我輩はレッドである。   作:黒雛

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いじっぱりな黄色い悪魔 ②

 マサラタウンの北にある1番道路から更に北上した場所にその街はある。

 トキワシティ。

 マサラタウンと比べると――いや、比べるまでもなく人の住まいの環境は充実しており、規模も人口も圧倒的にトキワシティが上回っている。大通りに石畳が敷かれている以外は地面が広がり、一軒一軒の間隔も広く見渡しが良いマサラタウンとは違い、トキワシティは街一面をコンクリートで舗装しており、敷き詰めるように家々が窮屈にならんでいた。子どもの娯楽施設が不足しているマサラの子どもたちはほとんどがこのトキワシティに仄かな憧憬を抱いていたりする。実際、ゲームセンターやオシャレなブティック店に広々とした喫茶店、トレーナーズスクールにポケモンセンターなど充実したラインナップにやられ、マサラから移り住んだ若者の数は多い。

「やっぱりトレーナーズスクールがあるのは利点だよなぁ」

 

 パラソルを差した露店でアイスクリームを二つ購入したレッドは一つを人間に変身したラティアスに渡し、二人が座る芝生と隣接するグラウンドを眺めていた。

 そこはトレーナーズスクールが所有するグラウンドであり、現在、校舎から出てきた生徒たちがポケモンを駆使してバトルを繰り広げている。

 子どもたちが使役しているポケモンは、当然トレーナーズスクールが貸し出している調教済みのポケモンたちだ。調教が完了しているとはいえ、レベル自体は低く、修得している技のバリエーションは少ない。使役というか子どもたちはひたすら“ひっかく”やら“たいあたり”を指示して、バトルはノーガードの殴り合いと化していた。

 

「コラッタにニドラン♂♀にポッポ、オニスズメ、オタチ、ホーホー、マンキー、キャタピー、ビードル、ナゾノクサ、ニャース、ブルー、プリン、か。意外と幅広いなぁ」

 

 ぺロリとアイスを舐めながらそんな感想をこぼす。

 するとグラウンドの中間に立っていた男性がレッドたちの姿に気づき、優しそうな笑みを浮かべて歩み寄ってきた。

 

「やあ。もしかして入学希望者かい?」

「ただの見学ですよ。俺たちマサラタウンから来たんです」

「なるほど。マサラタウンにはトレーナーズスクールがないから珍しいのか」

「田舎町ですんませんねー」

「あ、いや! そういうつもりで言ったんじゃないよ。困ったなあ……」

「別に軽いジョークだから無視して結構ですよ?」

「……意外と逞しいなぁ」

 

 指先で頬を掻いていた男性はガックリと肩を落とした。

 

「でも俺たちの年齢から自由にポケモンバトルができるのはちょっと羨ましい環境だと思いますね」

「自由にやらせているわけじゃないよ。授業の一環だ。それに基本的にうちは座学を中心にしているからね」

「座学……ウッ、頭が……!」

 

 なんて恍ける。

 

「キミは本当にいい性格をしているね……」

 

 その呆れた視線を颯爽と受け流し、再びバトル会場のグラウンドに目を向ける。

 

「ん?」

 

 グラウンドの向こうが妙に騒がしい。

 男女のけたたましい怒号が飛び交い、騒音は徐々に近づいてくる。子どもたちやポケモンもバトルを中断して、何事かと目を向けた。

 ドタドタと砂塵を巻くように人々の群れがまっすぐこちらに走ってくる。一様に怒りを浮かべ、一心不乱にナニカに追いかけている。

 レッドはゴシゴシと目を擦り、人々の先陣を切るように走る姿を認めて目を丸くした。

 

「へえ、ピカチュウか!」

 

 黄色いねずみポケモン。その愛くるしい姿から高い人気を誇り、ポケモンを代表すると言って過言ないほど抜群の知名度を持つポケモンだ。

 しかし、その大人気のはずのピカチュウは現在、憤怒の表情を浮かべた人々に追いかけ回されていた。タタタと四本の足で俊敏に走り、距離は開く一方だ。

 

「はあ……。またきたのか」

「また?」

「あのピカチュウだよ。最近トキワシティに出没するようになってね、よく食べ物を盗んでいくんだよ」

 

 よく見るとピカチュウはバッグのような――小物を入れるのにちょうどいい袋を背負っていた。男性が言ったように盗んだ食べ物を詰め込んでいるのか、袋はパンパンに膨らんでいた。

 

「誰かあいつを捕まえてくれー!」

 

 堪らず追いかけている一人が叫んだ。

 それに反応するのは、さっきまでポケモンバトルをしていた子どもたちだ。

 ちょうどピカチュウはこちらにまっすぐ走ってきている。一時的とはいえポケモンを使役している子どもたちが意気込むのは無理もなかった。 

 

「こ、こら。危ないから下がりなさい!」

「大丈夫だよ、先生! 僕たちにだってポケモンはいるんだから!」

 

 男性の制止の声を振り切り、子どもたちは各々自分が使役しているポケモンに指示を出す。

 ポケモンたちも多勢に無勢と踏んだのか、少し躊躇いつつもピカチュウを迎え撃つ態勢に入った。

 

「――――!」

 

 ピカチュウも自分の走る道を遮るように立つポケモンの姿に気づき――スッと目を細めた。

 ピリリと頬の赤い丸が青白く放電する。黄色の体躯に雷が走り、放射状に放たれた。凄まじい速度で迸る雷は、空間を焼き払いながら相対するすべてのモンスターに直撃する。

 容赦ない雷撃は一撃で飛行タイプのポッポとオニスズメとホーホーを撃墜した。

 電撃を受けたことにより身体が麻痺する。僅かな停滞を経て八割のポケモンが復活するが、残りの二割は状態異常を起こしていた。

 

 しかし、その僅かな停滞のうちにピカチュウは“でんこうせっか”で肉薄し、ニドラン♂に突撃した。

 

 麻痺の状態異常によりまともに動けないモンスターは無視するらしく、ピカチュウは近くにいたマンキーの“ひっかく”を半円を描くように回避しながら回り込み、そのまま身体を振り抜いて遠心力を得た尻尾をマンキーの後頭部にぶつける。

 コラッタの“たいあたり”を受けるが、踏ん張りながら五本の指でコラッタの身体を掴み、“でんきショック”を浴びせながらグルグルと回転して放り投げた。ピカチュウが体勢を立て直すと既にニドラン♀、オタチ、キャタピー、ニャースの包囲網が完成しており、じりじりと距離を詰めながら――一気に飛びかかった。

 ピカチュウは焦ることなく冷静に対処する。電撃を纏いながらその場で回転し、四匹のモンスターを回転に巻き込み、電撃とシェイクの二重攻撃によりまとめて戦闘不能に追いやった。

 

(うわぁ……。アレってスマブラの“ねずみはなび”だよな。スマッシュ攻撃・下の“ねずみはなび”だよな。つーか――あのピカチュウ、めっちゃ強いんですけど!?)

 

 レッドの愕然とする表情を見遣り、男性は顔をしかめながら頷く。

 

「そうなんだよ。あのピカチュウは複数のポケモンを同時に相手にしようと問題なく勝つほどの実力を持っているんだ」

 

 その後もピカチュウの独壇場だった。“こうそくいどう”をして素早い動きを更に上げると、相手を翻弄しながら一体一体、確実に倒していく。

 最後の一匹は、でんきタイプに有利に立てるナゾノクサだが、やはりピカチュウは迷うことなく飛び込むと、ナゾノクサの“すいとる”も構わず“ずつき”を当てる。着地すると同時に尻尾を振り上げ、浮いていたナゾノクサを更に打ち上げた。跳躍し、ナゾノクサより高度に上がるとトドメの“たたきつける”。

 

「………………」

 

 絶句である。

 流れるように十二体のポケモンを倒したピカチュウは当初の予定通り、逃走にこちらのルートを選択してこちらに向かってくる。唖然としている子どもの脇を通り抜け、タタタと勝者は悠然と走る。

 

「待て!」

 

 と、さっきまでレッドと話していた男性が立ち塞がるが、なんのその。ピカチュウは男性の頭を踏み台にして飛び越えた。……その際、男性のふさふさの髪がずるりと剥がれ落ちたのを――レッドは見ないフリをした。ショックのあまり気を失ったのは幸か不幸かわからない。

 レッドはこちらとの距離を徐々に詰めるピカチュウを見ながら、どうしたものかと思う。チラリと目を隣に向けるとラティアスは一切動じることなくアイスを食べようとしていた。

 どうやらこの騒ぎはラティアスにとってアイスの一口よりずっと軽いものらしく、そもそもピカチュウの存在に気づいている様子もない。むふー♪ と満足げな効果音が背景に映り込んだような気がした。

 

 こりゃ、無理だなと肩を竦めると――ピカチュウと目が合う。

 

「――――――――」

 

 ピカチュウは一瞬だけ驚いたように目を見開き、しかしすぐにかぶりを振ってレッドとラティアスの間を通り抜ける。

 パシ――とレッドの耳に接触の音が届いた。既に背を向け、走り去るピカチュウの口にはアイスが咥えられていた。

 

 まさかと嫌な予感がしてラティアスを見遣ると、そこにはアイスを掠め取られ、呆然としている幼女の姿。

 

(やばい)

 

 呆然とするラティアスがアイスを掠め取られた事実を認識すると、じわりと大きな金色の瞳が揺れた。声帯機能がないので泣きじゃくることはないのだが、嗚咽を繰り返しながらぽろぽろと滂沱の涙が零れる。

 

「ぎゃーす! やっぱり! お、おいラティ、大丈夫か!? いや、大丈夫じゃないよな。どう見ても大丈夫ではございませんねえ! わかった。新しいアイスを買ってやるから泣き止んでくれ!」

 

 子どもをあやすなんて経験のないレッドはおろおろしながら必死にあやす。

 なかなか泣き止んでくれないラティアスの手を引いて、再びアイスを購入した露店に向かいながらレッドは静かに決意する。

 

(あのピカチュウ……絶対に捕獲してやる)

 

 まあ、大事な大事なラティアスを泣かしたお礼をするという理由もあるが。

 それ以上に、ピカチュウと目が合った瞬間――ラティアスのときと同じようなモノを感じた。

 

 そう――運命と出会った、あのときと。

 

 だからピカチュウも目を見開き、振り払うようにかぶりを振ったのだろう。 

 レッドの気のせいという可能性は――ないだろう。こういうのはバカにできないとラティアスのときに学んだ。

 

 ラティアスから感じたモノが柔らかな温もりだとしたら、あのピカチュウから感じたモノは痺れるような脈動。

 

 きっと長い付き合いになる。

 

 そんな予感がした。 

 

 

 

 






 プロローグの前書きに注意事項を追加しました。
 
 やっと戦闘描写を書くことができたーっ。執筆しながらトレーナーが一々指示するのは余計だよな、と思い削除。テンポが悪くなる。あと絶対ポケモンのストレスが溜まる。

 技は、いわゆる通常攻撃的なものを基点に繰り出した方がかっこいい気がする。トレーナーの指示は場を作ったり、流れを変えるときくらいにするのが、ちょうどいい感じかな?

 そしてこのピカチュウ、スマブラ仕様も取り込んでおりまする。


 明日の更新はちょっと難しいかもしれません。四時出勤とか勘弁してマジで……。

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