巨大なゴーレムの腕が落下するように勇斗と上条のもとに降り注ぐ。
――――降り注ごうと、して。
「やめてっ! その人達から離れてッ!」
不意の叫び声が地下街に響き渡る。勇斗も上条も、その2人を殺そうとしていたシェリーでさえ、動きを止めて声のした方を見つめた。ここまで走ってきたのだろう、そこにいたのは荒く肩で息をし、メガネがずり下がり、泣きそうな表情を浮かべている少女。――――風斬氷華だった。
「ッ!今だ当麻!」
「! おう!」
「……まさか
クツクツ、と笑いながら、シェリーは勇斗を見据えた。
「幸運は続くもんだな『人工天使』。お前にとっては援軍で、俺からすれば襲撃対象が大集合って訳だ。まあ、この場合は――――『飛んで火に入る夏の虫』の方がいいかねえ!」
そんなシェリーと、対峙する勇斗から目を離さないように眺めながら、上条は風斬に問いかける。
「……何で白井を待ってなかったんだ?」
「……あなた達だけに任せて逃げるのが、どうしても許せなくって。もしかして、何か手伝えることがあるかもしれないって。そう思って……」
弱気な表情を浮かべてはいるが、目はしっかりした光を浮かべている。どうやらこの少女は、本気で上条と、そして勇斗の身を案じていてくれたらしい。
「……色々言いたいことはあるけど、助かったよ風斬。ありがとう」
「……どういたしまして」
そう言って風斬は弱く微笑む。だが緊張感からか、その微笑みもすぐにこわばった表情に変わった。――――と、そこで、
「来るぞっ!」
勇斗の叫びが地下街に木霊する。同時に何度目かの、尋常ではない衝撃。地下街を蹂躙したソレが、上条と風斬の脚に襲い掛かった。
「きゃあっ!?」「ぐっ!?」
悲鳴や、呻き声をあげて倒れ込む2人。しかしその目の前で、白い翼が視界を切り裂いた。空を掻き乱す翼をはためかせ、勇斗の体が宙に浮いている。
「そう何度も同じ手を食うと思ってんのかよ!」
一瞬の間をおいて甲高い金属音が響き渡った。ビリビリという衝撃が上条と風斬の頬を叩く。上条は勇斗が能力でシェリーを攻撃したのだろうと判断した。学園都市に満ちるAIM拡散力場を操り、大砲のように射出する攻撃だ。
「ハッ……! そっくりそのまま返してやるよ! お前のその攻撃は私には通用しねえぞ!」
「……その減らず口を閉じさせてやる!」
直後、二度三度と連続した金属音。防げてはいるとはいえ、突然の出来事にシェリーはとっさに身を守るように顔の前で腕を交差させる。させてしまう。その一瞬の隙をついて、勇斗は立ちふさがるゴーレムに接敵した。右手を伸ばし、動きを止めているゴーレムに触れる。そして、
「多少防御してようが、零距離なら問題ねーよと相場は決まってるんでね!」
ドンッ!!という轟音と共に、ゴーレムが宙を舞った。
「……は?」
そんなゴーレムの後ろで、シェリーは呆然としたような表情を浮かべた。
勇斗が手を触れていた部分は粉々に砕け散り、真っ二つに割れたままゴーレムは後方に飛んで行く。その鋭利な破片はシェリーにも襲い掛かり、全ての破片が地面に散らばったころには彼女の服はズタズタに裂け、薄い切り傷がいくつも浮かんでいる有様だった。
「……まさかここまでやってくれるなんてね」
静寂が戻ったころ、やけにおとなしい調子で、シェリーはそう呟いた。
「まさか防御術式の上からエリスを破壊されるなんて思わなかったわ」
そう言いながら、右手に持った白いオイルパステルを、再び振るおうとする。――――が、
「させると思うか?」
掲げられたオイルパステルが、粉々に砕けながらシェリーの手から弾き飛ばされた。
「次に何かをしようっていうのならその瞬間に攻撃する。容赦は無いと思ってくれて差し支えない」
底冷えのするような声で勇斗は言った。これでチェックメイト。後は捕縛して、じっくりと事情聴取でもすればいい。土御門とインデックスと上条を交えて。本来なら
「……あらあら、これでもうお手上げね。どうしようかしら」
そんな勇斗を見つめつつ、やはり目の前の女はやけにおとなしく、平坦な声でしゃべっている。
「もう打つ手無しね。おとなしく捕まろうかしら」
その怪しい様子に警戒はしつつも、シェリーの手にオイルパステルはもう無い。余計なことを始める前にさっさとケリをつけようと足早に近づいていって、
「――――なんて言うかと思ったかよ、クソガキ」
グチャリと、引き裂いたような笑み。
「――――ッ!」
それを認識した勇斗が警戒に体を強張らせるが、
ゴン! という、意識を揺さぶる一撃が勇斗に襲い掛かった。正常に働いていた思考に、突如痛みというノイズが走った。何かドロッとした液体が頭から顔に垂れてくる。
「な、ぐっ!?」
頭から出血している。その事実を認識した時には、勇斗の体は既に傾いていた。
「魔術師からたった1本武器を奪ったくらいで、どうにかなると思ってんのか? 甘すぎるんだよ能力者。 保険くらい掛けとくに決まってんだろ」
そう言って、目の前の金髪の女はつま先でトントンと地面を叩いた。それだけの動作で地面に複雑怪奇な紋様が現れる。
しかしそれを目で捉えるや否や、勇斗の体全体に衝撃が襲い掛かった。その衝撃の正体は
「っ、勇斗!」
吹っ飛ばされ、自分たちの所まで転がってきた勇斗のもとに上条が駆け寄る。と、そこでシェリーは、
「お前が一番厄介だ、
ぞんざいに呟き、踊るようにつま先で地面を叩いた。
ひゅっ、と、静かに、それでいて猛スピードで、いくつもの鋭利な切片が上条目がけて飛んでくる。
(な……!? くそ、よけきれねえ!)
右手を使えば石片の勢いを消すことは可能かもしれない。しかし、それで防げるのはたかが1つの石片のみ。矢のようなスピードで、多数飛来する石片を防ぎきれるはずがない。ならばせめて、自分の後ろにいる少女にだけは攻撃が届かないようにと上条が悲壮な決意を固めたところで、
トン、と。突然後ろから押された。
「な、え?」
とっさの事で全く反応できなかった上条は、無抵抗に地面に転んでしまう。そんな上条の頭の上を石片が通り過ぎていく。恐ろしいまでの風切り音。その直後。ほとんど間を開けることなく。肉を潰す恐ろしい音と、声にならない小さな悲鳴、そして、何かが地面に倒れるような音が連続した。
思考に空白が生まれたのは一瞬だった。今の一連の出来事が何を意味しているのか瞬時に判断した上条は跳ね起きて後ろを振り返り――――
目前の光景に言葉を失った。
▽▽▽▽
とっさに能力で『壁』を作り致命傷は免れた勇斗も、その光景を目撃していた。それは常軌を逸した光景だった。
倒れた風斬の周りには肌色の何かが飛び散っていた。メガネのフレームも千切れて吹き飛んでいる。頭蓋骨の形が変わってしまっているかのような、そんな頭部の破壊が見える。頭部だけではない。右腕は肘から先が消失している。腹部には石片が貫通したのか、大きな風穴が開いていた。
誰が見てもわかる、紛れもない致命傷。
「か、ざ―――きり?」
呆然と、ポツリと、上条は倒れる少女の名前を呼んだ。あまりの驚愕に、シェリーも言葉を失っている。それは少女の傷のひどさにではない。確かに風斬の傷はひどいが、しかしそれが気にならなくなるぐらいの、『異常』。
破壊された頭部の中身、切断された肘の断面、腹部に開いた穴の内側。そこにあったのは
傷口からは一滴の血も流れてくることはない。そこからちらりとのぞく皮膚の裏側はまるでプラスチック。超精密な3Dモデルがこの世界に具現化したかのような、そんな印象。
空洞となった頭部の中心では、奇妙な肌色の三角柱が蠢いている。側面にあるのは、――――超小型ではあるが、キーボードのようにも見える。カチャカチャと音を立て、ひとりでにキー(のようなもの)が動いていた。
「う……」
そこで、風斬がうめき声をあげて意識を取り戻す。それに呼応するように、キーの動きが速さを増していく。
ぼんやりとした表情のまま、風斬は上体を起こした。そして片方しか残されていない目で近くにいた上条の顔を捉えて、
「……めがね。は、どこ……?」
と呟く。そしてメガネをかけていた辺りを指で触れようとして腕を上げた。――――右腕を。
そこで、気付いたらしい。気付いてしまったらしい。自分の体に起こっている異変を。その異常を。
「な、に……これ?」
風斬の声が、表情が、どんどんと焦りと不安の色に支配されていく。
「い、や……! …な、に……これ!? いや、ぁ!!」
髪を振り乱して思い切り叫ぶ。上条が、勇斗が、そしてシェリーまでも、息が詰まったような表情でその様子を見つめていた。
そしてそのまま風斬は立ち上がり、無茶苦茶に走り出す。ぼろぼろな細い体を引きずりながら、絶叫をあげながら、地下通路の奥のほうへ、先の見えない闇の中へと。
「……神が作りし木偶人形。生まれ変わってまた私に使い潰されな。――――エリス」
その姿が闇の中に溶けていってしばらく、真っ先に動揺から回復したシェリーが動き出した。
その詠唱に呼応して、周囲いたるところに散らばっていた石片が再び一か所に集まっていく。そしてどこからともなく取り出したオイルパステルで、集まった石塊をコツン、と叩く。その動作で、バラバラだった石片に再び
「……追うぞエリス。無様な獲物の、狩りの時間よ」
そう言って、シェリー=クロムウェルはゴーレムを引き連れ、風斬を追って闇の中に消えて行った。
しかし、勇斗と上条は、まだ動くことができずにいた。
目撃した光景が、あまりにも鮮烈に、脳裏に焼きついてしまっていた。