科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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ep.63 10月1日-2

 女王は連行されました☆ミ

 

「……何だったんだ今の」

 

 頭を抱えたままの神裂の横、呆然とした様子で勇斗は言葉をひねり出す。

 

 ――――それは一瞬の出来事だった。普通にどこにでも売られているような白のジャージの上下に身を包み、ギターを提げた格好で突如として現れた英国の女王様。そんな予想の斜め上どころか遥か上空を突き進む超音速旅客機のような出来事――――比喩表現すら訳が分からなくなるくらいに動揺している――――に固まってしまった勇斗と神裂。完全に固まってしまった場の空気が、しかし動き出す前に、

 

「――――失礼」

 

 いつの間に現れていたのか、勇斗ですら知覚から落としかけたそんなタイミングで、上下ダークブラウンのスーツを華麗に着こなした壮年の男性が女王様の背後に出現していた。そして、そんな唐突な闖入者に対して勇斗と神裂が何某かのアクションを起こすよりも早く、

 

「オイコラテメェいい加減にしろって言ってんだろうが!」

 

 ――――まさかの罵倒である。早口の英語でそう毒づいた彼は女王の首根っこを鷲づかみ、女王を扉の外に引きずり出し、お姫様抱っこの要領で抱え上げ、一瞬でその場から姿を消してしまったのだ。

 

「……なあ。あれ、いいのか? いつものことみたいだけど」

 

「……いいんです。いつものことなので」

 

 半ば呆れたような顔で問いかける勇斗に、頑なに目を合わせようとせずに神裂が応える。それに、朝食時が終わって廊下を行き交うメイドさんたちも特にざわついている様子はない。――――ああ、また女王が何かやったんですね、みたいな苦笑いを口元に浮かべて、足早に次の仕事場へ向かって歩き去っていくあたり、ガチのガチで日常風景なのだろう。

 

「…………本当にいいのだろうか」

 

「……よくはないですよね。よくは」

 

 いっそ吐き捨てでもするように、深い溜息と共に、しかし微かに楽しげな雰囲気をどこか滲ませて、神裂はそう締めくくったのだった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 メイドさんが持ってきてくれた紅茶を楽しむ勇斗と神裂。そんな中、何かに気づいたように神裂が立ち上がるのと、トントントン、という小さなノックの音が聞こえてくるのは、ほぼ同時だった。

 

「お待たせして申し訳ない。少し準備に手間取った」

 

 先刻女王様自らの手によって乱暴極まりない扱われ方をされた扉の向こう、放たれた声は穏やかな男性のものだった。そして勇斗の記憶が正しければ、女王様を罵倒したあのナイスミドルのそれと同じもの。

 

「女王エリザード様、第1王女リメエア様、第2王女キャーリサ様、第3王女ヴィリアン様。……それから、『清教派』最大主教(アークビショップ)。『謁見』の準備が終わったのでな。迎えに来させてもらった」

 

 そう言って、扉が開かれる。部屋に入ってきたのは、やはり先程のスーツ姿の男性だった。

 

 決して若い人物ではない。恐らく年齢は、少なくとも30半ばは超えている。見た目だけはやや若作りしている感が見え隠れはしているものの、身に纏う落ち着いた雰囲気はまさしく英国紳士。素直に「こういう年の取り方をしてみたい」と思える、カッコいい大人の男だった。

 

「わざわざありがとうございます、騎士団長(ナイトリーダー)。連絡をいただければこちらから出向いたのですが……」

 

「構わん。学園都市からの『客人(ゲスト)』相手に、出迎えもなしとはあまりにも失礼が過ぎるだろうとの女王のご判断だ」

 

 申し訳なさそうな様子で頭を下げた神裂にそう言葉をかけて、『騎士団長(ナイトリーダー)』と呼ばれたその男性は、勇斗の方に視線を向けた。

 

「君が……学園都市からの客人か」

 

「はい。千乃勇斗と申します。よろしくお願いします」

 

 立ち上がり、勇斗は丁寧に頭を下げる。――――こういうのは第一印象が肝心なのである。少しでもいい印象を持たせておくに越したことはない。

 

「こちらこそ、よろしく頼む。遠い異国から来ることになって大変だろうが、ぜひとも頑張ってくれ」

 

 そして『騎士団長(ナイトリーダー)』――――すなわち『騎士派』を統べる長であるその彼もまた、その辺りは重々理解しているらしかった。公職に就いているものとしての常識でもあるのだろう。穏やかな微笑みを浮かべつつ、労いの言葉を勇斗に掛けて、

 

「――――では、移動しようか」

 

 仕事の早い男だった。余計な会話に必要以上に時間を掛けることなく、彼は勇斗と、そして神裂を部屋の外へと誘う。

 

「はい」

 

 1つ息を吐いて。勇斗は彼に続いて、部屋を出た。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「……さて、この奥に女王エリザード様をはじめ、3人の王女、『清教派』のトップが待っているわけだが、……心の準備はできたか?」

 

 宮殿の中、とある扉の前で騎士団長(ナイトリーダー)は足を止め、勇斗の方を振り返る。ここに来るまでいくつかの部屋の前を通り過ぎてきたが、大きさそして荘厳さでそれらのどれにも勝る、豪奢な両開きの扉だった。――――騎士団長(ナイトリーダー)に教えられるまでもない。この扉が視界に入ってきた時点で、ここが『別世界』の入口だろうということはわかっていた。

 

「……ええ、まあ」

 

 さしもの勇斗も、顔も体も強張って――――特にそんな様子はなかった。むしろ、心なしか遠い目を浮かべているようにも見える。

 

 無理もないと言えば無理もない。何せ女王との初対面があまりにもアレすぎる。アレを見た後に緊張しろという方が無茶だ。3人のお姫様(プリンセス)もいるとはいえ、正直あの上下白のジャージであのテンションの女王と、その後の騎士団長(ナイトリーダー)のツッコミ(物理)を見てしまった後では緊張感など欠片も浮かんでこない。

 

 そんな様子の勇斗を見て、騎士団長(ナイトリーダー)と神裂は2人揃って、なんだかとても申し訳なさそうな表情を浮かべるのだった。

 

「……すまない。本当はもっと、こう……ちゃんとしているんだが……」

 

「普段からずっとアレっていう訳ではないので……」

 

 ――――2人がかりでそんな顔をされると、こちらまで申し訳ない気持ちになってくる。

 

「いやいや、どっちかっていうとそんな感じの人の方が色々と楽なんで……」

 

「……そう言ってもらえると助かる」

 

「甘えちゃいけないのはわかってるんですけどね……」

 

 閑話休題。それでは気を取り直して、突撃である。

 

騎士団長(ナイトリーダー)がドアをノックし、ドアノブを回し、扉を開けた。

 

 勇斗は騎士団長(ナイトリーダー)と神裂に挟まれる形で扉をくぐり、中に足を踏み入れる。

 

 部屋の中の様子は、勇斗の予想していたそれとは違っていた。よくRPGのお城で出てくるような、階段状の段とその上に鎮座するデカい玉座の組み合わせをイメージしていたのだが、そんなものは存在していなかった。パーティー会場として使えそうな平らで広い大部屋だ。そしてその中央、円卓が置いてあり、5人の人物――――いずれも女性だ――――が掛けていた椅子から立ち上がるところだった。五者五様立ち上がり、揃ってこちらに視線を向ける。

 

「……」

 

 その視線の圧に若干圧倒されつつ、勇斗もまた、失礼を承知で視線を投げ返した。前を行く騎士団長(ナイトリーダー)の背中越しに、ざっと眺めてみる。

 

 勇斗から見て一番左を陣取るのは、所々に真っ赤なレザーが入った赤いドレスに身を包む、20半ばを過ぎたくらいの、華やかとかド派手といった言葉がしっくりくる感じの女性だった。テレビで見たことのある顔だ。確か彼女は、第2王女のキャーリサ。値踏みするような、「どんな面白いものを見せてくれるのかしらね、ふふん?」とかいう言葉がしっくりきそうな表情を浮かべている。

 

 その隣、目を引くのは長く美しい金髪と、他4人とは異なる修道服。綺麗な碧眼をのぞかせ、ずっと欲しくてたまらなかったおもちゃを誕生日に買ってもらった時の子供のような、そんな楽しそうな表情でこちらを見つめている。その表情も相まって、年齢不詳。5人の中で唯一勇斗が一度も目にしたことがない人物だ。服装と併せて考えれば、この女性が()()最大主教(アークビショップ)なのだろう。

 

 1人飛ばして、右から2番目。青を基調としたドレスに身を包み、左目に片眼鏡(モノクル)を掛けた、白人には珍しい黒髪の女性だ。艶のある、……いわゆるカラスの濡れ羽色、というのが似つかわしいだろうか。落ち着いた雰囲気を見るに、年齢は恐らく30を超えたところか。こちらもテレビで見た覚えがある。第1王女のリメエアだ。感情を窺わせない静かな視線をこちらに向けている。

 

 一番右にいるのは、緑のドレスに身を包む金髪色白の、まさしく『おひめさまおひめさま』した女性だった。女王の次くらいにメディアへの露出が多い印象がある。第3王女のヴィリアン。見た目だけなら神裂よりも勇斗と年齢が近そうだ。何故なのかはわからないがとても緊張しているようで、勇斗と目が合うとなんと向こうから会釈をしてくる。慌てて勇斗も会釈を返す。テレビで見た時はもっとこう、何というか、堂々と、とまではいかないものの、もう少ししっかりした感じの人だった気がする……。

 

 そして最後、5人の中央に立つ人物。英国女王エリザード。先程見かけた上下白のジャージなど影も形もない(当然の話だが)白と黒のツートンカラーの長いドレスに身を包み、頭にはティアラを、そして何のためのものか、右手に1本の剣を握っている。浮かべる表情は、自信と活力に裏打ちされた快活な笑み。見た目の年齢は50を超え、間もなく60の世界に足を踏み入れようとしているように見える。しかし表面的な老いを吹き飛ばすだけの何かを持ち、周囲に振りまいているような人間だった。さっきのアレと印象が違いすぎてびっくりどころではない。

 

 ――――そして、勇斗の視線は女王の右手、この場にあって異彩な雰囲気を振りまいている剣へと移る。柄の先に細長い長方形の金属板を取り付けたような、切っ先のない独特のシルエットを見せる剣。記憶を探って、思い出す。持つ者の王権を象徴する物品(レガリア)の一種。日本の『三種の神器』に当たる、英国王室に伝わる『連合王国の戴冠宝器(クラウンジュエル)』の1つに、あんな形の剣があったような気がする。なるほど確かに、ステイルもこの『謁見』を公務であると言っていた。あれが記憶通りレガリアであるならば、逆に持っていない方が『客人(ゲスト)』への失礼にあたる、……のだろうか?

 

「――――エリザード様、そして皆様。学園都市から訪英した『ゲスト』の少年が到着いたしました」

 

 おぼろげに記憶の海をたゆたっていた知識をサルベージし、色々と考えているうちに、勇斗はもう円卓の前に到着していた。一礼した騎士団長(ナイトリーダー)の姿と声で、現実へと引き戻される。

 

 前を歩いていた騎士団長(ナイトリーダー)が勇斗の左に、後ろを歩いていた神裂が勇斗の右に。円卓を挟んでわずか数メートル。勇斗は女王と、この『英国』の中枢たる人間たちと相対する。

 

「先程は失礼したな少年。ようこそイギリスへ。我々は君を歓迎しよう」

 

 よく通る、活力に満ちた声。そのたった一声で女王の印象が塗り替えられる。自然と背筋がすっと伸びるような、身が引き締まるような、堂々とした威厳を感じさせる声だ。

 

「……そう畏まらなくていいぞ。ここには体面にこだわるような奴はいない」

 

 そんな勇斗の様子を見てか、エリザードは笑いながらそう言った。

 

「立ったまま話し続けるのも変だな。全員座れ。続きはその後だ」

 

 続けてのそのエリザードの言葉で全員が円卓に着く。それを待っていたのか、部屋の陰から数人のメイドさんが現れ、全員の前にティーカップを置き、紅茶を注いでいく。――――正直な話、一体どこに隠れていたのか、勇斗は全く気づけなかった。流石、国家の本丸である。メイドであっても最高練度の人員を配置しているということか……。

 

「……で? 結局この子はどういう子で、何でここに来ることになったの?」

 

 仕切り直しての一言目、そう問うたのは第2王女のキャーリサだった。興味深げに笑みを広げ、勇斗に真っ直ぐに目を向ける。

 

「名前は千乃勇斗。一応学園都市の能力者、超能力者(レベル5)の1人です。…………何の因果か、『光を掲げる者(ルシフェル)』の天使の力(テレズマ)も扱えます。…………というか、これ以上は俺の能力に関する細かい話になるんで省きますけど、この国にいる間は多分、天使の力(テレズマ)を扱う方がメインになると思います」

 

「……で、少年がわざわざイギリスなんぞに来ることになったのは、この最大主教(アホ)の悪だくみのせいだな」

 

 勇斗の回答に補足する形で、エリザードが言葉を続ける。

 

「し、仕方なしにけるのよ! ローマ正教の魔術師のせいでこの子が聖人と同質の力に目覚めてしもうたのだから! 『必要悪の教会(ネセサリウス)』としては聖人の力を解析されぬる可能性を潰しておく必要がありにけりし、学園都市のトップともそのような契約になりにつきけるし!」

 

「……!?」

 

 女王の言葉に反応して、修道服の女性――――もう最大主教(アークビショップ)確定ということでいいだろう――――が焦った様子で弁明する。……が、内容以上に勇斗の認識を捉えたのは、その頓珍漢な日本語だった。古文、という訳でもなく、一体何がどうしてこうなったのか見当のつかない状況である。

 

 そんな感じの疑問を込めて、相当アレな視線を投げかけてしまっていたのだろう、最大主教(アークビショップ)はグルリと勇斗の方を向いて、

 

「ええい! 私のこの珍妙な日本語はあの土御門のせいにつきけるのよ! 自覚はしとろう!」

 

「あ、はい……。何というか、あのバカがご迷惑をおかけしました……」

 

 あの土御門(バカ)、国を代表する三派閥の長という超お偉いさんに対しても容赦なしである。相も変わらずキレッキレのイタズラをかましてくれていた。

 

「……少年、お前の上司(仮)はこんなことを言っているわけだが、本人としてはどうなんだ?」

 

「まあ……、仕方ない、ですよねえ……。互いの領分を守るって意味ではこうしておいた方が色々と楽そうですし……」

 

 そう。今回のこの件に関しては、『うーん……、確かにまあ、しゃーないよね』としか言いようがない。色々と釈然としないこともないではないが、こうしておいた方が色々と楽であるということは間違いないのだ。

 

 勇斗のそんな言葉、――――10代後半の若い人間にしては物わかりのよすぎる言葉に、エリザードは苦笑いを浮かべる。

 

「……だ、そうだぞ、キャーリサ」

 

「なるほどなるほど、そーゆーわけね」

 

 納得したのかしていないのか、そこのところを笑みで隠して、キャーリサは頷いた。

 

「そういえば、さっき母様の『剣』を見ていたみたいだけど。あの『剣』について知っているの?」

 

 キャーリサと入れ替わるようにそう問うたのは、第1王女のリメエアだった。

 

「……はい。『連合王国の戴冠宝器(クラウンジュエル)』の1つにそんな形の剣があったような記憶はあります。……とはいっても、その程度ですけど」

 

 ちょっとドキッとした勇斗である。『客人(ゲスト)』として部屋に入ってきた人間がどんな人間か観察するのはわかるが、まさか視線のわずかな動きを捉えられるまでのレベルでガッツリと観察されていたとは思わなかった。何だったら「ふーん、変わった客ね」くらいの一瞥で済まされてしまうものだと思っていたのだが……。

 

「だそうよ、母様。せっかくだからカーテナについて説明してあげた方がいいのではないの? この子がこの国で天使の力(テレズマ)を扱う術者として動くのなら、全くの無関係という訳でもないでしょうし」

 

「……? その剣、天使の力(テレズマ)と関係があるんですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 疑問の声を上げた勇斗に、女王が頷く。

 

「……ふむ、まずは顔合わせで細かい話は後回しでいいかとも思ったが、ちょうどいいだろう」

 

 そう呟くと、女王はおもむろに円卓の下に手を突っ込む。

 

「少し歴史の話をするが、構わないな?」

 

 ガサゴソとまさぐりながら、女王は勇斗にそう問うた。

 

「大丈夫です。よろしくお願いします」

 

 いったい何を探しているのか。とりあえずは同意を返しておいた勇斗の目の前に、現れたのは――――、

 

 ドン!! という重厚な音。使い込まれているようで、なお美しさと滑らかさを失わない木枠。

 

「それではジャパニーズ・カミシバイのスタートだ!」

 

 心の底から楽しそうに快活に笑う女王が取り出したのは、それはそれは立派な紙芝居セットだった。

 




変なところですが区切り……




▷前話投稿後、感想をいただきました皆様へ

ご感想ありがとうございます!
次話更新時にまとめて返信するようにしておりましたので、ずみません、こんなにも遅くなってしまいました……!
内容、全て読ませていただいております!
今回はこういった形で返信とさせていただきますが、次回以降は気をつけます!
また機会がありましたら、よろしくお願いします!

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