我輩はレッドである。   作:黒雛

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「俺の名はマサラタウンのサトシ! ポケモンマスターを目指す二十九歳(放送期間的に)のポケモントレーナーだ! 今年、新作のポケモンの発売が発表されたことにより、またポケモンマスターへの道が一歩(年単位)遠のいたぜ☆ 脚本家の悪意を感じるけど、めげずにポケモンゲットだぜ!」

 ※この小説にサトシは出ません。




本編
第一話 「はじまりのミストボール ①」


 春爛漫。曇り一つない晴天の空に、燦然と輝く太陽の姿があった。陽光に暖められた心地よい風が吹き抜けて、花びらが目の前を横切る。

 春のうららかな陽気が眠気を誘発する。レッドはオーキド研究所へ続く通りを歩きながら大きな欠伸を連発した。

 

『マスター、眠そうだね』

 

 隣を歩いている少女がひょこっと一歩前に出て、顔を覗いてくる。

 長い純白の髪が穏やかな春風になびく。金色の大きな瞳は穢れを知らない無垢な心を表すかのように澄んでいた。

 少女は、ラティアス。

 レッドとは、もう四年の付き合いになる。レッドに数奇な運命を齎せた少女は今も昔もレッドにとってなによりも大切な存在だ。

 言語機能を持たない彼女は、以前はスケッチブックで会話をしていたが、現在は“念話(テレパシー)”を修得して相手の脳に直接言葉を送られるようになっていた。

 

『今日に備えて、昨日はいっぱい寝たのに』

「まあ、春だからなあ……」

 

 ラティアスの言う通り、今日は大事な日だから、昨日は十時にはベッドに入り、たっぷり睡眠時間を取ったのだが、心地良い気温のせいで、気持ちよく外出したのに早くも重いまぶたを擦っていた。芝生に寝転べば一瞬で落ちる自信があった。

 

『もっとぐぐ~ってテンション上げてもいいんだよ? マスター、ずっと前から今日という日を待ってたのに、なんかいつも通り』

「そうなんだけどねー。前日まではずっとわくわくしていたのに、当日になると妙に落ち着く性質なんだよ。楽しみなのは間違いないんだけど」

 

 昨日は「あと一日! あと一日じゃ、ヒャッハー!」と喜んでいた気がするが、ご覧の通り、レッドは妙に落ち着いていた。レッドと同じく今日という日を心待ちにしていた少年少女が待ちきれないとばかりにレッドを追い抜き、オーキド研究所に走っていったが、興味なさげにまた大きく口を開けて欠伸を漏らした。

 なんとも隙だらけの表情だ。

 

「けど、そうなんだよな。四年前からずっと待っていたんだよな」

 

 そう、今日はレッドの――いや、レッドだけじゃない。今年で十二歳を迎える少年少女の誰もが待ち侘びていた、夢と希望と運命の歯車が回り始める日なのだ。トレーナーたちは研究所に向かう子どもたちを見遣り、かつての自分を重ね合わせ過去を偲ぶらしい。初心に帰るにはもってこいとほとんどのトレーナーが帰郷して夢に旅立つ子どもたちを見送るのだ。

 周囲の生暖かい視線が、少し居心地悪い。

 

『実感沸かないの?』

 

 レッドのふわふわした言動に、心情を読み取ったラティアスが尋ねる。

 苦笑して、

 

「やっぱり博士からポケモンと図鑑をもらってマサラを出ないとはじまった感がしないのは否めないよなあ。博士の言うこと散々無視してグリーンやブルーといろんな場所に飛び回ってたし」

 

 おかげで博士から“マサラの三大問題児(筆頭)”という実に不名誉な称号を授与する羽目になった。あの二人と一緒くたにされるなど真に遺憾である。

 

『むぅ、ポケモンなら私とピッくんとルッくんがいるのに』

 

 ぷくりと頬を膨らませる。

 

「貰えるモンは貰う主義だし、どうしても欲しいポケモンがいるんだよ。そもそもポケモンは六匹まで所持するつもりだし、そこんところは諦めたまえ」

 

 つんつんとラティアスの頬をつつく。

 この独占欲が愛らしいのだ。

 ふわぁあ、とまた大きな欠伸。さすがになんとかしないとダメだ。オーキド研究所にたどり着いたらポケモンと図鑑を貰い、さあ早速旅立とう! とはいかない。その前にオーキド博士のありがたい祝辞の言葉を聞く必要があるのだ。クソが。研究者や校長の自己陶酔の入った長話など、ただのスリープの魔法だ。ああいうのを最初から最後まで真面目に聞いた人はいるのだろうか。謎である。

 ちょうど行く手に自動販売機があったので、お金を投入してブラックコーヒーを購入する。ついでにミックス・オレも購入して、それはラティアスに渡した。パッと笑みを咲かすラティアスに微笑を一つ、プルタブを開けて一気にブラックコーヒーを流し込む。

 

「にげっ」

 

 ベッと舌を出して顔を顰める。やはりブラックコーヒーよりコーヒー牛乳の方が神だ。ポケモンマスターになったらナナミ教を最初に発足して、次はコーヒー牛乳教を布教しよう。甘党万歳。

 だが、おかげで眠気は多少覚めた。

 飲み干した缶を捨てて、レッドは再び歩き始めた。

 

 

 

 

 オーキド研究所に入ると、研究所は既に人でごった返していた。

 子どもたちは奥に集まり、子どもの晴れ舞台を見学しにきた大人たちは入り口付近に集まっている。仲の良いグループと興奮気味に会話している子どもたちの様子を眺めながら、自分もいつも行動をともにしている腐れ縁の二人を探す。

 

「はあ~い、レッド!」

 

 少女の甲高い、しかし、一癖ありそうな声音。

 声の方向に視線を向けると、目的の二人がそこにいた。

 レッドを呼んだ少女はひらひらと手を振っている。その近くには壁に寄りかかり、スカした顔でこちらを一瞥する少年もいた。

 彼らはレッドと同じく、その瞳の色と同じ名を持つ変わった共通点があった。

 少女、ブルーは青い瞳を。

 少年、グリーンは緑の瞳を。

 そんでもって三人はよく一緒にいることから“マサラの三大問題児”の他に“カラフルトリオ”というお笑いトリオのような括りにもされていた。極めて遺憾である。

 レッドは二人の元に歩み寄り、 

 

「おはよう、バカども」

 

 酷い挨拶だ。

 

「おはよう、ムシケラ」

「おはよう、ゴミクズ」

 

 酷い挨拶だ。

 

「ラティもおはよう」

『んっ』

 

 ブルーの挨拶に、ラティアスはバッと手を挙げて応える。

 

「ふふ、ちゃんと遅刻せずに来たことだけは褒めてあげるわ」

「アホか。家事の三つの神器である炊事洗濯掃除を完璧にこなす、お婿さんにしたい男ナンバーワンの称号を持つ完璧超人のレッドさんが遅刻なんてするわけないだろうが」

「それだけが唯一の取り得だものね。腐り落ちた人間性がすべてを台なしにしているわ」

「あーっはっはっは。そんな男に惚れたのはどこのどいつだよ、おら、言ってみな。声を大にして言ってみな!」

「クッ、殺しなさい……!」

「朝一番のくっ殺いただきましたー」

 

 なんて嘯くのはいつものことだ。レッドとブルーの挨拶のようなもの。くだらない、とグリーンが吐き捨てるまでがワンセットである。

 

「ちなみにアンタに惚れてるのは、私じゃなくてシロナお姉様よ」

「クッ、殺せ……!」

「照れ隠しのくっ殺いただきましたー。グリーン、ちょっと介錯してあげて」

「どうして俺が。……チッ、仕方ないな」

 

 しょうもない茶番劇に巻き込まれたグリーンはうんざりしながら“モンスターボール”に手を伸ばし。

 

「ストライク」

「待て。そいつはマジもんに切り落とすタイプのやつだ。さすがに死ぬぞ」

「アンタのことだから切り落としても『俺じゃなかったら、死んでたぞー』とか言って復活しそうだけどね」

「そこまでいったら、もうスーパーマサラ人じゃ済まされないレベルだわ」

 

 レッドは一度軽口を区切り、周りを見渡す。

 

「子ども多くね? マサラにこんなにいたっけ」

「トキワシティを筆頭に、いろんな街からわざわざ出向いてきてるのよ」

 

 ブルーも周囲にいる子どもたちを眺めた。

 子どもの数は五十人を軽く超えている。穢れを知らない真っ白な町――マサラタウン。聞こえはいいが、ぶっちゃけ、ただの田舎である。マサラに住んでいる同い年の少年少女なんて二十人いるかいないか。少なくともレッドはそれくらいしか把握していなかった。

 

「ふーん、なんで?」

「やっぱりオーキド博士からポケモンと図鑑を貰いたいんじゃないの? ポケモン研究の権威ですもの。それだけで箔がつくというものよ」

「なるほど。そういえば、そんな設定だったな。俺の中であの人はもう胃炎キャラで定着していたから、すっかり忘れてたわ」

 

 ギャース! と怒り、影で胃を痛めて胃薬を飲んでいる哀しい姿が燦然と思い浮かぶ。ポケモンの知識より、とにかくお説教の回数が多かったからすっかり忘れていたが、オーキド博士は、博士だったのだ。

 

「おじいちゃんをそんなキャラにするな」

 

 グリーンがレッドを睨みつける。

 

「そもそもおじいちゃんを怒らせているのはお前たちが原因だろう」

「おいおい、ブルーさん、聞きまして? あの緑ったら自分は悪くないみたいな物言いをしてますよ?」

「まったく、信じられませんわね、レッドさん。なんやかんや言いながらいつもついて来ている寂しん坊はどこのどなただったかしら?」

 

 口元を隠し、上品を装いながら嫌みったらしくチクチク責めるとグリーンのこめかみにピキリと青筋が浮かんだ。

 

「まあ、怖い! キレた十代だわ!」

「一体どんな教育をしているのかしら!?」

「う ざ い……!」

 

 くつくつとレッドとブルーは喉の奥で噛み殺すように笑った。ノリが良く、人をからかうことが大好きという性悪の二人はコンビを組むとウザさが二倍どころか二乗化する。とにかく悪ふざけが大好きなのだ。

 まあ、グリーンがついてくる理由は独りぼっちが嫌だとか、そういう可愛い話じゃない。とにかく大人の言うことを聞かないレッドは頻繁に他の街や、ときには他の地方にまで出かけて軽い武者修行なるものを積んでいた。そんな面白いことをしているレッドにブルーがついて行き、武者修行という単語にグリーンが釣れたのだ。

 そしてそのことがバレるたびにオーキド博士は、激おこぷんぷん丸になり、やがて胃薬のいっちゃんと親友になった。そう、オーキド博士は犠牲になったのだ。

 

「二人は博士からなんのポケモンを貰う予定?」

 

 それは大事な質問だ。もし、争奪戦になったら全力で奪いに行かなければならない。もちろん手持ちのポケモンを活用して。大丈夫。“みねうち”があるから許される。貰ったら逃げるし、なにも問題はない。

 

「私はフシギダネがほしいわ」

 

 と、ブルーは続けた。

 

「俺はゼニガメだ」

 

 グリーンが言う。

 

「へー、なんとか被らずに済んだな。俺はヒトカゲだ」

「よかった。平和にポケモンを貰えそうね」

「フン」

 

 ブルーとグリーンは、忍ばせていた“モンスターボール”から手を離した。

 どうやらこの二人は自分の欲しいポケモンと被った場合、相手を物理的に戦闘不能に追いやるつもりだったらしい。レッドは激怒した。なんて卑劣な連中なのだ。最近世間を騒がせているロケット団に負けず劣らずの畜生な所業、譲り合い精神はないのか!?

 

 ――なんて自分のことを棚どころか天高くまで上げるクソみたいな外道の思考はともかく。

 

 三人は既に手持ちのポケモンが数匹いるが、前述のように頻繁に武者修行なるものに出かけているため、ポケモンのレベルは高く、バッジの取得数に応じて使用ポケモンを変更するシステムを取っているジムのバランスが崩壊してしまう。故にオーキド博士はレッドたち三人に初心者用のポケモンを授ける代わりに、指定した数のバッジを集めるまで、既に手持ちにいるポケモンたちの使用を公式戦においてのみ禁止したのだ。

 レッドは妥当だよなと思ったし、是非ともヒトカゲが欲しかったので、取引に応じた。

 この話題を拾った近くにいる子どもが、他の子どもにどんなポケモンが欲しいと尋ねている。その質問は波紋のように広がっていき、あちこちで「俺は○○が欲しい!」「あたしは○○!」と興奮気味に語っている。

 

「みんなテンション高いわねー」

「俺たちのように、特別許可証を持ってないんだから当然だろう」

 

 微笑ましい顔をするブルーに、グリーンが言った。しかし、そんなグリーンもどこか優しげに、まるで懐かしむように眺めている。

 レッドも自然と、初めてのポケモンである最愛の存在に手を伸ばしていた。

 あのときの感動は今も鮮明に覚えている。

 心が克明に告げた――運命との出逢い。

 間違いなく生涯における最高の幸福だとレッドは自信を持って断言できる。

 それはグリーンも、ブルーも同じだろう。

 初めてのポケモンというのは、素直に心を打つ、特別な存在なのだ。

 研究所の奥へと続く扉が開いた。

 待ちに待った、オーキド博士の登場である。オーキド博士は新人トレーナーの顔ぶれを見渡し、微笑みを浮かべつつ前に立った。

 

「おはよう」

「「「おはようございますっ!」」」

 

 子どもたちが元気に挨拶を返す。精神が若干成熟しているレッドたちはこのノリに乗れなかった。

 

「うむ。元気な挨拶でなにより。皆、良い顔つきをしておるわ」

 

 うんうん、と博士は嬉しそうに頷く。

 

「早速キミたちのポケモンを――と言いたいところじゃが、まずはワシから一言言わせてもらおうかのう。まずは試験の合格、おめでとう。これでキミたちは晴れてポケモントレーナーたちの仲間入りとなる。これから先、キミたちはたくさんのポケモンと触れ合い、やがて自分にとってポケモンがどういう存在になるのか知るときがくるだろう」

 

 オーキド博士は一息ついて、こちらを一瞥した。

 

「ある者はポケモンを“家族”と言い」

 

 それからグリーンを一瞥して、

 

「ある者はポケモンを“戦友”と言い」

 

 次にブルーを一瞥して、

 

「ある者はポケモンを“友だち”と言った」

 

 最後に、子どもたち全体を見渡した。

 

「キミたちにとってのポケモンがどういう存在となるのか、キミたちだけの答えを期待しておるぞ」

「「「はいっ!!」」」

 

 オーキド博士の激励に、子どもたちは目を輝かせた。

 

「ハハハ、もう堅苦しい話は無しにしよう。皆、庭に出るのじゃ。そこにポケモントレーナーの一歩をともに踏み出してくれるポケモンたちがおる。自分だけのポケモンを選択したら、“モンスターボール”とポケモン図鑑を渡すとしよう」

 

 この瞬間は、博士もとても楽しそうだ。

 ワーワーと賑やかに庭に駆けて行く子どもたちを嬉しそうに見送っている。

 そういえば毎年この季節はあんな顔をしていたなあ、と苦笑しながらレッドたちも乗り遅れないように歩を進めようと一歩を踏み出した。

 

 

 

「――あ、わかっておると思うが、お前たちは強制的に一番最後じゃからな」

「「「そんなバカなッ」」」

 

 ――なんてバカなやり取りはともかく。

 冒険の旅が始まる。

 

 

 





オーキド「ここに三匹の“おじモン”がいるじゃろう」
「「キモッ!?」」
オーキド「どれでも好きなのをやろう(強制)」
レッド「せめて、萌えモンにしておくれ……」

 萌えモンの二次小説があるなら、そろそろおじモンの二次小説が登場してもいいんじゃないかい?(チラッ)おじモンを知らない人は検索をしよう。ただしおススメはしない。

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