我輩はレッドである。   作:黒雛

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レッドとラティアス ②

 

 朝。窓から差し込む容赦ない朝日が顔に突き刺さり、レッドは半ば強制的に起床を余儀なくされた。

 

「ふわぁ……」

 

 大きな欠伸をして目尻の涙を指先で拭う。ググッと伸びをして気持ちをリフレッシュしつつ上半身を起こした。

 

「あれ? 俺、なんでカーペットの上で寝てたんだっけ」

 

 首を傾げてベッドに視線を向けると、そこには戦闘機のようなシルエットをした赤と白の生物がいて――。

 

「ああ、そっか。そういうことか」

 

 昨日の出来事を思い出し、レッドは納得した。

 

「けど、掛け布団なんて被った記憶はないんだけどなぁ」

 

 もしかしてこの赤と白の生物――すなわちラティアスが掛けてくれたのだろうか?

 だとしたら嬉しいな、なんて相好を崩しながらすやすやと静かに寝息を立てるラティアスを眺める。

 昨日に比べるとだいぶ元気を取り戻しているように見える。テーブルの上に置いてあった木の実も完食しているということは、一度目を覚まし、そして、この場に留まることを選択したということだ。もちろん逡巡はしただろう。まだ完全に信頼してくれているわけじゃないだろう。だけど一歩前進したことが嬉しかった。

 

 眺めていると、ラティアスが目を覚ました。

 眠たげな金色の眼のまま大きく欠伸をして、自然とレッドと視線が重なる。

 ピキリと硬直するラティアスに、

 

「おはよ、ラティアス」

 

 と、挨拶と一緒に微笑みを向ける。

 こういうのに慣れていないのかラティアスは迷う素振りを見せ、戸惑いながらおずおずと小さく鳴いた。ラティアスなりの挨拶の返事なのかもしれない。

 

「ちと待っててくれよ。今から朝ご飯を作るから」

 

 レッドは立ち上がり、寝室を出る。リビングと繋がっているキッチンに足を運び、最初に洗顔を済ますと歯磨きをしながらフライパンをコンロの上に置いた。

 適当にオムレツ辺りでいいか、とコンロに熱を入れると、ふよふよ浮遊しながらおずおずとラティアスが顔を出した。

 

「おーい、大丈夫なのか? 傷が痛むような無理をするんじゃねーぞ」

 

 興味があるのか、ラティアスはコクリと頷き、レッドの作業を眺めている。

 少しやりづらさを感じ、苦笑しながらオムレツを皿の上に乗せてケチャップをかける。

 

「さて、ラティアスの分は……」

 

 ピンポーン! とインターホンが鳴る。すると驚いたラティアスがびくんと大きく飛び跳ねた。

 レッドが笑うとラティアスはプクーと子どものように頬を膨らませ、てしてしと軽く叩いてくる。

 

「ははは、悪かった。悪かったって。客が来たからちょいとストップ」

 

 どうどうとラティアスを落ち着かせながら玄関に向かい、扉を開けるとナナミの姿があった。

 

「あ、おはようございますナナミさん。改めて救急箱、んで木の実の方もありがとうございました」

「レッドくんが敬語!? お礼!? やっぱり夢じゃなかったのね……」

「おい」

「フフ、冗談よ。手当てしたポケモンの方は大丈夫? 気になって様子を見に来たんだけど」

「あ、それなら心配ご無用です。おかげさまで――んー……」

 

 この通り、とラティアスを見せようとしたのだが、彼女はまだ人間不信を患っているはずだ。

 ナナミがどれほど良い人か、人として尊敬できる人物かレッドは充分に理解しているが、ラティアスは違うのだ。この人なら大丈夫だ、と無責任なことを言うのは、違うような気がした。

 

「おかげさまで元気は取り戻してくれました。ナナミさんが育てた木の実もしっかり食べてくれましたよ」

「まあ、それは良かったわ」

 

 嬉しそうにふわりと微笑む。美少女の笑顔、実に眼福にござる。

 

「それならこれを持ってきて正解だったかしら」

「?」

 

 ナナミは後ろに隠し持っていたモノをレッドに手渡した。

 

「これって」

「木の実を使ったポケモン向けの料理よ。もし、まだ朝食を食べていないのなら、と思って持ってきたんだけど」

「マジですか! ちょうど今から作ろうと思っていたところだったんです。ありがとうございますっ」

「それともう一つ、ポケモンフードも持ってきたわ」

 

 と、ポケモンフードの入った紙袋を玄関の内側に置いた。

 

「うわ、いいんですか。本当になにからなにまで」

「他ならぬレッドくんとポケモンのためですもの」

 

 大人である。きっとこの先、いくら年月を重ねようとレッドはナナミに一生頭が上がらないだろう。というか惚れそう。年の差は五歳――いけるか? いけるpixivレッドだもん、いけるよ! あ、ダメだ。中身が終わってる。

 

「本当ならナナミさんにも会ってほしいんですけど、そのポケモン、どうやら人間に手酷く傷つけられたみたいで人間嫌いになってるっぽいんです」

「そう……酷いことする人もいるものね」

 

 表情は一転――バトルよりコンテストに情熱を向けるナナミは哀しみと怒りを混ぜ合わせたような複雑な顔をする。

 

「なので、すいません」

「レッドくんが謝ることはないわ。むしろ適切な判断だと思うわ。ポケモンは人間以上に頑丈な生き物なんだけど、相反するように心は繊細な生き物だから余計なストレスを溜め込むと病気になったりしちゃうのよ。だから心が傷ついてるときに無理をさせるのは絶対にダメ」

「そうなんですか? 知りませんでした」

「レッドくん、トレーナーの才能あるわよ。知らないのにここまでポケモンを気遣うことができるんだもの。きっとポケモンたちも喜んで力を貸してくれるはずよ。お姉さん、感心しちゃった」

「トレーナー……ねー……」

 

 曖昧に笑う。トレーナーといえば、切っても切り離せないのがポケモンバトルである。

 

「どうかした?」

 

 前世の記憶を取り戻す前は「俺はポケモンマスターになる!」と意気込んでいたので、微妙な表情で言葉を濁すようなレッドの態度が気になったのだろう。

 

「いや、なんでもないです」

「そう? もし不安とか問題があるならいつでも言ってね。私もおじいちゃんも力になるから」

「本当ありがとうございます、ナナミ様。自分、一生ついていきます」

「あらあら、うふふ」

 

 茶色の長髪を揺らしながら優雅に歩き去っていくナナミ様を敬礼して見送り、ラティアスの朝食とポケモンフードの二つを手にして家に戻る。

 

「良かったな、ラティアス。ナナミ様が朝ご飯をお届けに来てくださったぞ!」

 

 テンションを高くしてリビングに向かい、テーブルにお皿を置く。すっかり信者の出来上がりだった。

 きょとんと首を傾げるラティアスに、

 

「昨日、お前の食べた木の実を栽培してる御方が作ってくれたんだよ。ほら、美味そうだろ?」

 

 木の実がよほど絶品だったのか、ひらりと見せびらかせるとラティアスは目を輝かせて飛びついた。

 レッドは無邪気に喜ぶラティアスを微笑ましく見つめながら、オムレツを取りにキッチンに向かう。

 

「………………」

 

 そこにあったのは、きれいなお皿。

 真っ白のきれいなお皿。

 おかしいなぁ、ここにオムレツを乗せたはずなのに、どこにテレポートしたんだろうハハハ。おやぁ、この舐めたような痕はなんですかねー。

 レッドは振り向いて、テーブルに置いた朝食をふよふよ浮遊しながら食べているラティアスをジーと見る。視線に気づいたラティアスがこちらを見たので、オムレツが乗っていたはずの皿を見せつける。

 

「貴様、我輩のオムレツを食ったな」

 

 ラティアスは汗を流してそっぽを向いた。テンプレなごまかし方、ありがとうございます。 

 レッドは冷蔵庫から卵を取り出し、もう一度オムレツの調理に入る。

 するとラティアスが「怒ってる?」と問うように上目遣いで見上げてきた。

 

「別にこんくらいじゃ怒らないよ」

 

 レッドは苦笑した。

 安堵の息をこぼすラティアスの反応が面白くて、つい、

 

「――ただ、いつまでも覚えておく」

「!?」

「冗談だよ」

 

 てしてしてしてしてし!

 

 

     ◇◆◇

 

 

 ケースから一枚のディスクを取り出して、ブルーレイレコーダーに挿入する。

 読み込み時間はほとんどないに等しい。

 朝食を済ませたレッドはバリバリとスナック菓子を食べながらディスクが記録している映像を流し始めた。

 

「食うか?」

 

 短い時間ながら、なかなか打ち解けてきたラティアスはレッドが指に摘んだスナック菓子を迷うことなく食いついた。なるほど、この信頼構築の早さは確かにトレーナーの才能なのかもしれない、とレッドは原点にして頂点と謳われた己のスペックに畏怖を抱く。

 ラティアスの目が輝いたので、自由に食べられるようお皿にスナック菓子をぶち撒けた。

 

 昨日の警戒っぷりはどこにいった。チョロインか? チョロインなのか貴様。可愛い奴め。

 

 そっとラティアスに手を伸ばし、優しく頭を撫でる。本当なら動物王国の主が如くよーしよし! と抱きついて愛で回したいが、我慢だ。さすがにそれは馴れ馴れしい。

 もぐもぐと咀嚼しながらテレビに目を向ける。

 

 映し出された映像は去年のカントー地方ポケモンリーグの優勝者と四天王の戦いだ。今年のカントーリーグの優勝者はかなり優秀なトレーナーらしく、四天王の三人を撃破するに至り、このディスクには最終戦、四天王の最後の一人兼チャンピオンのワタルとの戦いが記録されていた。

 

「………………」

 

 レッドはスッと目を細め、真剣な眼差しで戦いの行方を眺める。

 挑戦者が繰り出したピジョットが縦横無尽に空中を駆け、相手を翻弄する。しっかりと鍛え上げたレベルの高いピジョットの速度はカメラじゃとても追い切れない。右にカメラを向ければ既に左に、左にカメラを向ければ既に右に移動していた。

 相手を完全に振り切ったと確信した挑戦者が攻撃を指示する。旋回していたピジョットは羽を折り畳み、低空飛行で突撃を仕掛けた。

 

 “ブレイブバード”

 

 このピジョットの得意技にして必殺技。“こうそくいどう”で速度を上げ、敵を翻弄し、トップスピードで急所を穿つ戦術一つで多くの敵を撃破してきた実績がある。

 

 しかし、相手は四天王最強の男。

 ドラゴンタイプという希少にしてもっとも育成しづらいモンスターを完全に鍛え上げた男だ。

 

『カイリュー、“はかいこうせん”!』

 

 ピジョットに翻弄されていたカイリューが“はかいこうせん”を放つ。しかしその方向はピジョットがいる方向とはまるで見当違いで。

 

『そんな適当に撃った攻撃が当たるわけないだろう! ピジョット、貫けー!』

 

 勝利を確信して、笑みを浮かべる挑戦者。

 

 その一瞬の油断――。

 

 カイリューの放った“はかいこうせん”がピジョットの急所を正確無比に撃ち抜いた!

 

『バ、バカな。どうして……』

『僕の相棒が放つ“はかいこうせん”は、どこまでも敵を追いかけるホーミング性の“はかいこうせん”なのさ』

 

 見当違いの方向に放ったと思われた“はかいこうせん”は角度をつけるようにして距離を修正し、それこそピジョットのように空間を縦横無尽に駆けながら急所を撃ち抜いたのだ。

 急所への一撃はゲームのような運じゃない。ポケモンはそれぞれ特定の場所に急所を持ち、ワタルはピジョットの急所を見抜いて、ピンポイントに狙い済ましたのだ。

 カイリューに肉薄していたピジョットは後一歩というところで倒れてしまった。

 

『クッ、行け! サイドン! ストーンエッ――』

『遅い』

 

 縦横無尽にカクカクと空間を迸る“はかいこうせん”が、やはりというべきかサイドンの急所を撃ち抜く。

 あまりに一方的な展開だ。レッドはここで見るのを中断した。

 後の展開は同じだ。反動なしに放つ“はかいこうせん”が挑戦者のポケモンを次々と一撃に屠っていく。最後の一匹は辛うじて食らいついて見せるが、“はかいこうせん”を囮にした“すてみタックル”により潰れてしまう。

 

 これで、詰み。

 

 結局挑戦者はワタルのポケモンを一匹も倒すこと敵わぬまま六タテに終わる結果となった。

 

「反動なしにホーミング性もあって他の技と併用して撃つことのできる“はかいこうせん”とかチートすぎだろ」

 

 はっはー、とレッドは笑った。

 なにあのカントー地方のラスボス。どうあがいても絶望なんですけど。

 渇いた笑いを浮かべながらレッドは寝転んだ。天井を見上げ、思案する。

 

(俺なら特殊受けのポケモンで耐えながら相手の行動を阻害するかなー)

 

 もちろん、それは努力値――隠しステータスがこの世界にも適応されていればの話だが。

 

 あれが現在のバトル環境だ。

 強い能力と強いレベルによる殴り合い。不利なポケモンが出てこようと、相性関係なく殴りに行く。

 要は――レベルを上げてぶん殴れというのが現在の環境だ。

 

 なぜか――理由はわかる。

 

 ポケモンバトルにおいて絶対に外せない“補助技”の存在がほとんど知れ渡っていないのだ。

 “こうそくいどう”や“かげぶんしん”、“ちいさくなる”“まるくなる”などわかりやすい技しか知られていない。ゲームにおいてほとんど必須とされる“○○の舞”系の技を使用するトレーナーをレッドは見たことがなかった。

 

(ま、無理もないか)

 

 ゲームのように懇切丁寧に技の効果を説明できるわけがない。

 ポケモンの言語が未だほとんど解明されてない以上、そのポケモンがどんな技を覚えるのか人は未だ把握し切れていないのだ。辛うじて解読できたのが現在ポケモンバトルで主流の攻撃技ばかりであり、補助技はほとんど知られていない。

 

 補助技の補足はワタルの“はかいこうせん”のように攻撃技にバリエーションを持たせることで補える。補助技の追求より、攻撃技の熟練度を上げる方が主流なのである。

 ここがゲームとの如実な違い。ゲームは技の攻撃力が数値されていたが、この世界では技を鍛え上げることによって威力やレパートリーを増やすことができる。考えてみれば当たり前の話である。ここはゲームじゃなくて現実なのだ。技術を鍛え上げれば、能力の向上は必然である。

 

(けど、俺は違う。大抵の技は頭に入っている。どんなポケモンがどんな技を覚えるのかも)

 

 これは圧倒的なアドバンテージだ。

 補助技を巧みに操り、ポケモンごとに役割を持たせ、戦術を固定する。ゲームのように技を放つごとに思考するような時間など存在しないが、かえってそれがレッドのやる気に火をつけた。

 目まぐるしく変わる状況を読み、自分の戦術を組み上げる。

 こんなに楽しいことはないんじゃないだろうか。

 

 ポケモンマスター――本気で目指してみるのもいいかもしれない。

 

 

 




 この世界のトレーナーにはデュエリストなみの身体能力が必須です。

 そしてアスリートのごとくポケモンを鍛える能力も必要です。

 努力値を割り振っただけじゃ、勝ち抜くことはできません。

 俺だけ努力値とか補助技知ってるぜヒャッハーとか調子に乗ってると、痛い目に合います。大きなアドバンテージには変わりありませんが、あくまで勝利に必要な要因の一つや二つでしかありません。

 廃人知識だけで勝ち抜けると思ったら大きな間違いでござります。



 資料のために初代ポケモン――否、萌えもんをプレイ。ものひろいのジグザグマを三体集める間にヒトカゲがリザードに進化。ハッハー、タケシなんて余裕だぜー! と勝負を挑んだ結果、レベル二十のリザード、イシツブテに敗北。目の前が絶望に染まった。

 どうして最初のジムリーダーが“じしん”とか使用してくるんスかね? どうして最初のジムリーダーが“オボンの実”とか持たせてんスかね? ちょいとガチじゃありませんかね? “りゅうのいかり”で倒したけども、“メタルクロー”まさかの役立たず。

 しかし、楽しい。難易度の高いポケモンはなかなかに遣り甲斐がありますな。というか野生のポケモンを倒すために「ああ、不要な努力値が……」と考えてしまう現在の自分が憎い。昔を思い出せ……! 

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