我輩はレッドである。   作:黒雛

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いじっぱりな黄色い悪魔 ⑤

 

 トキワの森に、リングマの叫びが轟く。

 怒り冷め止まぬ憤怒の咆哮に大気は鳴動し、梢がざわざわと恐怖に怯えていた。

 突如この森に住み始めた暴君の激昂に、ポケモンたちは我先にと逃げ出していく。

 トキワの森のざわめきを肌に感じながら、レッドはラティアスに指示を出し、高度を下げた。

 

 降り立った場所はピチューたちの住処となっている倒木だ。

 ボロボロのピカチュウをラティアスの背中に移し、レッドはポーチから“げんきのかけら”を取り出した。ダウジングマシンにより拾うことのできた貴重なアイテムだが、惜しむことなくピカチュウの口内に転がした。

 空洞の倒木に隠れていたピチューたちがボロボロのピカチュウに気づき、涙ながらに飛び出してくる。哀しい鳴き声をこぼしながらピカチュウに寄り添い、ぐずぐずと鼻をすすっている。

 

「大丈夫だ。こいつがそんな柔じゃないことはお前らが一番わかってるだろ?」

 

 レッドが励ましの声をかけながらピチューたちの頭を撫でていく。

 

「ラティアス、“いやしのはどう”」

 

 ラティアスの身体から波動が迸り、ピカチュウの身体を包み込む。献身的な波動はとても温かく、優しさと安らぎに満ちていた。“げんきのかけら”の効力と相俟って、傷だらけの身体が見る見るうちに回復していく。

 その光景にピチューたちは驚き、喜んだ。

 レッドもホッと胸を撫で下ろし、ラティアスに「ありがとうな」と感謝する。ラティアスはニッコリと笑う。

 

「リングマ……ね」

 

 しかし安心するのはまだ早い。元凶は未だこの森にいるのだ。

 空気を引き裂くような咆哮が遠くから木霊する。レッドは気を引き締めた。

 

「けど、なんであんな奴がトキワの森にいるんだよ。この森に元々生息していたわけじゃないんだろ?」

 

 ピチューたちは全力でコクコクと頷きを返した。

 

「だよな。リングマはジョウト地方の生き物のはずだし……トレーナーから逃げ出したのか、トレーナーが逃がしたのか、そのどっちかのはずだけど」

 

 ここより少し離れた場所に獰猛なポケモンが跳梁跋扈するシロガネ山がある。そこは激しい生存競争が常に繰り広げられている完全な弱肉強食の世界であり、その凄まじさは、シロガネ山を生き抜いたポケモン一体を放逐するだけで、その地域の生態系を完全に破壊し尽くすほどだと恐れられている。

 己の腕に自信のあるエリートトレーナーがより強いポケモンを求め、こぞってシロガネ山に赴いた前例が過去に何件もあったが、五体満足に帰還できたトレーナーは一割にも満たなかった。そして、その希少すぎる有望な一割以下の数人は、シロガネ山で捕獲したポケモンを手懐けようとして、そのまま噛み殺されてしまった。

 すべて実話である。

 故にシロガネ山は四天王をはじめ、ポケモン協会が認めた超凄腕トレーナーたちが厳重に警備をしている。連絡網も徹底しており、些細な問題一つ発生するだけで五人以上の超凄腕トレーナーを召集するほどだ。

 だから、シロガネ山から逃げ出したという線は非常に薄く、原因はトレーナーの無責任か、もしくは単にリングマを制する技量がなかったか、そのどちらかが濃厚だ。

 

(こういう問題があるからトレーナー資格を得られる年齢が引き上げられるんだよ)

 

 レッドは舌打ちをする。

 以前は十歳からトレーナー資格を得られるシステムだったが、トレーナーたちの数々の問題行動により年齢が十二歳に引き上げられたのだ。

 気持ちはわからないでもないが、早く旅に出たいと思うレッドには実に傍迷惑な話だった。

 

(いや、俺もその問題行動を起こすガキの一人か。前例を責めることはできないなあ)

 

 と、レッドは苦笑する。

 さっきの発言は完全にブーメランだった。 

 

(だからといって見過ごすつもりはさらさらないが)

 

 傷の癒えたピカチュウを見る。

 リングマからピチューたちを守るため、責任感の強いピカチュウは悪事を為すしかなかった。己の夢を諦め、正道とはほど遠い道を歩むことを決意した。

 なんて生真面目で人間臭いピカチュウなんだろうか。トレーナーとパートナーの関係に憧れを抱くピカチュウは、きっと、この森を通り抜ける人間を密かに観察しながら、人間がどういう生き物か学習したのだ。

 人間にとって、して良いことを悪いことを――そういうものを人知れず学んできたのだ。故に悪事を為すと決意したピカチュウは人間との繋がりを諦めるという思考に至った。

 そして、一緒に歩めたはずの人間たちから謗りを受け、それでもこの小さな体躯を引きずりながら、ずっと頑張ってきたのだ。

 辛いこともたくさんあっただろうに、一言の弱音も吐くことはせず、己の意志を貫いた。

 自分が傷つくことを厭わず、守り抜くための戦いを続けた。

 

 なんてかっこいい生き方なんだとレッドはピカチュウに尊敬の念を抱いた。

 自己犠牲なんてただの自己満足だと最近の人は言うけれど、大切なモノを護ろうと一生懸命に頑張る姿はとても鮮烈で素晴らしいものだ。だから周りは力を貸したいと思い、自然とその者を中心に集まり、ことを為そうと一つになれる。

 ピカチュウの姿に心を打たれたレッドは素直に彼の力になりたいと思った。

 ならばやることはたった一つ――。

 

(あのリングマを捕獲する)

 

 倒すだけじゃダメだ。また復活したら元の木阿弥となる。だからといって殺傷は論外。捕獲して――シロガネ山に逃がす。厳重な警備はラティアスの念力フィールドにより察知されることなく素通りできるはずだ。

 ちらりと“いやしのはどう”を使用したラティアスを見る。よし、どうやら彼女も自分と同じ気持ちのようだ。

 ――と、そこでピカチュウが意識を取り戻した。

 四匹のピチューたちが泣きつく。目を覚ましたピカチュウはどういう状況なのか把握できないまま、少し困惑した様子でピチューたちに手を伸ばし――レッドとラティアスの存在に気づくと弾かれたように距離を取り、頬をピリピリと放電させて威嚇する。

 

「――――――ォォオッ!!」

 

 再び、リングマの咆哮。

 ハッと、ピカチュウは自分が経緯を思い出したらしく明確な敵意を宿し、リングマの咆哮が轟いた方角に走り出そうとする。

 

「はい、ストップ!」

 

 走り出そうとしたピカチュウをすかさずレッドが抱き上げた。

 ピリッ。

 

「いだだだだだだだだ!?」

 

 ピカチュウが電撃を流した。

 ギャグテイストだがシャレにならない激痛にレッドは悲鳴を上げる。溜まらず、もがくピカチュウを手放しそうになるが、寸でのところで理性を取り戻し、踏みとどまった。

 

「頼むから話を聞いてくれ! 今のままリングマと戦ったところで勝敗はわかりきってんだろ!」

 

 電撃が強さを増した。

 だからどうした!? と怒っているのだ。確かに勝敗がわかりきった戦いなのかもしれない。しかし、だから諦めるのか? 違う、その程度の覚悟で挑んだ戦いじゃないんだ。勝つか負けるかの領分じゃない。やるかやらないか――だ。

 ああ、そうだ。レッドはそんなピカチュウの思いを理解している。

 

「――俺が力を貸す」

 

 ピタリと電撃が止まった。

 

「俺たちが力を貸す。お前一人じゃ難しいけど、俺たちが参戦したら勝率は激変する。させてみせる。だから協力してリングマを倒そう」

 

 ピカチュウが振り向いた。そこには戸惑いと、僅かばかりの縋りつくような弱さが入り交ざっていた。

 レッドは力強く頷いた。

 

「お前の想いをピチューたちから聞いたんだよ。こいつらを守るためにトキワシティの食糧を奪っていたんだろ? 悪いこととわかってて、いつか人間に処分されるかもしれないってわかってて、全部わかりきった上で行動に出たんだろ? ――大したモンじゃないか。誰かのために必死になれる奴なんてそうそういるもんじゃないからな。一人でいかせるには惜しい奴だ」

 

 ちょんちょん、と人の姿になったラティアスがレッドの袖を引っ張り、ちょこんと小首を傾げた。

 そしてスケッチブックには、

 

『ますたー、ねつでもあるの?』

「貴様、人が良いこと言ったのに」

 

 ピカチュウを降ろし、ぐにーと柔らかな頬を軽く引っ張る。

 いや、確かにこの男は基本、己の欲望に忠実で、人のウィークポイントを的確に突くのが長所とかほざくサディストだし、法律の隙間を縫うように現在進行形で生きているし――もう完全に人として駄目な要素がぎっしり詰まっているから、こんなことを言われると正直リアクションに困るのが事実だろう。

 レッドはラティアスの頬から指を離し、手のひらでこねこねとこねくり回してからピカチュウに手を差し出した。

 

「俺にはあいつを倒すプランがある。一緒に戦おうぜ」

 

 少しの逡巡を見せたピカチュウは――やがて瞳に戦意を宿し、その手を取るのだった。

 

 

 

     ◇◆◇

 

 

 樹木がひしめき合うトキワの森には珍しい――辺りに樹木のない、視界の開けた広場をレッドは戦場に選んだ。

 ピカチュウの小回りの利く素早さをフルに活かすためには樹木が乱立した場所が最適なんだろうが、そうなるとトレーナー経験のないレッドの指示が追いつかなくなる可能性があるし、ピカチュウもトレーナーの指示を受けながら十全に行動する特訓を積んでないので、比較的指示の出しやすい場所にしないといけなかったのだ。

 

 それに樹木が乱立していると空を縦横無尽に飛び回るラティアスの機動が大きく制限されてしまう。

 “防御”の種族値で計算すると、ラティアスはドラゴンの名に恥じぬ性能を誇り、その数値はリングマすら上回っている。しかし、種族値はあくまで種族の持っている素質に過ぎず、それを活かすにはレベルを上げ、経験を積まなければならないのだ。まだ幼生のラティアスはレベルは低いし、経験もない。努力値も同じく。

 

 つまり現段階でラティアスの防御は、高い攻撃を持つリングマにとって紙に等しい。

 

(ま、今回はその紙防御が切り札になるんだけどな)

 

 ピカチュウを広場の中心に、ラティアスを後方の中空に待機させ、その時を待つ。

 トレーナー経験のないレッドが知識を頼りに二匹のポケモンを操り、高レベルのポケモンを倒す。

 自分が一体どれほど無謀なことをしようとしているのか思うと、レッドは小さく笑った。もしこの件が他者にばれたら説教は間違いないし、最悪トレーナー資格の年齢を自分だけ引き上げられる可能性も有り得るし――というか敗北したら確実にレッドはリングマに殺されるからまずはこの山場を超えるのが先決だ。

 

 そう、自分は今、命を賭けているのだ。

 ピカチュウを救出する際に一瞥した――あのリングマ。

 毛皮の奥に隠れた――力を収斂した巌の如き筋肉はレッドの小さな体躯など軽々しく破壊する。

 敗北したら――死ぬのだ。

 

 だというのに異常なほどに冷静な自分がいた。

 かつてないほどに思考がクリアになり、昂る感情とは裏腹にどこまでも落ち着いている。まるで心と思考が別々の身体にあるような違和感――しかし、それすらも馴染んでいた。

 狂っているとレッドは思った。

 これが原点にして頂点と謳われることになった少年の可能性なのだろうか。

 

 ピカチュウが頬を放電させ、警戒の声をこぼす。その視線は一点に向いており、薄暗い森の中からギラギラと殺意を滾らせたリングマが出現する。

 やはり、レッドは異常なほどに落ち着いていた。真紅の双眸を見開き、リングマの動向を観察する。

 どうやら麻痺の状態異常は時間経過に伴い回復したらしい。良いことだ。あのリングマの“はやあし”という特性は状態異常になると素早さを1.5倍に上昇させる効果を持つ。一撃の重いリングマの攻撃は極力回避しなければならないのに、素早さが上昇すると非常に厄介だ。それは予めピカチュウにも説明しており、なるほどなとピカチュウは納得していた。だから最悪の事態にならないため電気技は封印。主軸は確率で“防御”を下げ、なおかつ高い威力を持つ“アイアンテール”だ。

 

「ラティアス、ピカチュウに“リフレクター”。ピカチュウは“こうそくいどう”から“かげぶんしん”に派生」

 

 まずは保険をかける。ラティアスは不可視の膜を生み出し、ピカチュウの身体を包み込んだ。ピカチュウは目にも止まらぬ速度でリングマを翻弄しつつ、“こうそくいどう”が成功すると、その速度を活かし、一瞬で“かげぶんしん”を作り出す。無数の分身体が高速で駆け回り、リングマはあっちこっちに視線を向け、怒りのボルテージを上げながら大きく足を上げた。

 

「跳躍からの“アイアンテール”」

 

 指示は短く、的確に。

 “こうそくいどう”は――つまり脚力を高める技。脚力が強くなれば、必然的に跳躍力も上がり滞空時間が上昇する。さすがに発動時間の長い“じしん”を避けきるのは不可能だが、“じならし”くらいなら空中でやり過ごすことができる。

 

「ラティアス、“てだすけ”」

 

 大きく跳躍したことにより落下する際に生じる重力のエネルギー――そして一回転することにより遠心力を得たアイアンテールが、更にラティアスの“てだすけ”により威力は1.5倍にパワーアップする。

 “アイアンテール”がリングマの頭を打ち抜く。ガツン! と頭蓋骨に衝撃が走る音が響いた。一瞬、目を白黒させ、ぐらりと揺れたリングマだがすぐにカッと戦意を取り戻し、その鋭利な爪を振り回す。

 

 “かげぶんしん”により分身を作り出し、回避率を上げようと、攻撃する瞬間その恩恵は無効になる。

 “かげぶんしん”はあくまで影。

 攻撃を見せかけることはできてもダメージは与えられない。だからダメージを与えたということは、そいつは必然的に実体ということ。

 

 “アイアンテール”を打ち込んだ直後、リングマの爪に切り裂かれたピカチュウが後退する。

 

「いけるか?」

 

 問うと、闘争心に満ちた元気な声が返ってくる。“リフレクター”の恩恵と攻撃を受ける瞬間、咄嗟に自分から後方に飛ぶことにより、上手くダメージを逃がしたようだ。

 その凄まじいバトルセンスにレッドは頼もしさを感じた。

 実体を割り出したリングマがすかさずピカチュウに狙いを定めるが、レッドはラティアスに“サイコキネシス”を指示。強力な念力によりリングマの視線が一瞬ぶれた隙に分身体に紛れ込み、リングマを撹乱する。

 

 二対一による利点。片方に狙いを定めようものならもう片方が攻撃をして、リングマの動きを徹底的に妨害をする。リングマとしては手の届く距離にいるピカチュウを最優先に撃破したいところだが、高速移動する無数の“かげぶんしん”がそれを許さない。

 

 苛立ちを隠せないリングマは高速移動する無数のピカチュウを相手取るのを後回しに、空にいるラティアスに視線を向けた。

 ああ、まずはラティアスを潰すのが正しい回答だ。

 だが――やらせない。やらせるわけがない。

 

「ピカチュウ、“しっぽをふる”」

 

 無数のピカチュウたちが足を止め、リングマを小バカにするように背を向けて尻尾を振る。

 リングマにとってピカチュウは遥かに格下の相手。格下のピカチュウに煽られたリングマは防御意識を低下させ、攻撃に傾倒する。

 怒りの矛先がピカチュウに変わり、リングマは猛烈な勢いで“みだれひっかき”を振り回す。闇雲に振り回すソレは、しかし、偶然にも高速移動する影分身にヒットした。

 

「良い調子だぞ、二人とも。もう一度、“サイコキネシス”と“アイアンテール”」

 

 ともに威力に問題はなく、確率で“防御”と“特防”のランクを一段階下げる追加効果もある技だ。積極的に使用していくべきだろう。

 そうしてほぼ一方的にリングマを翻弄しながら攻撃を続ける。ラティアスに攻撃が行きそうになるとピカチュウが“しっぽをふる”を使い、更にリングマの怒りに油を注いだり、影分身を貫き、ピカチュウ本体に攻撃が届きそうになったときはラティアスが前に立ち、“まもる”を展開する。互いに護り合いながら少しずつ、しかし確実にリングマの体力を削っていた。

 

 やがて、そのときは訪れる。

 格下の連中にここまでいいように翻弄され、好き勝手にやらされたリングマは完全にブチ切れた。大気を震わす極大の咆哮を放ち、我を忘れて遮二無二暴れ始めた。

 来たッ! とレッドは目を見開く。

 

「ラティアス、“かなしばり”!」

 

 タイミングを見計らい、リングマの急所が大きく露になった瞬間、ラティアスの“かなしばり”によりリングマの動きが止まった。

 時間はあまり長くはない。

 完全に攻撃一辺倒になり、防御のことを一切考慮してない現在を好機を捉えたレッドは、ずっと温めていた切り札を切る。

 

「そして“ガードシェア”!」

 

 ラティアスの技がもう一つ決まる。

 それは超能力により、自分と相手の“防御”と“特防”を足して半分にわける技だ。

 前述にも記した通り、レベルの低いラティアスの防御力はかなり低く、リングマの一撃であっさり戦闘不能に陥るほど。

 しかし、だからこそ、この技がきっちりとはまるのだ。

 

 そんな技があるなら最初から使えばよかったじゃないか、と思うかもしれないが最初から“ガードシェア”を切るとリングマがこちらの攻撃を警戒する恐れがあった。レッドも内心びっくりするくらい上手いことリングマを一方的に翻弄できたのは、リングマがこちらを完全に見下していたことが大きな要因と言えるだろう。

 狩る者と狩られる者。

 そんなリングマの認識が――要は舐めプがリングマの窮地を招いたのだ。

 

 リングマの“防御”と“特防”が元々の数値のほぼ半分までダウンする。更に“しっぽをふる”と“アイアンテール”により“防御”を最大までダウンさせられた今のリングマならば――行ける。

 

 トドメを刺すのは、もちろん――。

 

 レッドはピカチュウに目を向ける。最初からピカチュウには、ラティアスの“かなしばり”がトドメの一撃の起点となることを教えていた。

 その最後の役割を担うピカチュウは、既にチャージを完了していて。

 だからレッドはピカチュウにすべてを託した。

 

「決めろ、ピカチュウ!」

 

 強く、腕を振る。

 

「“ロケットずつき”!!」

 

 今までの雪辱――そのすべてを返すようにピカチュウは裂帛の気合を上げ――まさに大砲の砲弾のように突撃をする。

 リングマにもリングマの事情があった。だけど、そんなことは関係ない。リングマにより奪われたモノの中には、きっと、いくつもの命が含まれていたのかもしれない。

 だからピカチュウは全身全霊を賭けて突撃する。

 無情な怒りの矛先を振るわれ、ただ嘆くことしかできなかったこの森に住んでいる――すべての同志の無念を晴らすように。

 たくさんの想いを秘めた“ロケットずつき”は正確無比にリングマの急所を打ち抜いた。

 

 一瞬にして意識を彼方に追いやり、ぐらりと巨躯を傾けるリングマにレッドは“モンスターボール”を投げつける。

 着弾と同時にパカリと口を開けた“モンスターボール”は高度な科学技術によりリングマを取り込んだ。

 抵抗は――ない。

 あっさりとリングマは捕獲される。

 

「――――はあ~……っ」

 

 レッドは大きく溜め息をついて、地べたに座り込む。

 乖離していた心と思考が元通りになるのがわかる。

 疲れた。ものすっごく疲れた。

 ただ指示をするだけ――それが凄い疲労になった。二人の命を預かる責任感と戦況を見通し指示を出す集中力の二つがゴリゴリとレッドの精神を削った。

 ラティアスが降りてくる。

 彼女もどうやらかなりお疲れのようだ。ぐでーとレッドに寄りかかり、褒めて褒めてと頬ずりをしてくる。

 

「お疲れさん」

 

 ギュッと抱きしめ、よしよしと撫でてやる。

 ラティアスの心地良さそうな鳴き声に癒されながら、呆然と突っ立っているピカチュウを見遣る。

 まだ実感が沸いていないのだろうか。

 疑わしげに、地面に転がる“モンスターボール”を覗き込み、そこにいる仇敵の姿を認めると、ピカチュウは打ち震えた。

 

 そして――天を仰ぎ、高らかに叫ぶ。

 

 レッドにはポケモンの言語は理解できないけれど。

 そこに万感の想いが篭っていたのは間違いなかった。

 その頬に伝う一筋の雫は見ないフリをして、レッドは小さく笑うのだった。

 

 

 

     ◇◆◇

 

 

「一緒に来ないか?」

 

 バトルが終わり、一息をついた後。

 夕日の差し込むトキワの森でレッドはピカチュウにそう言った。

 ピカチュウは目を丸くして、硬直する。

 その背後には四匹のピチューたちがいた。レッドの突然の誘いに、さっきまで泣きじゃくっていたピチューたちも驚いている。

 なんだかおかしくて、レッドはくすりと笑う。

 表情を改め、

 

「今はまだ無理だけど、俺は四年後旅に出る。そしてこの各地を巡り、バッジを集めてポケモンリーグに出場する。そして優勝する。絶対に。誰よりも強くなってポケモンマスターになる。ピカチュウ、お前にはその手助けをしてほしいんだ。トキワシティで最初に出会った頃にも思ったけど、今はその思いは更に強くなった。だから――パートナーとして一緒に戦ってほしい。俺は、お前がほしい。一緒に頂点を取ろう」

 

 はっきりと己の想いを言葉に込めて。

 レッドは“モンスターボール”を差し出した。

 

 ピカチュウは呆然と目を見開いたまま、反射的に手を伸ばし――しかし、その小さな手は引っ込んでしまう。

 瞳に宿したたくさんの想いを押し殺して――かぶりを振った。

 

 自分は行けない、と。

 そう言うように。

 ピカチュウは背後に目を向ける。そこにはピカチュウが護るべき存在であるピチューたちがいて、レッドはすべてを察した。

 

「そっか……。そうだよな」

 

 と、笑う。上手く笑えているだろうか。

 ピチューたちの面倒も一緒に見るから――なんて浅ましい言葉は言わない。ラティアスと同じ、運命を感じたピカチュウには真摯な気持ちだけでぶつかりたかった。

 結果は――まあ、この通りだけど。

 哀しいけど、後悔はない。

 最後までいつも通りに振る舞い、わかれることにしよう。

 

 レッドが“モンスターボール”をポーチに仕舞おうとした、そのとき。

 ピチューたちがピカチュウの背を押した。

 まるでピカチュウをレッドに託すかのように。

 

 ピカチュウが振り向く。ピチューたちは喜色満面の笑顔を浮かべていた。

 自分たちは、もう大丈夫だと言うように。

 そんなピチューたちにピカチュウは大いに慌てふためき、なんとか説得しようとする。

 だけどピチューたちは聞き入れなくて――そして、その身体は淡い光に包まれた。

 

 それは――まさしく進化の光。

 

 光のヴェールが剥がれ落ち、ピチューたちは――ピカチュウに進化を果たした。

 護られる時間は終わり、巣立つときが来たのだ。

 唖然とするピカチュウに、彼らはやっぱり笑顔のままピカチュウを反転させ、レッドと向き合わせる。

 ピカチュウは戸惑いながら、あっちこっちに視線をさまよわせて、やがてレッドに固定した。

 野暮なことは言わない。彼らの好意を無駄にはできない。

 ただ一言、レッドは言う。

 

「これから、よろしくな」

 

 するとピカチュウは、潤んだ瞳を見られないように俯いてから、小さくこくりと頷き――差し出された“モンスターボール”に触れるのだった。

 

 

 




 


 ふぅ、意地っ張りな黄色い悪魔、おしまいでござる。
 次で完結とか言ったから、区切ることができず結果、9000文字以上を突破したのはかなり久しぶりですね。やっぱり1話に6000から7000文字はほしいんだけど、いつも4500文字辺りで話が区切りよく終わってしまう。毎日更新を目指さず、二日に一回を目標に文字数を増やした方がいいかなー。

 次話投稿に移ると、本文の文字数制限が1000~150000と書いてあり、驚愕。誰か一ページに十万文字以上執筆した神はいないのだろうか。





 おまけ。


 古来より争いを続けたグラードンとカイオーガ。

グラードン「テメェ、ゲンガーに進化した俺のゴーストを返しやがれぇ!」
カイオーガ「はあ? だったらまずは俺のフーディンを返してから言えやボケがッ」
グラードン「お前のフーディンは通信ケーブルの接触不良でお亡くなりになったんだよ! いい加減諦めろよ!」
カイオーガ「あーあ、切れた。完全に切れた。テメェがはしゃぎ回ったのが原因じゃねーかあああああ!」

レックウザ「こらぁ! アンタら、またなにを喧嘩してんねん!」

グラ&カイ「「ゲッ、おかん!?」」

レックウザ「もう、アンタらは本当に顔を合わせたら喧嘩ばっかりして本当に……! もう、こんな喧嘩の原因になるもんなんて!」

 バキッ!

グラ&カイ「「みぎゃああああああ! …………ああ、欝だ。引き篭もろう」」

  
 アルファサファイアをプレイしながら、そんなことを思いました。丸。


 追記。
 感想でいくつか言及されましたが、リングマは仲間になりません。シロガネ山に直送します。

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