Fate/EXTRA 外伝 ~Distract Order~ 作:半裸ーメン
今日は大事な作戦が控えていることもあり、全員に一日の休息が与えられた。所長の粋な計らい、という名の言い訳殺しである。
恐らく、明日からはほとんど休息など取れないのだろう。
もしかしたら、最期の休みになる可能性だってあるのだ。心残りがないよう、趣味に没頭する者、大切な人と過ごす者、朝からずっと寝ている者、はたまたいつも通りの生活を送る者など、みんな思い思いに過ごしている。
自分がカルデアに来てから、こんなに穏やかな日はなかったように思える。
……実際その通りではあるのだが。
こんなとき、比較的ーーーというかほぼ無趣味な自分を殴りたい衝動に駆られる。やることがない。
一人でいることは嫌いではない。嫌いではないのだが、それにも限度がある。
流石に物音一つしないのは、静かを通り越して不気味と言わざるを得ないだろう。
自室でインスタントのコーヒーを飲みながら、記憶の波にさらわれる。
そういえば、今まで完全に一人になったことってないんじゃないか?
ムーンセルでは、マイルームという個室が与えられていたが、基本的、というか根本的にサーヴァントと一緒になるのが常である。それはそれで、慣れたら落ち着くのだが。
記憶にある、サーヴァントとのマイルーム…。
褒めて良いぞ?とドヤ顔で頭を向けてくる赤いの。
口を開けば小言の絶えない小姑。
二人きりになった途端に大胆になる駄狐。
適当な会話から即死エンドを繰り出す
…何だろう、マイルームなのに全然気が休まっている気がしない。
しかし、それが返って良かったのかもしれない。
彼、彼女らが普段通りに接してくれたおかげで、自分もまた普段通りでいられたのだろう。そう思えば、実に有意義な時間だった。失って初めて大切なものに気付く、というのはこういくことなのかも。
ただ、他の女の子(主に凜とラニ)と話した後のマイルームは、中々に刺激的だった。
英雄色を云々、なんて言うのは的を得ていると感心せざるを得ない。
そうやって今までのことを思い返していると、段々と不安が足元から這い上がってくる。
ずっと先送りにしてきた問題が、自分の心を蝕んでいる気がする。
ーーーどうして、こうなったのか。
月での記憶を持ち、ムーンセルに触れたことまでも覚えている。にもかかわらず、現在こうして生身の肉体で生活しているのか。
月の聖杯戦争に参加していた自分は、
かつて実在した人間を元に作られたNPCーーー聖杯戦争を円滑に進めるためだけにムーンセルによって生み出された下級AI、それが
何らかのバグで自意識を持ち、聖杯戦争へ参加してしまった自分は、名前以外のあらゆる記憶を失っているーーーと、勘違いしていた。
自分には、
願いとは執着。有るのと無いのでは、まったく違う。
強い願いには、強い意思が伴う。
誰もがどんなものであれ、命を懸けて叶えたい願いのために戦う、そんな中で自分は場違いな存在だった。
最初は、何も分からないまま死ぬのが嫌で。
自分が死にたくないから、
どんな結果であっても、受け止めろと言った
どんなものであれ、何か願いを見つけて欲しいとも。
何も分からなくとも、いや分からないからこそ、前へ進むことしか出来なくて。
最後は、空っぽだった自分に出来た、ちっぽけな願いのために。
幾多の命を奪い、
数多の願いを破り、
偽りの自分の中に芽生えた、本物の願い。
願いに優劣などなく、故により強い願いを以て他の願いを淘汰してきた。
そして、
ーーー筈、なのだが。
聖杯に触れ、願いを入力したところまでは記憶がある。
そして、自分の元となった
当時の医療技術では不治の病とされていた病気を患っていた彼は、未来に一縷の望みを託しコールドスリープ、すなわち冷凍保存されていたのだ。
自分は、その病気の治療法と共にコールドスリープの解除コードを、彼へ送った。
自分の代わりでは無いが、彼に今の世界を歩いて欲しい。
そう、望んだからだ。
ムーンセルに触れられるのは、生身の体を持つ
月の勝者である自分は分解され、ずっと眠っていた彼は目覚める。
それが結果でなくてはならない。
勿論彼に月での記憶など残る筈がない。彼は彼として、2030年の未来を歩んでいくのだ。それは、自分の物語ではない。
しかし現実に存在しているのは紛れもなく、月で足掻き続けた
ーーー可能性としては、二つ。
一つ目は、2030年からのタイムスリップ。
何故かは分からないが、コールドスリープしている岸波白野に、月で戦った自分が
しかし、これには
更に言えばムーンセルであっても、電子世界を通じて記憶を植え付けたり上書いたりするならば可能かもしれないが、タイムスリップやレイシフトのようなことは不可能だと思われる。
二つ目の可能性は、時代の修正である。
ムーンセルは、無数の可能性を演算・記録している"管理の鬼"である。貯蔵している魔力量も相当なもので、願望機と呼ばれるのに相応しい。
伝説に語られる聖杯との一番の違いは、その効力だろう。
ムーンセルには、今すぐ世界を滅ぼす、なんて力はない。
ムーンセルは人類史に干渉し、ムーンセルに記録されている無数の『あり得たかもしれない未来』の中から、
この
一つ目よりは地に足がついていると思う。
だが、
2015年の"岸波白野"を上書きする、その理由。
また歴史に干渉するには、自意識を持つ人間が命令しなければならない。ーーー聖杯へ飛び込んだ時、自分とサーヴァント以外は誰もいなかった。自分達に、そんなことをする理由はない。
ムーンセルそのものに自意識はない。
長い間孤独に未来を
歴史を思うまま歪めることが出来る
しかして、ムーンセルは『観測機』である。
作られた目的は、『人類の観測』にある。
『観測』に、自我なんてものは必要ない。むしろ、目的の障害でしかないのだ。
そんな邪魔なものを、『管理の鬼』が見逃す筈はない。
生まれてすぐ、もしくは生まれる前にその芽を摘む。そんなことを永遠に繰り返している。
だからこそ、『観測』し続けることが出来るのだ。
ムーンセルに自我はない。自分達でもない。
であるならば、一体誰がそんな歴史を望んだのか。
その疑問に見合う解答を、今の自分には出せそうになかった。
考えても分からないことは、考えない方がいい。
そういう結論に達した。逃げてるんじゃないよ?ホントだよ?
そもそも考えるのは凜やラニ、桜、レオ、ユリウスの仕事だ。生徒会ではそうだった。
改めて思えば、生徒会の役割分担はよく考えられていた。ん?
自室にいても妙な静けさで落ち着かず、一人でいると変に考えてしまう。
この良くない空気を変えるため、部屋を出ることにした。
現時刻は午前10時過ぎ。外の通路には、昨日まで慌ただしく走り回っていた研究者達の姿はない。彼らも彼らで、好き勝手に過ごしていることだろう。
部屋から一歩出ただけなのに、何だか晴れやかな気分になった。さっきまでの陰鬱とした空気など、なかったかのようだ。
特に目的もなく居住区を練り歩いてみる。
思い返すと、カルデアでの生活は検査と訓練の繰り返しで、まともに案内すらされていない。人類存続をかけた大きな作戦の直前で、しかも自分は元々ここで生活していたのだ。そんな人間に施設を案内するような奇特な人間がいる訳がーーーいた。
一人、そんな人間に心当たりが。
ロマニ・アーキマン、その人である。
…あれは2日ほど前のことである。
例に漏れず、所長からの怒声により自分達は管制室から叩き出された。そして、これまた例に漏れずサボタージュのため医務室へ向かう道中、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
…あの扉は何なの?
見た目にも結構な厚さの扉。あの扉の向こうへ行く人は、必ずと言って良いほど思い詰めたような顔をして入っていく。そして出てきた人は、今にも泣きそうになっている。
勝手に『地獄の門』なんて呼んでしまうくらいに、恐ろしいイメージしかない扉なのだ。
「あぁ…、あれは"所長室"への入り口さ」
見たくもないのか、ロマンは扉を背にして親指で指し示しながら言い放った。
うげっ。
つい、そんな声が漏れた。
「あそこに呼ばれる理由は、基本的に二つだ。
怒られるようなことをしたときと…」
ゴクリ…。
したときと…?
「…無理難題を押し付けられるときだ!」
ど、どちらも嫌なことだとぅ!?
何てことだ、それでは呼び出された時点で終わっているじゃないか。救いが無さすぎるのは戴けない。
「故に、あの扉を通るところは誰にも見られたくないんだ。絶対に後で弄られるからねー。でも、そんな現場に既に何度か居合わせている岸波くんって、一体何者?」
そんなに不思議なことだろうか?
確かにたった数日間で、数回見掛けてはいるが。
「不思議なことなんだよ、岸波くん。さっきも言ったように、誰にも見られたくないことだから、皆周囲に人影がないか確認して、誰もいなくなった瞬間を見計らって入るようにしている。岸波くんは少し
個性がないとか、そういうのは散々言われてきたことなので気にしないが、存在感が薄いというのは初めて言われた、かもしれない。ちょっと傷付く。
「でもそっかー、カルデア内部の説明はほとんどしてあげてないんだったね」
ロマンは呑気に話す。
彼の言葉に少し付け加えると、ざっくりとした説明は受けている。
カルデアは大きく分けて居住区画、研究区画、そして管制区画の3つの区画から成り立っている。研究区画が1番大きく、カルデア全体のおよそ6割を占めていて、次いで居住区画、管制区画と続く。
3つの区画それぞれの中でもさらに細かく区分けされているらしく、自分が主に使うのは居住区と管制室だけ、とだけは教わった。
「それじゃあ折角だし、今からこのボクが直々にカルデアを案内してあげよう!どうだい、嬉しいだろう?」
えっ、と少し引き吊った顔になってしまう。
念のためフォローしておくが、決してロマンのことが嫌だとかそんなことではない。
今の自分は、このカルデアの中でかなり浮いている、と感じている。元来の岸波白野は、無個性で目立たない人間だ。それが最近はロマンと共に所長に叱られてばかりで、変に悪目立ちしてしまっているのだ。
そんな状況で、カルデアの案内なんてされているところを見られたら、いよいよ何か怪しまれるのでは?と、実は密かに危険を察知していた。
……自分の状況を知っているのは、マシュとロマンの2人だけだ。何も考えずにおいそれと話せるものでもない。なので、これ以上目立つようなことはしたくないのが本音なのだが…。
色々考えながらロマンへ向き直るーーーと同時にピシリと、自分は動きを止めた。
「ん、どうしたんだい岸波くん?何だか『蛇に睨まれた蛙』みたいな顔になっているよ?まるで、所長に何かマズいところを見られたような…」
あぁ、そうか。ロマンは今所長室の扉に背を向けている。だから
「ーーー誰が蛇なのかしら……?」
地の底から唸るように響く声色が、耳へ届く。それで何かを察したかのように、ロマンが固まった。
そのままの体勢で恐る恐る振り返ると、そこには所長のオルガマリーが立っていた。
心なしか髪の毛が逆立って見えるのは、気のせいだと信じたい。
その表情は満面の笑みを浮かべ、時折頬がひくついている。おまけに、額には青筋まで立っているのが分かる。
うん、分かりやすくキレていらっしゃるみたいだ。
そのあとは言うまでもない。
その場に正座させられ、2時間ほどのお説教を受けた。当然道行く人達の視線に晒されながら。
その中には、マシュもいた。途中彼女と目が合ったが、呆れた顔でどこかへ行ってしまった。大切な後輩に、あんな顔をさせてしまったことが余りにも情けなくて、穴があったら入りたくなった。
そんなことを思い出したので、今日はロマンにカルデアの案内を頼もうかな、なんて考えていた。
いまさらな感じもするが、明日は何があってもおかしくない。今のうちに、もう少しカルデアのことを知っておきたいと思ったのだ。
ロマンのことだ、おそらくはいつも通り医務室でくつろいでいることだろう。
いざ医務室へ、通い慣れた道を歩き始めた。
医務室到着。早速、自動ドアをくぐって中へ入る。
ーーーロマン、いる?
声を掛けたが、人の気配が感じられない。医務室には誰もいないらしい。
ここにいないということは、ロマンは自室で引き籠っているのだろうか。とりあえず、ロマンの部屋へと行ってみることにする。
1度しか行ったことのないロマンの自室。かなり記憶だけを頼りに歩いていたら、見たことのない通路に出てしまった。このまま進んでも迷ってしまうと考え、来た道を引き返すことにした。
てくてく……
……おかしい。先程歩いた通りに戻っているはずなのに、明らかに知らない場所へ迷い混んでいる。既に10分くらいは歩いているが、一向に元の場所へ戻る気配はない。
どうやら、迷ってしまったようだ。月で自分のサーヴァントに言われたことを思い出す。
そなたには道を覚えようとする気はないのかとか、君の方向感覚には敵わないなだとか、呆れて言葉も出ないとはこの事だな雑種とか、大丈夫ですご主人様!迷うことにかけては世界一?みたいな?とか。
フォローになってないぞ、巫女狐。
ともかく、自分は相当な方向オンチらしいのだ。これはあくまでも他人からの評価であって、自分ではそこまで言われる程ではないと思っている。
大体カルデアや
迷子になったときは極力移動せずに、誰かが来るのを待った方がいいと言われている。だが、今日のカルデアで誰かが通るのを期待するのは厳しいのではないか?
進むか、留まるか、この選択を誤れば明日まで誰にも発見されないかもしれない。それだけは避けたい、と思う。
かつて、最弱のマスターとして
何よりも、これ以上所長に怒られるのはイヤだ!!
しかし、現実は非情である。
どちらへ進めば良いのかすら検討もつかない自分では、本当にこのまま誰かに発見されるまで、さ迷い続けるのではないだろうか。
「ーーー先輩?こんなところで何をしているんですか?」
そんな情けない
ここもほんとはもっと前で区切る予定だったんですけど、そうすると、ラストのマシュマロパートが長すぎて……。
何度も見直して修正しまくってて、途中で前後の文の繋がりがおかしいことに気付いて、しぬほど焦りながらまた修正して、途ちゅ(ry 以下ループ。