我輩はレッドである。 作:黒雛
開け放たれた大きな窓から差し込む朝の陽射しを受けてレッドは目を覚ます。たっぷり睡眠時間を取ったせいか、意識の覚醒は早く、倦怠感はない。ふわあ、と大きな欠伸をしながらレッドの腕を枕に寝ているラティアスがギュッと抱きしめる。
愛しい少女の温もりに、邪気のない笑みが自然と浮かんだ。胸元に顔を埋めるように寝ている少女のことを本当に可愛いなぁ、と親になった気持ちで見下ろし、しばし、すやすやと眠るラティアスの姿を眺める。よしよしと頭を撫でると実に心地良さそうな顔をして、ますますレッドを虜にさせる。
それから三十分ほど経過した七時半にラティアスの長い白まつ毛が揺れた。まぶたがゆっくりと開き、金色の大きな瞳が露になる。
「おはよう、ラティ」
『……おはよう、マスター』
ん、と吐息を零しつつ、ラティアスは密着状態から更にギュッと抱きついてきた。しかし、それだけでは物足りなかったのか、
『マスター、ぎゅーってしてー』
これについてはもう朝の日課と化しているので、レッドも特に何か言うまでもなくラティアスを少し強めに抱きしめた。人型に変身しているが、ポケモンである彼女には少し強いくらいが心地よいらしい。その証拠に『むふー』ととても気持ち良さそうな思念をわざわざ届けてきた。可愛い。もっとやる。
このやりとりを大体十分から二十分ほど続け、やっと二人の日常は回り始めるのだ。
ポケモンジムという施設は、ポケモンマスターを目指す少年少女たちとは、切っても切れない縁である。ポケモンジムと一般的に呼ばれているが、実際この施設はポケモンを鍛える場所ではなく、ポケモントレーナーを鍛えるために設立された。
ポケモンマスターという――この世でもっとも大きく、偉大なる存在になるためには、このポケモンジムを守護する番人を、最低でも八人は倒さなければならない。この試練を見事突破した強者だけが、栄えあるポケモンリーグに出場する権利を授けられるのだ。
ポケモンマスターは然ることながら、ポケモンリーグに出場すること自体、トレーナーの栄光である。それは単にポケモンジムという壁が高いからだろう。
彼らは生半可な実力者がポケモンリーグに出場することを良しとしない。規定により制限を受けた自分たちすら倒せないようならポケモンリーグに参加する資格はないと面と向かって言ってのける。悔しいのなら、もっと強くなって再び門を叩け、と激励も一緒に飛ばして。
当たり前だ。ポケモンバトルは、真剣勝負や相互理解など人により様々な意味合いを持つが、ジムに挑戦するトレーナーにとっては間違いなく“競技”なのだ。競技に対する想いや熱意など関係ない――実力ある者だけが栄光を掴めるプロの世界なのだ。甘いわけがない。
その厳しさは、老若男女区別はしない。もちろん新人トレーナーだろうと。
「うわぁああああんっ!」
そして、また一人、新たな新人トレーナーがポケモンジムの洗礼を受け、ジムから飛び出して行った。眼前のポケモンジムを見上げていたレッドの脇を走り抜けた少年の頬はコミカルな涙に濡れていた。
「ま、普通そうなるわな」
バッジに応じて実力に制限を設けた程度で、ジムリーダーやジムトレーナーが新人に敗北するわけがない。
そもそも新人トレーナーが一年でバッジ一つ取得することなんてほぼ不可能に近い。為し遂げるには、ポケモンリーグのベスト4以上に入れるほどの天賦の才が不可欠だろう。
だけどそんなこと知ったことかと挑んでしまうのは、新人の性というやつだ。
『ねーねー、マスター。昨日のんびり攻略するみたいなこと言ってたのに、もうジムに挑戦するつもりなの?』
「まさか。公式戦無敗を目指している以上、無策でバトルを受けるつもりはないよ。今日はただの観戦。情報収集とも言うけど」
こればっかりは、早くしておいたほうがいい。
昨日今日の二日でマサラタウンとトキワシティを出発地点にした新人トレーナーの大半がニビシティに到着するはず。念願のポケモントレーナーになった彼らは、浮かれたテンションのまま大した準備も為さないままポケモンジムに挑戦するだろう。彼らはまだ世の中の厳しさを知らない子どもなのだから。
だから今日、そして明日辺りのポケモンジムは新人トレーナーで賑わうことになると予想した。
結果は、まさに的中。
ポケモンジムには同い年くらいの少年少女が集まっていた。
つまり――バッジ所得数0のトレーナーに対するジム側の戦術をたくさん見ることができるのだ。
無敗を目指している以上、この絶好の機会は見逃せない。
『そんな面倒くさいことしなくてもルッくんなら無双できると思うけどなー』
「アホか。俺のパーティで無双していいのはピカチュウだけだ」
『私はー?』
「賑やかし」
『むーっ!』
てしてしてしてしっ!
「じょーだんだよ、じょーだん。お前も立派な切り札だ。……けど、我が侭を言わせてもらうと擬似ワームスマッシャーを修得してほしかった」
“シャドーボール”や“ミストボール”を管理局の白い悪魔さんのアクセルシューターのように自在に操作する技術は見事修得して見せたが、この四年で“テレポート”とビーム系の技を組み合わせたワームスマッシャーもどきを修得することは終ぞ叶わなかった。
『マスターは要求するレベルが高過ぎるのーっ』
「だってピカチュウが次々と俺の要求をクリアしていくから。“クロスサンダー”とかマジで修得しちゃったし」
『ピッくんは伝説のポケモンだもん!』
「いや、伝説はお前だからね!?」
なんか伝説ポケモンのすっごい情けない一面を見てしまった。いや、まあ、大体はレッドと伝説の心をへし折るピカチュウが悪いのだけど。
ぷくりと頬を膨らますラティアスのご機嫌を取りながらポケモンジムに入り、ロビーの受付に向かう。
「あら、もしかしてまた挑戦者かしら?」
そう言った受付嬢の表情には疲労が見て取れた。
たくさんの新人トレーナーを相手にした結果だろう。
「いや、見学」
「へぇ、意外ね。冷静なんだ」
「聖人君子は慌てない主義なんだ。なぜなら聖人君子だから」
「なぜかしら? 激しく頷いてはいけない気分だわ」
「誤解されやすい人間ですから」
いやはやまったく。
「キミと同じように見学を希望する子が他に二人もいたわよ」
自分以外に、ポケモンジムのトレーナーたちの戦い方を観察して対策を練ろうとする輩など、レッドの脳裏には二人しか思い浮かばなかった。
レッドは嫌な顔をしながら、
「それってもしかして緑の目をしたツンツン髪の男と、青い目をした長髪の女じゃありませんか?」
「あら? もしかして知り合いだった? その通りよ」
チッと嫌悪感を露に舌打ちをする。先を行かれたのはもちろん不快だが、同じ行動を取ってしまったことも実に不快であった。
だからついつい言ってしまう。
「――で、ちゃんと息の根を止めてくれましたかね?」
「キミ、さっき自分で聖人君子って言わなかった!?」
なんて愉快なやり取りを受付と交わしていると、入り口の自動ドアが静かに開いた。
「あ~、レッドくんだ~」
ん? と名を呼ばれたレッドは振り向いた。この、のんびりと間延びした声音は耳に新しい。
「おはよ~」
「ああ。お前らも他の連中みたいにジムに挑戦しに来たのか?」
そう問いかける。そこにいたのは昨日トキワの森で出会ったばかりのローザとフラウの二人だった。
「そのつもりだけど、貴方は違うの?」
『私たちは見学だよー。マスター曰く、情報収集だって』
「――と、いうわけだ。無策で突撃したところであっさり返り討ち――なんてのは、未来のポケモンマスターが晒していい姿じゃないし」
「うわ、この人、サラッととんでもないこと言ったわ」
驚いたフラウの背景でラティアスとローザが「かっこいいー」と拍手をしている。天然ってスゴイ。
「じゃあ私たちも様子見しておいた方がいいかしら?」
レッドの言葉を受け取ったフラウが顎に指を置いて思考する。彼女はおそらく――無策で突撃するつもりだったのだろう。
「お前らの自由なんじゃねーの? 俺は公式戦無敗を目指しているから慎重に事を進める予定だけど、お前らはそんなつもりはないんだろ? なら、当たって砕けるのも立派な経験だと思うぜ」
「失礼ね、負けるつもりはないわよ!」
敗北は確定と言いたげなレッドの言葉に、フラウはムッと言い返した。
「そりゃ悪かった。まあ、応援しているから頑張ってくれ」
ひらひらと手を振り、レッドは受付に観客席の場所を訊いてから、ラティアスと手を繋いで、そばにある階段へ足を向けた。
『二人はターケシくんに勝てるかな?』
「あー、無理だと思う」
応援すると言った手前、大丈夫だと気休めを口にしようか迷ったが、二人とは分かれたし、別にいいやと本音を吐露する。
「フラウの手持ちはガーディとピカチュウだし、ローザの手持ちはプリンとピカチュウだろ。いくらなんでも相性が悪すぎるよ。せめて水タイプのポケモンがいりゃ話は変わるだろうが、いないものはどうしようもないしな」
ポケモンバトルの基本は、相手より優位に立つにはどうすればいいか思考すること。そのためにまず考えなければならないことは、ポケモンと技の相性だ。しかも相手がどんなタイプのポケモンを使用するのか分かっている戦いで、前準備を怠るなんてもってのほか。そんな甘い思考回路ではジムを一つ突破することすら不可能だ。
相性差を覆す戦術はトレーナーの技量あってこそ。経験の少ない新人トレーナーにできる技術ではない。
気力や根性なんて精神論を振りかざすのも、一番最後にするべきだ。
『そこまで言うなら、言ってあげたら良かったのに』
「言っただろ、経験だって。アドバイスより実戦の方が得られる経験値はずっと上なのは俺たちで実証済みだろうが」
百のバトル映像を見るより、エリートトレーナーのアドバイスを聞くより、実際にバトルを交わした方が良し悪しは分かりやすく、得られるものは遥かに多い。レッドたちも幼い頃は当たって砕けろ(相手を殺す勢いで)と言わんばかりにいろんなトレーナーに勝負を挑んだ。敗北回数も少なくない。そうやって腕を磨いたのだ。
「更に言うなら、負けた場合は一体なにがいけなかったのか考察するのが勝負の世界の常識だろ。だから、負けた方がトレーナーが得る経験値はずっとずっと高い」
十の勝利より、一の敗北。
不屈の闘志と研鑽の意思が心にあるなら、トレーナーはもっともっと強くなれる。
「おーいっ、レッドく~ん!」
踊り場に差し掛かったところでぽわわんとしたローザの声が響いた。
「どうしたーっ?」
こちらも少し声のボリュームを上げて返事をすると、階段を見下ろすレッドの視界にひょいとローザが現れる。
「あのね~、レッドくんはジム戦を見学してからどうするの~?」
「見学した後? そーだな、ラティとご飯を食べてのんびりとニビを観光予定かな」
「そうなんだ~。えとね~、良かったら私たちがニビシティを案内するよ~」
「いいのか?」
それは願ってもない提案だ。地元民の案内があれば、いまいち信憑性の欠けるネットの評判よりずっと信頼できる。もしかすると、隠れた名店とか知っているかもしれないし。
「うん。まだピカチュウをゲットできたお礼もしてなかったし~」
と、いうことらしい。
「じゃあお願いする。お前らのバトルが終わったらロビーで待ってるから」
受付の疲れた様子から察するに挑戦者の数はまだたくさん残っているだろう。さきほど受付を済ませたばかりのフラウとローザの待ち時間はかなりあるはずだから、レッドの目的である情報収集は十全にできる。
じゃ~ね~、とやはりのんびり間延びした声で手を振るローザに手を振り返し、レッドは上階の観客席に向かう。
「うわ、凄い数」
観客席は予想以上に人が多く、活気に満ちていた。身を乗り出すようにして、必死に応援をする大人の姿がチラホラと見受けられる。おそらく我が子や親戚の子を応援に来た家族たちだろう。
たくさんの照明が照らす灰色のスタジアムは白線で区切られており、同時に十のバトルが平行して繰り広げられていた。
レッドは対戦の様子を適当に眺めつつ、空いている席を捜す。
『マスター、あそこ』
「お、ナイスだラティ」
ラティアスが指を差した場所はちょうど二人分のペースがあった。目当ての席を取られないように、少しペースを上げて空席を目指す。
「よっと」
『とうっ』
レッドが最初に座ると、ラティアスがその膝の上に座った。
「見えんがな」
ラティアスを抱き上げて横に移動させると、今度はしなだれかかってきた。いつまで経っても甘えたがりなラティアスに苦笑して、よしよしと頭を撫でてやる。にへらと幸せいっぱいの笑みを浮かべるラティアスを見ていると、こちらまで幸せになってくる。本当に可愛らしいヤツだ。
さて、肝心のバトルはどうなっているだろうか、と前方に視線を移すと、視界の隅で隣の客がこちらを凝視していることに気付いた。
レッドは一々横目で観察することはせず、思いきり視線の主の方向に顔を向ける。
「あ」
レッドは目を丸くすると同時に、幼馴染という縁が引き寄せる現象に少し引いた。
おそらく隣に座っている少女も同じ気持ちだろう。
ブルーはドリンクに突き刺したストローを口に咥えたまま、マジで? と言わんばかりに硬直していた。
待ちに待ったクロロとヒソカの対決だったけど、びっくりするくらいに微妙だった。読み返さないと分からないくらい細かい能力設定は個人的にアカンと思うです。白熱のバトルというより、クロロの詰め将棋でしたなぁ。
クロロ、マジでせこいわ。これはないわ。こういうのは期待してなかったわ――って思っていたけど、
クロロ「お前ら卑怯とか汚いとかいうけどな、勃起した変態に四六時中追いかけられてみ?」
という2chのコメを見て、すべてを納得した。
クロロさん、マジご苦労様です。