原罪』を消去することで『天使そのもの』へと自らを変貌させ、神の『右側』――――十字教において『右側』は『対等』を意味する――――つまり神と対等な存在になり、さらに別の、神よりも上位の存在に至ることを目指すようになったのだ。
――――そう聞いていた。
しかし彼女はまた、こんな話も耳にしたことがあった。いわく、当代の『神の右席』には5人目がいる、と。それは決して見過ごせない『例外』。真偽はともかくとして、その『5人目』とされる人間は、四大天使に匹敵するほどの力を持った存在に対応していることになる。そしてその人間が『神の右席』と呼ばれる組織に属す以上、
さて、この十字教世界において、四大天使に匹敵する力を持った天使とは一体何か。聖書や数ある神話を読み解くことで、導き出されるその天使とは。
「…………『
彼女はすぐに、その答えを導き出す。かつて、神の右側に座していたとされた、そして後に反乱を起こし天使の3分の1を率いて神に叛逆しとされた、その咎で天界から堕ち遥か地の底で地獄を作り出したとされた、『明けの明星』の名を冠し堕天使とされながら人間に光を与えた者として崇拝されることもある、大天使の名を。
「……だとすれば、その狙いは
彼女は思い出す。9月19日、学園都市での
――――――――上条当麻の友人、千乃勇斗は、能力者でありながら『
流石の彼女もそれを聞いた時には驚きが隠せなかった。かつて、幼い少年の命と少女の思い出を犠牲にして、そして金髪アロハの二重スパイがその身をもって現在進行形で、確認した/している事実を覆したのだから。
しかし、彼女は伊達に
「……恐らく、千乃勇斗は『天上の欠片』なりけるのね」
『天上の欠片』。その名の通り、『天上の力』の一部をその身に宿してこの世に生を受けた者。広義では『聖人』もそれに含まれるが、『聖人』は『
件の勇斗が宿すのは、『
そこまで気づければ、後は話が見えてくる。ステイルはこうも言っていた。千乃勇斗が
――――『
ローラ=スチュアートが至った結論とはこういうものだった。まさしく科学と魔術の合いの子。
「……まあ、全て推測にすぎなしなのだけれど」
そう締めくくって、彼女は淡く笑んだ。その表情の裏で、様々な謀略を考えながら。
▽▽▽▽
ちょうどその頃、ロンドンと9時間の時差がある学園都市の、とある高校。今は2時間目と3時間目の間の10分休み。教室の外、勇斗は廊下の窓からぼけーっと外を眺め、時間を潰しているところだった。少し離れた水飲み場の方では
「……やっと暑さも落ち着いてきたなあ」
ポツリと勇斗は独り言をこぼした。ちょっと目線を下げてみれば、自分が着用する黒の学ランが目に入る。教室の中に目をやれば、勇斗同様に冬服に身を包むクラスメイト達。もう冬服を着ても辛くないくらいには季節は移り変わっているのだ。――――ちなみに、学園都市内での衣替えは外部と比べて1日早い。180万人以上いる学生が一斉に衣替えに向け動くことへの混雑対策とも言われるが、詳しい由来と効果は不明。同時に、毎年この日は午前授業が実施されることになっているが、そちらについても既にもう新しい冬服の採寸を済ませていたり新調の必要がない学生たちにとってはただの半ドンである。
「そんなこと言ってるうちにいつの間にか寒くなってくるのよね」
「最近。秋は短くなってる」
「……おー、吹寄。それに姫神も」
ぼんやりとそんな感じの事を考えていた勇斗に声を掛けてきたのは吹寄制理と姫神秋沙だった。余談ではあるが、今学期の頭に行われた席替えで、勇斗の隣席は吹寄から姫神に代わっている。
「まあそんなことは置いておくとして、千乃にちょっと聞きたいことがあるのよね」
「何だ何だいきなりそう改まって」
ふと神妙な顔つきになった2人に、勇斗は警戒しながらそう返す。
「この前。病室にいた女の子について。聞こうと思って」
「…………ん?」
姫神の一声で一気に勇斗の顔が引き攣る。正直あの病室での騒ぎはもう思い出したくない。胃が痛くなるようなプレッシャーの中で絹旗の様子にも気を配りつつそれとなく事態の収拾を図るという無理難題。拷問か何かか。
「絹旗さん、って言ったかしらね。あの子」
「…………絹旗が、何か?」
とぼけた様な口を聞く勇斗、その目をじっと見つめ、心の底から案じるように、吹寄は口を開いた。
「…………千乃。アンタの事だから多分大丈夫だし、弁えてるとは思うけど、一応、本当に一応、言っておくわね」
「…………何を」
「あの子…………年下よね」
「まあ……そうなるな」
「あのね、千乃。あたしから見ると、正直、あの子って…………手を出したらちょっとマズい年なんじゃないかって思うのよ」
「…………それで?」
「あたしの物の見方が、即イコール世間の見方ってわけにはならないとは思うんだけど、そこら辺はキッチリ意識しておいてね。いや、まああたしは別に当人たちがそれでいいんなら特段に口出ししようとは思わないんだけどね」
「……早い話。ロリコンだ何だって言われるかもしれないから。気を付けてね。って話」
「ぶっこんできたな姫神さんよぉ……!」
再び引き攣ったような笑い。
「まあ、言いたかったのは要するにそういうこと。可愛い後輩に手を出したいんなら、それなりのリスクを負うってことも意識しておきなさいよ。……じゃあ、ちょっとあの三バカが呼んでるから行ってくるわ」
そう言い残して、若干肩を怒らせて、吹寄はデルタフォースの方へと歩いていった。残された勇斗と姫神はそんな彼女の後姿を眺めながら会話を続ける。
「……まあ。後数年もすれば。別に3つ下に手を出しても問題ないとは思うんだけど」
「確かに今の年齢を考えるとちょっとあれだよなあ……」
「……む。その反応。実はもう手を出していたり?」
「アホか。んなわけねーだろ」
「じゃあ。手を出したくて仕方がない?」
「……お前は俺をどんな人間だと思ってるんだ?」
「だって。手を出そうと思ってなかったら『今の年齢』の話なんてしなくてもいいと思うし」
「……ぐ」
「やっぱり。その辺りを意識しているが故のその反応?」
「……………………ノーコメントで」
「沈黙は。肯定とみなす」
「…………ノーコメントだ!」
「明確な否定が返ってこない時点で。君の焦りは透けて見えるよ。ふふふふふ」
「…………いつになく楽しそうなドヤ顔で何よりだ姫神さんよぉ!」
そんな会話を楽しむ(?)勇斗と姫神。――――そんな時だ、2人の耳にこんな言葉が飛び込んできたのは。
「一生のお願いだから揉ませて吹寄!!」
「「!!??」」
声の主は、2人のバカを引き連れたツンツン頭。――――冷静に考えれば、土御門や青髪ならともかく、あの少年がそんなド直球なセクハラをするはずはないのだ。勇斗にはそれがわかる。上条当麻はそこまでの変態ではない。だから多分、何かしらの出来事があって、たまたま言葉足らずになってしまったのだろう。
ただし。
普段から上条のラッキースケベに巻き込まれている吹寄と、その様子をよく目撃している姫神に、それがわかってもらえるかどうか。
――――――――――。
「おーい勇斗。そろそろ小萌先生の授業始まるよー」
「…………ああ、うん。ありがとう悟志。今行くわ」
目の前の光景から目を背け、勇斗は呼びに来てくれた九重と共に教室へと戻る。――――水飲み場の前。そこでは、ルール無用の不良バトル空間(虐殺空間でもほぼ同義)が広がっていた。しかし勇斗だけでなく九重も、そちらには目を向けない。獰猛な猛獣に好き好んで突っ込むほど、2人はバカではないのだ。