我輩はレッドである。 作:黒雛
「お、いたいた」
ラティアスの背に乗り、ピカチュウの波長を頼りに追跡を始める。戦闘機のようなシルエットに相応しくスピードに優れたラティアスはあっという間に2番道路を北上するピカチュウに追いついた。
どうする? とラティアスが振り向いて器用に首を傾げる。
「んー、ちと様子を見ようか」
コクリと頷いたラティアスは速度を落とし、ピカチュウの後方をついていく。
ラティアスは念力のフィールドで完全に姿を消しているが、ピカチュウは振り向いた。ビクゥ! とレッドとラティアスは冷や汗を流す。ピカチュウはやや訝しみつつ再び北上を目指す。
(あのピカチュウ、マジなんなん……?)
ニュータイプですか? イノベイターですか? ここポケモンなんですけど。
「ラティアス、もう少し距離を取ろう」
それにしても、なぜあのピカチュウはトキワシティに何度も足を運んでいるのだろう。食糧しか狙わないと聞いているが、それなら森にある木の実を採ればいいだけだ。
きっと――なにかがある。
レッドはそれを知るためにピカチュウの様子を見守ることにした。
2番道路を北上した先はトキワの森だ。ラティアスは高度を落とし、地面すれすれに浮遊してトキワの森に入る。
トキワの森は鬱蒼なくらい樹木が乱立し、視界や陽射しがあまりよろしくない薄暗い場所だが、生息するポケモンは穏やかな気性をしており、奥地に進まない限り、危険性は意外と少ないのだ。
湿った地面を進むキャタピーやビードル、木に張りつき進化のときを待っているトランセルやコクーンなど、虫タイプのポケモンが多い。
すらすらと邪魔な障害物を避けながら進むピカチュウは、やがて一本の倒木に辿りつくと鳴き声を上げた。長い年月が経過しているのかすっかり枯れ木と成り果て、空洞となっている倒木からひょこっと顔を出したのは――ピチューだった。
――四匹。
四匹のピチューが倒木から顔を出し、ピカチュウの帰還を喜んでいた。
トキワシティから帰還したピカチュウが戦利品の食糧を見せつけると、ピチューたちは殺到する。
それぞれ美味しそうと思ったものを早い者勝ちと言わんばかりに取り合い、小さな指を重ね合わせてかぷりと齧りつく。二度、三度咀嚼すると蕾が開花するように破顔一笑を浮かべた。それを見て、ピカチュウも満足げな笑みを浮かべている。
(アレが目的だったのか……?)
まあ、確かに、眺めていてかなり和む様子だけれども、疑念は解けない。
四匹のピチューの面倒を見るくらいなら、この森の中にある木の実を採るだけで充分に事足りるはず。なのにわざわざトキワシティに出没する理由がわからない。今まではピカチュウがバトルに天賦の才を宿していたこともあり、切り抜けることができたが、もしジムに挑戦するトレーナーと遭遇した場合、さすがに勝つことは不可能だ。トキワシティのジムリーダーはカントー地方最強のジムリーダーと謳われており、ここに挑戦しに来るトレーナーは一流のトレーナーが多いのだから。
どうしてこんな無茶を繰り返すのか。
そんなレッドの疑念は――突如、梢を透かし、遠くから響いた獣の雄叫びにより中断された。
「なんだ、今の」
ピカチュウが表情を一転、険しい顔つきになる。
ピチューたちも獣の雄叫びが耳朶に触れた瞬間、恐怖を顔に貼りつけ、縮こまり、倒木の中に潜り込んでしまう。
まるで、さっきの穏やかな一時が偽りであったと言わんばかりに、その平和はあっさりと瓦解してしまった。
ピカチュウは尻尾を払い、倒木の入り口を落ち葉で隠すと、意を決した様子で走り出す。
後を追いかけようとするラティアスに、
「ちょいストップだ、ラティアス」
そう言ってレッドはラティアスの背中から降りた。
少し悪いと思いつつレッドはピカチュウが隠したばかりの落ち葉を払い、その中を覗き込む。倒木の暗い空間の中でピチューたちは深く落ち込んでいた。
恐怖に身を寄せ合う――のではなく、酷く落ち込んでいた。
そんな彼らに、レッドは可能な限り刺激をさせないように優しく話しかける。
ピカチュウの様子も気になるが、まずは情報である。
こちらには幸い、意思疎通が可能の優秀なポケモンがいるのだ。
◇◆◇
走る。
走る。
ピカチュウはわき目も振らず、一心不乱に腐葉土を蹴り、走り続ける。
風を追い抜き、木々を撓らせ、目にも止まらぬ速さで森を抜けていく。
もう、いい加減に限界だった。
それは自分の堪忍袋と、もう一つ――このまま騙し騙しな生活を続けること。弟分、妹分のピチューたちを守りながら今の生活を続けるのは難しい。先ほどの雄叫びは今まで何度も聞いてきた中でもっとも近く、耳障りに響いた。
少しずつ、少しずつ、あいつはこの森に生息するポケモンを追い詰めるように縄張りを広げてくる。己の縄張りに侵入するモノは絶対に許さず、凶悪な牙と爪を振るい、その息の根を止めるまで苛烈な攻撃を繰り返すのだ。
穏やかなトキワの森は、一匹のポケモンにより蹂躙されてしまった。
ピカチュウは、そのポケモンと戦ったことがある。しかし、結果は惨敗。あっさりと返り討ちに遭い、瀕死に近い重体になったピカチュウにできたのは“逃げる”の一手だけだった。
そいつのせいで迂闊に森を徘徊し、木の実やエサを確保することが難しくなった。このままではピチューたちは食べ物に困り餓死してしまう。だからピカチュウは少し離れた場所にあるトキワシティに目をつけた。今の森とは比較するまでもなく、安全に食糧を得ることができると思ったのだ。
しかし、それは己の夢を断念する行為だ。
ピカチュウの夢は――世界を見ること。信頼できるトレーナーと一緒に広大な世界を渡り歩き、白熱するバトルを交わしたい。
だけどそれはトレーナーの力がないとできないこと。
いけないことに手を出した自分に手を差し伸べてくれるトレーナーなんているわけがない。
己の夢と弟分、妹分の命を天秤に乗せ――ピカチュウは躊躇わず後者を選んだ。
結果は、言うまでもない。思いのほかあっさりと食糧を得ることはできた。しかも森にある食糧より栄養は豊富だし、美味しい。
しかし、それは問題を先送りにしただけであり、危機的状況を解決したとは到底言いがたいのが現実である。
そいつを倒さない限り、再び穏やかな日常を取り戻すことはできないのだ。
ピカチュウは再びそいつに挑むことにした。ここまで縄張りを広げたのだ。もうほかに選択肢はない。今度こそ、と息巻いてピカチュウはそいつの前に現れた。
大きな身体に鋭い眼光と、かなり怖い形相。そして胴体にある輪のような模様が特徴なポケモン――リングマ。
リングマはピカチュウに気づくと再び大きな雄叫びを上げて威嚇する。
ピカチュウも赤い頬をピリピリと放電させ、戦闘体勢に入った。
先制を取るのはピカチュウだ。全身に青白い稲妻が走り、裂帛の気合とともに稲妻――“10万ボルト”が迸る。
鈍重なリングマに回避する手段はなく、“10万ボルト”は直撃した。
「――――!」
一瞬の、苦悶の声。
しかし次の瞬間にはギラリと激しい憎悪を滾らせ、その巨躯を動かした。激しい音を立てながら駆ける。
ピカチュウは持ち前のスピードでリングマを翻弄した。ヒット&アウェイを繰り返し、“10万ボルト”を浴びせるが大したダメージを与えることは敵わず、むしろ怒りの炎に油を注ぐだけであった。
リングマが“じならし”を使い、大地を大きく踏み鳴らす。止まることなく周辺を駆け回るピカチュウは揺れる地面に上手く着地できず転倒してしまう。
“じならし”の衝撃と勢いよく転倒したことによりピカチュウは苦痛に表情を歪めながら起き上がる。その双眸が宿す戦意は少しも衰えていない。しかし、キッと睨み据えると、リングマの“こわいかお”と真正面からぶつかり合い、ピカチュウの足が竦んでしまう。
ポケモンの素早さを奪う“じならし”と“こわいかお”により、大きく素早さを落としたピカチュウに、リングマは大きく巨腕を振り上げ、苛烈な“アームハンマー”を振り下ろした。
渾身の一撃。
攻撃後の切り返しを犠牲に放たれた“アームハンマー”は大きく地面を穿ち、大地に衝撃が走る。衝撃の余波を受けた樹木はへし折れ、 辺りは砂塵に包まれた。
唸り声を上げ、警戒するリングマの側面から砂塵を突き破り、ピカチュウが“でんこうせっか”で奇襲をかけた。“でんこうせっか”を起点に張りつき、雷を尻尾に纏わせて振り抜く。
何度も。何度も何度も。
そうして痺れを切らし、再び“アームハンマー”の予備動作に入ったリングマを狙い、ピカチュウは尻尾を硬質化させ、“アイアンテール”を打ち込む。胴体にある輪の模様の中心はリングマの急所だ。
急所を正確に打ち込まれたリングマに、やっとダメージらしいダメージが入った。
しかし激昂するリングマが無造作に振り回した巨腕に殴られ、樹木に激突してしまう。
こっちが何度も攻撃を重ね、ようやく有効打を当てられたというのに、相手はたったの一撃で大きくこちらの体力を削ってくる。
理不尽なまでの力の違いは、単純にレベルの差だ。
穏やかなトキワの森に生まれ育ったピカチュウと違い、このリングマはかなりの激闘を積み重ねたに違いない。
それでも、やるしかないのだ。
ピカチュウは闘争心を滾らせ、再び攻撃の起点を作り出すために“でんじは”を放つ。
――放ってしまった。
リングマは麻痺に陥る。これで攻撃はおろかまともに行動することも叶わないはずだ。
大きく素早さが低下したはずのリングマに“でんこうせっか”で肉薄しようとした瞬間――リングマの巨腕が突き刺さる。
どうして――と目を見開くピカチュウは大きく吹き飛び、地面を転がった。
リングマは麻痺になったにも関わらず、以前と同じ――否、以前よりずっと速く距離を詰め、激しく“あばれる”。
あまりに予想外の事態に困惑しつつ回避しようとするが、適当に身体を振り回すリングマの機動を読み切ることはできず、ガンと殴りつけられた。激しい衝撃に視界が揺れ、意識が飛びそうになった。下唇を強く噛みしめ、不快な鉄の味を感じながら、断ち切れそうな意識を無理やり留める。
もう勝敗は明らかだった。
身体は満身創痍。呼吸は荒く、まぶたは腫れて片目は開かない。
ピカチュウは既に瀕死の状態なのだ。体力はとっくに底を尽きている。だというのに未だ立っているのは、強靭な精神力で強引に奮い立たせているに過ぎない。
頭が痛い。
足が動かない。
思考があやふやだ。
――だけど拳は強く握る。
退けない。退くわけにはいかない。
退けば後ろにいる小さい命が消えることになる。
逃げないと決めた。
なら逃げるな。
自分に負けるのは、敵に負けるより情けない。
生きているのなら、
そうだ。意地を張れ。
最後の最後まで意地を張れ。
誰にも弱みを見せるな。死して初めて泣き叫べ。
戦え、戦え、戦え、戦え、戦え!
「ピィ……カァ…………ッ!」
残り少ない生命の――すべてを燃やし尽くし、最後の一撃を繰り出そうとしたその瞬間――
「ラティアス、“サイコキネシス”!」
赤と白の――戦闘機のような生き物が霞んだ視界の片隅に映り込み、リングマが悲鳴を上げた。
同時にピカチュウは何者かに抱きかかえられ、そのまま上空に飛翔する。
「はあ、間一髪。というか、この状況、俺とお前のときに似てるよな? ラティアス」
嬉しそうな声を上げる赤と白の生物。
そして霞む視界に少年の顔が広がった。
「大丈夫か、ピカチュウ」
一体なにがどうなっているのか皆目見当がつかないが、自分が生き残ってしまったことだけは明白で。
ピカチュウは薄れる意識の中で赤い帽子を最後に見た。
次回、リングマ最終決戦。そして“いじっぱりな黄色い悪魔”の完結にございます。
前回の投稿の感想、その八割以上が己の哀しい過去を告白するという結果に、貴方たちは一体どれほど黒歴史を抱えておるんじゃ、と戦慄しました。だけどお互いさまだった。かつてニコポ、ナデポのハーレム二次小説を携帯サイトで書いていたことを思い出し――くぁwせdrftgyふじこlp。
少し中断していたアルファサファイアを再び起動。XYの頃から一度も触れたことのなかったポケパルレをやりました。もちろん相手はラティアスで。
凄いですね。仲良し度がMAXになるとバトル中振り向いたりするし、急所に当てたり、かわしたり、主人公の掛け声も変わるんだと驚愕しましたわ。そしてラティアスは至高と改めて再認識致した。
というか好きなポケモンのベスト3がラティアス、サーナイト、エーフィと完全にエスパーに偏っておる。エスパーって、ふつくしい……。
あ、おそらく明日の更新は無理っぽいです。深夜の三時出勤なんだ。……ピンポイントで隕石さん、職場を撃ち抜かないかなー。