ギャスパーの親父さんとの話を終えた後、俺と美羽、小猫ちゃんは城の上階にある屋内庭園に連れてこられていた。
窓は一つもない空間だが、照明のおかげで室内は明るい。
色彩鮮やかな花々や穏やかに流れる水の音が目に耳に飛び込んでくるので、室内であることを忘れそうになる。
俺達がここに来たのはヴァレリーが俺達を呼んでいるとメイドさんが教えてくれたからだ。
庭園の中央にはテーブルが置かれ、既にリアスとギャスパー、ヴァレリーが席に座っていた。
「ようこそお出でくださいました。どうぞお座りください」
俺達三人はヴァレリーに勧められるまま空いている席に座る。
俺は椅子に腰かけながら視線を横へやる。
視線の先―――――クロウ・クルワッハが壁に背を預けている。
無言でこちらに一瞥したあと、すぐに目をつむってしまった。
ヴァレリーがクスクスと小さく笑う。
「あちらは私のボディガードさんのクロウ・クルワッハさんです」
最強の邪龍がボディガードね。
どうせ、やつを配置したのはマリウスだろう?
いや、リゼヴィムか?
ルシファーの息子にして『超越者』のボディガードにオーフィスの分身、こちらは最強の邪龍。
流石に手が出しづらいな・・・・。
俺の前にカップが置かれ、ヴァレリーが紅茶を注いでくれる。
ヴァレリーが微笑みながら言う。
「リアスさまから日本でのギャスパーの生活を訊かせていただいたの。日本はとても平和な国だそうですね」
「ええ。美味しい料理はもちろん、静かな場所も賑やかな場所もあって良い国ですよ、ヴァレリー陛下」
と、俺は敬語でそう返す。
色々な思惑でなったとはいえ、ヴァレリーはこの国のトップだもんな。
しかし、ヴァレリーはクスクスと笑う。
「敬語はやめてください、兵藤一誠さん。リアスさまにも普通に接してくれるようにお願いしているのよ。ヴァレリーと呼んでくださいね。兵藤美羽さんと塔城小猫さんもそのように」
「ええ、三人ともそうなさい」
リアスもそう言ってくれる。
ま、当人のお許しが出たのであれば、遠慮なくそうしよう。
「じゃあ、そうするよ。ヴァレリーも俺のことはイッセーって呼んでくれ」
「ボクのことも美羽でいいよ」
「私も小猫と呼んでください」
二人もそう続く。
「イッセーさんに美羽さんに小猫さん。うふふ、わかったわ」
とても可愛らしい微笑みを浮かべるヴァレリー。
気のせいか、王の間で見たときよりも表情が普通になっているような・・・・・。
虚ろな瞳も少しマシになってるようにも思える。
ヴァレリーが小猫ちゃんに問う。
「小猫さんは美味しいお菓子をたくさん知っているのでしょう? 日本にはどういうのがあるのかしら」
「えーと、私が好きなのは―――――」
そこから俺達は他愛のない会話を続けていった。
俺達からすれば、日常の何気ないことでもヴァレリーにとっては新鮮で興味が惹かれるものが多かったようだ。
予想もしないところからの好奇の質問も飛んできたほどだ。
ヴァレリーは昔のギャスパーについての話をしてくれる。
「そうなの。ギャスパーが女の子の格好をするのは小さい頃に私が着せて遊んでいたからなのよ。最初は嫌がっていたのだけれど、いつの間にか自分から着るようなかなったの・・・・うふふ♪」
「も、もう! それは言っちゃダメだよぅ!」
「そういえば、ぬいぐるみを抱かないと寝られない癖は直ったのかしら?」
「そ、それは・・・・」
「うふふ、まだなのね。ギャスパーらしいわ」
二人の様子はとても和むものだった。
ヴァレリーも端から見てると弟を弄る姉って感じで二人とも自然に会話していた。
俺達と話すときも普通の女の子と同じ反応を示してくれる。
ただ―――――
「――――そうよね。・・・・・―――――わかるわ」
このように何もないところに話しかけていくことがある。
聖杯の力を通して俺達には見えない亡者と話しているのだろう。
小猫ちゃんが話しかけてくる。
「イッセー先輩・・・・」
「ああ、わかってるよ。・・・・嫌な気が流れてるな」
ヴァレリーが話しかけているところには嫌な気が流れていた。
王の間では気づかなかったけど、ここまで近づいてようやく分かった。
ふとヴァレリーが天井を見上げた。
「・・・・ギャスパーはお日さまを見たことがあるのよね」
「うん。僕はデイウォーカーだから・・・・・ヴァレリーだってそうじゃないか」
「そうよね。・・・・・けれど、私は外に出たことがないの。許してもらえなかったから・・・・。一度でいいから、お日さまの下でギャスパーとお茶がしたいわ。ピクニックってとても愉しいものなのでしょう?」
・・・・外に出たことがない、か。
生まれてからずっと城に幽閉されていたんだっけ。
聖杯の力に目覚めてからは更に拘束も強まっただろう。
日の下で生きる。
そんなのは俺達にとって当たり前のことだ。
それでもヴァレリーにとっては羨むほど、非日常のことで・・・・・。
リアスがそれを聞いて微笑みながら提案する。
「それなら、皆で行きましょう。オカルト研究部のメンバー・・・・いえ、どうせならソーナ達も呼んで大勢で日本の行楽地に行きましょうか。きっとヴァレリーも楽しめるわ」
「いいね。春になったら、お弁当も持っていって、お花見するのもいいかも」
リアスの提案に続き、美羽もそう提案する。
二人の提案にヴァレリーは目に輝きを取り戻して笑った。
「まぁ、それは素敵だわ。お日さまの下で皆とピクニック。とても楽しそう。桜って見たことがないの。とてもキレイなのでしょう?」
こんなに素敵な微笑みを浮かべられるんだな。
ああ、そうだ。
皆でヴァレリーを日本を案内してやればいい。
ギャスパーが勢いよく立ち上がる。
「そうだよ、ヴァレリー! 僕と一緒に日本に行こう! 女王さまになったばかりで大変かもしれないけど・・・・・落ち着けばお暇をいただけるかもしれない! その時は僕が迎えに来るよ! 日本はとても優しい人ばかりで、とてもキレイで、美味しいものもたくさんあるんだよ!」
おおっ、テンション上がってるな!
しかも、こいつ何気に――――――
俺はイタズラな笑みを浮かべてギャスパーに言う。
「ほほう、あの引きこもりっ子が女王さまをデートにお誘いとはなぁ。ギャスパーも大胆になっもんだ。ヴァレリー、お誘いだぜ?」
「うふふ♪ ギャスパーにデートのお誘いをもらえるなんて思わなかったわ」
と、ヴァレリーも口許に手を当てて楽しげに微笑む。
ギャスパーは顔を真っ赤にしながらプンスカしていた。
「も、もも、もう! イッセー先輩! ひ、冷やかさないでくださいよぉ! ヴァレリーも! ぼ、僕は真剣なんだからね!」
「ダメだよ、お兄ちゃん。ギャスパーくんは必死なんだよ?」
「そうです。ギャーくんの人生初のデートのお誘いなんです。冷やかし厳禁」
あたたた・・・・・
美羽と小猫ちゃんがほっぺを引っ張ってくるんだが・・・・
いやー、ごめんごめん。
「うふふ」
リアスもおかしそうに笑っていた。
だけど、ここに来てわかったことがある。
ヴァレリーは聖杯に囚われている。
それでも、まだ普通の女の子としてのヴァレリーが残っているんだ。
こうして普通に話して、笑い合えることができる。
精神汚染が進んでいても、これならまだ―――――
俺達が楽しく会話していたところで、その流れを裂くように第三者の声が介入してくる。
「何が楽しいのかな?」
この庭園に入ってきたのはマリウスだった。
作った微笑みでこちらに歩み寄ってくる。
悪意を服のように着こんでいるように見える。
ここまでくると逆にすごいよ。
マリウスの登場に合わせるように、ヴァレリーの瞳から一瞬で輝きが失われていった。
・・・・こいつ、ヴァレリーに何かしているのか?
洗脳的な・・・・?
「マリウスお兄さま。ギャスパーとリアスさま方とお話をしていたのです」
マリウスは俺達に改めて挨拶をくれた。
「これはどうも、失礼します。ヴァレリーがお客さまと面会されていると聞いて、顔だけでもと思いまして。お邪魔でしたかな?」
うん、すっごく邪魔。
つーか、邪魔しにきたんだろ?
わざとらしく聞いてきやがって。
俺達が変な横槍を入れないよう監視しに来たってところか。
俺は微笑みを浮かべながら皮肉げに返す。
「ええ、今までヴァレリーと会話が弾んでいたものですから。どうぞ、お気になさらずに」
少々殺気もこめて。
ほんの僅かな殺気をマリウスにぶつけてみる。
マリウスは作った微笑みを微妙に崩したが・・・・・。
チラッと横に視線を移すと、クロウ・クルワッハは未だに目を閉じたまま壁にもたれていた。
・・・・本気でないと分かっているのか、見向きもしないか。
「先程は眷属の『騎士』がご無礼なことをしまして大変ご迷惑をおかけしました」
「うちの『女王』も失礼したな。とりあえず、きつく言っといたよ」
ゼノヴィアとアリスの非礼を改めて謝罪する俺とリアス。
きつく言ったってのは全くのウソだし、こいつに申し訳なくなんてこれっぽっちも思ってない。
あの二人を叱るぐらいなら、二人の頭を撫で撫でしてから、こいつを殴りとばすわ!
マリウスは苦笑した。
「いえいえ、下界の者がこの世界に飛び込めば分からないこともおありでしょう」
肩を竦めるだけで特に糾弾はしてこなかった。
すると、ギャスパーが意を決した表情でマリウスに言う。
「あ、あの!」
「何かな、ギャスパー・ヴラディ」
マリウスの問いにギャスパーは臆することなく、真っ直ぐに言った。
「・・・・ヴァレリーを解放してもらえませんか? 僕にできることがあるのなら、なんでもします! だから! どうか、ヴァレリーをこれ以上、苦しめないで・・・・」
ったく、こいつは本当に男として成長したな!
かっこよく思えたじゃないか!
もしかしたら、将来的にこいつが俺達の中で男気溢れるナイスガイになるのかもな。
・・・・・あんまり想像できないけど。
男の娘だし。
言われたマリウスは暫し考えるように顎に手をやる。
そして、ニッコリと微笑んでこう答えた。
「わかりました、解放しましょう」
「随分あっさりOKなんだな」
俺がそう言うとマリウスは頷く。
「ええ、ヴァレリーはここまで十分に役目を果たしてくれましたからね。そろそろ聖杯から『解放』されてもいいでしょう」
「ほ、本当ですか?」
ギャスパーが恐る恐るそう尋ねるとマリウスは再び微笑み頷く。
「ただし、少しだけ時間をください。何せ政権が移り変わったばかりですから、女王になったばかりのヴァレリーがいきなり降りるのは体裁が悪い。しばし、お時間をいただければヴァレリーをあなた方にお渡し致しましょう」
「ありがとうございます、マリウスお兄さま。ギャスパー、私、日本に行けそうよ」
「うん! 本当によかった! ありがとうございます!」
手を取り合い、喜び合うギャスパーとヴァレリー。
ギャスパーがマリウスに頭を下げる。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「いいえ、いいのですよ、ふふふ」
意味深な笑みを浮かべるマリウスに俺、リアス、美羽、小猫ちゃんは口をつぐんでいた。
・・・・・怪しいなんてレベルじゃない。
こいつが聖杯を手放すなんてあり得ないだろう。
だが、こいつはハッキリ『解放』すると言った。
マリウスの言葉を疑うことなく、ただただ喜ぶギャスパーとヴァレリー。
―――――『解放』、か。
この言葉の意味するのはいったい・・・・・
俺達は疑心を抱きながら、ヴァレリーとのお茶会を終えることになる。