我輩はレッドである。   作:黒雛

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ライバルと師匠と貧相なバス ⑥

 

 ポケモンリーグへの出場権を獲得したエリートトレーナーたちが時間がないと嘆いている理由が少しだけわかった気がした。

 修行に熱を入れると本当に時間が過ぎるのがあっという間で、思わず夕日に染まる空を凝視してしまった。やることなすことまだまだたくさんあるというのに、時間だけが無常に過ぎていく。比較的落ち着いて見えるシロナも、もしかすると焦っているのかもしれない。

 

「今日はここまでにしましょう」

 

 拍手を一つ、場の注目を集めたシロナがそう言った。

 

「え? もうですか? 今、いいところなんですけど」

「だーめ。そんなこと言い出したら一時間、二時間、三時間と平気で修行を続けて明日に疲労を残すことになるのよ。そうして日々蓄積した疲労が身体を壊す原因になるんだから、潔く修行を終わらせるのもトレーナーの義務よ」

「……んなこと言われたら切り上げるしかないじゃないですか」

 

 もう少し続けたいと思ったが、シロナの言葉が現実になると大変なので渋々引き下がることにした。

 

「うん、良い子ね。修行もそうだけど、日常生活においてもある程度のルーチンを作っておいたほうがいいわ」

「ルーチンを?」

「そうすることで無駄な時間や疲労を省くことができるのよ。それに、修行している――というのは思っている以上にストレスになるの。だから一日のスケジュールをしっかりと組み立てて、スケジュールに沿うような生活を続けるの。最初は辛いけど、継続は力というでしょう? 毎日取り組むことで習慣を味方につければ修行も精神的に落ち着いて効率的にこなせるようになるわ」

「こう、強くなりたいって思いで一気にパワーアップしたりとか」

 

 アニメや漫画みたいに。

 

「進化ならその理論が適応されるかもしれないけど、現実はそんなに甘くないわ。結果を出すのはいつだって、地道な継続をして習慣化する能力を身につけた人だけよ。どれだけ強い感情があってその場限りの努力と最善を尽くしても、それを続けられないのなら、身につけた力は数日でこぼれ落ちていくでしょうね。レッドくんはグリーンくんに勝つことを目標にしているけど、一度勝てばそれで満足というわけじゃないでしょう?」

「当然」

 

 一度勝ったところでイーブンになるだけだし、勝ち越したらそれでもう終わりというわけじゃない。勝ち越しただけで満足したら、きっとグリーンはあっさりと追い抜いてくるはずだ。

 

「だったら長期的な展開を見据えて、まずは修行を継続することに集中すること。やらないと、でもなく、やる、でもなく、朝昼晩にご飯を食べて夜に寝る――そんな当たり前の風景に溶け込ませるのよ」

「それは、つまり……」

 

 レッドの言葉の先を読み取り、シロナは苦笑交じりに頷いた。

 

「そうね。あと二、三日で私はマサラタウンを出発する予定だから、私がいるうちにグリーンくんに勝つのは凄く難しいと思う」

「そんなの、やってみないとわからない!! ――って断言したかったなあ、チクショウめー」

 

 シロナの言葉に納得している自分が恨めしい。

 ピカチュウもラティアスもとっても頑張っているし、なんとか勝たせてやりたいが、グリーンは自分たちよりかなり先を歩いている。当たり前だ。あいつは三年も前から育成のプロフェッショナルであるジムリーダーの英才教育を受けてきたのだ。昨日あそこまで善戦できたのは、未知の技を使用してグリーンの動揺を誘うことができたのが大きい。

 言わば、初見限りの戦法。

 それでも負けたのだ。

 次は上手く対処してくる。

 本来のグリーンの技術はもっともっと上なのだ。

 たった二、三日の努力で勝つなんて――そんな上手い話あるわけがないのだ。

 

「幸い、ピカチュウもラティアスもやる気満々よ。勝つまで勝負を挑めばいい。敗北は勝利以上の経験値なんだから」

 

 当然だ。何度だって挑んでやる。

 ポケモンたちがやる気なのに、自分が折れるなんて有り得ない。

 たとえ何連敗しようと、いつか必ず勝ち分を取り返せばいいだけだ。

 

「了解っす。二人とも、今日はもうお疲れ様だ」

 

 ちょいちょいと手招きをする。人化して抱きついてくるラティアスの頭を撫で、ピカチュウにもう一度労いの言葉をかける。兄貴肌なピカチュウは過度な接触が好きじゃないのだ。

 ピカチュウはボールの中に戻し、ラティアスはボールの中があまり好きじゃないので、くたくたのラティアスはおんぶをしてやる。

 

「じゃあ俺は買い物に行ってから帰ります」

「ふふ」

 

 と、シロナがおかしそうに笑う。

 

「どうしたんです?」

「ううん。なんか新婚さんみたいだなって」

「ハッ」

「鼻で笑われたッ!?」

 

 ガーンと衝撃を受けているシロナにレッドは哀れみの視線を向けた。

 

「見た目は良くても、女子力の低い人はちょっと」

 

 すると、崩れ落ちてしくしくと泣き真似をするシロナは妙な威圧感を放ちながらゆらりと立ち上がる。

 

「レッドくんはセンテンス スプリングとやらの情報を鵜呑みにしているみたいね。……いいわ、そこまで言うなら私の本気を見せてあげましょう。レッドくんが買い物に行っている間にお風呂洗いと洗濯をしておいてあげるわ」

「…………ちなみにどうやって?」

 

 シロナがあまりにもやる気を出して意気込むものだから、レッドは最後の慈悲として問題を出した。十二歳から成人として認識されるこの世界、十四歳の少女が回答できないのは、ちょっとどころかかなり恥ずかしい。

 問題を出しておきながら、さすがにこれは失礼かな、とレッドは少し反省す――

 

「石鹸でゴシゴシすればいいんでしょう? 洗濯は洗濯機に適当に放り込んで、適当にボタン押して、うん、これも石鹸を丸々一個入れたら万事解決よね」

 

 あーっはっはっは!

 

「大人しくしていろぉぉおおおおおおーーーーッ!!」

「どうしてよぉおおおおおおおおおおーーーーッ!!」

 

 この人、絶対結婚とかできないわ。

 あまりの残念美人っぷりにレッドは深々とため息をついた。

 

 

   ◇◆◇

 

 

 レッドの中のシロナはすっかり残念美人として定着していた。

 トレーナーとしてはとても尊敬しているが、足を引っ張る要素が多い。どうしてこう振れ幅が大きいのか。家事のできない女性にときめく男心がわからない。

 シロナを先に帰宅させ、ラティアスをおんぶするレッドの行く先はオーキド研究所である。

 もちろん買い物にも行くつもりだが、その前にオーキド研究所に寄り道することにした。

 少し気になることがあったのだ。

 オーキド研究所に辿りついたレッドは扉の横にあるインターホンを押した。

 

 ピピピピピピピピピピピピピンポピピピピピピピンポーン。

 

 ピンポンダッシュとか懐かしいよな、なんて思いながらひたすら連打をしていた。

 研究所の中からドタドタと足音、そして乱暴に扉が開かれた。

 

「なんじゃ、騒々しい! ……またお主か、レッド!」

「あーはっはっは、また俺ですが!」

 

 意気揚々に胸を張ってやると、軽くげんこつを落とされる。

 

「こんな時間になんの用じゃ。グリーンもナナミも家に帰っておるぞ」

「ああ、いや、今日は二人に用事があるわけじゃないんです」

「んん?」

 

 と、首を傾げる博士に。

 

「博士の庭にシロナさんの手持ちだったポケモンがいますよね? そいつに会いたいんです」

「なぜだ?」

「ちょいと気になったんです。どうして五匹しか連れてないのか聞いたとき、シロナさんが妙な感じだったんで」

「ふむ……」

 

 オーキド博士は値踏みするようにレッドを見て、それからレッドの背中でぐったりしつつもその背中に頬ずりをしているラティアスを見遣り、

 

「お主なら大丈夫か」

「当たり前ですね。なんのことかわかりませんが、自分、常識人なんで」

「ハッ」

「おや? なんかデジャヴが」

「案内してやるから、ついてくるんじゃ」

「あざーっす」

 

 オーキド博士の先導で広大な庭を歩く。

 

「ここじゃ」

 

 そこはいくつかある池の一つだった。澄んだ池を見下ろせば、コイキングやニョロモ、マリルにウパーなどが生息している。じーっと観察すると、池の隅にコイキングに似たポケモンがひっそりしている。

 

「もしかして、アレですか」

「うむ。名をヒンバスという」

「……そっかー。そうきたかー。なるほどなー」

 

 ヒンバス。そのあまりにみすぼらしい容姿からトレーナーはもちろん、研究者にすら見向きもされない、コイキングに匹敵する不人気ポケモン。しかしコイキングはレベルを20に上げるとギャラドスという龍を模した凶暴なドラゴンに進化することが発表されているので、ヒンバスに比べるとずっと高待遇のポケモンだ。

 

「このヒンバスはガブリアスと同じくシロナくんが幼い頃から一緒にいた最古参のポケモンらしいがの、彼女を期待する者たちの心ない言葉に傷ついてしまったんじゃ」

 

 なるほど、と納得してやりきれない気持ちになった。

 確かにヒンバスは素早さ以外の能力がかなり低いし、自分で覚える技も“はねる”たいあたり“”じたばた“”の三つと心許ない数だ。わざマシンを利用したりトレーナーが仕込めば多彩なバリエーションを持たすことができるが、やはり種族値の問題からヒンバスを好んで育成するトレーナーはいない。栄光のポケモンリーグの参加資格を獲得したシロナの足手まといと蔑むのは、決して間違いじゃないかもしれない。

 だけど、やっぱりやりきれない。

 だって、シロナはちゃんとヒンバスと一緒にここまで歩んできたんじゃないか。

 

「どうして他の人たちはシロナさんに期待しているんですか?」

「レッドよ、お主はシロナと修行をしてどう思った? ポケモンマスターへの道はおろか、ポケモンリーグへの参加資格を獲得することの難しさも理解できたのではないか?」

「そう、ですね。シロナさんクラスの実力と育成力がないとポケモンリーグに参加することすら難しいというのなら、やっぱり甘い認識だったと思い知りました」

「そうじゃ。ポケモンリーグというのは、それほどにレベルの高い大会だ。トレーナーとポケモンの双方の実力が要求される。だからポケモンリーグへの参加資格を獲得できるトレーナーの平均年齢は二十代半ばなんじゃよ」

 

 そうなのか、とレッドは驚いたがよく考えると当たり前のことだった。

 ポケモンをよりトレーナー戦に特化させて育成するバトル専門のブリーダー能力を、たった十四歳の少女が所持しているのは末恐ろしいものを感じさせる。

 

「十二歳で旅立つ少年少女は誰もががむしゃらにポケモンを戦わせるものじゃ。勝てないのはレベルが低いからと直結させ、レベルを上げながら無垢にポケモンバトルを楽しむのが大体三、四年くらいかのう。それくらいすれば自然と知識もそれなりに身につく。そうなれば、どうして勝てないのか、とレベル以外の問題点に着目する。そして自分なりの育成論や戦術を身につけ、ポケモンを鍛え上げるのに――十年は必要なんじゃよ、普通はな」

「その常識を見事打ち破ったシロナさんに期待が寄せられるのは必然、というわけか……」

「うむ。なんせ十四歳でポケモンリーグへの参加資格を獲得した偉業は、全国のチャンピオンの中で最強と謳われておる、あのワタルくんと同じ最年少記録じゃからのう。そしてワタルくんは初出場で優勝してチャンピオンに至り、以後十年チャンピオンの王座を護り続けている怪物じゃ」

「シロナさんは、そのワタルさんと同じ偉業を成し遂げることをシンオウ地方の全員から期待されているってわけですか」

 

 それは休息のためにシンオウから離れてマサラまでくるはずだ、と苦笑する。地方の期待を一身に背負わされて、さぞかし息苦しかったに違いない。マサラまできたのは、きっとそういう側面も含まれていたのだろう。しかも“はかいこうせん”を自在に操る怪物と同じ地点を強いられるとかどんだけだ。

 

「博士、少しヒンバスと話させてもらっていいですか?」

「話す……? ああ、お主にはラティアスがおったな」

 

 少し得意げに頷く。人語を書けるラティアスが仲介することでポケモンとしっかりした意思疎通を取ることは可能だ。

 

「じゃが、あまり傷つけるようなことは言うなよ」

「当たり前です」

 

 心外な。

 だけど、シロナのポケモンがヒンバスだったことにレッドは感謝した。

 深く、感謝した。

 他のポケモンならダメだった。ヒンバスじゃなきゃダメだった。

 だって、自分ならヒンバスを助けることができるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ――その頃のシロナ。

 

「暇ね。テレビも面白いのやってないし……そうだわ! 洗濯とお風呂掃除はダメって言われたけど、他のところは禁止されていないものね。フフフ、レッドくん、貴方にこのシロナの本気というものを見せてあげましょう。ピカピカになった我が家を見て、恐れ戦くといいわ!!」

 

 惨劇が始まる二十分前の話である。 

 

 

 

 






ガブリアス「やめろぉおおおおーーッ!」
ルカリオ「やめろぉぉおおーーッ!」
トゲキッス「やめろぉおおおーーーーッ!」
グレイシア「やめろぉおおおーーッ!」
ミカルゲ「おんみょ~ん」


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