我輩はレッドである。   作:黒雛

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いじっぱりな黄色い悪魔 ①

 

 子どもの頃から外の世界に憧れを抱いていた。

 生意気と理解しつつも、自分の住んでいる世界は小さいと感じていて――外の世界に憧憬を抱いていた。

 トレーナーとポケモンが手を取り合い、ともに戦う姿に眩しさを感じて。

 いつか自分もマスターと呼べるトレーナーと出会い、外の世界に一歩を踏み出すんだと決めていた。

 

 だけど、それはもう昔の話。

 “あいつ”のせいで自分の夢は、もう叶わなくなった。

 もちろん。悔しい。しかし自分より幼い彼らを放置して一人のうのうと自由に生きるなんてできなかった。

 

 だから、今日も向かう。

 たくさんの罵倒を覚悟しながら。

 

 その――ジグザグの尻尾を揺らして。

 

 

     ◇◆◇

 

 

 “テレポート”という技がある。

 それはエスパータイプのポケモンが使用する補助系の技だ。効果はその名の如く、任意の場所に自身もしくは対象をワープさせる。ゲームでこの技は、最後に訪れたポケモンセンターに飛んだり、戦闘から逃げるために使用したりとあまり脚光を浴びる技とは言い難いポジションのソレだ。ハナダシティの上にある24番道路に出現するケーシィの“テレポート”にヘイトを溜めたプレイヤーは多いんじゃないだろうか。

 思い出、印象といえば――まあ、それくらいの技。“そらをとぶ”の劣化版。

 

 しかし――しかし、だ。レッドは思う。

 

 アレ、使いこなしたら超チートじゃね? と。

 

 ポケモンは修行を積めば、二種類の技を同時に放つことも可能なのだ。もちろんソレは極めて難易度が高く、二つの作業を並行して行う頭脳とキャパシティが必要であり、使いこなしたとしても、ポケモンの精神を一気に疲弊させるデメリットがあり、長期戦になると途端にそのツケが回って来る。それよりも一つの技を個別に修行させ、一つ一つの技の錬度を高める修行が現在のトレンドである。

 

 だが、レッドは敢えてラティアスにソレをさせる予定だった。エスパータイプの生き物は性質上、他のポケモンより極めて知能が高く、細かい技の調整を得意としている。ラティアスもその片鱗を見事に見せつけており、ゲームでは修得しない“テレポート”を身につけ、現在その精度を高める修行をしている。

 

 まあ修行といっても、縁側に座り、畑にできた木の実を“テレポート”で手元に移動させることができれば好きなだけ食べていい――という一種のミニゲームのようなものだが。

 しかしこの方法は木の実が大好きなラティアスと、とても噛み合っていた。どうやら彼女は甘いものを食べるのが大好きなようで自ら縁側に座り“テレポート”の修行を頑張っていた。

 

 

     ◇◆◇

 

 

「これには一体なんの効果があるんじゃ?」

 

 と、木の実をゲットしてパッと表情を輝かせるラティアスの姿を胡乱げに眺めるのは、ポケモン研究の権威――オーキド・ユキナリ博士だ。

 ポケモン図鑑に登録されてない新種にして、人間に化けることができるラティアスの生態は、彼の研究意欲を激しく刺激したらしく、ラティアスの存在を知った博士は暇を見つけてはレッドの家に足を運び、ジッとその生態を観察していた。人間に化けたラティアス(幼女)を熱心に見つめるオーキド博士の姿はなにも知らない第三者が目撃すると完全に事案である。事案男、まさかの再登場か?

 

 オーキド博士にはラティアスの存在を知らせることにした。やはりオーキド博士のように、絶大な権威を誇る人を味方につけるのは大切だ。オーキド博士の生態研究は実に良識的であり、非人道的な行為は絶対に許さない人だ。彼を味方につけることで大抵の人間からラティアスを護ることができる。

 

 純白の長髪に金の瞳。まるでサンタクロースのコスプレ服のような服装のラティアスはパクリと木の実に齧りつき、美味しそうに頬を緩め、ご機嫌にパタパタと両足を動かしている。何度も失敗を重ねながらやっと入手した木の実はさぞかし美味しいに違いない。

 ナナミはそんなラティアスを膝の上に乗せて、ラティアスに負けないほどの上機嫌っぷりを披露していた。妹がほしかったのだろうか。

 

「ほら、“テレポート”って自分以外の対象をワープさせることも可能じゃないですか。だから思ったわけですよ。“シャドーボール”とか“はどうだん”とか攻撃したポケモンから切り離された攻撃を、着弾する前に“テレポート”を使い、その攻撃をワープさせて別の空間から飛び出せるようにしたら、確実に急所に当てるようにできるんじゃないかなって」

 

 例えば――真正面に打ち出した“シャドーボール”を相手の背後に“テレポート”させ、背後から“シャドーボール”を炸裂させたり。

 防御や回避の瞬間に“テレポート”を使い、まるで予想しないところから攻撃を受ければ、一気に優位に立つことができる。

 

「他にも“テレポート”を駆使して攻撃を回避したり、相手の背後を一瞬で取ったり、よくよく考えたらやっぱり“テレポート”ってぶっ壊れ性能と思うんですよねー。エスパータイプ最強説」

 

 “テレポート”は、他の漫画やアニメでいうなら最強格のキャラクターが使用する空間操作のソレに等しい。

 空間使い=強キャラはお約束なのだ。

 

「お主、どこでそんなキチガイな発想を手に入れたんじゃ?」

 

 わお、ドン引きである。

 出所は前世なので教えることはできません。精神病院に突っ込まれること間違いなしだから。

 

 

 

「俺、グランゾンの“ワームスマッシャー”を再現することが夢なんだ……!」

 

 

 転移装置(テレポート)を無数に空間に固定して、そこに“はかいこうせん”をひたすら連射して撃ち込む。もちろんラティアスは無数の空間固定型の“テレポート”にリソースをほぼ注ぎ込まないといけないので、ダブルバトル以上の乱戦にしか使用できないが。“はかいこうせん”を連射できる、修羅に片足を突っ込んだポケモンを育成する必要もあるが。

 

 しかし――そこにはロマンがあった。

 

 もちろん技の名前は“ワームスマッシャー”。二体のポケモンの合体技である。ワクテカが止まらない。

 他作品の技を再現する――前世知識の特権だよね! とレッドは自重する気なしである。

 

「ふむ、そのワームなんちゃらがなんなのか気になるとこじゃが、そうなるとレッドもポケモンマスターを目指すことになるんじゃな」

「そうなりますね。ま、ポケモントレーナーがポケモンマスターを目指さないのはおかしいでしょう。やるからには天辺を取りますよー」

「ふむ、そうなるといずれグリーンと戦うことにもなるじゃろうな」

「グリーン――か。……良い奴だったよ」

 

 レッドは達観したような眼差しで遠くの空を眺めた。

 ごちん、と拳骨。

 

「ワシの孫を勝手に殺すな! タンバタウンに留学して修行している最中じゃ」

「痛い。頭蓋骨が粉砕した。こりゃ“モンスターボール”をくれないと治りませんなあ」

「なに? もう一発殴ってほしいと」

「いやあ、今日は良い天気だなあ!」

 

 レッドはそっぽを向いた。

 オーキド博士は深い溜め息をついて、少し表情を引き締める。

 

「本来なら十二歳になるまで自分のポケモンを所有するのは、いけないことなんじゃ。法律により規制される以前は、責任を持つ能力のない子どもが不用意にポケモンを乱獲し、そのまま放置をして餓死してしまったケースも珍しくなかった。じゃからポケモン協会はトレーナー資格を得た人間にしか“モンスターボール”を所有してはならんという法を敷いたのじゃ。かつての悲劇を――子どもたちの、あまりに無邪気で無自覚な悪意にポケモンたちが振り回されんようにな。……まさか孫娘がそれを破ることになるとは夢にも思わなかったがのう」

 

 痛む頭を抑えるようにしながら咎める視線をナナミに向けた。

 当の本人は笑顔を浮かべたまま飄々と受け流している。強い。反省はしているが、後悔はしていないを驀進している。さすがです、ナナミ様! 参考にしよ、とレッドの厄介度は上昇した。

 

「だって、仕方ないじゃない。おじいちゃんの研究資料を見てもラティアスの姿なんて見たこともなかったし、ラティアスはレッドくんにとっても懐いていたし。レッドくんがトレーナーの資格を得られるのは四年後なのよ? その間にアクシデントが起こってラティアスが見知らぬ人に捕獲なんてされたら大変じゃない。ね? ラティアス」

 

 食べることに夢中になっていたラティアスは突然話を振られて、ちょこんと小首を傾げた。やーん、可愛い! とナナミはギュッとラティアスを抱きしめる。

 

「あー、ナナミさん。一応人間の姿をしてるときはラティって呼ぶようにしてるから」

「そうだったわね。ラティ」

 

 よしよしと膝の上に座らせたラティアスの頭に頬擦りをする。

 

「今回は事情が事情なだけにギリギリ異例の措置ということで特別許可証を授けることにしたが、さすがにこれ以上の問題は庇いきれんぞ。わかっておるな?」

「はーい」

「本当にわかっておるのか、このガキは……」

 

 生返事をするレッドにオーキド博士は実に頭が痛そうだ。

 

「そろそろワシは研究所に戻る。ナナミ、お前もついてくるんじゃ」

「はーい。レッドくん、ラティ。また今度ね」

 

 ラティアスを降ろし、バイバイと手を振ってレッド宅から去る二人を見送り、レッドはちょいちょいとラティアスに手招きをする。

 するとラティアスは今度はレッドの膝の上に座った。縁側に座る二人はしばらく空をぼんやりと眺め、穏やかな時間を過ごした。

 十分が経過するとレッドはおもむろに「戻ってくる様子はなし……と」と呟き、ラティアスを抱いて立ち上がる。ラティアスを自分の両足で立たせて、

 

「よーし、そんじゃ“モンスターボール”の捜索に行くぞー」

 

 ポケモンを所持していい特別許可証はもらった。しかし、これはポケモンの所持を認めてくれるだけであり、特別許可証だけでは“モンスターボール”を購入することはできない。

 ならばトレーナーが落とした“モンスターボール”を拾えばいいのだ。ゲームではトレーナーが落としたであろう“モンスターボール”がダウジングマシンでごろごろ見つかる。事実、レッドはマサラタウンの外に外出したとき“モンスターボール”を拾ったことがあった。あのときは大人に所持しているところを見つかり没収されてしまったが、今はそんな浅はかな真似はしない。

 

 法律の隙間を縫うように生きるのだ!

 

 ――この男、オーキド博士の忠告をまるで聞いていなかった。

 博士の懸念はまさに正鵠を射た懸念だったのだ。

 レッドが鼻歌を歌いながら仕舞っていたダウジングマシンを取り出す。下準備は完璧だった。靴を履いて外に出ると、既にラティアスは元の姿に戻り、レッドを待っていた。

 ラティアスの背中に跨り、ふわりと高度が上がる。ラティアスの念力により、周囲に光の膜が生まれ、すっぽりと二人を包み込んだ。これにより風圧やGを受けなくなり、光を屈折させることで姿を消すこともできるのだ。

 

 レッドが「こういうのってできないの?」と冗談交じりに言うとそのイメージを思念により受け取ったラティアスは軽く実現して見せた。エスパーってすげー。

 

「しゅっぱーつ」

 

 ゴーゴーと拳を突き上げるレッドに従い、ラティアスはすいすいと空を飛翔するのだった。

 ――数時間後、マサラタウンとトキワシティを繋ぐ道路近辺で少年の高笑いする声が響いたそうな。

 

 

 




 ヤマブキシティ一帯をバリヤで覆ったり、不可視の家を作ったり、エスパータイプの汎用性は異常だと思う。

 螺旋丸のような“はどうだん”を作り、接触する瞬間に“テレポート”して頭上から“はどうだん”を叩き付ける。四代目火影のような戦いもきっとできるはず! 絵的に言うとミュウツーが妥当だけど、さすがに彼は手持ちに加えることはできぬ……!(ギリギリ)

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