科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.59 9月30日-13

「――――ロンドン、ですか。何だか超急な話ですね」

 

「全くだよ。こっちの事情なんかガン無視だぜ。頭おかしいだろって」

 

 面会時間をとうに過ぎた夜の10時を回っても、病院の中はまだ騒がしさを維持していた。人の話し声やパタパタと走る足音など種々雑多な音が混じり合い、喧騒の形を成している。――――夕暮れ頃に突如として発生した集団昏睡事件と、それと同時刻に行われた病院車への集団避難。それらの事後処理に追われているのだ。

 

「勇斗さんの学校にはどう話を通したんですかね? こんな急な留学とか、普通なら超ありえなくないですか?」

 

「どうせ統括理事会権限かなんかでゴリ押したんじゃねえのかなあ……」

 

 そんな喧騒から文字通り壁1枚隔てたとある病室の中。疲労感に塗れた、しかしどこか幸せそうな表情を浮かべ病院着を着てベッドに横たわる絹旗と、ベッドサイドの椅子に腰掛け、片手で絹旗の手を優しく握りつつもう片方の手で絹旗のサラサラな髪を梳いている勇斗の姿があった。

 

「……まあ、のっぴきならない事情があるってのは重々承知してるんだけどさあ」

 

「……一個人の身ではどうにもならないことってありますからね。たとえ超強力な力を持っていても、ひょっとすると超強力な力を持ってしまったせいで」

 

「絹旗がそう言うと重たいよな……」

 

「ふふん。ここまで超の付くような修羅場の数々を潜り抜けてきたこの私を見くびってもらっては困りますよ勇斗さん」

 

 ドヤ顔を見せる絹旗に、それを見て顔が綻ぶ勇斗。

 

「見くびっちゃいねーよ。……ただ最近、年相応というか、普通の女の子っぽいというか、そんな絹旗の姿も見てきたからさ」

 

「それは、まあ、…………勇斗さんのおかげ、ですかね」

 

 そう言って、絹旗はいたずらっぽく微笑んだ。――――言ってて自分で恥ずかしくなったのか、頬やら耳やらが赤くなっている。

 

「……ッ、…………超かわいいなあもう!」

 

 ど真ん中剛速球。ドストライクな表情だった。湧き上がる感情のままにわしゃわしゃと頭を撫で、優しくぎゅっとその手を握る。

 

「このままイギリスに連れていきたいくらいだぜ」

 

「私としても超付いていきたいところです」

 

 しかし、それは難しい――というか、ほぼ無理な話であることを2人は理解していた。無能力者(レベル0)ですら()()()手段で街の外に出るためには煩雑な手続きが必要となるのだ。大能力者(レベル4)超能力者(レベル5)といった高位能力者など言うまでもない。………………無論不可能という訳ではなく、やろうと思えば全くやれないというわけでもないのだが。

 

 そして2人自身にもそれぞれ、『そう』することができない理由が存在している。勇斗のロンドン行きは表向きこそ『学園都市の協力機関への派遣留学』という体ではあるが、実際のところは『必要悪の教会(ネセサリウス)』への『転入』のようなものだ。学園都市の『外』。魔術師たち(オカルト)の集団。そこは、勇斗や絹旗にとっての常識が通用しない世界。絹旗をロンドンに連れて行った場合と学園都市に残した場合、どちらも様々なリスクは考えられるが、どちらかと言えばこの街の暗部(リスク)の方が()()し慣れているだけまだマシと言えるだろう。

 

 それに、絹旗は学園都市内の不穏分子の削除や抹消を担う暗部組織『アイテム』の正規メンバーだ。腹立たしい話だが、そんな便利な存在を『上』の人間たちがそう簡単に手放すとは思えない。下手に駆け落ちをかまして追っ手でも差し向けられたら目も当てられない。

 

 少なくとも今、熱に浮かされ、短絡的な判断を下してしまうことはお互いのためにならない――――。様々な修羅場をくぐってきたことがある2人だからこそ、その点を冷静に観察することができていた。――――「できてしまっていた」の方が、ニュアンスとしては正しいのかもしれないが。

 

「…………なのでその分、もうしばらくこのままでいてください」

 

 ちょっと唇を尖らせて、今度は絹旗の方から勇斗の手を握り返して、彼女は勇斗の目をじっと見つめた。

 

「…………言われるまでもなく、喜んで」

 

 断る理由など、世界中のどこを探しても見つかりそうもなかった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「……むう?」

 

 ロンドン中心部の一角を占める日本人街。午後の1時を回ってもまだまだ昼食時の賑わいが途切れない日本料理店で、天草式十字凄教教皇代理・建宮斎字は唐突にそんな声を上げた。手にしていた箸を置き、のめりこむようにして携帯電話の画面を覗き込んでいる。

 

「これは……」

 

「建宮さん? そんな難しい顔して一体どうしたんですか?」

 

 思わず漏れ出てしまった建宮の呟きに、対面に座ってこの店オススメのメニューであるすき焼き御膳を楽しんでいた五和が反応した。

 

「……明日『必要悪の教会(ネセサリウス)』に新入りが来るらしいんだが」

 

 咳ばらいを1つ、それから建宮は、五和だけでなく同席している天草式のメンバー全員に聞こえるような声で五和の問い掛けに答えた。突然の話題に五和だけでなく、その他の面々も目を丸くし、箸を置いて彼に目を向ける。

 

 そんなメンバーたちの姿を確認してから、建宮は自身が見ていた携帯電話の画面が全員に見えるように、テーブルの上に置きなおした。

 

「その世話を天草式十字凄教(俺たち)に任せたい、っていう連絡が来たのよな」

 

 そのセリフに、メンバーたちの顔が揃って怪訝そうな表情に変わる。

 

「……教皇代理、その新入りってどんなやつで、どうして俺たちが選ばれたんすか?」

 

「まあまあ、せっかちになりなさんな」

 

 見た目だけならただの小柄な少年にしか見えない香焼に尋ねられ、建宮はニヤリと笑った。

 

「まず俺たちが選ばれた理由からだが……詳細は知らんのよ。同じ日本人だから、ってのが今んとこ考えられる一番の理由なのよな。で、問題の『どんなやつなのか』ってとこなんだが……」

 

 そこで一度、焦らすように言葉を切って、

 

「ウソか真か、学園都市の学生なのよな。……自分で言っててウソにしか聞こえないからもはや笑えてくるのよ」

 

「学園都市の学生……? それってつまり、能力者ってこと?」

 

 斜向かいの席から訝し気な視線を向けてくるのは、ふわふわ金髪のスレンダー美女、対馬だ。そんな彼女の言葉に、建宮は少し逡巡を見せて、

 

「……一応、そういうことになってるのよ」

 

 彼自身到底納得したとは言い難い複雑な表情を浮かべ、彼は問い掛けに頷いた。再び携帯の画面に目を落としてみる。その『新入り』のプロフィールが簡略化された状態で記載されており、『千乃勇斗』という名前の横に『超能力者(レベル5)』の文字、そして周囲の至る所に『トップシークレット』『機密厳守』、等々の文字が並んでいた。

 

「れ、レベル5!? それって確か学園都市の中でも数人しかいなかったんじゃないですか!? というかそれ以前に、能力者に魔術は使えないはずじゃっ!?」

 

 同じく画面を覗き込んでいた五和が素っ頓狂な声を上げる。――――偶然か、必然か、喧騒に紛れて周囲の人間の注意を引くことはなかった。

 

「……そ。五和の言う通り、超能力者(レベル5)は学園都市に10人もいない超レアキャラなのよ。そしてこれまた五和の言う通り、能力者は魔術を扱えない。……この言い方は正確じゃないな。正確には『自由に』魔術を扱うことができない。より正確には、魔術の行使に著しい反動が伴ってワンパンで死ぬ可能性すらありえる超ハイリスクな状況に陥る、ってとこよな」

 

 そう言って、一度肩をすくめて、

 

「…………そもそもそいつの『異能』は、『能力』ではなく『魔術』だったのかもしれない。あるいは、能力者でありながら魔術を使っても危険がねえような何かしらの技術を見つけたのかもしれない。――――無知な俺らが足りない頭絞ってもどうにもならんのよ。そんなんは明日当人に聞いてやりゃあいい」

 

「……」

 

「それより多分、俺たち天草式的に重要なのは、その『新入り』が上条当麻の親友らしいってことよな」

 

「ッ!!」

 

 ――――『上条当麻』。天草式の面々にとって決して小さくない意味を持つ少年の名が唐突に飛び出し、彼らの動きが――顕著なのはやはり五和だ――止まる。

 

「そう。まさかのまさか、ここでアイツと繋がってくるのよな」

 

 順繰りに、建宮は仲間たちの顔を見回していった。いっそ楽しげに、口元を微かに歪ませて。

 

「――――科学サイドの一員でありながら、魔術サイドの俺たちと肩を並べて戦ってくれた男。そして今度はその親友だという奴が、科学サイドの中枢たる学園都市から、魔術サイドの深部である『必要悪の教会(ネセサリウス)』へとやってくる。……さて、一体このことは何を意味している?」

 

「教皇代理……」

 

「……ここ最近、『世界』に揺さ振りをかけるような事件や策略の中心にはいつだって上条当麻がいるだろ。それこそ、()()()()()()()な」

 

 一転、建宮は表情を引き締める。

 

「俺たちの今いる組織の『上』が、学園都市が、そしてそれらを取り巻くローマ正教みたいな組織が、一体どんな思惑で動いているのか。俺らが今、どんな世界に立っているのか。……もしかしたらその『新入り』は、そんなことを見極めるための試金石になってくれるかもしれねえのよ」

 

 十字教世界における三大派閥の内の一角につくことになった天草式十字凄教。『イギリス清教』という看板を背負い、そのネームバリューを利用できるようになった一方、いわゆる『尻尾切り』にあうリスクも見過ごせなくなっている。

 

 ――――それでも、『救われぬ者に救いの手を』、敬愛する女教皇(プリエステス)の矜持を受け継ぎ、少しでも多くの救われぬ者を救うために。

 

 誰からともなく、彼らは瞳に強い意志を宿し、頷き合うのだった。

 

「――――はい! じゃあシリアスな話はこれで終わりよな。次の議題はその『新入り』をどう使いこなせば五和の恋が発展するのか、ここにいるみんなでレッツシンキング」

 

 その一言で全て色々と、ぶち壊しになったけれども。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 カラカラ、という微かな車輪の音が、静寂が取り戻された深夜の病院に溶けていく。1つ溜息を吐き、名残惜しそうに部屋の中を見やって、それから勇斗は絹旗の病室を出た。

 

 長く真っ直ぐな廊下が非常灯によってぼんやりと照らされていた。そしてその朧な明かりに照らされて、壁に寄り掛かった人影が浮かび上がっている。

 

「もう、いいのか」

 

 人影が、勇斗に向かって声を発した。普段からよく聞き慣れた声だ。しかしその声色は、普段の軽さからは考えられないほどに重く固い。そのことがより一層事態の重大さを表しているように勇斗には感じられた。

 

「ん、まあ。腕枕をせがまれたせいでまだ右腕が痺れてるけどさ」

 

 肩をすくめ、普段なら何があろうともそいつの前では言わないだろう爆弾発言を、勇斗は口にする。普段なら嬉々としてネタにして弄ってくるだろうに、しかし今は、そいつは辛そうに微かに表情を歪めるだけだった。

 

「そういう土御門は大丈夫なのか。全身包帯だらけのボロボロじゃねーか」

 

 そいつ――――土御門元春は、ぐったりした様子で壁に寄り掛かっている。あの大騒動の裏でまた暗躍していたのだろう。全身至る所に包帯が巻かれ、痛々しい血の滲んだような跡も各所に見受けられた。

 

「何とかな。全部話が終わったら、その後『肉体再生(オートリバース)』でも使うさ」

 

「……そうか」

 

 ――――まだ、呼吸は浅く荒い。土御門は回復魔術を使()()()()。『肉体再生(オートリバース)』も無能力(レベル0)判定。つまり彼は、応急措置以外に碌な治療をまだ受けてないということだ。そんな状態で今ここにいるのは、ひとえに『責任』を感じているゆえか。

 

「――――最低限の荷造りはさせておいた。足りてなさそうだったものに関しても『上』に言って準備させておいた。それでももし、足りないものがあれば、済まないが向こうで揃えてくれ」

 

「――――土御門」

 

「……何だ」

 

()()()()すんなよ。今回のこれは、お前のせいじゃないだろ」

 

「…………だが、結局巻き込んじまったのは事実だ」

 

 表情自体は無表情(ポーカーフェイス)のまま、しかし端々から、土御門が考えていることなど容易に読み取れる。

 

「何だよお前、これまでの魔術絡みの事件は全部お前が手引きしたものだって言いたいのか? もし本当にそうだってんならビックリだぜ」

 

 だからこそ勇斗は、軽口を叩くことにした。――――そんなことを、土御門が気に病む必要などないのだから。

 

「……むしろいいチャンスだと思いはじめたんだぜ」

 

 土御門の気遣いを不要なものと断ずるように、勇斗は笑いながら言う。

 

「世界が『科学』と『魔術』に分かれていようが、そんなことはどうだっていい。俺は『俺自身の力』で、俺が守りたいと思った人たちをもっと守れるようになりたい。だからこそ、俺は行ってやるんだ。『俺自身の力』について、もっともっとよく知るために」

 

 穏やかに、しかし強い意志を、一言一言に込めて。

 

「と、まあ、そんな感じでもう腹はくくったよ。……それでもどうしても申し訳ないと思うんだったら、俺が早く帰ってこられるように、その方向で暗躍しててくれ」

 

「……全力でやってやるさ」

 

 力強く、土御門は断言してくれた。勇斗にとっては、そのことが何よりも心強い。

 

「おう。頼むよ」

 

 そんなふうに、爽やかに笑って、

 

 ――――少年は病院から、この街から、姿を消したのだった。

 


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