我輩はレッドである。   作:黒雛

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ハナダシティ~
第十四話「水上レース ①」


 

 

 ロケット団というやられ役乙な下っ端と出会うこともなく、オツキミ山を無事抜けることができたのは、いわゆる主人公補正というものが足りないからだろうか。それともオツキミ山の手前でフルボッコ無双シーンを演じたのが原因だろうか。カスミとリアルファイトに発展しかけるくらいしか特筆すべき点の無い登山だった。

 オツキミ山を下山して数十分程歩くと、次の目的地であるハナダシティが視界に広がる。

 街の北西にある河川を街中に引き込んでおり、街には水路と、水路に沿うように設えられている花壇には色鮮やかな花々が咲いている。

 その光景を直に眺めて、レッドはなるほどと納得する。

 

「これがハナダシティ。さすがカントー地方一美しいと言われているだけはあるな」

「当然でしょ。何よ、格好つけちゃって。もっと素直な感想は言えないのかしらね?」

「――劣化アルトマーレ」

「カスミの“メガトンパンチ”!」

「残念。“かげぶんしん”だ」

 

 すかさずレッドはカスミの背後を取った。

 ポケモンバトルとは何だったのかという疑問はカードゲームを見れば解決だ。昨今のカードゲームはデュエリスト自身も身体を鍛えなければ生き残れない戦国時代。カードゲームですら苛烈な闘争を繰り広げているのだからポケモントレーナーがポケモンの技を使えるようになっても何もおかしくはないのである。

 何もおかしくはないのである。

 何もおかしくはないのである。

 

「はあ、もういいわ。アンタと付き合っていたらそのうち胃に穴が空きそう。私はジムに戻って休むことにするわ」

「大変なことで」

「誰のせいだと思ってんのよ」

「ケロット団」

「アンタよ。しかもケロットって何よ。ロケットでしょうが。それだとニョロモ達を崇拝する組織になるでしょうが」

「えー? いきなり何言い出してんのこの人、超ウケるんですけどー」

「アンタが言ってきたことでしょうがあっ!!」

 

 叫んで、カスミはもう一度深い溜め息をついて脱力する。

 

「あー、もうホント疲れた。今日はもうシャワーを浴びてそのまま寝よう」

 

 そう言ってカスミは残業終わりのサラリーマンのような足取りで歩を進めていく。しかし、不意に足を止めて振り返ると、

 

「そうそう、念のために言っておくけど、水上レースの締め切りは明日の十七時だから、参加するつもりならそれまでに水ポケモンを用意しておくことね。ま、流石にこんな短時間でゲットしたポケモンじゃ碌に意思疎通もできずあっさり敗退することになるでしょうけど」

 

 今度こそカスミは人混みの中に消えていく。

 

『どうするの、マスター』

「そーだな。とりあえずトレーナーズホテルでチェックインを済ませたら釣りにでも興じて見るか」

『水上レース……? に参加するの?』

「そのつもりだよ。ラプラスは欲しいからな」

『でも、さっきあのおねーさん、今から水ポケモンをゲットしたって無駄みたいなこと言ってたよ?』

 

 ちょこんと小首を傾げるラティアスの頭をよしよしと撫でて、

 

「バカだな。そりゃ言い訳ってもんだ。真のポケモントレーナーってのは出会った時間で勝敗を決めるもんじゃない。自分の頭脳と腕前で勝敗ってのは決まるんだ」

『おおおっ。マスター、かっこいいっ』

「はっはっは、そうだろうそうだろう。もっと褒めていいんだぞ。………………最悪、開幕と同時に他の参加者に攻撃すればいいんだし」

『マスター?』

「いや、何でもねーよ」

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

「ヒトカゲ、“しっぽをふる”で弾き飛ばせ」

 

 コラッタと“ひっかく”の応酬をしているヒトカゲが一歩下がって尻尾を振るう。手よりも長いリーチによってコラッタは吹っ飛んでいく。そこに追撃を掛けるべくヒトカゲは“ひのこ”を飛ばし、そこでコラッタは力尽きる。

 次の相手はイワークだった。

 その巨躯を見た瞬間、レッドは指示を飛ばす。

 

「“メタルクロー”で頭の突起物を切り裂くんだ」

 

 その言葉にやや怯えつつもヒトカゲは爪を鋼鉄化させてイワークに飛び込んでいく。鈍足のイワークが身体を捻ろうとするが、その前にヒトカゲの“メタルクロー”が突起物をへし折った。

 急所への一撃。

 弱点を突いたこともあり、その巨体に見合わずあっさりとイワークは落ちた。

 

「そ、そんな……」

 

 まさかこうも簡単に決着がつくと思わなかったのだろう。対戦相手の少年はガックリと膝から崩れ落ちる。

 レッドは“きずぐすり”を取り出して、こちらに駆け寄ってくるヒトカゲに労いの声を掛けて手当てを施す。 

 

「よくやったな」

 

 よしよしとヒトカゲを愛でる。

 もしもヒトカゲが臆病なままならレッドはバトルをやらせるつもりはなかった。怖がっているのなら仕方ない、と別のメンバーを考慮することも視野に入れていたのだが、ヒトカゲはヒトカゲなりに臆病な自分を嫌い、前向きになろうと頑張っている。

 ならば一生懸命に頑張るヒトカゲを応援するのが自分の役目だろうとレッドは思う。

 

 レッドが今いる場所はゴールデンボールブリッジ。

 ゴールデン ボール ブリッジ。

 ネーミングに全く問題がないことに定評のある至って健全な橋である。

 レッドはそこで釣りをしようと思ったのだが、ここに到着するなり橋にいたトレーナー達にバトルを挑まれたのである。

 その数は十。

 ヒトカゲとルカリオの二匹で難なく切り抜けたのは、レッドの育成の賜物だろう。途中、六戦目で私服ロケット団にそのバトルの腕を見込まれて勧誘され、断ると「むりやりいれてやる。うりゃーッ!」とやらないか――否、バトルを挑まれたのだが、そこは容赦なくピカチュウを降臨、瞬く間にウルトラ上手に焼いてやった。ロケット団に人権は無い。

 

「うし、これで掃除は終わったな」

『なー』

 

 他にもちらほらトレーナーの姿は見受けられるが、十人抜きをやって見せたレッドに挑む剛毅なトレーナーはいないようだ。あちこちから様子見の視線を感じながらレッドは釣竿を取り出して後方を確認すると錘を投げた。

 

「よっと」

 

 と、レッドは手摺に座ってリールを回す。

 

『マスター、危ない』

「もしもの時はお前に任せるよ」

 

 大物が釣れると引きの強さで落っこちる可能性も充分にあるが、そこは隣に座るラティアスの出番。ドラゴンタイプの強靭な膂力とエスパーによる超能力の二段構えだ。カイオーガや他のドラゴンタイプのポケモンでも掛からない限り力負けすることはないはずだ。

 

「ミニリュウ~……は、無理か」

 

 ドラゴンタイプというのは(若干例外はいるが)総じてプライドが非常に高く、自らに絶対の自信を持っており、自分が認めたトレーナーじゃないと、命令を聞く以前に主に牙を向けるケースも珍しくない危険なポケモンだ。強力故に、その力に目をつけたトレーナーの何人が果たして犠牲になったことか。

 例えその技量が認められドラゴンタイプのポケモンを手中に収めようと、俺様至上主義な一面に変わりはなく、自分以外のエースがいることを極端に嫌う。

 ブルーのサザンドラがその代表格だろう。彼の魔王はブルーが極道系フシギダネに新たなエースの可能性を見い出した瞬間、それはもう怒り狂っていた。オンドゥルルラギッタンディスカー!?

 ――ドラゴンタイプはパーティに一匹。そして不動のエースとして迎え入れる。

 

 それがトレーナー達の共通認識である。フスベシティ出身のドラゴン使いでもせいぜい二体が限界だとか。それを四匹も操っているワタルはもはや人外の領域だろう。スーパーフスベ人疑惑浮上。俺自身がドラゴンになることだ。ギゴガゴーゴーッ。

 そうした理由から、もしも奇跡的にミニリュウが釣れたとしてパーティに加えることは不可能だ。ラティアスはともかくミニリュウがカイリューへと進化したそのとき、パーティに不和が生じるのは必然である。

 

「狙うならアズマオウかヒトデマンだな。後はニョロゾか」

 

 トサキーン、トサキントサキントトサキントトサキントッサキーン。

 とぽん、とウキが沈んだ。アワセをしてリールを回す。

 

 レッドは コイキングを つりあげた!

 

「………………」

 

 ピッチピッチピッチと跳ねる、アホ面を晒した赤い魚。

 

 コイキング。

 曰く、ちからも スピードも ほとんどダメ。せかいで いちばんよわくて なさけないポケモンだ。

 曰く、おおむかしは まだもうすこし つよかったらしい。しかし いまはかなしいくらいに よわいのだ。

 曰く、たよりない で ゆうめいなポケモン。うみ かわ いけ みずたまり いたるところをおよいでいる。

 

 ――いや、別にそれはいいのだ。コイキングが彼の凶暴な厨ポケ、ギャラドスに進化することをレッドは知っている。ポケモントレーナーとして経験を積んだ者なら、大抵の者が知っている情報だ。

 しかし残念なことにレベルというのは一朝一夕で上がるものではなく、またコイキングのレベリングとなると苦行の一言。明日の十七時までに進化させるなど物理的に不可能だ。

 

「お前とは別のところで出会いたかったよ」

 

 そう言ってレッドはコイキングをリリースする。

 さて、次だと意識を切り替えて再チャレンジ。

 

 とぷん(ウキが沈む)

 ざばあっ(釣り上げる)

 ピッチピッチピッチ(コイキングの跳ねる音)

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言の――

 

「おのれは一体なんなんじゃああっ!!」

 

 とうとうレッドは叫んでしまう。

 何度も何度も何度も何度も、釣り上げたコイキングに差異はなく、同じ個体であることがわかる。

 ひたすら餌をゲットする貪欲性は評価するが、今求めているのは水上レースに通用するポケモンだ。少しの川の流れにすら負けて流されてしまうコイキングに水上レースができるわけもなく「やっぱり別のところで出会いたかった」とリリースする。

 

「これ、もしかして“ボロのつりざお”か? あのレンタル屋のジジイ、俺に偽物を掴ませるとか“はかいこうせん”ぶっ放してやろうか? いや、それだと疑われる可能性もあるから、雨の日に“かみなり”を落とせば完全犯罪に……大丈夫だよな? 人の一人や二人消えたってどうせわかりっこない…………」 

『マスター、元気だす。そしてもどってくる』

 

 よしよしと今度はラティアスがレッドの頭を撫でる。

 どうしたものかと頭を悩ませる。これが本当に“ボロのつりざお”ならいくらチャレンジしようと釣れるのはコイキングくらいだ。他のポケモンが釣れたとしても即戦力とは言い難いだろう。

 

「あー、マジでどうしよう。このままじゃ水上レースに参加できねぇ」

 

 と、ぼやいたそのときである。

 

「あーらやだ、レッドくんってばぁ、そんな釣竿で一体何を釣ろうとしているのかしら?」

 

 善性である自分とは対為すだろう、クソ外道の声が背後から掛かった。

 嫌な顔をして振り向くと案の定、フラウとローザの間に立っているブルーがプークスクスと笑っている。

 

「その釣竿で釣れるのってコイキングよね? もしかしてレッドくんってばコイキングで水上レースに参加しようと思ってるの? ポケモンの特性を誰よりも知っているみたいなドヤ顔を晒してたのに、まさかコイキングで参加しようとしているんですかー? あ、ちなみに私はコイキングをディスっているわけじゃなくて、少しの流れでも流される非力なコイキングに乗っかって参加しようとしているレッドくんの頭の悪さをディスっているからあしからずー」

「…………ッ!」

 

 レッドは奥歯を噛みしめて怒りを堪える。

 いつもなら躍りかかってブチ殺しているところだが、それだとブルーの思う壺だし、余計なタイムロスになってしまう。大人からの説教なんて論外だ。

 

「お前達も水上レースに参加するのか?」

 

 その問いはフラウに向ける。

 絶賛こちらを煽り中の悪魔は論外として、ローザも残念ながらまともに話が成立するとは思えない。この場にいる常識人といえば自分とフラウくらいだとレッドは判断した。

 フラウもレッドの意図を読んだのだろう、苦笑しながら首肯して。

 

「いいえ、私とローザは応援よ。危険だから。参加するのはブルーだけ」

「私もフラウちゃんも~、泳げないしね~」

 

 と、ローザの間延びした口調とのんびりほんわかな雰囲気に、ささくれ立った心が少し穏やかになる。

 

「けど、どうしてコイキングしか釣れない? 釣竿を持ってるの?」

「俺だって別の釣竿をレンタルしたはずだったんだよ。そしたらこの偽物を掴まされた」

「それは災難だったわね……」

「ドンマイだね~」

「wwwwwwwwwwwwwwww」

 

 約一名、笑いすぎておかしなことになっていた。そこに女子力など存在しない。完全に人を嗤うモンスターだった。酷モンスターだ。もしもレッドがブルーの立場なら間違いなく………………この話は止めよう。

 しかしブルーは止まらない。レッドの顔を下から覗き込んで「NDK? NDK?」と徹底的に煽っている。この場をカスミが見ていたら唖然とし、そして胸がすくだろう。

 

「可哀想でちゅね~? で・も・予め水タイプのポケモンをゲットしてなかったレッドくんが問題があると思います~。ニビシティにいるときにハナダシティの情報を集めなかったんでちゅか~? やっぱり頭悪いでちゅか~?」

 

 プークスクスと、ひたすら、しかし、完全な正論を盾に煽るブルー。この女はレッドとは違い、相手を論破できる正論で身を完全武装して煽ってくるから性質が悪い。なんというか、何事も用意周到なのだ。

 

「おほほほほほほほほ! やっぱりジムバッジ一つしか持ってない少年如きがバッジ二つも取得している私に挑戦しようとしていることが間違っているのよ! だけどぉ、私も鬼じゃないわよ。美しい天使――いいえ、女神だもの。『お願いします、ブルー様』と頭を垂れて傅けば優勝商品の権利をプレゼントしてあげてもいいわよ? まあ、なんて優しいのかしら! 優し過ぎて涙が出てきそう!」

「ブルー、もうそこまでにしてあげて。いい加減レッドが闇堕ちしそうになってるわ」

「レッドくん~、なんかぁ、身体から真っ黒いナニカが噴き出てるよ~」

「もう物理的に人間辞めようとしてる! ブルー、行くわよ! もう満足したでしょう!」

 

 フラウがブルーを背後から抱きしめてレッドから引き離す。

 

「もう、仕方ないわね。それじゃあ負け犬のレッドくんは放置してフィフティーン・ワンのアイスでも食べに行きましょうか」

 

 おほほ! おほほほほほほほほ! 無様! 無様だわ! 負け犬飯うまーっ! と高笑いをあげながら上機嫌に場を後にするブルーと、その後ろを追いかけながら「レッド、元気出してね! もうこの子はその……アレだから! …………貴方と同じで」「またね~、レッドくん。私、応援してるから~」とフラウとローザは一言残して去っていく。

 その場に残ったのはテニヌ界の真田老け部長――否、真田副部長並みに黒色オーラを噴出するレッドと、その怒りに涙目になっているラティアスである。

 どうすればいいのかわからず、涙目であわわとなっているラティアスを尻目に、レッドは地の底から響くような哄笑をあげた。

 

「フ、フハハハハ……いいよ、ここまでコケにされたら、もう手段は選らばねェ……。例え人生の墓場に片足を突っ込むことになろうと勝ちを取りに行ってやるよ……!」

 

 完全に調子の外れた声音で呟いたレッドはポケギアを取り出し、とある人物に電話を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ぴっち(おひ)ぴっち(さし)ぴっち(ぶり)ぴっち(です)
 


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