その刹那、彼女は目の前に立つ少年を観察していた。頭上に浮かぶ金の円環と背から延びる
知れず、口元が吊り上がる。どういう事情で少年が蘇りどういう力がどう働いたのかもよくわからなかったが、先程までの暴走状態とは違う
こんな貴重で希少なサンプルを目の前にして、『魔術を使わない方がよさそう』なんて言ってる場合じゃない。手を抜いて取り逃がしてはもったいないし、
▽▽▽▽
勇斗は地面に転がったままだった絹旗を優しく抱え上げた。まだ意識は戻っていないもののその体には温かさが戻り、しっかりとした鼓動も聞こえてくる。そのことを確認し、1つ安堵の息を吐いて、勇斗は『魔術』を行使した。絹旗の体が淡く光に包まれ、そして勇斗の腕の中からその姿が消え失せる。――――ここから先、この場に留まらせておくわけにはいかないのだ。守るために戦おうとしているのに、その余波で死なせてしまっては元も子もない。
改めて、勇斗はテネブラに向き直る。――――勇斗は気づいていたのだ。テネブラの目の色が変わったことに。昏い熱狂を宿す澱んだ目に変わったことに。
不可視の力がぶつかり合い、その余波がうねりとなって周囲に溢れた。片や、『
薄く笑んで、テネブラは無造作にその手を振るう。ただそれだけで彼女の手には漆黒の槍が出現していた。夜闇よりも暗い黒を押し固めたようなその槍は、つい先刻勇斗の心臓を貫いた『
対する勇斗も一度考え込むように目を細め、彼女同様に右手を振るった。その手の先、光の粒子が収束し、その背の翼と同質――――
――――そして、2人は真っ向から激突した。
双方が互いに音を超える速さで迫り、互いの得物をぶつけ合う。激突に伴う轟音は既に音という領域にはなく、衝撃波となって周囲に撒き散らされた。雨粒は霧となって吹き飛ばされ、地面のアスファルトが砕け散り、周囲のビルの外壁が削り取られる。
一瞬の鍔迫り合いの後、得物と得物の間で魔力が弾け、その勢いで2人の間の距離が開く。しかし、そんなことで仕切り直しになどなるはずもない。
続けざま、優雅に槍を構えるテネブラの背後の何もなかったはずの空間に、彼女が手に携えているものと全く同じ槍が複数本出現していた。宙を舞うそれらの切っ先は全て勇斗の心臓に狙いを定めており、それらは間髪入れずに撃ち放たれる。
対する勇斗が見せた動きはとてもシンプルなものだった。その手の剣を、背に伸びる翼を、薙ぐ。夜闇に三筋の閃光が走り、撃ち放たれた全ての槍が斬り飛ばされた。
そしてそのまま、勇斗は手に握る剣を
――――懐だ。重心を落とした低い姿勢で彼女の懐に潜りこみ、勇斗は右の拳を叩き付ける。大型トラック同士が猛スピードで正面衝突した時のような、ともかく人の体同士がぶつかったときには決して出ないであろう轟音が響いた。彼女の体が吹っ飛び、ノーバウンドのまま道路脇のビル外壁に叩き付けられ、鉄骨すらを圧し折って建物内部に叩き込まれる。
勇斗は攻撃の手を緩めない。不自然なノイズにまみれた言の葉を紡ぎ、その言葉に呼応して勇斗の周囲にいくつもの光点が出現する。その光点は夜空の星々のように瞬き、数瞬の後、猛烈な破壊力をその身に宿し、
前方扇形の範囲にめいめい拡散し、一定の距離を進んだところで屈折、テネブラが外壁をぶち破ったあたり目掛けてその流星群は殺到する。強化コンクリートの外壁や鉄骨など意にも介さず、熱した飴細工を引き裂くような容易さでそれらを穿ち、破壊していく。
流星が炸裂し、粉塵が舞い上がった。
その様子を勇斗は冷静に観察し、――――そして全力で、その場から飛び退る。
寸前まで勇斗が立っていた場所、そこを『闇』が覆い尽くしていた。メキゴキャバキゴキ!! ――――無理矢理擬音で表せばこんな感じになるだろうか。背筋が凍るような破砕音が響き、『闇』が消えたその場所には
全力での回避を繰り返しながら、勇斗は気づいた。その『闇』の正体が莫大な重力であることに。そのありようはまさしくブラックホールを彷彿とさせるものだ。それは即ち、一発でも巻き込まれれば文字通り終わりだということ。無限に、永遠に、どこまでも潰され続ける羽目になる。
そこまで考えて、勇斗は翼を振るって烈風を巻き起こす。
「――――やるじゃないのぉ。流石ねぇ」
唐突。テネブラの甘ったるい声が勇斗の耳朶を打つ。背後からだ。そっと、優しい手つきで勇斗の両肩を包むように、彼女の手が勇斗に触れる。
「でもねぇ。あんなに大雑把に
グッ、と。背後から勇斗の肩を抱くテネブラの手に力がこもる。物理的にただ力が強まっただけではない。自分の『深い』場所を強引に覗き込まれるような、そこまでの道を強引にこじ開けられているような、不快な感覚が伝わってくる。
「術的接続に加えて、
ふふふ、と彼女は妖艶に笑う。そんなテネブラに対して当の勇斗は、
「もちろん知ってる。けどな、――――気持ち悪ぃ触り方してんじゃねえよ、変態」
――――閃光が走る。ズバッチィィィ!! という放電音が鳴り響いた。
「が、はっ、……!?」
絞り出すような呻き声と共に、テネブラの体が勢いよく弾き飛ばされる。アスファルトに叩き付けられ、転がり、ようやく動きを止める彼女の体。よく見ればその全身は、痙攣するように小刻みに震えていた。
「……い、今のは」
地に転がったまま必死に顔を上げ、テネブラは声を絞り出す。
「へえ……。ゼロ距離で
テネブラに向き直り、見下ろし、勇斗は薄く笑んだ。
「どう……して、ぇ、『
――――彼女の前にいる少年は本質的には能力者だ。今でこそ『
しかし、
だからこその、テネブラの疑問だった。
そんな彼女に、勇斗は告げる。
「『
『魔術』とは少し離れる説明になるけどな、と一言付け足して、
「目に見えない赤外線や紫外線なんかも『光』だし、波長が長くなれば電波、短くなればX線やガンマ線なんて呼ばれ方をする。……全部ひっくるめて総称するときは『電磁波』って呼ばれることが多いかな」
そこで一息ついて、
「で、この『電磁波』ってのは『空間の電場と磁場の変化によって形成される波』っていうふうに定義されてるんだよ。そして空間の電場と磁場を変化させる要因ってのが、いわゆる『電流』――――要するに電子の流れだ」
意地の悪そうな、楽しそうな、そんな笑みが勇斗の口元に浮かぶ。
「大分ざっくりしてるけど、『光』と『電気』にはある程度の関連があるってことさえわかってくれればそれでいいや。そこまで言えば俺の言わんとしてることは伝わるだろうし」
「なるほど……。そういう
『魔術』とは解釈の学問だ。決してこれは誇張などではない。寓意画や紋章などに隠された意味を読み取る暗号解読のスペシャリスト、なんてものが各宗教各派閥各組織に存在し、その育成に決して少なくないリソースが割かれているというのもその証拠だろう。魔術師として『深い』位置にいる彼女だからこそ、そのことを強く理解させられた。
――――目の前の少年は、『科学』的に『魔術』を行使している。
「『魔術』ってもんに凝り固まってるお前らには逆立ちしても出て来ないやり方だろうよ。……ま、いい勉強になったってことで」
そう告げて、勇斗は体の前で両手を組んだ。重ねられた両手に
宙に浮いたままのその槍を掴みとり、勇斗は投擲の姿勢を取る。
「その、槍は……」
「『槍』か『槌』か、どっちにするか迷ったんだけどな。まあでも、その2つならどっちかっていうと『槍』の方が好きなんだよ。どっちにしろ元ネタは十字教とは関係ないんだけどさ」
「……やっぱりあなた、面白いわねぇ。流石にそこまでは思いつかなかったわぁ」
「そいつはどーも。……ったく、いきなり殺しに来るようなことさえしなけりゃ話くらいは聞いてやったってのに。バカな奴」
そう最後に言い捨てて、勇斗はその『槍』を投げつけた。滑るように宙に軌跡を描いた『槍』は、狙い違わずテネブラに着弾、炸裂。弾けるような炸裂音が連続し、一体となった轟音の嵐が吹き荒れる。
※申し訳程度の元ネタ(というか私の中でのイメージ)解説
流星群→ワートリの『アステロイド(?)』
ブラックホールを吹き飛ばす暴風→お兄様の
『槍』と『槌』→『グングニル』と『ミョルニル』
ゲームや漫画だと『グングニル』が雷属性ってのも結構ありますよね。ネギまでも風(雷?)のアーウェルンクスさんが使ってましたし
ちなみに槍を作ってから撃つまでの流れはブリーチのウルキオラさんです