我輩はレッドである。   作:黒雛

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ライバルと師匠と貧相なバス ⑤

 

 

「ほら、ラティ。口を開けろ」

 

 スプーンですくったご飯を持っていくと、ラティアスは小さな口を開ける。そこにスプーンをそっと差し込むと、口が閉じる。スプーンを引き抜くと白い頬がもぐもぐと上下に揺れて、こくりと飲み込む。

 ほわ~、と幸せな顔を見せるラティアスは次を催促するようにまた口を開けた。

 

「お前は本当に甘えん坊だなあ」

 

 なんて言いながら甲斐甲斐しく世話をしてしまうのはラティアスが可愛く見えて仕方ないからだ。自分の膝の上に頭を置いているラティアスに苦笑して、レッドは大人しくラティアスのわがままを聞いた。

 

「貴方たち、本当に仲がいいのね」

 

 シロナが微笑ましいものを見る目を向ける。

 

「まあ、家族ですからねー。な、ラティ」

 

 膝の上でゴロゴロしているラティアスに同意を求めると、元気良くラティアスは頷いた。思わず笑みをこぼし、頭を撫でるとラティアスは心地良さそうに目を閉じる。

 

「それに今日はピカチュウもラティアスも頑張りましたから、多少のわがままは聞きますよ」

 

 シロナとの修行はとても為になったが、同時にかなり厳しく二人には負担を強いてしまった。負けん気の強いピカチュウは気力を振り絞り、弱みを隠しているが、ラティアスの方はさすがに限界だった。修行が終わってから今の今までずっとソファに寝転がり休息を取っているのだ。

 

「いいわね。そういうの」

「シロナさんのところは違うんですか?」

「いえ、違わないわね」

 

 と言って、シロナは隣に寝転んでいるグレイシアの身体を撫でる。

 

「私にとってもこの子たちは大切な仲間で、大切な家族よ」

 

 愛おしくグレイシアを見つめている。

 ならばどうして「いいわね」と羨望を向けてきたのだろうか。

 疑問に思っているとシロナはそれを見抜いたらしく、儚げな笑みを浮かべる。

 

「ほら、私の手持ちのポケモンって五体しかいないでしょう?」

 

 シロナの隣に寝そべるグレイシア、カーペットの上に座るルカリオにガブリアスにトゲキッスにおんみょ――ミカルゲ。

 

「ですね。普通は六体まで所持してるもんですよね?」

「うん。一応理由を説明しておくと、ポケモンバトルのルールに定められているだけで、実際は七匹以上を持つこともできるんだけどね。だけど七匹以上になると均等に愛情を注ぐことが難しくなる。だから七匹以上のポケモンの所持はトレーナーに嫌われてしまうのよ。暗黙のルールとも呼べるわね」

 

 シロナはそう補足した。

 

「私もつい昨日までは六体まで連れていたんだけど、今日、その一匹をオーキド博士に預けてきたのよ」

「どうして、ですか?」

 

 この人はポケモンが弱いからと言って手放したりするような人じゃないはずだが。

 というかポケモンバトルにおいて強い弱いを決定付けるのはトレーナーだ。どれだけ高レベルのポケモンを並べようと育成する能力と指示をする能力がなければ、ただのままごと遊びに過ぎない。

 

「嫌われちゃったのよ、私が」

「嫌われた?」

「そう。愛想つかされちゃったの」

 

 笑う。

 儚い――泣きそうな顔で。

 するとシロナのポケモンたちは、主を気遣うように悲しげな視線を向ける。

 

「大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとう。ごめんなさい。まだ、心の整理がついてないの」

 

 シロナは潤んだ瞳を拭い、立ち上がる。

 

「貴方たちも、ごめんなさいね」

 

 と、自分のポケモンたちを謝りながら抱きしめていく。

 

「お部屋、使わせてもらうわね」

「……ん、どうぞ」

 

 一度案内した部屋に向かうシロナの背をレッドは見送る。

 少し、意外だった。

 短い付き合いながらシロナの魅力は確かにレッドに伝わっていた。

 怜悧な美貌に違わぬ聡明さを持ち合わせながら、少し天然で子どもっぽく温厚な性格をしている。

 容姿で男性を魅了し、徳の深さで女性を魅了する。

 そんな――誰からも慕われそうな彼女だったから、まさか自分のポケモンと不和を起こしていたとは思わなかった。

 シロナと彼女のポケモンの表情から察するに、結構深刻な事態のようだ。

 くい、くい。

 ラティアスが袖を引っ張り、見下ろすと、あーんをしていた。

 

「よっしゃ、シリアスっぽい雰囲気を壊してくれるお前が大好きだよ、俺は」

 

 それでこそ我がポケモンである。なんというか、空気を読まない。

 

 

   ◇◆◇

 

 

『どうしてこんな役に立たないポケモンを手持ちに加えているんだ』

 

 一人が言う。

 

『シロナくん、キミは十四歳という若さでバッジをすべて集め、ポケモンリーグ出場権を獲得した期待の新人なんだ。シンオウに旋風を巻き起こしたニューフェイスにみんなが期待をしている。なら、選り好みなんてしてないで勝てるポケモンを選出するのが礼儀というものじゃないのか?』

 

 二人が言う。

 

『そもそも貴女のような美しい人に、こんな醜いポケモンなど不釣り合いにもほどがあります』

 

 三人が言う。

 

『こんなポケモンより、もっと強いポケモンを手持ちに加えなさい』

 

 四人が言う。

 

『どうして』『もったいない』『こんな雑魚を』『なんて不細工な』『メンバーを変えるべきだ』『こいつになんの価値がある』『期待を裏切るつもりか』『相応しくない』

 

 たくさんの人が言う。

 シロナは言い返す。ふざけるな、なんの権利があって、私の大切な子を侮辱する、余計なお世話だ、そう言い返そうとして――目が覚めた。

 チチチと鳥ポケモンの鳴き声が朝の訪れを教えてくれる。カーテンの隙間から差し込む日差しは眩しく、今日も快晴のようだ。しかし朝の気温はかなり低く、布団の中がとても心地良い。表は地獄、裏は天国。シロナはお得意の二度寝に入ろうとして――やめた。

 すっかり目が冴えていたのだ。

 

「最悪な目覚めね……」

 

 シロナは深いため息とともに吐き出して身体を起こした。

 覚えのない部屋だ、と首を傾げかけたが、そういえばレッドの家に上がらせてもらったことを思い出す。

 寝巻きを脱ぎ捨て、諸々の支度を済まし、ボールの中にいるポケモンたちに朝の挨拶。腰にボールを携帯して部屋を出ると、ふわりと良い香りが鼻孔をくすぐる。

 

「おはよーごぜーまーす」

 

 リビングに入ると、キッチンにいるレッドが挨拶をしてきた。

 

「おはよう、レッドくん。昨日は変な空気にしてごめんなさいね」

 

 と、苦笑する。

 レッドとラティアスの仲を見て、ナーバスになってしまったのだろうか。あれは良くないと反省する。

 

「別に気にしてないですよ」

 

 レッドは振り向かず、加熱するフライパンを見ながら言った。

 そんな彼の背後に忍び寄る影。

 ラティアスだ。足音を消してレッドの後姿を注視しつつ、テーブルに置いている完成した料理をつまみ食いをしようとしていた。

 

「おい、そこの小娘。貴様、なにをしている」

 

 しかしレッドは振り向くことなく看破して見せた。

 ビクッと驚くラティアス。レッドは火を止めてやっと振り向くと不敵な笑みをラティアスに注ぎ、

 

「お前はもう少し待つということを覚えよーか。んん?」

 

 こねこねとラティアスの頬をこねくり回す。

 どうして気付いたの? とスケッチブックに書いたラティアスに、

 

「ばーか。お前のことならなんでもわかるよ」

 

 すると、にぱーっととろけたような幸福の笑みをラティアスは咲かせた。

 ぎゅっとレッドに抱きついて嬉しそうに頬ずりをしている。

 レッドも満更じゃない様子で頭を撫でている。

 そんな様子を眺めながらシロナはあの二人の姿に自分とあの子を重ね合わせて――かぶりを振る。

 

「よっと」

 

 レッドはラティアスを抱いて、椅子に座らせた。

 

「シロナさんも座っていてください。もうできましたんで」

「ごめんなさいね。お世話になって」

「いやいや、俺のわがままを聞いてもらっているんですから、これくらい当たり前ですって」

「私も為になる話を聞かせてもらったからお互いさまよ。なにか手伝えることは残っているかしら?」

 

 やるわよ、と袖を巻いてやる気を見せると。

 

「じゃあ大人しく座っていてください」

 

 解せぬ。

 

 

   ◇◆◇

 

 

「ピカチュウ、“アイアンテール”!」

 

 尻尾を硬質化させたピカチュウが強く尻尾を叩きつける。

 しかし相対するルカリオは近接戦のプロフェッショナルだ。ピカチュウの“アイアンテール”を手の甲で受け止めると同時に外に力を逃がしながら受け流し、ピカチュウの体勢が崩れたところに拳を打ち込む。

 宙を舞うピカチュウは、しかし上手く打点をずらすことに成功したらしく難なく地面に着地する。

 

「〝アイアンテール”で切り込むのはいいけど、初手から大きな動作で切り込むとカウンターの餌食になるわ。最初の一撃は必ず小ぶりから入ること。そこから連続攻撃に繋げて相手の隙が生まれた瞬間に強い一撃を炸裂させるのよ」

「ういっす」

 

 行けるか? とピカチュウに視線を向けるとこくんと頷き、再びルカリオに肉薄する。硬質化した尻尾をアドバイス通り、最小限の動きで振るい、そこを起点に器用に尻尾の連打を浴びせていく。

 ルカリオは驟雨の如く尻尾の連打を的確に捌いた。

 

「そして攻撃が通じないと判断したら、即座にトレーナーが次の指示を出す!」

「〝フェイント”からの〝でんじは”!」

 

 攻撃を仕掛けるピカチュウに凄まじい反応速度を見せるルカリオはフェイントに引っかかり、一瞬の虚を突かれる。その一瞬にピカチュウは〝でんじは”を浴びせ、ルカリオを麻痺に追い込んだ。

 

「油断しない! この距離なら麻痺なんて問題ないわ」

 

 その麻痺をグッと堪えたルカリオがピカチュウをわし掴む。〝10万ボルト”を浴びせるが、そこはレベルによる能力差。ピンピンしている。

 

「ここまでね」

 

 シロナが判断するとルカリオとピカチュウは互いにトレーナーのところに戻る。

 

「麻痺は素早さを大きく下げて、たまに行動不能に追いやるけど、クロスレンジが主体な以上、効果的とは言い難いわ。麻痺の本領はヒット&アウェイを重視するミドルレンジ主体の相手に発揮するのよ。あそこは〝でんじは”より攻撃技で顎を打ち抜くことがおすすめよ。クロスレンジの最大のメリットは相手の体力に関係なく行動不能に追いやることにあるんだから」

 

 ある意味、一撃必殺。

 脳を揺らされるとどんな強靭なポケモンだろうと屈するしかない。ポケモンの反射神経とトレーナーの指示がぴったりかみ合わないと成し遂げるのは難しいが、クロスレンジ戦はこうした一発逆転劇があるから面白い――らしい。

 

「レッドくんのピカチュウは文句なしの最高の逸材よ。大した修行もしないうちから、こうして打点を上手くずらすんだもの」

 

 シロナの賞賛に、ルカリオも同意して頷いた。

 しかし攻撃を完全に防がれたピカチュウは納得のいかない様子で不貞腐れていた。

 

「そんなに落ち込まないの。スパーリングなら既に仕込みが完了しているガブリアスが付き合うわ。ルカリオ、貴方は型の基本をもっと洗練させていきましょう」

 

 シロナはガブリアスを呼び、ルカリオと入れ違いになる。

 

「まだまだやることは多いわよ、レッドくん。スパーリングでしっかり修行をしたポケモンとのバトルに慣れる必要があるし、技ももっと突き詰めていかないと」

「はい」

「ちなみに、どんな技を改良していく予定があるのかしら?」

「ええ。本当なら電気タイプの技を改良するべきなんでしょうけど、相手はグリーンのサナギラスなので、サブウェポンから鍛錬するつもりです」

「やっぱり〝アイアンテール”を?」

「徒手も活かしたいので〝かわらわり”も仕込むつもりです」

「なるほど。鋼も格闘も岩には効果抜群だものね。良い手だわ。〝アイアンテール”だと尻尾に警戒するだけでいいけど、〝かわらわり”が加わったら徒手と尻尾の二つに警戒しなければいけなくなるもの」

 

 電気タイプとは一体なんだったのか。

 大体グリーンの手持ちがサナギラスなのが悪い。しかも悪タイプの技も覚えるとか、ピンポイントでレッドのパーティを刺しているじゃないか。

 一粒で二度美味しいとはこのことか。まったくもって嬉しくない。

 

「それと〝こうそくいどう”ですね。上昇した速度域に思考を追いつかせるようにしないと」

 

 ちらりと少し離れた場所にいるラティアスに視線をやる。

 彼女はミカルゲと、アウトレンジとミドルレンジの領域を行き来しつつ〝サイコキネシス”の応酬を繰り返している。相手の放った技をそのまま相手に返し、念力の精度を高めつつピカチュウと同じくバトルに慣れることを最優先にしている。

 

 シロナの言う通り、やることはまだまだ多い。

 この修行が終わるまでは二人の大好きな食べ物を食べさせてやろうと思い、レッドは指示に集中した。

 

 

 

 

 

 

 


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