科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.57 9月30日-11

 ――――『トーマス』。そして、『ビアンカ』。

 

猟犬部隊(ハウンドドッグ)』の同僚たちからそんな符牒(コード)で呼ばれている2人に与えられた――――というか、彼らの目の前に転がり込んできた命令(オーダー)は、とても簡単なもののはずだった。

 

 秘匿任務――――という言い方をすれば何だか聞こえはカッコいいが、要するに学園都市の暗部に関わる汚れ仕事だ――――を遂行している最中にバッタリ出会ってしまった学生(もくげきしゃ)の『抹消』。銃器その他の『人を殺すため』の道具の扱いに慣れた彼らにとって、学生1人殺すことなど容易い。

 

 ――――しかし、彼らにとって大きな誤算が2つ。1つは、その標的(ターゲット)が異様なまでに『場慣れ』していたこと。彼らが知る由もないことではあるが、その学生――――上条当麻は、夏休み以降何度も何度も命の危機という意味で修羅場に遭遇し、そして切り抜けてきている。1人では決して状況を打破できないまでも、『逃走』という選択肢を現実的に選択できるくらいには上条はこんな状況に慣れてしまっていたのだ。

 

 そしてもう1つ。それは、上条に逃走を許した挙句、とんでもない連中との合流を許してしまったことだ。

 

「――――ふざけんな。この場面であんな連中が出てくるなんて聞いてねえぞ……」

 

 トーマスは目の前の光景を見てそう悪態をついた。

 

「……全くだわ」

 

 その悪態に、ビアンカは疲れ切ったような声で同意を返す。

 

 路地裏、陰から覗く2人の視線の先、見えているのは1組の男女だった。トーマスとビアンカはその2人を知っていた。学園都市の暗部に浸りきっている彼らの仕事柄、その2人がどれくらいの強度(レベル)のどういった能力を持っているのかも重々理解できてしまった。

 

「『御使降し(エンゼルフォール)』に『超電磁砲(レールガン)』だと……? どっちもこの街で十指に入る能力者じゃねえか……」

 

 呻くような声で、トーマスはその名を口にする。『レベル4.5』の俗称を頂戴し、大能力者(レベル4)に分類される能力者の中で最も超能力者(レベル5)に近い存在と噂されていた少年。そして、その超能力者(レベル5)の第3位に位置付けられている少女。手持ちの『嗅覚センサー』が示す上条当麻(ターゲット)への道筋は彼らによって完全に塞がれている。迂闊にも突っ込んでしまった彼らの同僚たちはあっさりと薙ぎ倒されていた。

 

「……木原さんからの指令よ、トーマス」

 

「……何だってんだ?」

 

 意せずしてえげつないまでの大物を釣り上げてしまった彼らに、『木原さん』――――木原数多からの通信が届く。

 

「『目撃者の対処には別動隊が動く。お前らはあの2人をここでどうやってでも釘付けにしろ』……だそうよ」

 

「別動隊……? そんな組織だって動かせるほど人員に余裕なんてあったか……?」

 

「……そんな余裕があるんなら、今すぐここに回してほしいわよね。これだけの人数がいても、正直何とかなるとは思えないわ」

 

 黄服の女(テロリスト)の学園都市への潜入と時を同じくして発生した集団昏睡。一方通行(アクセラレータ)による襲撃。現状今ここにいるメンバーに追加して動かせる『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』の人員に余裕などなかったはずだ。

 

「……まあでも、あの人が『やれ』と言った以上はやるしかないんだろうな」

 

「…………そうね」

 

 尊敬や敬愛ではなく、恐怖に基づく忠誠心で心の内の疑問を覆い隠し、それをいいように利用されていることに気が付かないまま、彼らは覚悟を決めるのだった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「――――沈黙確認、と」

 

 夜闇に沈む路地裏で勇斗は1人そう呟く。周囲には動かなくなった――――死んだわけではなく、意識を失っているだけだ――――黒づくめたちが転がっている。頭上に浮かぶ金の円環と背から延びるクリスタルブルーの翼が周囲をぼんやりと照らし、異様な、しかしある意味では幻想的な景色を作り上げていた。

 

 ――――ただただ『圧倒』という言葉に尽きる。超能力者(レベル5)の第3位。そして平時ですら『レベル4.5』との俗称を頂戴し、更に『科学』の世界を大きく踏み越える形で『覚醒』を果たした大能力者(レベル4)大能力者(レベル4)の時点で軍隊において戦術的価値を得られ、超能力者(レベル5)に至っては1人で軍隊を相手取れる程だとされている。いくら『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』が学園都市暗部に潜む特殊部隊であるとはいえ、そんな2人を相手にしては蹂躙されるしかなかったのだ。

 

「……」

 

 勇斗は顔を上げ、虚空を見つめる。AIM拡散力場の流れも落ち着きを見せ始めている。上条やインデックスがうまくやってくれたのだろう。勇斗は1つ息を吐き、それから目線を倒れ伏す黒づくめたちに向け直して、わずかに思索に沈む。

 

 ――――超音速で飛来する銃弾を叩き落とす翼の一撃と、それを成した反応速度。踏み込み1つで数十メートルの距離を詰めてしまう驚異的な身体能力。意識外の一撃だったはずの銃弾すら迎撃してみせた電撃の術式。天使の力(テレズマ)が混入することで結果として威力が増した『不可視の弾丸』。

 

 ――――まだ演算能力に『遊び』はある。()()()()ならまだまだ制御を誤りなどしない。……しかし、もし万一演算を誤り、力の制御を手放してしまった時のことを考えると、薄ら寒さを覚えるのもまた事実。インデックスや神崎火織が『聖人』について説明してくれた時のことを思い出しつつ、勇斗はそれを、その身を以て体感していた。

 

「――――何の用だよ」

 

 ――――そんな時だった。縦横無尽に駆け回りすぎていつの間にやらはぐれてしまっていた御坂と一旦合流するか、それとも『天使(カザキリ)』の方へ向かうか、決めあぐねていた勇斗の意識が、近づいてくるそいつの存在を感じ取ったのは。姿を隠すつもりもないのか、堂々と真っ直ぐにこちらに向かって歩いてくる。

 

「どうもこんばんは。『御使降し(エンゼルフォール)』、千乃勇斗さん」

 

 飄々とした声と共に翼に照らされた領域に踏み込んできたのは、黒づくめとは明らかに違う出で立ち――ずんぐりとしたシルエットをしている――の人間だった。この声が本物の肉声なのであれば、性別は男だろう。頭の上から足の先まで全てがのっぺりした材質に覆われ、歩みを進めるたびに微かなモーター音が響いてくる。顔は見えない。頭部に当たる部分はドーム状に膨らんでおり、無数のカメラがドームの内部で蠢いていた。

 

「ちょっとお話がありましてね。こんな状況ですが、わざわざ訪ねさせていただきました」

 

 勇斗はスッと目を細め、突然の闖入者をじっと観察する。――――目に見える範囲では目立った武器は持っていない。おかしな動きも見せていない。

 

 しかしこの状況で、――――『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』を全て撃破し、『天使』騒ぎが落ち着きを見せたまさにこのちょうど都合のいいタイミングで、普通の警備員(アンチスキル)が使っているものよりも数段アップグレードされた駆動鎧(パワードスーツ)に身を包む人間が現れたこと自体、『不穏な動き』と表現して差し支えないだろう。勇斗たちの動きと『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』の動き、両方を正確に把握した上でなければこんなマネはできないのだから。

 

「……『暗部』の人間が俺に話だ? 何だってんだ一体」

 

 そう。それは即ち、目の前に立つこの男は、この街の『暗部』に属している人間であるということの証左に他ならない。それも恐らく、黒づくめ()()の下っ端などとは格の違う、ある程度『上』の人間だ。

 

「――――いやはや、話がしやすくてこちらとしても大変助かります。()()超能力者(レベル5)の面々はどうも話がしにくくていけませんから。……まあ、あなたのご友人の御坂嬢も話がしやすい方ではあるんですが」

 

 ――――故に、最大限の警戒を以て問いかけた勇斗だったが、駆動鎧(パワードスーツ)に身を包むその男は空気を読むなどということなど全くせず、初っ端からいきなり『爆弾』を投下する。

 

「……………………それ、まるで俺が超能力者(レベル5)になったみたいな言い草だな」

 

「ええ。今回の用件の1つはそれをお伝えすることでした。おめでとうございます」

 

「…………」

 

「順位は少々特殊でしてね。あなたの能力の特異性に鑑みて、『第0位』ということにさせていただきました。第1位から第7位までの通常の序列には馴染まないようでしたのでね」

 

「……まあ、そうだろうな」

 

 肩をすくめ、勇斗は言葉少なにそう応じた。

 

「……で、()()は? まさか()()()()()を言うためだけに、()()()がわざわざ出向いたわけじゃないだろう」

 

「ご明察です」

 

 飄々としながらも、その声からは満足そうな感情が伺えた。まるで先生が出来のいい優秀な生徒を見ているときのような。マイナスの感情を向けているわけではないにしろ、相手を自分より『下』に見ているような、そんな感じだ。

 

「私がわざわざ出向くに至った理由は、もっと他にあります。まあ、決して今の話と無関係というわけでもないんですが。……いえ、むしろ大いに関係していると言うべきですね」

 

「……何なんだ回りくどい。いいからさっさと言いやがれよ」

 

「ああ、失礼いたしました。いえ、私としましてもこんなお話をするなんて思わなかったものでして。私としましてもいささか混乱しているのです」

 

 男がそう言い終えるのと同時だった。勇斗の携帯端末が振動を始める。

 

「――――指令を文書化したものを直接本人に送付せよ、との統括理事会からの通達がありましてね」

 

「…………」

 

 怪訝そうな、胡乱な目を男に向けて、勇斗は端末を取り出し、届いた文書に目を通す。

 

 ――――そこに、書かれていたのは、

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ――――『天使(カザキリ)』が出現していた『爆心地』。崩壊したビル群、瓦礫の山の一角に、得体の知れない力で根元から()()()()()()風力発電のプロペラが突き刺さり、クレーターが作り上げられていた。

 

 そしてそのクレーターを挟みむようにして、彼らは対峙する。

 

 1人は上条当麻。平静を取り戻した『天使(カザキリ)』をその背に庇うように、眼前の敵を睨みつけている。対面するもう1人は、ぐったりしたヴェントを片手で抱えた白人の男だ。名は、『後方のアックア』。ヴェント、そしてテネブラと同じ、『神の右席』が一。その体躯は鍛え抜かれに鍛え抜かれ、鋼鉄の肉体が衣服を押し上げている様が一目でわかる。上条を見下ろす視線も『天使(カザキリ)』を見つめる視線も穏やかで、それが逆に何物にも揺るがない超然とした威圧感を撒き散らしていた。

 

 

「――――そう身構えるな。今日の私の用件は、ヴェントとテネブラを回収するということだけである」

 

 ゆるり、と、アックアはその視線をどことも知れない虚空へと向けた。そしてそれから、上条、そしてその背後に浮かぶ『天使(カザキリ)』へと、順番に視線を移していく。

 

「……だが忘れるな。貴様の後ろに佇む『堕天使』と、『御使降し(エンゼルフォール)』の存在。それらは、我々十字教徒に対する許しがたい侮辱であるということを」

 

 睨みつける上条の視線を真っ向から受け止め、アックアは真っ直ぐに視線を向け返す。それだけで上条は、腹を空かせた獰猛な野獣と同じ檻に閉じ込められたかのような、そんな錯覚に陥った。

 

「そして貴様もだ。『紛い物』どもに与し、『我々』に対して神の奇跡を屠る右手を振るう。――――それだけで、『敵』と認めるには十分だ」

 

「ふざけたことを……!!」

 

 上条はそう叫び拳を握り締めるが、対するアックアはそんなことお構いなしに、上条から視線を外し、そのまま背を向け歩き出す。そして一旦立ち止まり、肩越しに何かを上条に向け投げ渡した。

 

 それは、ヴェントが身に着けていた――――舌に取り付けていた、鎖と十字架のアクセサリー。

 

「……それが今回、ヴェントが使っていた霊装だ。貴様の右手で破壊されたことで、もう既に霊装としての機能は失われた。ヴェントはもう『天罰』を使えない。倒れていた人間たちも直に回復するだろう。とりあえずのところ、今回の我々の攻撃を防いだ記念として取っておくがいい」

 

 穏やかな声でそう告げて、再びアックアは歩き出す。

 

「待てよ!! 話はまだ終わってねえだろ!!」

 

『全くその通り。()()()()()()()()、偉そうに勝手なことばかり言いやがって』

 

 ――――と、そこに。唐突にその場にいない第三者の声が割り込んだ。声の主の姿は見えないが、上条はこの声に覚えがある。勇斗の声だ。

 

『アックアさんとやら。流石に一言くらい、文句は言わせてもらうぞ』

 

 声の出所は、……上だ。そう判断した上条が視線を上に向け、――――瞬きの一瞬で、鈍く光る白っぽい何かが途轍もないスピードで上条の視界を横切っていく。そして頭がそのことを認識するより早く、破砕音と土砂が巻き上がる轟音、空気を大きく揺さぶるような衝撃が連続した。

 

「なん……ッ!?」

 

 思わず腕で顔を覆った。凄まじい土煙が舞い上がっていた。音と衝撃の出どころは前方だ。立ち去ろうとしていたアックアの行く手を遮るように何かが炸裂したらしい。しかしわかるのはそのことだけ。何も見えない。濃い土煙が視界を覆い隠していた。

 

「……貴様は」

 

「『御使降し(エンゼルフォール)』、千乃勇斗。……アンタ曰く、アンタらの『敵』だよ」

 

 土煙の中から聞こえてきたのはそんな声だった。そして不意の突風が土煙を吹き散らす。

 

 ――――瓦礫の山を穿ち、クレーターを作り上げた風力発電のプロペラ。根元にあたる部分はひどく鋭利な刃物で切断されたかのように滑らかで鈍い光を放ち、穴の中心にその身の半分ほどを(うず)めている。そしてその、天を衝く形で突き出た柱の先端に、金色の環と水晶の青の翼を携えた勇斗が降り立っていた。

 


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