我輩はレッドである。   作:黒雛

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第十話 「VSタケシ ①」

 本日は快晴。

 目覚めは最高だった。ニビシティに着いてから最高級の部屋を無料で堪能していたが、今日ほど気持ちの良い目覚めを経験したのは初めてだった。

 やはり自分は本番に強い体質のようだ。

 気力は充分。ポケモンのコンディションも無問題。

 着替えを済ませ、トレードマークの赤帽子を被ると自動的に戦意が高揚してくる。

 荷支度を終わらせたレッドは一息ついて部屋を見渡した。しばらく使用し続けた豪華な部屋も今日で最後となると少々名残惜しい。

 小さく笑みをこぼし、レッドはラティアスに言う。

 

「おっし、行こうか」

『ん!』

 

 二人は部屋を後にする。

 その顔はすっきりとしており、きらきらした喜色を咲かせていた。

 今日は今月の最終日。

 つまり――ジム戦に挑戦する日である。

 

 

 

 

 

 

 ニビシティに到着してから三日に一日のペースでレッドはニビジムの見学に行っていた。目的は情報収集の一点である。色々と制限をされているが、さすがジムリーダーと言うべきか、制限されている中でも的確な指示を出している姿は非常に参考になった。

 ジムリーダーの戦術はグリーンの戦術によく似ている。いや、ジムリーダーに師事しているグリーンが似ていると言うべきか。

 前もって緻密な計算と厳しい鍛錬が導き出した戦術で自分の土俵に持ち込み、相手を完封する技術はレッドが苦手としている分野だ。正しくは苦手――というほどではないが、ジムリーダーはもちろんグリーンと比較すると物足りない技量なのは確かだ。

 

 レッドが得意としているのは工夫と機転を駆使してポケモンの潜在能力を引き出す爆発力と、それによって相手の戦術やサイクルを瓦解させること。これについてはグリーンに勝っている。

 だからグリーンはそこを磨くためにジム戦という大事な舞台で大胆不敵にレッドに近い戦術で戦うことにしたのだろう。

 カメールの初撃である“アクアジェット”は、まさにレッドのピカチュウが得意としている奇策そのものであった。

 グリーンに倣ったつもりはないが、レッドもグリーンと同じようにライバルの戦術を身につけることにした。

 ライバルだからこそ、相手の得意分野を吸収するのだ。

 そのためにレッドはニビジムの見学に何度も足を運んでいた。 

 

 

 ポケモンは知れば知るほどに奥が深い。

 たった一つのタイプを熟知するのに十数年以上は普通に掛かると言われている。極めるとなると、生涯を費やす必要性もあるだろう。

 

 その一つを極めた者のみが至ることのできるのがジムリーダーという職業だ。

 そんなジムリーダーの一人、タケシ。

 強くて硬い、石の男。

 堅実に。確実に。力強く我慢をして――解放する。

 岩タイプの特徴を十全に活かした戦術は、まさにいぶし銀というやつだ。

 

「凄いよなぁ」

 

 既に見慣れたニビジムの外観を眺めながらレッドは素直に尊敬の言葉を口にした。

 

『んー、なにがー?』

「たった一つのタイプに生涯を捧げるその熱意が、だよ」

『マスターはないの?』

「俺の夢はポケモンマスターになることだけど、その後のビジョンがまるで沸かないんだよな。このままだと金銀のレッドよろしく俺も闇堕ちしているかもしれん」

『金銀の?』

「いや、何でもない」 

 

 ちょっとメタ発言をしてしまったレッドはよしよしとラティアスの頭を撫でて話を逸らす。実際ポケモンマスターになった後の自分は何を目指して歩むのだろう。チャンピオンの防衛が妥当だろうが、レッドは今年中にポケモンマスターになるつもりなので、まだまだ挑戦者のつもりでいたかった。

 ポケモンマスターになった後はサトシくんよろしく自分も別の地方に足を運ぶのも悪くないかもしれない――と考えて、苦笑。来年の話。しかしまだレッドにとって間違いなく遠い未来の話。険しい道を駆け抜けた後の話である。今やっとその道に足を踏み入れたばかりの自分が為さなければならないことは、その険しい道を駆け抜けた後ではなく、駆け抜けることである。

 

 拍手を打ち、気持ちを切り替えたレッドはジムのドアを潜り抜ける。

 

「あら、今日も来たの?」

 

 ジムに入ると、カウンターにいる受付嬢が話し掛けてきた。三日に一度のペースで来訪していれば、顔も覚えるだろう。

 

「まあ、そうですね」

「貴方も勉強熱心ね。一緒にいた子たちはもうハナダシティを目指して旅に出たんでしょう?」

 

 そう、ぼっちの緑虫はもちろんのこと、悪魔の水虫も早々にニビジムを突破した後は、すっかり意気投合したフラウとローザの二人と一緒に三人でハナダシティを目指してオツキミ山に向かったのだ。おそらくブルーはフラウのツッコミが気に入ったのだろう。レッドたちだとボケにボケを意図的に被せたり、肉体言語の話し合いに発展したりと中々に収拾が尽かないから。

 ちなみにフラウたちはニビジムを突破していない。ニビジムを突破した新米トレーナーはグリーンとブルーの二人だけである。

 

「まあ、あいつらと俺とじゃ目指す方向性が違うんで」

「子どもらしくない言い回しをするわね。バンドの解散みたいだわ」

「知性派ですかね」

 

 どやっ。

 

「はは、ワロス」

「ぶっ飛ばすぞ。というか何処からそのネタを仕入れてきた」

「貴方たちの賑やかな会話を聞いていたら自然と身についたのよ」

 

 もしかするとレッドは転生特典として『他人にネタを仕込む程度の能力』もしくは『キャラを崩壊させる程度の能力』を貰ったのかもしれない。そう誤認してしまうくらい汚染率がハンパではなかった。

 

 

「今日は見学じゃなくて挑戦に来たんですよ」

「あら、ようやく勝算がついたのかしら?」

「前々から勝算自体はありましたよ。ただジムリーダーの戦い方を学んでいただけです」

「タケシさんも褒めていたわよ」

「うん?」

 

 タケシとは面識はないのだが。

 

「結構な頻度で通っていたらタケシさんも気付くわよ。貴方を褒めていたのは、ちゃんと意味のある見学をしていたから――だそうよ。だから貴方が挑戦するの、楽しみにしていたわ」

「なるほど。じゃあ期待には応えないとな」

 

 不敵に笑い、レッドは受付を済ませる。

 

「頑張ってね」

「ボコボコにしてやるぜ」

『岩ポケモンはもうボコボコだよー?』

「あーん? 貴様余計なことは言わなくて良いのだよ」

 

 むにむにむにーとラティアスの柔らかい頬を弄びながらレッドはスタジアムへ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

「ヒトカゲ、“アイアンテール”!」

 

 鋼鉄化した尻尾が振り下ろされる。

 鋼より柔らかな岩の身体を持つイシツブテの身体に強い衝撃が走り、苦悶の表情を浮かべたイシツブテは、やがてその身体を地に崩した。

 

「イシツブテ、戦闘不能!」

 

 フィールドの外にいる審判が旗を上げる。

 向かいのフィールドに立つジムトレーナーはイシツブテをモンスターボールに戻し、「よくやった」と声をかけて 次のモンスターボールを投げる。

 次に出現したのは――またイシツブテであった。

 レッドはまたかと思いながらも仕方ないことだと無理やり納得する。イシツブテは岩タイプの代表的な存在であり、特にクセもなく、初心者からすると戦いやすいポケモンである。故に、バッジを一つも持ってない挑戦者相手にジム側が複数体育成しているのだ。

 

 まあ、だから安心してヒトカゲを出すことができるのだけど。

 

 当初――レッドは臆病なヒトカゲをトレーナー戦に出すつもりはなかったのだが、ジム戦を観戦し、その裏でトレーニングを積んでいるうちに自信がついたのか、まだ表情に不安や恐怖を残しながらもヒトカゲは戦うことを決意してくれたのだ。

 

 やはりヒトカゲも臆病ながらに男なのだ。強く在ることに憧れを抱いており、その強者の筆頭である男というより“漢”のピカチュウが良い感じの先導者になってくれたようだ。ファイナルターン! ピカチュウなら違和感なし。

 

 

「ヒトカゲ、よくやったな。……いけるか?」

 

 無理をさせるつもりはない。優しく問いかけると、ヒトカゲはやや呼吸を荒くしつつも頷いて続行の意思を示した。

 

「ああ、任せた。お前を信じている」

 

 前を向いてくれたヒトカゲに感謝しながら、レッドは次の戦闘に集中する。

 

「イシツブテ、“いわおとし”!」

 

 ほいほいほい、とイシツブテがソフトボールサイズの岩石を投げる。

 

「かわせるぞ。焦らず左に跳べ! 目を閉じず、投石から目を逸らすな!」

 

 レッドはヒトカゲを射線上から退避させるため、より安全な、コントロールの甘い左方面に移動するよう指示を出す。ぐるりとイシツブテを中心に円を描くように駆け回るヒトカゲの速度はレベルの割りに中々のものである。それは初戦に“りゅうのまい”を二度ほど積んでいるおかげである。攻撃と素早さが二段階上昇したヒトカゲの俊敏性はイシツブテを翻弄するには充分だった。

 

「“えんまく”!」

 

 イシツブテの視界の片隅から逃げ切った瞬間を見計らい、ヒトカゲは口から煙幕を吐き出した。

 フィールドに、白煙が広がった。

 イシツブテは困惑しているだろうが、ヒトカゲは当然イシツブテの位置情報を把握している。耳を澄ませ、イシツブテが移動してないのを認識して、

 

「トドメの“アイアンテール”!」

 

 三秒後、白煙の中心付近から衝撃音が響き渡る。白煙が晴れると、グルグル目を回して倒れているイシツブテと肩で息をしているヒトカゲの姿があった。

 審判が旗を上げる。

 

「イシツブテ、戦闘不能! 勝者、マサラタウンのレッド!」

「っし」

 

 小さくガッツポーズをして、レッドはヒトカゲの元に歩み寄る。

 

「ヒトカゲ、よく頑張ったな」

 

 よしよしとヒトカゲの頭を撫でる。初めてのトレーナー戦を見事勝利に飾ったヒトカゲは実感が沸かないのか少し呆然としていたが、少しずつ困惑していた表情が喜びに満ちていく。

 

「ああ、お前が勝ったんだよ。間違いなく。立派に――な」

 

 疲れていた表情に、ヒトカゲがパッとたんぽぽのような笑みを咲かせた。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 タケシは、新しい挑戦者がヒトカゲをモンスターボールに戻し、対戦相手だったジムトレーナーと握手を交わしている場面をスタジアムの入り口で見守っていた。

 

「遂に彼が来たか」

 

 ずっと自分の戦いを観察していた少年。

 その真紅の双眸は一見冷たい印象を抱かせるが、その奥にはタケシの戦術をスポンジのように吸収してやるという強い意志が宿っていた。

 トレーナーに必要な要素を正しく理解できている怜悧な少年に、タケシは嬉しくなった。

 早々に最初の門番として立ち塞がったタケシを事もなげに打倒したグリーンといい、ジムリーダーであるタケシですら把握してない技を披露して、まるでマジシャンのようにこちらの心理をついた戦術を展開して後半の場を一気に制圧したブルーといい、今年のマサラタウン出身の新人トレーナーは実に豊作である。

 

 タケシは彼らが将来のポケモン界を背負って立つ人間であると即座に見抜いていた。

 まさに次世代の寵児。

 ジムリーダーになれば、こういう飛び抜けた存在と出会うことは必然となる。

 これだからジムリーダーはやめられないのだ。

 

「だが、手加減はしないぞ」

 

 むしろ、そんな存在だからこそ、厳しく行かせてもらう。

 タケシは少年の可能性を信じて、一つだけ、こっそりとモンスターボールを入れ替えた。

 

 ――なんてことはない。この程度の逆境、笑って切り抜けてくれ。

 

 真紅の双眸がこちらを向いた。

 タケシが不敵に笑うと、少年――レッドもニヤリと同じ笑みを浮かべた。

 それが世間知らずの無鉄砲さが生み出した蛮勇の笑みか、はたまた世間の大海を知りながらも尚、それを喰らってやろうと意気込んでいる獣の笑みか――タケシにはわからない。

 

 だから――この一戦で確かめよう。

 

 タケシはレッドと戦うべくフィールドに歩を進めた。

 

「おめでとう。キミはこれで俺と戦う挑戦権を手に入れたのだが、ヒトカゲを回復しなくていいのか?」

「いいよ。傷付いたわけじゃないし、貴方との戦いに出るわけでもないからな」

 

 なるほど。

 それなら回復させたところで意味はない。回復装置は傷は癒すけど、精神的疲労を取り除くのは不可能だ。メンタルケアはトレーナーの仕事である。

 

「ほう、主力であるヒトカゲを出さずに、この俺を倒すと?」

 

 だとしたら少し失望である。付け焼刃が通用するほどジムリーダーは甘くない――と思っていたら、

 

「ヒトカゲが主力……ねえ。むしろ一番の新参者なんだけど」

「なに?」

「さっきの戦いでヒトカゲしか出さなかったのはヒトカゲが主力だからじゃなくて、新参者のヒトカゲに戦いに慣れてもらうためだよ。ジムトレーナーは意図的に手加減してくれるから、自分に自信を持てないポケモンに自信を持たせるにはもってこいだから」

「そういうことか」

 

 確かに相手が初心者だったりすると過剰にポケモンを攻撃しようとするかもしれないし、こうした公式記録に残らない野戦のトレーナー戦になると悪辣な手段を用いる相手と運悪く出会う可能性だってある。

 少し慎重すぎる気がしないでもないが、レッドがそれだけポケモンのことを大事に想っているのは伝わってきた。

 

「そういうこと。んで、貴方のお相手を務めるのはヒトカゲじゃなくてこいつってワケよ」

 

 そう言ってレッドはモンスターボールを取り出して手元で弄ぶ。

 

「最初に言っておくけど、こいつはかなり強いよ。…………かなりウザいけど

 

 不遜なことを言ってのける少年に、タケシはゾクリと戦意を刺激する心地良い緊張感を覚えた。

 

「フッ、楽しみだ」

「んーじゃ」

 

 と、気負う様子なく。

 まるで遊園地に行く子どものように、しかし悪戯っ子な問題児のように――レッドは無垢に、不敵に、笑った。

 そして、続けるように声を張り上げる。

 

「いざ、尋常に――!」

 

 タケシは後を継ぐように、

 

「勝負ッ!!」

 

 両者は同時にモンスターボールをフィールドに投げる。

 パカッとモンスターボールが開き、光のヴェールを纏ったポケモンがフィールドに降り立つ。

 その光のヴェールが剥がれぬ内にレッドは叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「行け――ミュウツー!!

 

 

 

 

 ――なっ!?

 と、タケシは驚愕した。

 無理もない。

 ミュウツー。

 その名は数年前に世間に明るみになったポケモンの名前である。

 とある犯罪組織がミュウのまつ毛を入手して、それを元に科学技術によって誕生したポケモン。

 それがミュウツーである。

 世界で初めて人為的に生み出されたミュウツーは、その強大無比のチカラを振るい自らを生み出した犯罪組織を壊滅させた後に行方を眩ましていた。

 そのチカラは伝説のポケモンすら凌駕するだろうと推測されており、今ではアンタッチャブル――もしくはパンドラの箱として扱われている。

 はずだったのだが。

 

 しかし、少年はしっかりとその口にミュウツーという名を刻んだ。

 驚愕による思考の停滞。

 タケシはポケモンバトルに置ける貴重な――刹那の時間を無駄にしてしまった。

 レッドの思惑通りに。

 

「先手必勝の“グロウパンチ”!」

 

 光のヴェールが剥がれ落ち、遂に明らかになったその姿は――まさしくルカリオである。

 断じて。

 決してミュウツーというポケモンではない。

 どこからどう見ても――ただのルカリオであった。

 あっという間に肉薄したルカリオの拳がタケシの繰り出したポケモン――カブトを一撃で戦闘不能に追いやった。

 そんな一幕をしっかり見届けたレッドは「よし」と呟いた後で、

 

「あれれー? おかしいぞー? ミュウツーと思って投げたらモンスターボールに入っていたのはルカリオだった。ミュウツーは一体どこに行ったんだー? と思っていたら、そもそもミュウツーをゲットなんてしていなかったなー。てへへー、失敗失敗ー…………つるぎのまい

 

 ――こ、こいつ……!

 何が尋常に――だ。

 テンション高くそれに乗ってしまった自分がとても恥ずかしい。

 誰も予想だにしない――まさに奇策である。

 相手を困惑させるには、これ以上ないほど効果的な奇策だ。

 しかし。

 タケシは思う。

 

 

 

 ――普通、思い付いたからってこんなことやるか?

 

 

 

 未来のポケモン界を背負う次世代の少年は――なんかもう色々と酷かった。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 





 今日の日のためにこの一年を生きてきた。
 二人の白皇発売ー! やったーーーーっ!!
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