最下層への階段を下りていく俺達。
「ヴァレリー、もうすぐだよ!」
いつの間にか先頭を走っているギャスパー。
このすぐ下にヴァレリーがいることを感じ取っているのだろう。
階段を下りると、装飾の凝った巨大な石造りの扉が現れる。
俺達はそれを豪快に開け放った。
ここは地下の最下層にある祭儀場。
中には儀式に使うのであろう怪しげな像や書物など様々なものが置かれている。
その中で俺達の視線は一ヶ所に集まっていた。
祭儀場の中央。
床には巨大な魔法陣が描かれ、魔法陣の中央には寝台が置かれていた。
そして―――――そこにヴァレリーが寝かされていた。
「ギャ・・・ギャスパー・・・・・?」
俺達に気づいたのか、ヴァレリーが首をこちらに傾けて掠れた声を漏らす。
顔色が悪い。
ヴァレリーはハーフだけあって、人間のように血の気のある肌をしていたが・・・・いまのヴァレリーにはそれがない。
「ヴァレリィィィィィィ!!」
叫ぶギャスパーが魔法陣に近づこうとするが、障壁に阻まれて近寄ることが出来なかった。
ギャスパーが魔法陣の中で術式を操る男―――――マリウスを視界に捉える。
「やめてくださいっ! ヴァレリーを苦しめないで! もう、彼女を解放してあげてくださぃぃぃぃ!!」
ギャスパーの必死の懇願にマリウスは嫌な笑みで答える。
「ええ、だから、約束通りに『解放』してあげようとしているのですよ。ほーら、もうすぐ彼女を蝕んでいた聖杯が取り出されますよ」
「いやぁぁぁぁぁああああああ!」
魔法陣の輝きが強くなり、ヴァレリーが絶叫を発する!
体から何かが出現しようとしていた!
「くっ!」
「斬れないか!」
木場とゼノヴィアが障壁を断ち切ろうとするがビクともしない。
ならば、俺が・・・・と、思ったがイグニスに止められた。
『待ちなさい。術式が起動している以上、下手に攻撃するのは悪手よ。破壊できたとしても、ヴァレリーちゃんにも影響が出るわ』
ちっ・・・・!
下手すればヴァレリーも危ないってか!
くそったれめ!
先生が手元に小型の魔法陣を展開させて、相手の術式を調べていたが、すぐに舌打ちした。
「このプロテクトコードは・・・・聖書の神のものだ! なぜ、俺も知らないコードをおまえが知っている!? リゼヴィムからの提供か!?」
先生の疑問にマリウスは笑う。
「彼らには感謝していますよ。おかげで聖杯の研究は飛躍的に進み、滅んだはずの邪悪な魔物を復活させるレベルまで漕ぎ着けましたからね。それに加えて、ヴァレリーの聖杯は過去の所有者と比べ、突出した部分がありましてね。主に生物にとっての弱点を可能な限り薄めるという面が優れていたのです」
吸血鬼達が強化され、グレンデルに龍殺しが効きづらいのはヴァレリーの聖杯がその分野に強かったためか。
マリウスが術式の操作を止める。
「ふふふ、無事に完了致しましたよ」
魔法陣が更に強い光を生み、ヴァレリーを包み込む。
これから聖杯を抜き出すんだ。
クソッ・・・・・ここまで来て、俺達は手が出せないってのかよ・・・・!
何も出来ない状況に俺達が拳を震わせるなか、ヴァレリーの体から小さな杯が現れた。
黄金に輝く小さな杯。
あれが神滅具のひとつであり、聖遺物たる聖杯。
「あぁ・・・」
ヴァレリーは神器を取り出されたことで、生気を完全に失い、寝台にぐったりと横たわってしまう。
マリウスがヴァレリーから出てきた聖杯を手に取り、頭上に掲げる。
「これが神滅具『
魔法陣の輝きが収まり、障壁がなくなったところで、ギャスパーがヴァレリーに駆け寄る。
皆が悲痛な面持ちでギャスパーの背中を見るが、先生だけは違っていて、
「・・・・妙だな。神滅具の抜き出しにしては・・・・」
今の光景に何か引っ掛かるところがあるようだ。
ぐったりするヴァレリーを抱き抱え、ギャスパーは彼女の名を呼ぶ。
「ヴァレリー・・・・」
その声に反応するようにヴァレリーはうっすらと目を開けて、ギャスパーを真っ直ぐ見つめる。
涙を流すギャスパーの顔をヴァレリーは優しく撫でた。
「・・・・泣き虫ね、ギャスパーは・・・・。ちっちゃい頃から泣いてばかり・・・・強くなったのでしょう・・・?」
「・・・・ごめんね・・・・僕・・・・キミを助けることが・・・・できなかった・・・・っ」
嗚咽を漏らすギャスパー。
ヴァレリーは首を小さく振った。
「・・・・私は助けてもらったわ。ギャスパーに・・・・こうしてもう一度会えた。・・・・最期にあなたに会えて・・・・私のたった一人の友達・・・・家族・・・・・。ねぇ、ギャスパー・・・・・」
「なに?」
天井を見上げるヴァレリー。
ヴァレリーは目に涙を浮かべながら言う。
「・・・・お日さま・・・・見たかったわ。皆で・・・・ピクニックに行けたら・・・・どんなに・・・・」
「・・・・見れるよ。僕が連れていってあげるから。ピクニックも行こう」
ギャスパー・・・・・。
また光景だ。
何度も見てきた。
助けたくて、守りたくて・・・・でも、できなくて・・・・・。
届きそうだったのに・・・・・あと一歩で守れたはずなのに。
ギャスパーには同じ想いをさせたくなかった。
それなのに・・・・・!
ヴァレリーはギャスパーの頬を一撫でした後に、ギャスパーの胸元に手を添える。
語りかけるように口を開く。
「・・・・ここにね、もう一人のあなたがいるの・・・・。最期にお願いしなくちゃ・・・・・」
彼女は消えそうな声で言う。
「・・・・あなたともお話ししたかったわ。・・・・あなたも、ギャスパーなのだから、皆とお話ししなきゃダメよ・・・・? 大丈夫。皆はあなたを受け入れて・・・・・」
ヴァレリーの手がギャスパーの頬から離れ―――――下に落ちた。
彼女の瞼がゆっくりと閉じていく。
「・・・・皆と仲良くできますように・・・・」
それが彼女の最期の言葉だった―――――。
ギャスパーは首を何度も振り、ヴァレリーの体を抱き締めた。
あまりに悲しい光景。
しかし―――――――
「いや、中々に泣ける光景だ」
耳に入ってくる不快な声。
それを聞いた瞬間に俺達に殺意がわく。
マリウス・ツェペシュ。
こいつは・・・・・この外道は許せねぇ・・・・!
「マリウス・・・・おまえは・・・・。ギャスパーがどんな気持ちで・・・・。この二人はただ平和に暮らしたかっただけなんだぞ・・・・? それなのにおまえは・・・・っ!」
「神器を抜き出した、ですか? そのようなこと、あなた方、三大勢力はこれまでに幾度も行ってきたではありませんか。罪のない人間を手にかけ、神器を取り出す。あなた方の常套手段でしょう?」
「そんな三大勢力に属している奴に言われたくないってか? ざけんな、クソ野郎。俺はな、おまえみたいなやつは許せねぇんだよ」
「いいでしょう。それでは私に攻撃してみてください」
「なに・・・・?」
こいつはマジで言ってんのか?
わざわざ攻撃しろだなんて普通言うか?
くらっても無事でいられるという絶対の自信があるのか・・・・それとも、罠か・・・・。
俺が警戒していると、マリウスは笑む。
「罠など仕掛けていませんよ。そのあたりはご安心を」
「・・・・そうかよ。なら、加減は無しだ。――――アグニ」
俺は右の掌をマリウスに向けると極大の閃光を放った!
さぁ、どうでる?
地下ってこともあって、規模は抑えているが、相応の威力は持ってる。
まともに受ければ消え去るが・・・・・
しかし、マリウスは防ぐ動作すらせずにそのまま赤い奔流に呑み込まれていった。
・・・・あとに残ったのは宙に浮かぶ聖杯と奴の下半身のみ。
上半身は完全にアグニによって消し去られていた。
これで終わりかとも思えたけど・・・・ここでマリウスの意図が分かってしまった。
下半身の断面から肉が盛り上がり、形を作っていく。
少しすると、マリウスの上半身が完成し、完全に復活しやがった。
宙に浮かぶ聖杯を再び手にしながらマリウスはうなる。
「瞬時に回復する特性も得ることが出来ました。これも所有者の体の中にあった頃よりも抵抗なく力を放出できているおかげなのでしょうね。上半身を消されて少し焦りましたが、下半身に残留する魂があれば、この程度の損傷は復活できるレベルのようですね」
この状況を見て、パチパチと拍手が起こる。
祭儀場の奥から人影が複数現れる。
「やはりそうだ」
「再生能力が向上している」
「まるでフェニックスのようですな」
現れたのは中年、初老の男性達。
全員が純血の吸血鬼、それも王族かそれに近しいお偉いさんだろう。
マリウスに荷担した上役の者達だ。
男性達の登場にマリウスは口元を笑ます。
「これは叔父上方。準備は整いました。どうされます? さっそく更なる強化を施しますか?」
そう問うマリウス。
男達は語りかけるように言う。
「夜の住人たる吸血鬼はとてもとても弱点の多い種族でした」
「日の光、流水、十字架、聖水。人間よりも優れた種族であるのに、それらを抱えるせいで彼らの隆盛を許してしまった」
「聖杯を用いて我々は吸血鬼を遥かに超越した存在に作り替える!」
「そして、人間共に代わり、この世界を支配せねばならん! 我ら上位種に支配されてこそ、人間達は本来の家畜としての本懐を遂げられるのだ!」
「放逐された家畜が無駄に増えるのは仕方のなかったこととはいえ、永いものでしたな」
「あとは現王と憎きカーミラを始末すれば全てを新たに始めることができる」
「せっかく、我が国に聖杯がもたらされたというのにあの王は現状維持を訴え、吸血鬼の進化を否定した。あまりに愚鈍であった」
男達の言葉にマリウスはうんうんと頷き、微笑みを俺達に向ける。
「まぁ、このような具合なのですよ。私は聖杯を使って研究が出来ればいいだけのことですが」
ちっ・・・・こいつら、どいつもこいつも身勝手だ!
マリウスは自分の欲のためにヴァレリーを殺し、ギャスパーを傷つけた。
周りの吸血鬼共はわけのわからん願いのためにマリウスに荷担した。
腐ってやがる。
こいつら全員、性根が腐ってやがる。
俺は一歩前に出ると低い声音でマリウスに言う。
「とりあえず、その聖杯は渡してもらう。これ以上悪用されないためにもな。そんでもって、おまえら全員覚悟しろ」
「覚悟? それは死への覚悟ということでしょうか? その必要はありませんよ。見たでしょう? 今の回復を。聖杯を持つ私は魂が消滅しない限り何度でも復活します」
聖杯があれば何度でも復活・・・・。
ま、確かにその通りなんだろうよ。
聞けば、グレンデルも似たようなことをほざいていたらしいしな。
でもな―――――
「弱点を克服? 魂さえあれば復活できる? そんなもんで強くなったつもりか? だったらアホだぜ、おまえら」
「なんだと?」
「それからもう一つ。力で支配しようとする奴はな、より大きな力に支配されるんだぜ? 覚えとくんだな」
俺は赤いオーラを放ちながら、一歩、また一歩と歩いていく。
美羽とアリスもそれに続いた。
多分、リアスも先生も聖杯を引き渡すよう、一応の交渉はするつもりだっただろうけど、こいつらには何を言っても無駄だ。
こいつらは自分達のことを至高の存在と決めつけ、自分達のすることは何でも許されると思ってる勘違い野郎の集まり。
こっちの言葉は聞こえても受け入れることはないだろう。
「――――俺の後輩泣かせた罪、しっかり償ってもらおうか」
俺が、皆が殺気を強め、眼前の吸血鬼共を片付けようとした時だった。
《ありがとう、イッセー先輩・・・・。だけど、ここは僕がやるよ・・・・・》
この祭儀場に声が響き渡った。
とてつもなく低い声。
俺でも身震いするような不気味さがその声には含まれていた。
振り向けば―――――ギャスパーが立っていた。
全身から黒いオーラが生み出されていき、徐々に室内を覆っていく。
ゆっくりと、肩を左右に揺らしながらギャスパーは俺の隣を通りすぎていった。
この世の危険な輝きを放つ瞳でマリウスと吸血鬼の上役を激しく睨みながら。
祭儀場が闇に染まっていく―――――。
《おまえたちが言う超越した存在とやらを僕に見せてみろ―――――》
その瞬間、室内は完全に黒く染まった。
上も下も全てが黒。
闇を生み出していたギャスパーの体にも変化が起こり、巨大な魔獣のようなフォルムへとなっていく。
長く太い四肢、鋭い爪、背中から生える幾つもの翼。
頭部も鋭い爪牙がそろい、角も生え、真っ赤な瞳が怪しく輝く。
その姿は漆黒のドラゴンのようだった。
《コオオオオオオオオォォォォォォ・・・!!》
獣の咆哮が闇の世界に響き渡る。
・・・・これがギャスパーの真の姿?
だとしたら、何だこの力と規模は・・・・・。
ギャスパーにここまでの力が秘められていたってのか?
「この現象は・・・・」
神器に詳しいアザゼル先生すらこの有り様に眉根を寄せていた。
ギャスパーの変化に上役達は声を震わせる。
「こ、これは・・・・!?」
「なんだというのだ・・・・!?」
マリウスだけは冷静にギャスパーを観察するように見つめている。
「落ち着いてください、叔父上方。これが報告にもあったギャスパー・ヴラディの本性なのでしょう。しかし、進化した吸血鬼たる我々がハーフの持つ力ごときに屈するようでは笑いの種にもなりませぬ」
「そ、そうだ。そうだったな」
「我々は聖杯にて超越した力を得た吸血鬼。次のステージに進んだ我らがハーフごときに遅れを取るはずが――――」
そこまで言いかけた吸血鬼が突如、下から生まれた大きな口に飲み込まれて姿を消した―――――。
《次のステージが・・・・・なんだって?》
ケラケラと笑うギャスパー。
あいつ・・・・性格まで変わってやがる。
闇の世界の至るところから、見たこともない黒い生物が生まれていく。
三つ首の龍、トカゲのようなフォルムの蝶、一つ目の巨人、頭が九つもある鳥。
それらが、ゆっくりと吸血鬼たちのもとに歩み寄っていく。
この光景に身震いする上役の吸血鬼達。
しかし、一人の男性が怒りに顔を歪めながら、自身の体から虫や獣を生み出していく。
「その手の芸当は貴様だけの能力ではないぞ! たかが、闇に包まれた獣ごときが―――――」
ヒュッという風を切る音と同時に、今の男性が滑空してきた鳥の魔物に連れ去られていった。
運ばれた先で魔物の群れに囲まれて――――――。
「や、やめろぉぉぉおおおおおおおっ!」
抵抗むなしく一方的に喰われていった―――――。
喰われていく様は、あまりに酷いもので・・・・それと似た光景が少し離れた場所でも繰り広げられていた。
「ひ、ひぃっ!」
「く、来るな! 来るなぁぁぁぁ!」
「なぜだ! なぜ力が使えん!? 我らは聖杯によって強化されたはずだ!」
必死に抵抗する吸血鬼達だが、自分達の能力が上手く使えないらしく、恐怖すると共に戸惑っているようだ。
そんな彼らに獣と化したギャスパーは無慈悲に告げる。
《それは、僕がおまえ達が聖杯によって強化された力を停止させているからだ》
―――――っ!
能力を停止!?
そんなことが出来るのか!?
ついに吸血鬼達は足を取られ、全身を闇で絡め取られてしまう。
「くっ! この卑しい『もどき』がぁぁぁぁ!」
「近づくな下賎な生き物がぁぁぁ! わ、私達には高貴な血が・・・・貴様には到底想像もつかない歴史と伝統が―――――」
《――――いいよ、喰らい尽くせ》
吸血鬼が言い終える前に出される合図。
その合図に闇の魔物は上役達に次々に飛びかかり、その肉を引き裂き、食らっていく。
あまりに悲惨な光景にアーシアは目を瞑り、美羽は俺の上着の袖をぎゅっと握ってくる。
能力だとかそういう話じゃない。
眼前で繰り広げられる一方的な殺戮をあのギャスパーがやっているのか・・・・?
俺達が知っているあのギャスパーが・・・・・?
上役の吸血鬼が全て闇の魔物に食われた後、一人残ったマリウスは未だに余裕な表情を浮かべていた。
「素晴らしい。昨今、ハーフの間で異質な力を持つものが生まれていますが、君はその中でも屈指だ。聖杯に匹敵するポテンシャルと見た。どうだろう? 私の研究に協力してくれないだろうか?」
《・・・・ヴァレリーのようにか?》
「怒っているのかな? まぁ、聞きたまえ。そもそも―――――」
その瞬間、ギャスパーが横凪ぎに腕を凪いだ。
高速で放たれたそれにマリウスは反応できず、左腕を吹き飛ばされた。
「おっと・・・・これは凶暴ですね。しかし、この程度、聖杯の力で強化した肉体には―――――」
無意味、と続けたかったのだろう。
だが、マリウスは自身の体の変化に首をかしげる。
―――――左腕が再生されない。
「ん? なぜだ? 腕が再生しない? 聖杯の力が弱まった・・・・わけでもない。ではいったい・・・・」
《・・・・・》
ギャスパーが無言で再び腕を凪ぐ。
マリウスは後ろに飛び退き、回避しようとするが、下から何かの生物の口が現れて右足に噛みつき、それは叶わなかった。
ギャスパーの腕がマリウスの右足を破壊する。
「くっ! 今度は右足か。この程度―――――」
尻餅をつきながら、マリウスは肉体の再生を試みるが―――――やはり右足は再生されない。
聖杯がいくら輝こうとも、左腕も右足も再生を始めない。
―――――ここでマリウスの余裕は完全に無くなった。
「・・・・なぜだ? なぜ再生しない!? 腕も足も! どうして再生しないのだ!? 吸血鬼としての変化も起きない! コウモリに、虫に、獣に、なぜ変化することができない!? あり得ない! 叔父上達はともかく、直接聖杯を持つ私までが能力を停止させられるなど!」
マリウスは喚き、そして驚愕した。
彼の腕と足、それらの傷口が黒い何かに包まれていたからだ。
「・・・・き、傷口が・・・・闇に浸食されている? 闇が私の再生を阻んで・・・・バカな! 君の力は聖杯すら超えるというのか!?」
《どうした? 再生するなら早くしろ。そこをまた僕が消せばいいだけの話だ》
一歩、また一歩。
闇の獣と化したギャスパーがマリウスとの距離を詰めていく。
どうしようもない事態にマリウスは焦りだし、ギャスパーを嗜めようとする。
「ま、待て、落ち着きたまえ・・・・。そうだ! この聖杯でヴァレリーのクローンを作ってあげましょう! 魂もどうにかしてサルベージすればいい! 悪い話ではないだろう? クローンを連れて日本に戻りなさい。それで君は満足のはずです!」
などと言うが・・・・・そんなものはギャスパーの怒りを更に激しくするだけだ。
ギャスパーはドスの利いた低い声を発する。
《・・・・もうしゃべるなよ。ヴァレリーが甦る可能性とおまえが助かる理由は一緒じゃない。―――――おまえはここで死ぬべきだ》
また一歩、ギャスパーは距離を詰める。
マリウスは這いずりなかまら、逃げようとする・・・・が、最後の希望でも見つけたように俺達の方を見て言った。
「リアス・グレモリー! これはあなたの眷属だろう!? なら、止めてくれ! 聖杯は引き渡す! だから―――――」
「・・・・・」
情けなく叫ぶマリウスの言葉にリアスはただ瞑目するだけ。
俺は息を吐きながら、マリウスに告げる。
「散々やってくれたんだ。おまえはヴァレリーの、ギャスパーの心を深く傷つけたんだ。自業自得だろ」
「・・・・・っ!」
ギャスパーがマリウスの眼前に立って真正面から言う。
《おまえだけは、この世に肉片ひとつすら遺すことを許さない。魂まで闇に喰われて死に果てろ》
それがギャスパーがマリウスに放った最後の言葉だった。
同時にそれは完全な死刑宣告。
闇の魔物が一斉にマリウスに群がり―――――
「あ、あ、あああああああああああああっ!」
宣告通り、マリウスを喰らっていった。
肉片ひとつ、魂まで残らないほどに。