はぐれ悪魔バイサーの討伐が終わり、部室に戻った後、俺に依頼が入った。
「部長、行ってきます」
「ええ、頑張ってきなさい」
転移用魔法陣の上に立ちながら出発の挨拶をする。
いつも通りに魔法陣の光に包まれ、今日の依頼者の家の玄関へ到着する。
だけど、俺は到着早々、違和感を感じた。
「血の匂い………。それにこの感覚。まさか………」
そう、家の中から漂う血の匂いとアーシアを教会に案内した時と似たような感覚。
嫌な予感がした俺は家の中へと入っていった。
気配を辿って着いた部屋には薄暗いライトがついているだけ。
部屋を覗いてみると―――――そこには血を出して倒れる人と、それを見下げている神父服のような服を着ている白髪の男。
男は俺に気付いたらしく、こっちを見て話してきた。
「おぉ~? これはこれは、悪魔くんじゃあ~ありませんか~」
ふざけた口調。
だけど、その眼には明らかな殺意があった。
「俺の名前はフリード・セルゼン。とある悪魔払い組織に所属する末端にございますですよ」
目の前の白髪の男―――――フリードは自己紹介をしながら一礼してくる。
俺は床に倒れる血塗れの男性に視線を送りつつ、確認を取った。
「これは………お前が、やったのか?」
「イエスイエス。俺が殺っちゃいました。だってー、悪魔を呼び出す常習犯だったみたいだしー、殺すしかないっしょ」
隠す気もなし、か。
人を殺しておきながら、罪悪感の欠片も感じない
俺がもう少し早く着いていたら、この人は助けられたかもしれない………と、悔やんでも今は仕方がない。
色々思うところはあるが、その前に一つ気になることがあるからだ。
この家には、この男以外にもう一つの気配がある。
しかも、その気は俺が知っているものだ。
あの人がこんなイカレ野郎の仲間?
嘘だろ?
あんなに優しい人がこんな残酷なことに手を貸すなんて―――――。
いや、考えるのは後回しにしよう。
フリードが光の剣を振り回して突っ込んできているからな。
「今からお前の心臓にこの刃を突き立てて、このイカす銃でお前のドタマに必殺必中フォーリンラブ、しちゃいます!」
横なぎに振るわれる光の剣。
俺はそれを難なく避けるが、フリードは避けた俺目掛けて銃を撃つ。
「悪魔祓い特製の祓魔弾だぜ☆当たったらそうとう痛いよー。ひゃはははは!」
悪魔祓い専用の銃ってことか。
確かに、あの銃からは嫌な雰囲気がある。
これも俺が悪魔になったから、そう感じるのかね?
とにもかくにも、触れない方が良さそうだ。
フリードは俺目掛けて次々に引き金を引きながら言う。
「ほほぅ! これをかわしますか悪魔くぅん!」
「一々うるさいやつだな。もう少し、静かに戦えないのか?」
剣を避ければ、銃弾が飛んでくる。
その銃弾を避ければ、今度は剣が降り下ろされる。
銃による攻撃によって、俺の動きをコントロールしようってわけか。
で、俺の動きを先読みして、そこに剣撃。
剣と拳銃のコンビネーション。
ふざけた野郎だが、訓練はしっかりされているらしい。
戦い方が上手い………が、戦い方にまで、嫌な性格が出ているな。
まぁ、この程度の攻撃、なんてことないけどね!
「遅いんだよ!」
俺は錬環勁気功でギアを上げて、フリードの右手を蹴り上げて剣を弾き飛ばす。
「なんですとぉ!?」
俺の動きに反応できなかったフリード。
急激に動きを変えた俺に驚愕の表情を浮かべている。
俺は瞬時にフリードの懐に飛び込み、鳩尾に拳を撃ち込んだ。
「ぐふぉ!」
ズドンッと衝撃がフリードの体を突き抜ける。
強烈な一撃を受けたフリードはその場に崩れ落ち、腹を抑えて悶絶している。
俺は膝をつくフリードを見下ろして言う。
「かなり手加減してやったんだ。意識はあるだろ?」
「この腐れ悪魔がぁぁあ! よくも俺様を殴ったなぁぁあ!」
フリードが苦しみながらも俺を睨み付けた。
「睨みつける元気はあるのか。だけど、おまえ、俺に勝てると思うなよ? おまえの実力じゃ逆立ちしても俺には勝てねぇよ」
手加減したのは、こいつを活かして捕らえるため。
今回の件について洗いざらい話してもらうためだ。
さて、暴れられても面倒だし、意識ぐらいは刈り取らせてもらうか。
そう思い、手刀を構えた―――――その時。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
女性の悲鳴が室内に響き渡った。
声が聞こえた方に俺もフリードも声がした方向に視線を向ける。
倒れ伏した男性の遺体を見て表情を固まらせていたのは教会へ案内をしたシスタ―――――アーシアだった。
「………やっぱりもう一つの気配はアーシアだったんだな」
錬環勁気功を会得している俺は気の質を見分けることが出来る。
人によって気の質というのは異なるもの。
千人いれば千通りの質がある。
俺がアーシアの存在を認識できたのも、アーシアの気の質を覚えていたからだ。
フリードはヨロヨロと立ち上がって、アーシアに話しかける。
「おんやぁ? 助手のアーシアちゃん。結界は張り終わったのかな?」
「こ、これは………」
「そっかそっか、アーシアちゃんはこの手の死体は初めてでしたねぇ。これが俺らの仕事。悪魔に魅入られたダメ人間をこうして始末するんすよ♪」
死体を見て呆然としているアーシアに何でもないような口ぶりで自分が行なったことを説明するフリード。
「そ、そんな………っ!?」
その説明を聞いてショックを受けたアーシアがフリードの方を向く。
当然、俺の顔も見ることになり、彼女の表情は驚愕したものになる。
「………イッセーさん?」
「………アーシア」
アーシアも俺がこんなところにいるなんて思いもしなかったのだろう。
彼女は俺のことを何処にでもいる普通の男子高校生だと思っていたはずだからな。
この雰囲気を見て俺達のことはフリードにも分かったようだ。
「なになに? 君たちお知り合い?シスターと悪魔の禁断の再会ってやつ?」
「悪魔? ………イッセーさんが?」
フリードの言葉が信じられないと固まるアーシア。
………正直、知られたくなかった。
あのままで良かったんだよ、お互いのためにも。
「ゴメンな、アーシア………。そう、俺は悪魔だよ」
俺がアーシアに謝る横ではフリードが大笑いしていた。
「ひゃはははは! 残念だけどアーシアちゃん、悪魔と人間は相容れません! それに、僕達、堕天使様のご加護なしでは生きてはいけないハンパ者ですよぉ?」
堕天使だと?
フリードはともかく、アーシアが?
いや、ちょっと待て。
そもそも、悪魔と敵対関係にあるはずの堕天使、その堕天使の加護を受けた二人が上級悪魔が管理するこの土地にいるというのはどういうことだ?
そんな疑問を持つ俺を無視して、フリードが言う。
「まぁ、そんなことは良いとしてぇ、俺的にはこの悪魔君にさっきの仕返しとしてぶったぎらないと気がすまないんですよぉ」
俺に光の剣を突き付けるフリード。
「懲りないやつだな。もう一発、キツイのを食らわせないと実力差を理解できないか?」
拳を鳴らせながら、フリードを睨む俺。
俺とフリードが戦闘を再開しようとした時だった。
アーシアが俺の前に立ち、庇うように両手を広げたんだ。
その行為に俺もフリードも目を見開いた。
「アーシア………?」
「マジっすかー、アーシアちゃん。キミ、何をしているかおわかりなんですかぁ?」
フリードの問いにアーシアが言う。
「はい。フリード神父。お願いです。この方を見逃してください。悪魔に魅入られたからといって、人間を裁いたり、悪魔を殺すなんて、そんなの間違ってます!」
アーシアの言葉を聞いたフリードは憤怒の表情となった。
「はぁぁぁぁぁああああ!? バカ言ってんじゃねぇよ! このクソアマが! 悪魔はクソだって、おまえも習っだろうが!」
「悪魔にだって、いい人はいます!」
「いねぇよ、バァァァカ!!」
「います! イッセーさんはいい人です! 悪魔だと分かってもそれは変わりません! こんなこと、主が許すわけがありません!」
アーシアがそう言った時、フリードは拳銃をもった拳を振り上げて―――――。
「おまえ、アーシアに何しようとした?」
俺はアーシアに当たる直前にその手を掴んだ。
腕を掴まれたフリードが叫ぶ。
「なっ!? 離しやがれ、クソ悪魔がぁあ!」
フリードは俺の手を振りほどこうとするけど、俺は離さない。
離してやるものか。
俺は握る力をさらに強めて、
「アーシアを殴ろうとしたよな? こんな優しい女の子を殴ろうとしたんだよな?」
「それがどうしたんすかぁ? 悪魔を庇うなんて、バカなことするからっすよ。そんなクソには教育が必要でしょ?」
「ふざけたこと、言ってるんじゃねぇぞ?」
鈍い音が部屋に響く。
俺は掴んでいたフリードの腕をそのまま握り潰したんだ。
「ギャアアアアアア!?」
手首を潰されたフリードは痛みのあまり絶叫を上げてもがき苦しむ。
そんな奴に俺は言う。
「殺された人はもっと痛かったと思うぜ?」
「このクソ悪魔がぁぁあああ!」
何処から出したのか、フリードは隠し持っていた光の剣を出して俺に斬りかかってきたが―――――無駄だ。
「クソはおまえだよッ!」
今度は死なない程度の力でフリードの顔面を殴り付けた。
フリードの顔面に拳がめり込むと、奴の体は勢いよく吹っ飛び、家の壁に衝突。
そのまま壁をぶち破り、外まで飛んでいった。
そして、外にある大きな木に衝突し、完全に気を失った。
派手に吹き飛んだが、ギリギリ生きてるって感じか。
フリードが戦闘不能状態になったことを確認した俺はアーシアの方へと駆け寄った。
「アーシア、大丈夫か?」
「………はい。イッセーさんに守っていただきましたから」
身体的にはケガ一つないが、精神的には………。
昼間には仲良く話していた俺が敵対関係である悪魔だったこと。
フリードが人を殺めていたこと。
今の彼女は頭の中がぐちゃぐちゃになっているはずだしな………。
部屋に紅い引光―――――グレモリー家の紋章が現れた。
転移魔法陣だ。
となると、
「やあ、兵藤君。助けに来たよ………ってもう終わったのかい?」
「遅えよ、木場」
魔法陣から最初に顔を出したのは木場だった。
木場に続くように残りのオカルト研究部の面々が魔法陣から現れる。
「イッセー、無事なの? ゴメンなさい、依頼人のところにはぐれ悪魔祓いが訪れていることが分かって、急いで来たのだけれど………」
「大丈夫ですよ、部長。俺は無傷です。あのクソ神父の方が相当重傷だと思いますよ?」
「そう、それは良かったわ。でも、心配したのよ?」
「………ははは、心配ばかりかけてすいません」
アーシアを教会に案内した件といい、今回の件といい、部長には心配かけてばかりだな。
新米悪魔とはいえ、心配ばかりかけてすいません!
俺はふと死んでいる男性の方を見る。
…………人の死ってのはたくさん見てきたけど、やっぱり馴れないよな。
「………イッセー、あなたのせいではないわ」
「だけど、俺がもう少し早く来ていればこの人は助けられたかもしれません」
「それでも、自分を責めないで。責任なら私にあるわ………。イッセー、あなたはそこにいる女の子の正体を分かっているわね?」
「ええ。………悪魔とシスターは、相容れないって言いたいんですよね?」
部長の言いたいことは分かる。
それでもアーシアは―――
その時、何かに気付いた朱乃さんが言う。
「―――ッ! 部長、数人の堕天使の気配がここに近づいていますわ」
この教会の周辺に複数の気配。
数は少ないが………。
朱乃さんの報告を聞いた部長はその場に魔法陣を出現させる。
「イッセー、話しは後で聞くから今は帰るわよ?」
「ならアーシアを―――――」
「気持ちはわかるけど、無理よ。この魔法陣は私の眷族しか転移出来ないの。だから、その子は無理なの。そもそも彼女は堕天使に関与している者。だったら尚更よ。それに、背後関係が分からない今、ここで堕天使と争えば悪魔と堕天使の間で大きな問題になりかねないわ」
部長の言っている意味は理解できる。
何が原因で悪魔と堕天使の争いが大きくなるか分からない今、下手に堕天使とその関係者に関わるわけにはいかい。
ここでアーシアを連れて行けば、それが原因で悪魔と堕天使間で大事になる可能性もあるんだ。
それでも、俺は―――――。
その時、俺は背中を押されて、魔法陣の方に突き飛ばされた。
俺を押したのはアーシアだ。
「………イッセーさん、私なら大丈夫です。行ってください」
微笑みながらそう言うアーシア。
だけど、頬には涙が流れていて、
「イッセーさん。また、会いましょう」
その言葉を最後に、俺達はそのまま駒王学園の部室へと転送されたのだった。
▽
次の日。
今は午後の三時くらいだ。
俺は家の近くの公園に来ている。
今日は平日、普通なら授業を受けている時間だ。
それなのになぜ、こんな場所にいるのか。
理由は単純、俺は学校をサボった。
昨日のことがあって、どうしても行く気になれなかったんだ。
ベンチに座ってただ空を眺めていると、俺の頬に何か冷たいものが当たった。
「はい、飲み物買ってきたよ、お兄ちゃん」
美羽だ。
実は美羽も今日はサボっている。
俺を心配してくれてのことだ。
昨日の一件を終えて、家に帰った後のことだ。
俺の顔を見て美羽は何があったのか聞いてきたんだ。
美羽もアーシアに関わっているから、昨日の出来事を話したんだが………。
美羽も少しショックを受けていたのだが、それ以上に俺のことを心配してくれた。
「ありがとうな。…………それと、美羽にまで学校をサボらせてゴメンな」
「そんなこと気にしなくてもいいよ。ボクが勝手にサボっただけなんだから」
美羽はこう言ってくれる。
妹に心配をかける兄………お兄ちゃんとして失格だ!
でも、そんな優しさについ甘えてしまう!
美羽が空を見上げて言う。
「………アーシアさん、大丈夫かな?」
その言葉に昨日、部長に言われたことを思い出した。
この件の背後関係が分からない以上、下手に動くわけにはいかない、か。
確かにそうだ。
もし、堕天使全体が絡んでいたら悪魔と堕天使間で大問題になる。
だけど、俺はアーシアを助け出したい。
あんな悲しい顔を見たんじゃあな………。
俺が悩んでいると―――――。
「………ん?」
「どうしたの?」
「この気配は………」
ふいに感じた一つの気配。
その気は真っすぐにこちらに向かってきていて、
「イッセーさん!」
俺の名前を呼んでこっちに走ってくる女の子がいた。
その女の子は―――――アーシアだった!
俺はアーシアに駆け寄る。
「アーシア、無事だったんだな! 本当に良かったよ!」
「はい! 私は大丈夫です!」
俺の手を取り微笑むアーシア。
悪魔である俺との関りがあることもバレただろうし、堕天使に拘束されたんじゃないかと心配していたんだけどね。
うんうん、元気そうで何よりだ!
アーシアの無事を確認したところで、俺はアーシアに訊ねた。
「なぁ、アーシア。どうしてここに?」
「あ、それはですね―――」
アーシアが答えかけた時だった。
「アーシア!」
女性の声が聞こえた。
見るとこちらに一人の女性が走ってくる。
アーシアの名前を呼ぶその女性は、俺も知っている人で、
「もう! 私から離れないでって言ったでしょうっ………って、イッセー君!?」
「レイナーレ!?」
そう、彼女は俺の元カノにして、俺を殺そうとした堕天使、レイナーレだった。
久しぶりにレイナーレが登場しました!