流石にまずかった。
怒りに任せて全力でデッキを回し、サイバーエンドを三体並べてしまった。かといって、ペアサイクロイドとかサイバーツインを出せばよかったというわけではない。
この世界の中心に位置するLDSでもシンクロ、融合を教えはじめたのは最近らしい。だからその召喚方法を操っていたことがばれた時点で問題だし、なおかつアルティミトル・ビシバールキンも添えるというかなりのエンタメぶり。
やっちまった。清澄の体だってこと忘れて、全力で〈見てて楽しいデュエル〉をしちまった!
さらに彼女のクラスメイト、神導魔希子に見つかってしまうという失態を犯した。あとで清澄に何回土下座すればいいんだろう。
その清澄はさっきから、龍大神ワンキルならSRの比率あげましょう、だとかアルティミトル・ビシバールキン抜いたほうがいい、とかデッキについてのことしか口にしない。人のことを言えないが、こいつもかなりのカード馬鹿だ。
「それで、さっき何があったか具体的に聴かせてください」
場所を変えて話をしようと提案したら、神導は俺たちをカウンセリング室へと案内してくれた。入口の扉に〈ねねの部屋〉と書かれた紙が貼ってあったが、中には誰もいない。きっと光焔ねねはもう帰路に着いたのだろう。
「さっき何があった、と聞かれても……私のデッキが奪われたので取り返すためにデュエルをーー」
「ごめんなさい、聞き方がいけませんでした。まずは順番に聞かないと。清澄さん、あなたは融合を使えるんですか」
「……」
『白井さん、否定しなくてもいいと思う。ここは肯定しようよ。神導さんとの関係に傷を入れたくないし』
俺の口からため息が漏れる。
「えぇ、見られたから仕方ないわ。私は融合とシンクロが使えるの」
「儀式とエクシーズは?」
「独学で勉強中だから、まだマスター出来てないけ、どいつかは」
「なるほど……そうですか」
こいつ、俺の言ってることを信じてないな。もしかして俺が墓地に送ったサイバー・ドラゴン・ノヴァがエクシーズモンスターなのが見えていたのか? それならこのロリ娘、かなりの観察眼だな。
神導は青い髪を三つ編みにした少女で、その目がメガネ姿から知的な雰囲気を醸し出しているが、見た目は小学6年生くらいだ。だが、見た目に反して頭はかなり切れるようでだ。なにしろ、最初に出てきた質問が融合を使えるか否かだなんて、俺も想像してなかった。
てっきりアルティミトル・ビシバールキンのことを聞かれると思ってたのだが。
「では二つ目の質問です。どうしてそれを隠してたんですか」
清澄がバトルをしている最中は、ずっと自分の体のことを調べていたから知らなかったが、どうやらこの体はすでに何戦もこなしているらしい。
それなら隠していると思われても仕方ないか。
いっそのこと隠してたことにした方が、気が楽かもしれない。
「この町に来て時間が経ってないのにいろんな召喚方法を使ったら、騒がれちゃって大変だし、LDSに目をつけられそうだから隠してたの。神導さんもこのことは内緒にしてね」
「LDSでシンクロや融合を身につけたんじゃないんですか!?」
「うん、私が昔いた場所でならったの。それにさっき使ったシンクロモンスターは私の家に伝わる伝説のカード。元々は門外不出だったものだけど、所有者が私になったから……あっ、くれぐれもこのことは内緒にね」
彼女は渋々といったように頷いた。
『よくもそんなにサラッと嘘が出てきますね』
仕方ないだろ、清澄。お前がシンクロ使った時のために、あらかじめ何個か言い訳を考えておいたんだよ。まさか自分がいうことになるとは思ってもいなかったが。
「門外不出の伝説のカード、ですか」
「うん、私のご先祖様から伝わってるカード」
付けっぱなしだったデュエルディスクからアルティミトル・ビシバールキンを抜き取って彼女に見せる。プレミアムパックで当てたシークレットのカードで、確かセブンシンズ狙いで買ったのにこれが当たって、全力で床に投げつけた記憶がある。
彼女は俺の持ってるカードをまじまじと眺め、首を捻る。
「みたことないカードですね。どことなく、禍々しい雰囲気がありますが……」
「そうかな? 生まれた時からずっとこのカードを見てたから、そんな風には思わないけど」
「それで、どうしてLDSに目をつけられたくないと思っているのですか?」
「それは、代々伝わってる伝説のカードが世間に出てきたと奴らが知ったら、私のカードを研究材料にしようとするでしょ? それはなんか嫌なのよ」
LDSはこの世界のトップとも言っていい存在。そんなのが俺らを見つけたら、必ず厄介ごとに巻き込まれるに決まってる。それだけはごめんだ。
「そういうことなら、今回の件は誰にも話しません。前浜くんの口封じも私がしておきます」
「えっどうして……」
「転校生へのサービスです。それにーー」
彼女は嬉しそうに微笑む。
「ねねがあなたとデュエルして、本当に楽しそうにしてたんです。あんなねね、久しぶりにみたんです」
この子百合っこか!?
向こうの世界にも何人かそういう奴がいたが、こっちにもいるのかよ!
「わかったわ。そういうことなら何度でも光焔さんと戦ってあげる」
『ちょっと! 私の体で何かってに約束してるんですか!』
清澄、ごめんな。俺はこの目の前の百合っ子からさっさと逃げたいんだよ。まだ童貞も捨てれてないのに、他人の体で、女に処女を奪われるなんて死んでもごめんだ。
「じゃあ最後に、私からも一つ聞いていい?」
「なんでもどうぞ。答えられることなら答えますよ」
前の世界の俺なら間違いなくセクハラに走ったかもしれないが、今回はそんなことよりも優先すべきことがある。
「この学校にいる人の中で、強いデュエリストの名前を教えてくれない?」
彼女は一瞬戸惑ったような表情をする。
「強い人、ですか? ねね以上の人はいないですよ」
おいおい、シャドール使いトップかよ。頑張れよ帝使い! 純シャドール相手なら巨神竜デッキでも互角の戦いができそうなのに……
「でも、榊くんみたいに父親が強かった人ならいますよ」
「榊って、榊遊勝の子供がこの学校にいるの!?」
ちょっとオーバーに驚きすぎたかもしれないが、清澄はそんなこと気にせずに、これは遊矢急接近フラグ、とか意味わからないことを言っている。
「榊遊矢。隣のクラスの男の子です。明日、2クラス合同のデュエル実習がありますから、その時に会えると思いますよ」
この世界に来て3日目でいきなり主人公とご対面か。ちょっとうまく行き過ぎている気もするが、折角アニメの中にいるんだから、思う存分楽しまないと。
「ありがとう。明日の実習を楽しみにしてるわ」
「ところで、あの伝説のカードはこれからどうするんですか?」
「どうしても負けられないデュエル以外では使わないわ。例えばさっきみたいに私のデッキがかかってるデュエルとか」
「それなら大丈夫です。頻繁に使われたら学内が軽くパニックになりますから」
そんなにやばいのか、この超出しにくい究極幻神は。
それなら邪神アバターとか、アーミタイルとか前の世界で2万円で買ったホルアクティとか出したら一体どうなるんだよ。
「元は門外不出のカードだから、そんなに頻繁に使ったりわしないわ。……そろそろ家に帰って、ごはんの用意をしたいのだけど……」
「ごめんなさい、引き止めてしまいましたね。自炊するなら、商店街にある八百屋で野菜を買うのがおすすめですよ。スーパーより安いですよ」
彼女と別れた俺は速攻でアパートに帰った。
まだこの体でいるうちに、清澄のアンチホープデッキと俺の竜大神ワンキルを改良したい。
アンチホープはオベリスク等のネタカードを抜いて、もっとやばいネタカードを、竜大神はSRの比率を下げて、BFとグローアップバルブや左腕の代償を入れた方が安定性が上がりそうだ。
家につくなりアンチホープと竜大神デッキを机の上に広げ、何枚かのカードを抜き取る。
「清澄。昨日この部屋に持ってくるように言ってたカードファイル、どこにある?」
『確か、私のベッドの下にあるけど、どうしたの? そんなに急いで』
「もう少しで一時間。入れ替わりのリミットが来る。そうなったら、デッキの調整もできなくなっちまうからな」
『元に戻っても、イヤホン越しに私に支持してくれればいいのに』
「自分でやりたいんだよ。それに、お前は中学生で一人暮らししてんだから、デッキ調整よりも優先してすべきことがあるだろ」
そうこう言っている間にもうデッキの調整は終わった。
さて、これからどうするか。あと10分ほど時間があるが、他にやることがない。それに清澄の体だから、やれることにも限りがある。
あと、中学生の近くで教育的によろしくないことはできない。久しぶりにステーキを焼いて食いたいが、十分で買い物に行ってから帰ってきて、さらに調理するのはほぼ不可能だ。
「清澄、オナっていい?」
『……サイテー』
「いやだって、女の体だぞ? 好奇心くらい湧くだろ」
『汚らわしい。人の体を触って性欲を満たそうとか。私、体が入れ替わったら自殺しようかな』
「冗談だって。本気にするなよ」
女の体を試せないには残念だが、清澄に死なれちゃ困る。カード仲間が死んだ時の悲しみは尋常じゃない。
「ところで、あの学校の特権ってシステム、面白いな」
『あれがあって助かったわ。このまま連勝すれば、あの制服を着なくて済む!』
「俺はみてみたいけどな。お前があの服きてるとこ」
『さすがに恥ずかしいよ』
清澄の喋り方がだんだん砕けてきた。最初にこの世界に来た時は、パニックで敬語を連発してたから心配だったが、これなら心配せずにケータイの中に戻れる。
「うーん、もったない気もするんだよな。お前、スタイルはいいんだから」
『ちょっ、白井さん! どこ触ってるんですか!』
「どこって、胸だけど」
『私の体を勝手に触らないで! これだから痴漢で捕まるのよ、白井さんは!』
「あれは冤罪だ! 結局真犯人も見つかって、俺は数分拘束されただけで済んだ ってお前に言っただろ! ていうか俺のトラウマを引っ張り出しやがって! お仕置きだ!」
『ちょっ! 私の体に触らないで! お願い、脱ぐのだけはやめて! ごめんなさい、痴漢の話を持ち出したのは謝るから!』
このくらいにしてやるか。どさくさに紛れて胸揉めたからよしとしよう。
俺は下ろそうとしていたスカートのチャックから手を離し、制服のポケットからケータイを取り出す。
『お願い。やめて……グスッ……男の人に触られたこと、なかったのに……』
デフォルメキャラの清澄冷菓が半泣きで俺に訴える。
「そりゃ悪いことした。ごめんな。……そうだ。体が元に戻る前にこれだけは言わないと」
俺は清澄のカバンからさっき取り返したデッキを取り出す。
炎王。俺がなんだかんだで気に入っているデッキだ。
「さっきのデュエルで分かったんだが、この世界は何かがおかしい」
『おかしい?』
「あぁ、こればっかりは具体的にどうこうと言えないが、なんかがおかしい。これだけは覚えておいてくれ」
あと数秒で俺の意識はケータイの中に戻る。
元に戻ったら、今後のことを真剣に考えよう。入れ替わりの件も含めて、調べなきゃいけないことがたくさん増えたな。
いきなり視界が変わった。さっきまで私の体に入っている白井さんを見ていたのに、今私がみているのはデフォルメされた彼。
「元に、戻ったの……?」
『どうやらそうみたいだな。一時間って、思ったより短いな』
不思議な体験だった。ケータイの中に入って、私のことを外から見るというのは。
「白井さんと私の入れ替わり、ね」
『信じられないよな。さっきまでお前の体の中に、俺が入っていたなんてさ』
「ちょっと体の動かし方に違和感があるけど……」
手を握り、放す。ベットに腰掛け、足をパタパタと動かしてみる。
「うん、大丈夫そう」
『それならよかった。俺が入れ替わったせいで腕が動かなくなったとか言われたら、死んでも許されないしな』
「あれ、腕が……」
『おい、こういう時に冗談言うのやめろ』
テヘペロと言いたかったが、白井さんがかなりきつい返しをしてきたのでその言葉は飲み込む。
「それで、一応白井さんに聞きたいんだけど、私の体を動かした感想は?」
『やっぱ違和感があったな。まず体のサイズが違うし、腕が思った以上に動くからびびったし、お前の体軽すぎだし、股間にあれがないのも気持ち悪い感じだった』
「今日は下ネタが多いけど、どうしたの? 女のカードゲーマーの前で下ネタは控えるって言ってなかったっけ?」
『仕方ねぇだろーー』
「溜まってるとか言ったらケータイの画面割りますよ」
『ごめんなさい。許してください』
ため息を一つ着いてから、私は頭をフル回転させる。
今回の入れ替わりは、白井さんに主導権があり、私は少しも抵抗できなかった。
それと同様に、入れ替わりが終わったのも一時間ジャストで、抗う余地もない。さらに入れ替わり中も私は何度か体を取り戻そうとしたけれど、どう足掻いてもできなかったのは言うまでもない。
この入れ替わりシステムはかなり厄介だ。
私の意思とは無関係に、白井さんの独断で行えるということは、いつどのタイミングで入れ替わってもおかしくないということ。
つまり入浴中や着替え中、トイレにいる時も入れ替わる可能性があるということだ。
『おい、清澄。ちょっといいか』
「どうしたの? 白井さん」
『お前、次にいつ入れ替わりが起こるかわからない、とか考えてるだろ。一応言っておくが、俺はよっぽどのことがないかぎり、入れ替わるつもりはないからな。今回は絶対にデッキを取り返さなきゃいけなかったから、仕方なくやっただけだからな』
「じゃあ何で私の胸揉んだんですか」
『まだ引きずってんのかよ。あれは素直に謝るよ。好奇心に負けました、ごめんなさい』
白井さんの気持ちもわからなくはないので、そんなに攻めるつもりはない。だけどからかえるネタは多いに越したことはない。
「うーん、悩んでたりしても時間の無駄だね! 白井さん、気分転換にちょっと出かけてもいい?」
『止める理由はないが、俺はどうするんだ? 置いていくか?』
「一人で行くのも寂しいから、持って行ってもいい?」
『もちろんだよ。俺も暇してたからな』
画面上の彼が満面の笑みを浮かべた。
そうと決まればすぐに行動に移す。制服のまま学校のカバンにデッキとお金を入れる。
まずはカードショップに行く予定だ。この世界でデッキケースがいくらするのか知らないが、あれがないに越したことはない。
「当店にデッキケースはありません」
「……え? ここ、カードショップですよね」
「はい。ただ当店にないだけで、ここからすぐのところにある二号店にはたくさん置いてありますよ。新型のデュエルディスクとカードフォルダー等もそちらで取り扱っています」
「ありがとうございます、助かります」
私は親切な店員さんにお辞儀をして、カードショップを出た。
私が確認した限りでも、この付近にあるカードショップは10個ある。それならば当然、カードサプライ等を専門にした店があってもおかしくない。
「それにしてもここらへんのカードショップは大きいね」
『そうだな。前の拠点の3倍はあるんじゃないか。しかも取り扱ってるカードは全部遊戯王』
「昔の仲間だと、アサヒさんあたりが発狂しそうね」
『そうだな。あいつ、wixossが置いてないカードショップはカードショップじゃないって言ってたからな』
この世界には本当に遊戯王しかない。それ以外のカードゲームは何一つ存在していない。たまたま遊戯王専門のカードショップに入ったのかと思ったが、白井さんがネットで調べたところ、MTG、デュエマ、ゼクス、wixoss、ヴァンガード、有名どころのタイトルはどれ一つとして見つからなかったそうだ。
「遊戯王しかできないのは、辛いわ」
『そうだな。毎日遊戯王づけってのも大変だよな。俺がそんな生活したら、5日目ぐらいで他のカードやり始めるだろうし』
「まぁ遊戯王は嫌いじゃないからいいけど……」
さっきのカードショップを出てから五分も立たないうちに、別のカードショップが見えてきた。店の名前はイマイチよく見えないが、きっとさっきの店の二号店なのだろう。
「そういえば、さっきの店員さん、新型のデュエルディスクとか言ってなかったっけ?」
『言ってたな。デュエルディスクに新型とか旧型とかがあるのか知らんが、アンチホープを召喚してもエラーが起きないって意味で新型なら、買って損はなさそうだな』
「そんなに気安く言うけど、私、まだ中学生だからね? まだバイトもしてないからね?」
『でも一人暮らししてるし、カード買うくらいの金はあるんだろ? とりあえずいくらすんのか聞いても損はないだろ』
外で白井さんと話していてもキリがないので、カードショップの扉を開けて中に入る。
そこはカードショップとは程遠い空間だった。
「……なに、ここ?」
『なんだ、ここ。おしゃれな洋服屋にでも入っちまったか?』
何が意外だと聞かれれば、その全てだ。よく見ればカードケース等が行儀良く棚に並んでいるだけなのだが、驚いたのはその品揃え。GXの三沢さんが着ていたジャケットにケースが着いたものや、ウェストポーチ状のもの、どう使えばいいのかわからないもの。
思わず外に出て看板を確認してしまうほど、カードショップとはかけ離れた光景だった。
「……さすが遊戯王の世界。デッキを持ち歩くのが常識だと、こんな店までできるのね」
『アニメでは描写されてなかったけど、こんな店もあるのな。……これ、あれだよな。初代遊戯王で海馬社長がカード入れてたアタッシュケースだよな』
「10万円。無理ね。……このしたに書かれている15万DPって何かしら」
『DPって、タッグフォースシリーズで使われてる金だよな。多分デュエルポイントの略称だと思うがーー』
「困ったら店員さんに聞いてみればいいのよ。一人で考えても解決しないなら他人に頼った方が、時間を有意義に使えるわ」
決めたら即座に行動に移す。
近くにいた男性店員を捕まえて、尋ねてみる。
「あぁ、デュエルポイントですよ。もしかして、ご存知ない?」
「えぇ、生まれてから一昨日までずっと山にこもっていたので……」
「山でデュエルの修行ですか?」
なんで山でデュエルをする。修行するなら、町で一日中野良試合をこなした方がいいいだろうに。
「それで、〈でゅえるぽいんと〉って?」
できるだけ平仮名発音を意識して、無知な人間アピールをしてみる。
「デュエルポイントは、デュエルディスクを使用したデュエルのうち所定の場所以外で行われた、いわゆる野良デュエルを行った場合や、大会で優勝したらもらえるポイントで、全世界共通の通過です」
「なるほど。ついでに、野良試合で負けるとデュエルポイントは?」
「勝者に取られますよ」
つまり私はすでに二人の人間からDPを奪い取ったわけだ。だから神導さんが私と前浜の試合を止めに来たのか。中学生間でのお金のやり取りは確かに良くない。
「ついでに、私のDPがどれくらい溜まってるかわかりますか?」
店員さんがデュエルディスクを見せてくれというので、左腕につけたディスクを彼の方に差し出す。
「デュエルディスクをノーマルモードで起動したら右上にーーって30万DP!?」
海馬社長のアタッシュケース2個分。そんなに驚くほどなのだろうか。
そんな私の疑問はあえて口にしない。
「うーん、山で野良試合しかしてなかったせいかもしれませんね」
もしかして、アンチホープを召喚した時にディスクがバグった? それなら運が良かったということで、思う存分使わせてもらおう。
「そうだ、持ち運びやすいデッキケースを探しているんですけど、どこら変にありますか?」
「えーっと、そういう持ち運び用のケースは二階です」
ふと視線をそらすと、新製品コーナーと書かれているのが目に入ってくる。おそらく古いものは他の階に置かれているということだろう。
アタッシュケースを基準に考えると、30万DPというのは約20万円の価値があるということになる。
それだけのお金があり、なおかつ野良試合をすればお金が溜まるこの世界でそんなにケチる必要はないが、それでもわざわざ新しいタイプのものを買う必要はない。
私は店員さんに礼を言い、逃げるように階段の方へと向かった。
『よかったな、清澄。一気に大金持ちだ。これでダンテが当たるまでエクストラパックを買う、みたいなことができるようになったぞ』
「うーん、嬉しいけど複雑なのよ。まだ野良は2戦しかしてないのに、どうしてこんなに溜まってるのかがわからないから、両手を上げて喜ぶというわけにもいかないの」
『そこらへんは気にしなくてもいいんじゃないか? この世界に飛ばされたことへの慰謝料かなんかだろ、きっと』
白井さんはそういうけれど、それならそれで嫌な気分になる。自分の知らないところで口座に慰謝料が振り込まれているなんて、気持ち悪い以外の感想がわかない。
「でも、入ってるなら使っちゃえばいい、のかな?」
『お前は貧乏中学生なんだから、そういうのはありがたく受け取っとけよ。俺らの仲間たちもきっとそう言うさ』
カードショップの二階は、レジにいるおじさん以外、誰もいなかった。階段はまだ続いているからもう一個上の階があるようなので、そっちに人が流れているのなもしれないが、それにしてもこれはひどい。
誰もいないなら何も気にせずに商品をみられるから、ある意味ラッキーとは言えるが、活気のない店にいるのはなんだか気が滅入る。
なんとか心を切り替えて、棚に鎮座している商品をみて回る。
『清澄。聞き忘れてたが、どういうものを買いにきたんだ?』
「体につけられるタイプで、デッキが二つ入るやつが欲しくて……」
『前の世界にそんなものなかったろ』
「学校で見かけたの。あれは腕につけてるタイプだったけど、ああいうのがあれば便利だなぁ、って思って」
『頻繁にデッキを取り出す世界だからな。おっと、そこの黒いケースなんていいんじゃないか? お前の制服は黒が基調だから、それなら似合うだろ』
実体がない人にそこと言われてもどこかわからない。
「もしかして、これですか?」
『そう、それ』
彼に勧められたのは、ケースの上部と下部に2本の黒いベルトがついた、半透明の黒いもの。黒というよりは若干グレーに近いが、棚のところにつけられた商品名には黒と書かれている。
「これ、どこにつけるのかな。ケースの中に説明書とか、保証書とか入ってないかな?」
『入ってるわけないだろ。今まで買ったカードケースに説明書なんてーー』
「入ってた」
この世界では私たちの常識と経験が使えない時もあるようだ。
「えーっと、太ももに付けるタイプみたいね」
『わぁお、黒澤ゆらぎスタイルじゃん。かっこいいじゃん。なぁ、これ買ってくれないか』
彼にものをねだられたことなどあるわけがないので、当然のように戸惑う私。
「黒澤ゆらぎスタイル?」
『とあるマンガで黒澤ゆらぎっていうキャラが出てきてな。そいつが太ももにデッキケースつけてるんだよ。あれ、かっこいいから憧れてたんだよなぁ。ユッピーのやつにゆらぎのコスプレして欲しかったんだけど、そんなマイナーキャラはやだって言われちまってな』
ユッピーさんは私たちのカード仲間であり、巷では有名なコスプレイヤーだ。どんなマニアックな作品のコスプレでも着ると評判の彼女が断るなんて、一体どれほどマイナーなのだろう。
『あのマンガ自体はクソ面白いし、有名なんだけど2巻で完結しちゃったからなぁ。勿体無い!』
「うん、マンガの話はどうでもいいから。つまり白井さんはそのゆらぎっていうキャラクターのコスプレをして欲しいと」
『そうじゃなくて。確かにゆらぎスタイルが頭の中に浮かんだのは否定しないが、純粋にお前がそれつけたら似合うだろ。跡がつくかもしれないからスパッツ履くって手間があるが』
コスプレには抵抗があるが、私もこれに惹かれたのは事実だ。折角こういう世界にいるのだから、できるだけこの世界を楽しみたい。
町中でカードケースを足につけてても誰からも指摘されないであろうこの世界でしか、できないことをやってみたい。
「これ、いくらだろう。……900DP。うん、許容範囲内ね。白井さん。近くに私たちがいつも買ってたようなケースはない?」
『真後ろにあるぞ』
「本当だ。……800DPね。これで合計1700DP」
『円に換算すると約1133円、かな? 計算遅いし暗算でやったから間違ってるかもしれんが』
「表示されてる円での価格より高い……」
DPは野良試合でも手に入るから当然の価格だろう。
私は欲しいものを持ってレジに向かい、店員のおじさんに渡す。
「毎度あり! 支払いはDP? 現金?」
「DPでお願いします」
「じゃあノーマルモードで起動したディスクを支払いモードにしてレジに近づけて。……お買い上げありがとう! ところで姉ちゃん、みない顔だな。引っ越してきたのかい?」
やけに馴れ馴れしく話しかけてくる人だが、不思議と嫌な気にはならない。
「えぇ、ここに引っ越してきたばかりで、清澄っていいます」
「よろしくな、姉ちゃん。俺はこの店の店長で、デュエルディスクの修理が専門の技師、天城っていうもんだ」
「よろしくお願いします、天城さん」
差し出された手を握り返し、笑顔を振りまく。
天城さんはいかつい顔をしているが笑顔は優しそうで、顔の所々が墨のようなもので汚れている、いかにも技術者という風貌の人だ。
「それで姉ちゃんはいつここに越してきたんだい?」
「昨日です。今日は町の散策ついでにここに」
「ふーん。昨日ねぇ。デュエルの塾には入ってんのかい?」
「いいえ、入るつもりもありません。何かと面倒なので」
「この店の2階に誰もいなくてビビんなかったかい?」
突然予想していなかった方向へと話が飛ぶ。いくら客がいないからって、勤務中に客と話してていいのだろうか。
「えぇ、少しは驚きました」
「だろうな。古い方のデッキケースを欲しがる奴は少なくて、大抵したの階で済ましちまう奴が多いし、ディスクが壊れたなんて言って駆け込んでくるのなんざ、1ヶ月に一回、決まって日曜の夜よ」
「だから月曜は人が少ないんですね」
「それもあるが、この時間はここの4階でデュエルのイベントやってるから、この階に人が来てくれないんだよ。……そうだ姉ちゃん、暇なら珈琲飲んでかねぇか? こないだ新しい豆が入ったばっかだからよ。俺の話し相手になってくれたら、ブルーアイズマウンテン、ただで入れてやる」
ちょうどやることもなかったので、ありがたく珈琲をいただく。天城さんがスタッフルームに入っているうちに、白井さんにことわってから、イヤホンの音を切る。
1、2分するとマグカップを2つ持った天城さんが出てきて、レジの上にそれを置いた。
「ほら飲みな。姉ちゃんの引越し祝いだ」
「ありがとうございます、天城さん。……この珈琲、おいしい」
「だろ。なんてったって珈琲の最高峰、ブルーアイズマウンテンだからな」
「私みたいな中学生じゃ、なかなか飲めませんね」
その言葉に彼は眉をひそめる。
「姉ちゃん、家族は?」
「いますけど、遠くにいるんです。今は一人ですんでます」
「若いのに大変だな、姉ちゃんは」
「いえ、そんなことはないですよ。もとから一人暮らしには慣れてますから」
それに白井さんもいるから寂しくない。
「話は変わるが、姉ちゃんは野良とかすんのかい?」
「えぇ。それは、ほどほどには」
天城さんの口の端しが僅かに釣り上がる。
人がこういう顔をする時は、大抵変なことに巻き込まれる。私の経験がしう告げているけど、この状況で逃げ出すのはさすがに失礼だ。
「そんな姉ちゃんに頼みがあるんだが、聞いちゃくれないか?」
やっぱり! 私の経験に基づくカンは間違ってなかった!
絶対変なことに巻き込まれる!
「この店の5階でたむろしてる連中を、俺と一緒にとっちめてくれないか?」
次回はデュエルパートです!
そして新禁止制限のおかげで考えていた展開を白紙に戻す事態に! なんでよりによってチェインを……
そして作者は帝が死んで瀕死状態!
次回までにメンタルが回復しなかったら、きっと次の話はかなりカオスになるかも……ということで、また次回にお会いしましょう!
コメント、ご指摘、ご感想、アイディア、ご質問、お待ちしております。