トウジさんが兵藤家を訪れたその日の深夜。
今日は珍しくアリスと二人で寝ている。
美羽は依頼の対価として貰った小説を読むとかで、自室に籠っているので今はいない。
………また美羽のコレクションが増えることになったな。
「………イッセー、赤ちゃん……笑ったよ………」
俺を抱き枕にしながら寝言を言うアリス。
俺の赤ちゃん、ね………。
まぁ、俺とアリスは実際に避妊具なしでしたので、その可能性はあり得るわけでして。
アリスの夢の中では男の子なのか女の子なのか。
俺はどっちでも良いかな。
可愛いだろうしね。
それにしても………猫パジャマ姿のアリスは可愛いなぁ!
最初は恥ずかしがってた猫パジャマだけど、なんだかんだ寝心地が良いらしく、今ではアリスの愛用品となっていたり。
白猫の姿で俺に抱きつきながら寝ているアリスの寝顔はどこか幸せそうだ。
頭を撫でてやると更にギュッと抱きついてきて、
「………お弁当………また、作るから………頑張るから………いっぱい………食べて………」
なんてことを言ってくれる!
もうね………嬉しいし、可愛いし、癒される!
アリスのお弁当、楽しみにしてるよ!
いや、また一緒に作るのもアリかもしれないな。
下手でも、ああやって二人で料理を作るのって楽しかったし。
そんなことを思いながらアリスの金色の髪を撫でていると、部屋に入ってくる一つの気配が。
気配がする方を見ると、そこには寝巻き姿のゼノヴィア。
その登場に俺が気づいたことを知ったゼノヴィアは指を立てて、静かにするように促してきた。
(こんな夜更けにどうした? 眠れないのか?)
アリスが起きないように小声で訊く俺。
(いや、そういうわけじゃないんだ。………アリスは寝ているのか?)
(この通り)
俺は熟睡しているアリスを指差す。
穏やかな寝息を立てて幸せそうな寝顔をしている。
(………なるほど、よく寝ているな)
(それで、どうしたんだ? 俺に用があるんだろう?)
俺が訊ねるとゼノヴィアは頷く。
(来てくれ、見せたいものがあるんだ)
(見せたいもの?)
そう言われた俺はアリスを起こさないように細心の注意を払いながら、ベッドから降りる。
俺が離れたとき、少し不安げな寝顔になったので、頬を撫でてやると安心したようにスヤスヤと眠り始めた。
………ほっぺにチューぐらいしたいところだが………。誰かがいる前でするのは流石に恥ずかしいので、ここは我慢した。
戻ってきたらしよう。
部屋を出て、上階にあるゼノヴィアの自室前に辿り着く。
………深夜にゼノヴィアの部屋、か。
あれか?
部屋に入ったらゼノヴィアに押し倒されるとか?
なんとなく思ったことだけど、すごくありそうだよね。
「さぁ、イッセー。開けてくれ」
「俺が?」
自分の部屋なのに俺に開けさせるという、不思議なことを言ってくるゼノヴィア。
俺が聞き返すと、ゼノヴィアはコクリと頷く。
いまいち呑み込めない俺だが、指示された通りにドアノブを回して扉を開く。
すると―――――
そこにあったのはゼノヴィアの部屋ではなく、例の子作り部屋だった!
「おいおい、これって………」
言い終える前に、俺は背中を押されて入室を果たしてしまう!
同時にガチャっという扉が閉まる音!
俺はドアノブを回そうとしたが、なぜか回すことができず、開けることができなかった。
………あのやろ、俺を閉じ込めやがったな。
よーし、後でお仕置きだ。
後でいっぱいいじめてやろう………フッフッフッ。
今から涙目になるゼノヴィアが目に浮かぶぜ。
―――――なんてことを考えてしまう俺はやっぱりSなんだなぁ。
イグニス教育の賜物だ………悲しいことに。
俺ってこんなキャラだったかなぁ………。
まぁ、とりあえず―――――
「ゼノヴィア、後でお仕置きだからな? 覚悟しとけよ?」
『イッセーならいいぞ、うん。いっぱいいじめてくれ』
「………声が嬉しそうなのは気のせいだろうか?」
『き、気のせいだ………。と、とにかく、相手は待っているぞ、イッセー』
………相手は待っている?
怪訝に思って、後方を振り返ると―――――。
「………こんばんは、イッセーくん」
髪を下ろして、ネグリジェ姿のイリナがいた!
もじもじと恥ずかしそうにしながら、イリナはうつむき加減で言った。
「え、えっと………えっとね………」
イリナはどこか緊張した様子で、足下をふらふらさせながらもベッドの端に座る。
「………こっち来て、ちょっとだけ話さない?」
「え………あ、うん」
俺は促されるまま、イリナの隣に座る。
座ったのだが………。
「………」
「………」
無言の俺とイリナ。
話をしようにも何から話せば良いのか………。
まず、どういう意図でゼノヴィアが俺をここに連れ込んだのか。
どういう意味でイリナがここにいるのか。
この二つは明確。
ストレート過ぎて少し困惑するけど………。
………まさか、さっき紹介されたものをこんなにも早く使ってくるとは思わなくて………。
昨日の今日なんてレベルじゃないよね。
横にいるイリナを見ると緊張しているのがハッキリと分かる。
というより、顔に出てる。
しかし、ネグリジェ姿のイリナか………。
普段はパジャマのイリナがネグリジェ。
しかも、透けてる。
今のイリナはノーブラだから、先端まで見えていて………。
うん、やっぱり形の良いおっぱいしてるよね!
戦士だから引き締まっているところは引き締まっていて、それでも出るところしっかり出ていて………。
これは………元気になってしまう!
だけど、今必要なのは会話だ。
流石にこの感じで押し倒すわけにはいかん。
何か話題は―――――。
………そうだ、あれだ。
「子供の頃、クリスマスに約束したこと、思い出したよ」
イリナはそれを耳にして、気恥ずかしさを忘れたかのようにこちらに顔を向けた。
「―――――一緒にサンタクロースを倒して、プレゼントを二人で山分け! だったよな?」
「覚えてくれていたんだ。私だけ覚えてて、イッセーくんは忘れてるのかなって思ってた」
満面の笑みを浮かべるイリナ。
俺が覚えていたことがよほど嬉しかったのか、目元が潤んでる。
俺は苦笑しながら言う。
「いや、忘れてたよ。でも、イリナや皆とクリスマスの準備をしているうちに何となく思い出したんだ」
「そうなんだ。それでも思い出してくれたのは嬉しいわ」
イリナは思い出し笑いをする。
「小さい頃は無邪気というか………無謀なこと、よく閃いたものよね。あの頃はイッセーくんと男の子の遊びや考え方をして楽しんでいたわ」
「町外れの公園の森とか二人でよく遊びに行ったよな。虫とり網持ってさ」
「うん。二人で自転車漕いで遠くまで行ったよね」
「遠くって言っても、隣町とかが限界だったけどな。あの時はガキだったし」
「でも、別世界に行ったみたいで楽しかったよね」
「まぁな。あの頃は本当に二人でよく遊んだ。近所で同い年だったから何をするにも一緒だったような気がするよ」
再開するまでは忘れていたけど、こうして二人で話していると次々思い出が甦ってくる。
二人で駄菓子屋も行ったし、ヒーローごっこもしたし、クリスマスも一緒に過ごした。
無謀なことにも挑戦した。
その結果、母さんに怒られたことも今では懐かしい記憶だ。
すると、イリナは小さく漏らした。
「………今はイッセーくんの方が三つも歳上なんだよね」
「あー………。それは、まぁ………どうしようもないというか。でも、戸籍上はイリナと同い年だからね?」
戸籍上は。
俺だって二十歳で高校生活なんて、泣けてくるんだよね………。
イリナはふっと小さく笑むと天井を見上げる。
「イッセーくんと別れて私は教会の戦士になった。主のために働けることは嬉しかったけど、イッセーくんとは違う世界の人間になっちゃったのかなって、少し寂しい気はしてたんだ」
イリナが教会の戦士としての教育を受けたのは俺と別れてイギリスに渡った後。
イリナが戦士として育成されている時の俺はというと、普通に学校に行って、友達と遊んでって感じだったと思う。
まぁ、それも中三の夏までだけど。
「でも、イッセーくんは私よりも凄いことしていて。まさか異世界に行っていて、そこで勇者って呼ばれていただなんて思いもしなかったわ。正直、悪魔に転生していたことよりビックリよ」
「まぁ………ね」
今でも、なんで自分が異世界に飛ばされたのかって疑問に思うときがある。
これは後悔とか運命を呪うとかそういうことじゃなくて、単純な疑問だ。
あの時、俺が渦に呑み込まれたのはなぜか。
そもそも、なぜ渦が俺の部屋に現れたのか。
偶然なのか、必然なのか。
考えたところで答えなんて出ないんだけど、つい考えてしまう時がある。
「………私がいない間に美羽さんなんて可愛い妹さんが出来てるし。しかも、アリスさんを強引に連れて来ちゃうし」
「強引にはしてないよ!? 一応、合意は得たからね!?」
「あんな風に誘ったら、誰も断れないよ」
………そ、そうなのかな?
イリナは微笑む。
「美羽さんとアリスさん。二人ともすごく良い人だよね。二人ともお姫さまなのに親しみやすくて、私みたいな一般出とも仲良くしてくれるわ」
「あの二人は立場は姫だけど、中身はそうじゃないからな」
俺は苦笑しながらそう答える。
美羽は大人しくて人懐っこいし、アリスは自由奔放のお転婆娘だから。
「私ね、皆から良く訊かれるの」
「何を?」
「イッセーくんの子供の頃のこと」
「あ、そっか。俺の小さい頃の記憶を唯一共有しているのはイリナだけだからな」
美羽もアリスも付き合いは長いけど、俺の小さい頃のことは知らない。
母さんからアルバムを見せられたり、話を聞いたりはしているだろうけど、それ以外のことは知らないはずだ。
イリナは頷く。
「うん。きっと、私だけイッセーくんの子供時代を知っているから、羨ましかったのかなって。それでね、ゼノヴィアやアーシアさん以外の人とも会話が増えたの。皆とも仲良くなれた。お友達になれた。………でもね」
イリナはうつむき、頬をいっそう赤らめた。
「イッセーくんの子供時代のことを話すたび………私のなかでね、『これ以上話したくない』『これだけは私だけの記憶にしたかった』って思ってしまったの」
イリナが身を寄せてくる。
僅かにあった俺達の間を詰めて、俺と身を合わせてきたんだ。
「ああ、そうか、私はいつの間にか―――――」
イリナは俺の手を取ると―――――自身の胸に誘導していく!
五本の指がイリナのもちもちのおっぱいへと埋まっていく!
イリナのもちもちおっぱい!
スベスベにプラスしてのこの感触!
これが天使のおっぱいか!
イリナは目を潤ませて、艶のある表情を見せてくれていた。
いつも天真爛漫なイリナがこんな顔をするなんてな………。
「………こんなことをしても、翼が点滅しないんだね」
イリナが言うように背中の翼は白いままだ!
いつもなら、ここで白黒点滅させているだろうに!
この部屋、マジで天使が子作りしても大丈夫な部屋なのか!
そんな感想を抱いていると、イリナが俺を押し倒してくる!
ベッドに横倒しになった俺にイリナが覆い被さるようにしてきた。
長い栗毛がバサッと俺の顔にかかり、シャンプーの香りが漂ってくる。
切なそうな顔でイリナがつぶやく。
「ここなら、私、イッセーくんとエッチなこと出来ちゃうんだ………」
イリナの顔が徐々に近づいてくる。
俺も吸い寄せられるように顔を近づけていく。
互いの唇が触れようとした―――――。
その時、ガチャっという物音が聞こえてくる。
ちらりと視線を送れば、ドアの隙間から好奇の視線を放つ瞳が複数!
「………イリナ、立派になって………涙すら出てくるぞ………!」
「………本当にイリナさんは………!」
ゼノヴィアとアーシア!
「………この部屋、いかがわしい限りです」
「そう言いながら白音は夢中で見てるにゃ」
小猫ちゃんに黒歌の猫又姉妹!
「………うーん、やっぱりそうなるわよね………」
紅髪の主さま、リアス!
「………やはり、私もそろそろ仕掛けるべきかしら。ですが、イッセーくんに抱かれるならあそこで………うふふ」
朱乃!?
あそこってどこですか!?
「………わ、私は教師としてどうしたら………!?」
「こ、ここは見守るべきだと思いますわ………!」
ロセにレイヴェル!
見守らなくていいからね!?
「堕天使用の部屋も作ってもらおうかしら?」
レイナちゃん!?
これ以上、子作り部屋を増やさないで!
つーか、事務所の『休憩室』堪能してたでしょーが!
「あわあわあわ………こ、こんなお部屋まで天使は造るのですね!」
「イッセー、繁殖中?」
ルフェイとオーフィスまでいるのかよ!
繁殖中とか言わないでくれる!?
「おいおいおいおい! なに覗いてんの!?」
「そうよ! も、もうちょっとだったのにぃぃぃ!」
「「「いえ、お構い無く続けてください」」」
「「続けられるかぁぁぁぁっ!」」
俺とイリナ、幼馴染みによるダブルツッコミが部屋に響く!
俺達は盛大にため息を吐いて、ガックリと肩を落とす。
ああっ………なんてこった。
せっかく良い雰囲気だったのに………。
イリナが苦笑しながら言う。
「ムードが壊れちゃったね………」
「うん、流石にこれは………」
この空気で続けるほど、俺の心は大きくないって………。
いや、俺じゃなくても続けないと思うけど。
『私はいけるわ。どうせなら、この場の全員まとめて相手を―――――』
できるか!
俺を何だと思ってるんだ、この駄女神!
この後、子作り部屋の見学会なんてものが実施されることに。
この時分かったことだが、お風呂場と冷蔵庫が備えられていて、ベッドは回転するようになっていたんだ。
しかも、枕元も七色の照明を放つ仕様。
ミカエルさん………いらぬ技術を投入しすぎです。
▽
ちなみに………。
見学会を終えて、自室に戻ってきた俺だが………部屋に入るなり動きを止めてしまった。
あるもの見てしまったからだ。
俺が見たもの、それは――――――。
「………エヘヘ………」
ニヤケ顔のアリス。
俺がこの部屋を離れる前と同じように熟睡している。
熟睡しているのだが………それはベッドの上ではない。
アリスが寝ているのは―――――床。
白い猫が床の上をコロコロ転がっている。
………こいつ、ベッドから落ちたな。
一体、どんな夢を見てたらここまでコロコロ転がれるのか。
床の上をローリングするアリスは次第に部屋の入り口―――――俺の方に近づいてくる!
マジでどんな夢見てんの!?
今日のアリス、寝相悪すぎだろ!?
あまりの寝相の悪さにため息を吐く俺だが、足に柔らかい感触が。
見れば、転がってきたアリスが俺の足に抱きついていた。
「………イッセーに捕まっちゃった………」
捕まってるの俺なんですけど!?
ガッチリホールドしてるよね!?
「………世話が焼けるなぁ」
俺は足にしがみついているアリスを抱き抱えると、そのままベッドに運ぶのだった。