――――『トーマス』。そして、『ビアンカ』。
『
秘匿任務――――という言い方をすれば何だか聞こえはカッコいいが、要するに学園都市の暗部に関わる汚れ仕事だ――――を遂行している最中にバッタリ出会ってしまった
――――しかし、彼らにとって大きな誤算が2つ。1つは、その
そしてもう1つ。それは、上条に逃走を許した挙句、とんでもない連中との合流を許してしまったことだ。
「――――ふざけんな。この場面であんな連中が出てくるなんて聞いてねえぞ……」
トーマスは目の前の光景を見てそう悪態をついた。
「……全くだわ」
その悪態に、ビアンカは疲れ切ったような声で同意を返す。
路地裏、陰から覗く2人の視線の先、見えているのは1組の男女だった。トーマスとビアンカはその2人を知っていた。学園都市の暗部に浸りきっている彼らの仕事柄、その2人がどれくらいの
「『
呻くような声で、トーマスはその名を口にする。『レベル4.5』の俗称を頂戴し、
「……木原さんからの指令よ、トーマス」
「……何だってんだ?」
意せずしてえげつないまでの大物を釣り上げてしまった彼らに、『木原さん』――――木原数多からの通信が届く。
「『目撃者の対処には別動隊が動く。お前らはあの2人をここでどうやってでも釘付けにしろ』……だそうよ」
「別動隊……? そんな組織だって動かせるほど人員に余裕なんてあったか……?」
「……そんな余裕があるんなら、今すぐここに回してほしいわよね。これだけの人数がいても、正直何とかなるとは思えないわ」
「……まあでも、あの人が『やれ』と言った以上はやるしかないんだろうな」
「…………そうね」
尊敬や敬愛ではなく、恐怖に基づく忠誠心で心の内の疑問を覆い隠し、それをいいように利用されていることに気が付かないまま、彼らは覚悟を決めるのだった。
▽▽▽▽
「――――沈黙確認、と」
夜闇に沈む路地裏で勇斗は1人そう呟く。周囲には動かなくなった――――死んだわけではなく、意識を失っているだけだ――――黒づくめたちが転がっている。頭上に浮かぶ金の円環と背から延びるクリスタルブルーの翼が周囲をぼんやりと照らし、異様な、しかしある意味では幻想的な景色を作り上げていた。
――――ただただ『圧倒』という言葉に尽きる。
「……」
勇斗は顔を上げ、虚空を見つめる。AIM拡散力場の流れも落ち着きを見せ始めている。上条やインデックスがうまくやってくれたのだろう。勇斗は1つ息を吐き、それから目線を倒れ伏す黒づくめたちに向け直して、わずかに思索に沈む。
――――超音速で飛来する銃弾を叩き落とす翼の一撃と、それを成した反応速度。踏み込み1つで数十メートルの距離を詰めてしまう驚異的な身体能力。意識外の一撃だったはずの銃弾すら迎撃してみせた電撃の術式。
――――まだ演算能力に『遊び』はある。
「――――何の用だよ」
――――そんな時だった。縦横無尽に駆け回りすぎていつの間にやらはぐれてしまっていた御坂と一旦合流するか、それとも『
「どうもこんばんは。『
飄々とした声と共に翼に照らされた領域に踏み込んできたのは、黒づくめとは明らかに違う出で立ち――ずんぐりとしたシルエットをしている――の人間だった。この声が本物の肉声なのであれば、性別は男だろう。頭の上から足の先まで全てがのっぺりした材質に覆われ、歩みを進めるたびに微かなモーター音が響いてくる。顔は見えない。頭部に当たる部分はドーム状に膨らんでおり、無数のカメラがドームの内部で蠢いていた。
「ちょっとお話がありましてね。こんな状況ですが、わざわざ訪ねさせていただきました」
勇斗はスッと目を細め、突然の闖入者をじっと観察する。――――目に見える範囲では目立った武器は持っていない。おかしな動きも見せていない。
しかしこの状況で、――――『
「……『暗部』の人間が俺に話だ? 何だってんだ一体」
そう。それは即ち、目の前に立つこの男は、この街の『暗部』に属している人間であるということの証左に他ならない。それも恐らく、黒づくめ
「――――いやはや、話がしやすくてこちらとしても大変助かります。
――――故に、最大限の警戒を以て問いかけた勇斗だったが、
「……………………それ、まるで俺が
「ええ。今回の用件の1つはそれをお伝えすることでした。おめでとうございます」
「…………」
「順位は少々特殊でしてね。あなたの能力の特異性に鑑みて、『第0位』ということにさせていただきました。第1位から第7位までの通常の序列には馴染まないようでしたのでね」
「……まあ、そうだろうな」
肩をすくめ、勇斗は言葉少なにそう応じた。
「……で、
「ご明察です」
飄々としながらも、その声からは満足そうな感情が伺えた。まるで先生が出来のいい優秀な生徒を見ているときのような。マイナスの感情を向けているわけではないにしろ、相手を自分より『下』に見ているような、そんな感じだ。
「私がわざわざ出向くに至った理由は、もっと他にあります。まあ、決して今の話と無関係というわけでもないんですが。……いえ、むしろ大いに関係していると言うべきですね」
「……何なんだ回りくどい。いいからさっさと言いやがれよ」
「ああ、失礼いたしました。いえ、私としましてもこんなお話をするなんて思わなかったものでして。私としましてもいささか混乱しているのです」
男がそう言い終えるのと同時だった。勇斗の携帯端末が振動を始める。
「――――指令を文書化したものを直接本人に送付せよ、との統括理事会からの通達がありましてね」
「…………」
怪訝そうな、胡乱な目を男に向けて、勇斗は端末を取り出し、届いた文書に目を通す。
――――そこに、書かれていたのは、
▽▽▽▽
――――『
そしてそのクレーターを挟みむようにして、彼らは対峙する。
1人は上条当麻。平静を取り戻した『
「――――そう身構えるな。今日の私の用件は、ヴェントとテネブラを回収するということだけである」
ゆるり、と、アックアはその視線をどことも知れない虚空へと向けた。そしてそれから、上条、そしてその背後に浮かぶ『
「……だが忘れるな。貴様の後ろに佇む『堕天使』と、『
睨みつける上条の視線を真っ向から受け止め、アックアは真っ直ぐに視線を向け返す。それだけで上条は、腹を空かせた獰猛な野獣と同じ檻に閉じ込められたかのような、そんな錯覚に陥った。
「そして貴様もだ。『紛い物』どもに与し、『我々』に対して神の奇跡を屠る右手を振るう。――――それだけで、『敵』と認めるには十分だ」
「ふざけたことを……!!」
上条はそう叫び拳を握り締めるが、対するアックアはそんなことお構いなしに、上条から視線を外し、そのまま背を向け歩き出す。そして一旦立ち止まり、肩越しに何かを上条に向け投げ渡した。
それは、ヴェントが身に着けていた――――舌に取り付けていた、鎖と十字架のアクセサリー。
「……それが今回、ヴェントが使っていた霊装だ。貴様の右手で破壊されたことで、もう既に霊装としての機能は失われた。ヴェントはもう『天罰』を使えない。倒れていた人間たちも直に回復するだろう。とりあえずのところ、今回の我々の攻撃を防いだ記念として取っておくがいい」
穏やかな声でそう告げて、再びアックアは歩き出す。
「待てよ!! 話はまだ終わってねえだろ!!」
『全くその通り。
――――と、そこに。唐突にその場にいない第三者の声が割り込んだ。声の主の姿は見えないが、上条はこの声に覚えがある。勇斗の声だ。
『アックアさんとやら。流石に一言くらい、文句は言わせてもらうぞ』
声の出所は、……上だ。そう判断した上条が視線を上に向け、――――瞬きの一瞬で、鈍く光る白っぽい何かが途轍もないスピードで上条の視界を横切っていく。そして頭がそのことを認識するより早く、破砕音と土砂が巻き上がる轟音、空気を大きく揺さぶるような衝撃が連続した。
「なん……ッ!?」
思わず腕で顔を覆った。凄まじい土煙が舞い上がっていた。音と衝撃の出どころは前方だ。立ち去ろうとしていたアックアの行く手を遮るように何かが炸裂したらしい。しかしわかるのはそのことだけ。何も見えない。濃い土煙が視界を覆い隠していた。
「……貴様は」
「『
土煙の中から聞こえてきたのはそんな声だった。そして不意の突風が土煙を吹き散らす。
――――瓦礫の山を穿ち、クレーターを作り上げた風力発電のプロペラ。根元にあたる部分はひどく鋭利な刃物で切断されたかのように滑らかで鈍い光を放ち、穴の中心にその身の半分ほどを