科学の都市の大天使   作:きるぐまー1号

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駄文回。収拾が……


ep.7 9月1日-7

 

「さて……、事情聴取といきますかね……」

 

 そう呟いた勇斗、そしてその横にいる上条、2人の後ろにいる風斬。落ち着きを取り戻した地下街で彼らが視線を向ける先に、地面に転がったシェリー=クロムウェルがいた。

 

「……くそ、ちくしょう」

 

シェリーはそう忌々しげに呟き、立ち上がろうとする。しかし上条の一撃が効いているのか、腰が立たず手近な壁に背を預け座り込んでしまう。

 

「……あなたはイギリス清教、必要悪の教会(ネセサリウス)所属の魔術師だという事ですが」

 

 そんな様子のシェリーを油断なく睨みつけながら、勇斗は彼女にそう問いかける。

 

「ああ、そうだ」

 

 よどみなく答えるシェリー。唐突に聞こえてきた『魔術師』という言葉にきょとんとした表情を浮かべる風斬。後で説明すると風斬に断ってから、勇斗は話を続けた。

 

「あなたは戦争を起こすための火種が欲しいと、恐らく、科学と魔術の戦争を起こすための火種が欲しいと言っていました。でも、俺が知っているその他の必要悪の教会(ネセサリウス)の魔術師――――ステイル=マグヌス、神裂火織、土御門元春、その辺の人間達がそんなことを考えているとは到底思えないんです。あなたのその考えは、組織的な物なんですか? それとも、あなた個人の考えですか?」

 

 その勇斗の問いかけに、シェリーは口元に暗い笑みを浮かべた。そしてその問いかけに答えることなく、シェリーはこう言った。

 

「……お前らの中で、エリス=ウォリアーって名前を聞いたことがあるやつはいるか?」

 

「……?」

 

 唐突に放たれたその名前は彼女がさっきまで使役していたゴーレムのそれと同じもので、しかし恐らくその由来となった人物の名前であろう『エリス=ウォリアー』という名前そのものに、聞き覚えのある人間は3人の中にはいなかった。

 

 予想していなかった言葉に疑問符を大量に浮かべたような3人の顔を見て、舌打ちしつつシェリーは再び口を開く。

 

「なら……、能力者が魔術を使うと肉体が拒絶反応を起こして破壊される。……こんなことを聞いた事は無えか?」

 

再びの予想外の言葉。しかしその内容自体は理解できた。勇斗自身はあくまで又聞きでしかないが、上条は恐らくその瞬間を見ただろう。夏休みに起きた、大魔術『御使堕し(エンゼルフォール)』が引き起こした大事件。世界が終わっていたかもしれなかったその一件に際し、自らの身を呈して魔術を行使し、危うく命を落としかけた土御門の、その姿を。そのことを思い出したのか、険しい表情を浮かべる上条。

 

「……おかしいとは思わなかった? 『魔術』と『科学』が『協定』で明確に線引きされて、互いへの深い接触や介入が禁じられているはずのこんな状況で、一体なぜそんな事が分かっているのかって」

 

 口元を皮肉気に歪め、それでもシェリーは言葉を止めることはない。彼女の言葉がその場にいる全員の胸に突き刺さっていく。

 

「……試したのさ。今からざっと20年ぐらい前、イギリス清教と学園都市の間で『会談』がもたれてな。 教会・宗教世界の技術の結晶である『魔術』と、急速に発展台頭していた科学世界の技術の結晶である『能力』。その生まれも成り立ちも全く違う2つの『異能』を兼ね備えた新たな『人間』を生み出そうとして、2つの組織が互いの技術や知識を持ち寄って研究を進めていったんだ。その結果が……それだ」

 

 重たそうな様子で腰を上げ、シェリーは立ち上がる。

 

「……でも今じゃ、そんな話全く聞こえてこねえぞ」

 

 上条の、つい言葉に出してしまったといったようなその呟きに、自嘲気な笑みと共にシェリーは答える。

 

「フン……。当然よ。そんな研究をしていた部署は結局、イギリス清教と学園都市それぞれ自身の手で潰されたんだからな」

 

「な……」

 

「結局最後の最後でどちらも怖気づいたのよ。互いの技術・知識が相手に流出してしまうことに。特にイギリス清教側からすれば、科学サイドに魔術の情報を流したことを口実に他の十字教宗派、ローマ正教やらロシア成教、スペイン星教派に攻め込まれる可能性もあったからな」

 

 嫌な思い出を振り払うかのように、金色の髪が薄暗い地下街に揺れた。

 

「……エリスは、そして私は、その実験の被験者に選ばれた。どちらもまだ幼かったから、イギリス清教の人間だった私も、学園都市から連れてこられていた能力者だったエリスも、すぐに友達になれたわ。エリスの能力は念動力の派生形、名前は忘れてしまったけど、土砂を操っていたわね。幼いながらに、かなり高位の能力者で…………だから私は、嬉々として『土』を操る魔術を教えた」

 

 勇斗、上条、風斬の3人は押し黙ったまま、シェリーの口から語られる言葉にじっと耳を傾けていた。

 

「――――結果。私が魔術を教えたせいで、エリスの体はボロボロになった。それで、さっきの結論が導き出されたわけだ。『能力者は魔術を使うことはできない』っていうな。そんな時よ。その『危険な』研究を潰そうと、騎士達が襲撃してきたのは。…………私とエリスは、魔術師にも科学者にも見捨てられた。自分たちの身を守ることしか考えていなかった汚い大人たちは、私たちを置いて真っ先に逃げていったのよ。そんな状況で、襲撃者の手から私を逃がしてくれるために、エリスは騎士達の棍棒(メイス)で打たれて殺されたの」

 

 沈黙が場の空気を支配した。誰かが唾を飲み込むような微かな音さえも聞こえた気がした。

 

「……結局、魔術師と能力者、科学者はね、住んでる世界が違うのよ。別世界の人間なのよ。そんな人間たちが無理して分かり合おうとなんてするから、歪んでしまう。関わりあう必要なんてない。他者への善意すら裏目に出てしまう。世界ってのは、そんなもの。住み分けをして、明確な線引きをしなければ、魔術と科学の交錯はまた悲劇を生みだしてしまう」

 

「……だからって、戦争を起こすってのか? 風斬やインデックスみたいな罪の無い女の子を傷つけるってのか? 『悲劇』を生み出したくないんなら戦争を起こしてどうすんだよ!」

 

「ッ……、黙れクソガキ! 正論吐いてどうにかなるほどこの世界は優しくねえんだ!私達の、エリスの時でさえ、人が1人殺されてんだ! なのに最近じゃイギリス清教は学園都市と手を結んで、しかもあの禁書目録を預けるだなんて! 自分で自分たちの首を二重に締めるような状況になってるのに! これ以上互いに足を突っ込んだら何が起きてしまうかなんて考えたくもない!」

 

 上条の口から放たれたどうしようもないほどの『正論』。シェリー自身もそれは良くわかっていたのだろう。しかしそれでも、彼女は声を荒げた。

 

「『科学』と『魔術』を決定的に決別させるためには、戦争の『火種』を起こすしかないんだ! 別に戦争そのものが欲しいわけじゃねえんだよ!」

 

「だからってお前が風斬に、この街のみんなにしたことが許されるとでも思ってんのかッ!!」

 

 声を荒げたシェリー。しかしそれ以上の大声で、迫力で、力強さで、上条は叫んだ。その声に、シェリーだけでなく勇斗や風斬も体をびくりと震わせる。

 

「子どもでもわかる話だろうが!! 友達を殺されて、お前が傷ついたのは確かなんだろう! そんな気持ちは俺には理解してやれねえよ! それでも、だからって、お前が誰かを傷つけて良い理由にはならねえだろうが!!」

 

 大声で叫ぶ上条。しかしその横で上条のその姿を見ていた勇斗は、かすかな違和感を覚えていた。

 

対峙した敵に、『説教』をする。こんな姿は勇斗だって知っている。インデックスの『首輪』の件の時も、『妹達(シスターズ)』の件であの(・・)一方通行(アクセラレータ)と戦った時も、夏休み最終日にアステカからやってきた魔術師と戦った時も、上条は敵に『説教』をしていたのを勇斗は知っている。

 

 しかし微かに、違和感が拭えない。

 

 叫ぶ上条の姿を見ていると、どこか泣き出しそうな、どこか怯えている(・・・・・)ような、そんな気がするのだ。弱い気持ちの裏返しに強い言葉を並べ立て、それを自分自身に言い聞かせているような。

 

「そんなことはわかってんだよ! 私のしてることがまた新しい悲劇を生みかねないってことくらい! 私達を! エリスを見捨てた学園都市の連中も! イギリス清教の連中も! みんなみんな殺してやりたいとも思ってるわよ! でもそれでも! 互いの争いを回避したいとも思ってんのよ! 自分で自分の矛盾にくらいとっくに気づいてるわよ!」

 

「そこまでわかってんならどうしてわかんねえんだ!! 結局お前は自分の大切な人間を失いたくなかっただけだろ!! 守りたかっただけだろ!! テメェの考えの根っこはそれじゃねえのかよ!!」

 

 そんな上条の叫びに、シェリーはびくりと体を震わせる。何かを言い返そうと口をパクパクと開け閉めするが、そこから言葉は漏れてこない。

 

「お前は見てたんだろ、あの『目』を通して! よくそれを思い出せよ! 今日一日で見たものを思い出せよ! それでよく考えろ!」

 

 悲痛ささえそこに滲ませながら、上条の言葉は止まらない。怯えるような声色が、勇斗の、風斬の、そしてシェリーに突き刺さっていく。

 

「俺とインデックスが! 風斬とインデックスが! 決別しなきゃ生きていけないようなそんな関係に見えたのかよ! それっぽっちの関係に見えたのかよ!」

 

 その叫びで、勇斗は気付く。一体上条当麻が、何に怯えていたのかに。

 

 それはきっと―――-。

 

「頼むから、……頼むから俺から、俺の大切な人を、奪わないでくれよ!!」

 

 決定的な一言が、全員の胸に突き刺さる。

 

 上条が怯えていたのはきっと、インデックスの事なのだ。上条が命を賭して、そして記憶を代償に守り抜いた、そしてこれからも守り抜きたいと、そう思っているあの白い少女。『火種』を起こすという目的で殺されてしまうかもしれない。そうならなくても、引き離されてしまうかもしれない。上条が怯え、恐れていたのはそこだろう。

 

 シェリーの表情が、苦痛に歪む。何かに耐えるようにきつく唇を噛みしめる。手全体が白くなってしまうほど強く、きつく拳を握りしめる。ずっと昔、彼女自身が大人たちに、世界の理不尽に、それらに対して放ったものと同じはずの、そんな上条の言葉を聞いて。

 

「―――我が身の全ては(Intimus)亡き友のために(115)!!」

 

 しかし全てを振り払うようにシェリーは絶叫する。ラテン語と数字から成る文字列――――魔法名を。

 

 意識が逸れていた勇斗の一瞬の隙をついて、袖から飛び出したオイルパステルを閃かせる。空中に紋様が描かれ、そしてそれがすぐに虚空に溶けていく。

 

 突然の行動に遅れて身構える勇斗達。

 

 しかし、数秒たっても何も変化はない。周囲に散らばる石片に注意を向けても、ピクリとも動くことは無い。

 

「……なん、」

 

 なんだ、と声に出そうとして。そこで唐突に変化が訪れた。

 

 ズズズズズ、という重苦しい響きと震動が地下街の空気を揺らした。ただしそれは近い場所ではない。どこか遠い場所から響いてくるような、そんな感覚。

 

「ッ、何をした!」

 

「……この場にいない標的に、エリスを差し向けただけだ」

 

 叩き付けられた上条の言葉に、硬い表情のままシェリーは応える。

 

「お前の、お前たちの信念を通したいなら、この状況で禁書目録を守って見せろ! お前たちの強さを、私に見せつけてみろ!」

 

 そう言って、彼女はオイルパステルで軽くコツンと、地下街の壁を叩いた。たったそれだけの動作で、壁や天井、床が淡く光りだし、そして地下街を揺らす振動がより強いものになる。

 

「……ただし時間制限つきだ。もう間もなく、この一帯の地下街は崩落する。止めたきゃ私を倒して、エリスも止めて見せるんだな!!」

 

 叫び声と共に、淡く地下街を包んでいた魔術的な光が収束し、いくつもの魔法陣にと変化した。その淡い光に照らされて、シェリーは凄惨な笑みを浮かべている。

 

「くそっ……!」

 

 一歩前に踏み出し、何とかしてシェリーを止めようとする勇斗。――――しかしそこで、上条が手を伸ばし、そんな勇斗の動きを制止した。

 

「なんだよ?」

 

「……インデックスの所に向かってくれ勇斗」

 

 平坦な声で、上条は言った。

 

「ここからゴーレムがいるところまで最速で行けるのは勇斗だ。そしてこの魔法陣は、俺は触れただけで消し飛ばせる。だからここは任せて先に行ってくれ」

 

「っ、これだけの量で、右手1本で間に合う訳ねえだろ!」

 

「いいから頼む。俺が走っていったんじゃ間に合わないかもしれない。お前が頼みなんだ」

 

「でも……」

 

「……大丈夫です。私が行きます」

 

 言い合いをする2人。そんな状況に割って入ったのは、先程から黙り込んでいた風斬だ。

 

「化け物の相手は、……同じ『化け物』の、私がします」

 

「ッ、お前、まだそんな事……!」

 

 風斬の言葉に、状況を忘れて上条が叫ぶ。その横で、勇斗も何か言いたげな表情で、風斬をじっと見つめていた。

 

「いいんです。この言葉で、そんなふうにあなた達が怒ってくれる、それだけで」

 

 言葉を言い終わるか言い終わらないかのところで、風斬の姿が少しずつ薄れていった。

 

「全部思い出したんです。……私は、この街に満ちるAIM拡散力場の集合体。AIM拡散力場さえあれば、私はそこに存在できる」

 

 言葉を失った上条と勇斗に、風斬は続ける。

 

「大丈夫です。私は消えるわけじゃない。あの子を守るために、『化け物』の力を使うだけです」

 

 どんどんと風斬の姿は薄れていく。しかしその瞳には、強い力と光が宿っていた。

 

「あの子を私の力で守れるのなら……化け物でいるのも悪くない。……そう思います」

 

 その言葉を残し、風斬の姿は完全に掻き消えた。ゴーレムに挑み、インデックスを守るため、『戦場』に向かって行ったのだ。

 

「……くそっ! 勇斗!早く風斬を追いかけてくれ!アイツ……死ぬ気なのかもしれない!」

 

「……わかった。任せたぞ」

 

 そして勇斗は、目の前の戦場に背を向けて、走り出した。そんな勇斗を見ても、シェリーは何もしない。ただただ、目の前で起こった出来事を、複雑な表情で見つめていた。

 


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