科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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主要人物は殺さない主義です


ep.50 9月30日-4

 午後6時15分。第7学区・地下街。

 

「大覇星祭の時も思いましたけど……勇斗さんって超個性的なお友達がいらっしゃるんですね」

 

「残念ながら否定できねえな」

 

 完全下校時刻が近づき、家路につく学生たちが目立ち始めた地下街。そんな人の流れに乗って、勇斗と絹旗は2人連れだって歩いていた。勇斗は見回りから177支部に戻る途中。絹旗は買い物からの帰宅途中だ。

 

 ――――別に、2人が待ち合わせをして「途中まで一緒に帰りましょう」みたいな甘酸っぱいマネをしようとしたわけではない。地下街の見回りをしていた勇斗が、同じく地下街にいた絹旗とたまたま会っただけだ。正確に言えばwith上条and打ち止め(ラストオーダー)状態の絹旗に、だ。ベンチに座ってだべっている3人組を見たときはあまりに珍しい組み合わせ過ぎて目を疑った。もっと正確に言えば、上条は打ち止め(ラストオーダー)に背中から抱き付かれ、おんぶをするような格好になっていたけども。――――何なんだこのツンツン頭は。気が付くと常に周りに誰かしら女の子を引き連れている気がする。見境なしか。誰でもターゲットか。……なんてことを勇斗が考えてしまってもやむなしというべきか。――――ぶっちゃけ聞く人が聞けば今のツッコミはまさしく「お前が言うな」的な代物なのだが。

 

 閑話休題。

 

 絹旗が勇斗に向かって「お前の友達やべーな(意訳)」的なセリフを放ったのには理由がある。――――とはいえ、別に今のセリフは「上条さんってロリコンなんですね」という意図で放ったわけではない。()()()()()()連中が乱入してきたせいだ。

 

 勇斗が不思議3人組に遭遇したすぐ後のことだ。どこからともなくこんな声が聞こえてきたのだ、「「あらあらー、この子たちったらー」」という得体の知れない不気味な、男の猫撫で声(ハモリ)が。

 

 その声に女性陣の絹旗と打ち止め(ラストオーダー)は生理的に受け付けられない不気味さを覚え、男性陣の勇斗と上条は見つかってはいけない連中に見つかってしまった自らの不運さを呪った。

 

 その声を発したのは2人のうちのどちらだったか、知らず「ウソだろ……?」なんて呟きが漏れる。

 

 ――――言わずもがな、そこに現れたのは土御門と青髪ピアスの2人組。警戒し、嫌悪と拒絶を感じさせる硬い表情を浮かべた絹旗と打ち止め(ラストオーダー)にお構いなしに、テンション高めに話しかけてきたのだ。

 

「いやまあ勇斗はガチだからいいとして―。カミやんって昔管理人の年上のお姉さんがいいとか言ってなかったかにゃー? 小萌先生とかならまあ実年齢があれだし色々理解はできるけどこんなガチ幼女相手にそれとかいったいどうなってんだにゃー!!」

 

「ゆーやんはこの際もうええわ! ガチやし! 問題はテメェやカミやん! 目についた女の子所構わず粉かけてッ! ついにロリペド路線の開拓を始めたんかッ!!」

 

「「おいテメェら今なんつったァァ!?」」

 

 『ガチ』扱いされた勇斗も、あらぬ疑いを掛けられた上条も、抗議の声を上げる。そして精神系能力者に頼ることなく、勇斗と上条の心は1つになった。――――この有害で教育に悪いことこの上ない人間たちを、少女たちの前から一刻も早く排除しなければならない。

 

 ――――そして、拳を振るう大乱闘が幕を開けたのだった。

 

 以上、回想終わり。結果は言うまでもない。

 

「なんだかあの青い髪の人、大覇星祭の時よりヤバさが超増してた気がするんですが」

 

「……いやあ? 多分変わってねーよ。高止まりしてるっていう悪い意味で」

 

 肩をすくめて、勇斗は青髪をそう評した。

 

「……まあでも、個性的っていう意味では第1位が一番かもしれないですね」

 

「否定しないわ、それも」

 

 遠くを見るような表情でそんな風に言った絹旗。――――そう、大乱闘の後、学園都市の第1位、一方通行(アクセラレータ)もその場に乱入してきたのだ。with銀髪シスター(インデックス)というこれまた謎な組み合わせ状態で。

 

 ――――――――。

 

「 ―――― あー、とうまだー! やっと見つけたんだよー! ……ゆうととさいあいもいるなら、最初からわたしの事も呼んでほしかったんだよ!」

 

 何とか土御門と青髪ピアス(変態2人組)を撃退し疲労感にまみれた勇斗と上条、そしてそれを労う2人の少女、その4人の耳に飛び込んできたのはそんな言葉だった。その声の出どころに4人が目をやれば、案の定近づいてくるのは銀髪のシスターさん(インデックス)。嬉しそうに手を振りながら、こちらの方に近づいてくる。

 

 ――――しかし、その事以上に4人の目を奪ったものがあった。インデックスの背後、杖を突きながら歩いてくる人影。その髪の毛はインデックスの修道服に負けない白さ。着ている服も白(と黒のボーダー)。肌も白く、目は赤く、――――アルビノのような身体的特徴を持っていた。

 

 勇斗には見覚えがあった。言うなれば旧知の仲だ。上条にも見覚えがあった。死闘を交わした相手だ、忘れたくても忘れられない。絹旗には直接的な面識はなかった。しかし直接的な面識以上に、彼女は『暗闇の5月計画』という語句(ワード)で『彼』との深い繋がりを持っている。そして打ち止め(ラストオーダー)は絹旗以上に複雑怪奇な繋がりを彼との間に築いていた。

 

「……中々面白ェメンツが揃ってンじゃねェか」

 

「あー、この人はね、行き倒れそうになったわたしに山のようなハンバーガーをご馳走してくれた『あくせられーた』っていう人なんだよ!」

 

 ――――一方通行(アクセラレータ)、彼の登場に4人は4者4様の反応を見せる。勇斗は面白そうに笑い、上条は固く強張った表情を浮かべ、絹旗は興味深そうな視線を向け、打ち止め(ラストオーダー)はキラキラした熱い視線を向けていた。

 

 対する一方通行(アクセラレータ)は、打ち止め(ラストオーダー)に(一瞬ホッとしたような視線を向けた後で)ちょっと苛立ったような視線を向け、絹旗に「誰だコイツ」的な視線を向け、上条には複雑にいろんな感情が入り混じった複雑な感じの表情をプレゼントして、勇斗に向けてにやりと笑って見せた。

 

「まさかこんな繋がりがあるなンてなァ。……世間ってのは狭ェもンだ」

 

「……ま、実際そういうもんじゃね?」

 

 肩をすくめ、勇斗はそう返答する。親しげに話すその姿に、インデックスと上条は驚いたような表情を浮かべた。

 

「勇斗……? 知り合い……なのか……?」「あれ? ゆうとはあくせられーたの知り合いなの?」

 

「……まあ、そうなるな。実は結構古い付き合いだったりもするんだぜ」

 

「ついこの間に、年単位ぶりに再会したばっかりじゃねェか」

 

「ウソはついてないからいいんだよ」

 

 再び肩をすくめる勇斗。

 

「……で? 『面白ェメンツ』ってセリフ、そっくりそのまま返したいくらいお前ら2人も十分変なメンツなんだけど、そちらさん方はどんな用件で?」

 

打ち止め(まいご)捜索中に行き倒れかけてる場違い感ハンパねェシスター拾ったのが運の尽き、ってやつだァ」

 

「昼ご飯も用意せずに出かけたとうまをとっちめようと思って街に出たら空腹すぎて行き倒れてそこであくせられーたに拾ってもらったんだよ」

 

「コイツの食欲な、掃除機よりやべェぞ」

 

「……それについてはこいつから聞いてるから重々承知してる」

 

 苦笑いを浮かべつつ、『こいつ=上条』を指さしながら勇斗はそう答えた。そのジェスチャーに、上条と一方通行(アクセラレータ)はそろって複雑そうな表情を浮かべる。

 

「……まさかテメェに、こんな所で会うことになるとはなァ」

 

「……全くだよ。思ってもみなかった」

 

 そう言ったっきり、2人は口を閉じてしまう。

 

「……あれ? 2人ともどうしたの?」

 

 この集団の中でただ1人何の事情も知らないインデックスだけが、無邪気な声で上条と一方通行(アクセラレータ)交互にそう声を掛けていた。

 

「……いや、前に()()()()()()ケンカしたんだよ。ちょっとだけな」

 

 仕方なく勇斗が場の空気を読んでそんなフォローの一言を発する。まあ、片や人生初の挫折(はいぼく)を喰らい、片や洒落にならないレベルで死にかけたあのガチバトルを『ちょっとケンカしただけ』なんて言い方で表現するのはちょっとどうかと思ったけれど。とはいえ、当事者や事情に通ずる人間ならともかく、一応聖職者(シスター)であるインデックスにあの一連の事件を事細かありのまま語ってやるわけにもいかないのだ。

 

「まあちょうどいい機会だし、ここで仲直りの握手でもしといたらいいんじゃねえの?」

 

「色々と怖いから」「めんどくせェから」「「パスで」」

 

「……ついついハモっちゃうくらいには気が合うってことか。将来は明るいな」

 

 そう評された2人は、しかしやはり複雑な表情を浮かべていた。

 

 以上、回想その2、終わり。

 

 その後その計6人は、それぞれ上条・インデックスペア、一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)ペア、勇斗・絹旗ペアに分かれ、そして今現在に至る。

 

 2人は角を曲がる。もうしばらく歩けば地下街の出口。そっちの方からは所謂雨の匂い――――濡れたアスファルトの匂いがふわりと漂ってくる。いよいよ雨が降り出したらしい。空気も少しずつ湿り始め、重みを増し始めていた。

 

「うーん、降り始める前には帰りたかったんですけどねえ」

 

 髪の毛に指を絡めつつ絹旗はぼやく。湿気は乙女の超大敵ですよねー、というセリフがそれに続いた。

 

「勇斗さんの能力でどうにかできません?」

 

「……雨雲をふっ飛ばせばいいの?」

 

「……一応聞きますけど、できるんですか?」

 

「やろうと思えばできなくもない気がするんだよなあ。……やってみる?」

 

「……やめときましょう。どこかで超困る人とかもいるかもしれませんし」

 

「それ以前に、雲を吹っ飛ばすためには『上』に行かないといけないからどっちにしろ濡れるんだよなあ……。濡れないために濡れるしかないとか、本末転倒もいいところじゃね?」

 

「あ、でもでも、……『水も滴るいい男』という言葉もありますよね」

 

「雨を浴びてこいと?」

 

「浴びたらもっとかっこよくなるかもしれません」

 

「それは悩ましい……………………けど、この強さだとちょっとなあ……」

 

「確かにこれは……傘なしではちょっと辛いですね」

 

 なんやかんや喋っているうちにエスカレーターを登り終え、地上部分の入り口まで戻ってきていた勇斗と絹旗。外を見てみると、夕闇に覆われ始めた街中に『え? これ傘なしで行くとか正気?』くらいの強さの雨が降り注いでいた。周囲では諦めの表情を浮かべて雨の下駆け出していく人間や、同じく諦めたように傘を買いに戻る人間、全身濡れ鼠状態で駆け込んでくる人間など、屋根の下はそこそこの混雑を見せている。

 

「勇斗さん、傘持ってます?」

 

「……生憎持ってない。絹旗は?」

 

「実は折り畳み傘なら持ってます」

 

「……入れてもらっていい? ただでさえ変態2人組との乱闘と1位乱入騒ぎで帰りが遅くなってんのに、これ以上遅れたら先輩にぶん殴られそうだ」

 

「……超狭いですが、それでいいなら」

 

「……あれー絹旗ちゃん、耳が赤いぞー」

 

「っ!? う……、うるさいですよ! ……もう! そういうこと言うと入れてあげませんからね!」

 

「あー、悪い悪い。ってことで謝ったから勝手に入れてもらうわ」

 

「な、ちょ、……もう! 超強引ですね!」

 

「うるさいうるさい。絹旗は固法先輩の恐ろしさを知らないからそんな悠長に構えてられるんだよ」

 

「……仕方ないですね! なら今度お礼にご飯おごってください!」

 

「お安い御用。積んでる書類の処理が終わったらいくらでも連れて行ってやるさ」

 

「……いくらでも、ですか?」

 

「ん……まあ、そうだね。どうせこの先もこんな機会は多いだろうし、仲良くやろうぜ」

 

「……、は、はい!」

 

 ――――さて、勇斗と絹旗はこんな会話をしているわけだが……、思い出してほしい。ここは一応たくさんの人間が雨宿りをしている人込みのど真ん中。そんな場所で、こんな会話をしている男女ペアを見かけたら、果たして周囲の人間は何を思うだろうか。――――当の2人も、周囲から得体の知れない『威圧感』のようなものを感じ取り、会話を切り上げてそこを離れることにした。生憎と2人には人前でいちゃつく様な趣味はないのだ。――――無自覚とはかくも性質が悪い。

 

「――――ありがとうございます勇斗さん、傘持ってもらっちゃって」

 

「気にしない気にしない。ていうかこの場面で絹旗に持ってもらうのも変な絵面になるし」

 

 こうして2人は雨の中、相合傘状態で歩き始めたのだ。当然ながら勇斗は傘を絹旗の方に傾けてやり、車道側に位置を取るという完璧体制。

 

「肩が超濡れちゃってますけど大丈夫なんですか?」

 

「支部に行けば着替え置いてるからまあ何とかなる。全身ずぶ濡れにさえならなければそんなに体も冷えないし」

 

「……おかげさまで足元以外はほとんど濡れずに済んでます」

 

「そいつは何より」

 

 ちゃぷちゃぷと音を立てながら2人は歩を進めていく。ゆっくりと、ゆったりと。

 

 ――――と、その時だ。穏やかな時間をぶち壊すような、甲高いアラーム音が鳴り響いたのは。一瞬で勇斗の表情が変化した。緊迫感を孕んだ、真剣この上ないそれへと。

 

「……勇斗さん、これは?」

 

「……第177支部からの緊急呼び出しアラームだよ。まさかこれで呼び出されるくらい先輩怒ってんのか……?」

 

 若干の怯えを見せつつ、勇斗はポケットから携帯端末(防水機能付き)を取り出す。音声通話が着信しているようだ。勇斗は『お口にチャック→しー』のジェスチャーを絹旗に見せて、その通話に応答した。

 

「……もしもし、千乃ですけど」

 

『勇斗先輩! 今どこにいるんですの!?』

 

「うるさくて耳がいてえ! ……って白井か。地下街西出口を出たとこにいるけど、どうかしたのか?」

 

『単刀直入に言いますわ。学園都市の内部に、テロリストが侵入しましたの』

 

「…………なんだって?」

 

 思いがけない物騒極まりない白井の報告に驚く勇斗。その横で、それが聞こえたのだろう、絹旗も自分の端末を取り出し、どこかのだれかと通話を始めようとしていた。

 

『今データを先輩の端末に……初春? 初春!? どうしましたの!?』

 

「!? どうした! 何があった!」

 

 電話の向こうからの不穏な叫びが勇斗の耳を叩く。

 

『な……、固法先輩? 坂本先輩まで? そんな……一体何が……?』

 

「おい! 白井! どうしたんだ!」

 

『これ……、こいつ、は……、ガ、ハッ! ……ゆ、せんぱ……』

 

「白井? おい白井!!」

 

 ガシャン!! という落下音、そしてドタッという重い『もの』が倒れるような音が連続する。そしてそれっきり、何の応答も、何の反応も帰ってこなくなった。

 

「……その反応を見る限りだと、勇斗さんの方もやられたみたいですね」

 

 呆然とする勇斗に、同じく通話を終えた絹旗がそう声を掛ける。

 

「……『も』?」

 

「ええ」

 

 絹旗はそこで1つ頷いて、

 

「こちらも麦野達がやられたそうです」

 

「第4位が……?」

 

「はい。――――現在、学園都市全土で警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)などの治安維持に関わっている人間を中心に、数多くの人間が次々と意識を失っているらしいです。生命反応に異常はなく、ただ単に意識を失って倒れるだけ。原因は不明。電話先の相手も最後には倒れちゃったみたいでそれ以上の詳細情報は得られませんでした」

 

 そう言って絹旗は肩をすくめる。

 

「……」

 

 勇斗はそれに対して口を開こうとして、そしてそこで端末が振動していることに気が付いた。目を落とせば、受信完了画面。どうやら白井が送信してくれていた、テロリストに関するデータの受信が終わったらしい。

 

「ならまず……敵さんのツラから拝んでみるか」

 

「……ええ。そうしましょうか」

 

 2人は顔を見合わせて、そして揃って画面に目を落とす。データが展開され、画像が画面いっぱいに表示された。

 

「これは……」

 

 そこに映っていたのは、全身真黄色の衣装を身に纏う人物。そのド派手な色を除けば、シルエットは19世紀のフランスの女性市民のそれ。女装癖のある人間でもなければ、女性だ。同時に添付されていた動画にも目を通せば、その女性がハンマーのような鈍器を振り回すことで不可視の何かを生み出し、ゲートを強行突破する様子が映る。隔壁や無人兵器、武装した警備員(アンチスキル)など意にも介すことはない。圧倒的な力の差でもって、その場を蹂躙していた。

 

 この手合い、勇斗には見覚えがある。アンティークな――――現代的ではないという意味で――――衣装に身を包み、学園都市で研究される『超能力』にも似た『異能』を操る者たち。確証はないが、恐らくこのテロリストの正体は、

 

「――――魔術師か!」

 

 その瞬間だった。その言葉が引き金となったように、唐突に、勇斗の体を衝撃が襲った。

 

「ガ、ぐっ……!?」

 

 全身を強烈な脱力感が襲っていた。尋常ではない。持っていた傘が手から零れ落ちる。体がふらつき、とてもじゃないが立っていられない。たまらず膝をつく。徹夜明けのそれのように、頭の中に靄がかかったように考えがまとまらなくなる。呼吸をするのすら億劫になるほどに体が重い。次いで急速に狭まり始めた視界の端では同じように苦しんでいる絹旗の姿も見えるが、気遣いたくても気遣う余裕などない。

 

 周囲には不審な人影も何も無かったはずだ。破壊されたゲートからも大分距離は空いている。『敵』は一体どうやってここに狙いを定めてきたというのか。理解が及ばない。訳が分からない。そんな感想を思い浮かべる力すら、余裕すら、着実に殺がれていく。

 

(く  … …そ、が…   ……)

 

 そして、勇斗の意識は闇に呑まれ――――、るその寸前。いや、もしかすると一度は完全に意識を失っていたかもしれない。ともかく、全てが暗闇に呑まれてしまいそうになったその刹那。

 

 ドンッ!! っという音が響いた。頭の中の靄が、つい先刻とは真逆に、急速に晴れていく。手に、足に、体全体に力が戻る。呼吸ができる。声が出る。

 

「……ぷはっ!! な……何だったんですか今のは……。……その翼、勇斗さんがどうにかしてくれたんですか?」

 

 これまた勇斗同様に回復した様子を見せた絹旗。彼女は勇斗の背と頭上に青みがかった白銀の翼と同色のケルト十字型の円環が出現しているのを見つけ、そう尋ねる。

 

「…………そうっぽい」

 

「ぽいって何ですかぽいって」

 

「…………」

 

 今の瞬間、勇斗には演算に割ける余裕(リソース)などなかったのだ。いくら能力の行使に慣れているとはいっても、全く演算をすることなしに能力を発動させることなどできはしない。なのに、その翼と円環は出現した。

 

 ――――あたかも、何らかの『力』によって体から押し出されたかのように。そして出現と同時、2人を(いまし)める『何か』を破壊して。

 

 そのことが一体何を意味するのか、解答にたどり着いた勇斗が絹旗の言葉に返答しようとした、そのタイミングで、

 

「うーん、やっぱり。あなたならヴェントの『天罰』に負けない、っていう私の予想はぁ、正しかったみたいねぇ」

 

「「!?」」

 

 突然、第三者の、女性の声が聞こえてきたのだ。背後、2人の後方からその声は響いてくる。気配は感じられなかった。勇斗の探知能力(AIMレーダー)にも引っかからなかった。映画のコマの途中に無理矢理書き足されたかのような唐突さで、その声の主はその場に現れていた。

 

「ここまでは合格よぉ。じゃあ、早速次に行かせてもらうわねぇ」

 

 その声の主はそんなことをのたまう。何が始まるというのだ。そもそもこの声は一体だれのものなのだ。――――しかし何故か、2人は振り向くことができない。振り向きたいと思っているのに、首が、足が、体全体が、振り向くことを拒んでいる。

 

「――――お話の邪魔になるしぃ、いい『エサ』になるだろうしぃ、……ちょっと死んでみてぇ」

 

 語尾にハートマークが着いているような甘い声と、それとは正反対すぎるセリフの内容。しかしそのギャップを2人が正しく理解する前に、

 

 ――――勇斗の頬に何かが当たった。それは降りしきる雨と同じような液体で、しかし雨より温かいものだった。次いで、雨に濡れたアスファルトの匂いに交じって鉄臭い嫌な臭いが勇斗に届く。

 

「うーん、この子、何かを展開していたみたいだけれどぉ、……薄すぎるわねぇ。それじゃあ足りないわぁ」

 

 ついさっき背後の方から聞こえた声が、いつの間にかすぐ左斜め後ろから聞こえてくる。今度はすぐに振り向くことができた。

 

 ――――勇斗のすぐ左横。絹旗の胸のあたりから、()()()()()()()()()()()

 

「な……」

 

 腕を根元の方に辿っていくと、絹旗のすぐ背後に寄り添うように、1人の女性が立っていた。ウェーブがかった腰まで届く長い茶髪を頭の後ろで束ね、白いノースリーブのシャツに赤いネクタイが覗いている。その女性の右腕が、絹旗の体を貫いている。

 

「に、を……」

 

 そのまま、勇斗は腕の先の方へ視線を移す。そして見つけた。見つけてしまった。腕の先、右の手の平に女性は何かを握っている。――――握りこぶしほどの大きさの、未だ脈打つカタマリを。

 

 この先すぐ後、勇斗はこの女性が何をするのかを理解した。理解させられた。

 

「やめ……!」

 

「い・や・よぉ」

 

 愉悦の表情を浮かべ、その女性はその手のひらを握りこむ。グシャリ、と、肉を潰す嫌な音と共にカタマリはより小さな破片となって周囲に飛び散った。絹旗の小柄な体が一度だけビクリ、と大きく跳ねる。

 

 そして無造作に、女性は絹旗から右腕を引き抜いた。支えを失った絹旗の体があっさりと力なくアスファルトに転がる。その胸からはとめどなく赤い鮮血が溢れ出し、そして絹旗は微動だにしない。

 

「まぁ、お膳立てはこんな所かしらねぇ」

 

 隠し切れない高揚を孕んだそんな声が、雨の学園都市に溶けていく。

 

 


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