ヴァルブルガを倒し、クリフォトによる横槍は完全に制圧することに成功した俺達。
残るはモーリスのおっさんとやりあってるヴァルスだけなんだが…………。
ヴァルスはモーリスのおっさんから距離を取ると剣を鞘に納めた。
「紫炎の彼女は倒されてしまいましたか。これで残るは私一人。このままここに残って剣を振るい続けるというのも魅力的ですが…………」
ヴァルスの視線がモーリスのおっさんを捉える。
すると、モーリスのおっさんもヴァルスと同じく二振りの剣を鞘に納めた。
「今日はここまでだ。行きな、兄ちゃん。たとえ敵でもおまえさんのような奴は嫌いじゃねぇ。また機会が巡ってきたらサシでやり合おうや」
「ええ。あなたにそう言っていただけるのは一人の剣士として誇りに思いますよ、剣聖殿。…………それでは、これにて」
ヴァルスは手を正面に翳す。
すると、空間が歪み、魔法陣が展開された。
魔法陣の輝きが強くなり、周囲を照らす。
目を開けた時にはヴァルスの姿は消えていた。
「…………帰ったか。つーか、なんであいつがここに?」
俺の問いに木場が答える。
「えーと…………どうやら、僕達の戦いを観戦しにきたみたいなんだ?」
「は………?」
「彼がここに現れたとき、手にビールの空き缶とおつまみの袋を持ってたからね」
「あいつ、舐めてんのかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺の渾身のツッコミがフィールドに響いた。
▽
ヴァルスがアセムの元へ戻ったことで、今度こそ全てが終わった。
リアス達と戦っていたクーデター組の教会の戦士達は武器を捨てて素直に投降した。
首謀者であるエヴァルド・クリスタルディ、ヴァスコ・ストラーダ、テオドロ・レグレンツィも同様に投降する。
「私達の敗けだ。抵抗はせん」
ストラーダのじいさんは審問を受けるため、専用の魔法陣の方に足を進める。
エヴァルド・クリスタルディとテオドロ・レグレンツィも彼に続く。
ゼノヴィアが倒したヴァルブルガだが、直撃の瞬間、防御魔法陣を展開したようで、ボロボロの状態だったが生きていた。
こちらは気絶している間に捕縛して冥界の専門機関に転送済みだ。
ヴァルブルガを捕縛した時に気づいたことだが、彼女の傍らに紫色の種火を見つけたんだ。
それを見た幾瀬さんは専用のランタンを取り寄せて回収していた。
幾瀬さん曰く、
「この神滅具は通常起こる次代所有者の継承とは別に己の意思で主を渡り歩くことがあるんだよ。話ではこの神器自体に何者かの意思が宿っていて、次々に宿主を変えることが出来るそうなんだ。だから、こうやって回収しておかないと、彼女から離れたとしても、次の主を求めてさまよってしまう」
とのことだ。
アザゼル先生の話を聞いたりしているんだが、神器ってのは本当に様々な種類がある。
能力なんかもそうだけど、あの紫炎のように神器が自ら所有者を選ぶ、そんな神器もあるんだな…………。
何者かの意思が宿ってる…………。
そういえば、曹操の聖槍にも『聖書の神』の意思が宿ってるんだったか。
聖遺物には他にも不思議があるのかもしれないな。
「そっちは上手くいかなかったらしいな」
そう声をかけてきたのはモーリスのおっさんだった。
マントと服を脱いで、上半身裸の状態で汗を拭っている。
鍛え上げられた肉体は相変わらずだ。
ふと見るとおっさんの体に僅かにだが、切り傷がいくつか出来ていた。
それに肩にかけている服にも何ヵ所か裂けている箇所がある。
どれも浅く、よほと傷とは言えないレベルのものだったが…………。
「…………おっさんに傷を負わせていたのか」
「ま、これくらい傷の内にも入らねぇが…………。あの兄ちゃん、強いぜ。俺に剣を届かせた奴なんざ、久方ぶりだ」
そう言うおっさんの表情はえらく楽しげで、強敵の登場に高揚しているようだった。
おっさんも根っからの剣士だからなぁ…………。
敵でも、ヴァルスみたいに正面から挑んできて、なおかつ自分に剣を届かせる実力者は大歓迎なだろうな。
ちなみに、俺はおっさんに手傷を負わせたことは過去に一度たりともない。
まぁ、普通の禁手しか使ってないけどさ…………。
そのおっさんに僅かにでも傷を負わせたヴァルス。
おっさんは言う。
「あの兄ちゃん、後半から動きが一気に変わってきてな。俺の剣に対応してきやがった。次やる時は更に力を上げてくるかもしれねぇな」
「随分楽しそうだな、おっさん」
「そりゃな。おっさんになるとな若い連中と戯れるのが楽しくなるのさ」
…………あれだけの剣戟の応酬が戯れで済むとは到底思えないけど…………。
そんな会話をしていると、ストラーダのじいさんが俺達の横で足を止めた。
「ここを離れる前にやらねばならないことがある」
そう言うとストラーダのじいさんは懐を探り出す。
取り出したのは封筒の束だった。
ストラーダのじいさんはアーシアに声をかけた。
「聖女アーシア。私のことを覚えているだろうか?」
「はい、一度だけごあいさつを」
「うむ、貴殿は本当に敬虔な信徒であり、優しい少女であった。―――――これを受け取りなさい」
封筒を渡すストラーダ。
アーシアは怪訝な表情で受けとる。
「これは…………」
「それは貴殿の力にて治してもらった者達からの感謝の手紙だ」
「―――――っ」
目を開き、言葉を失うアーシア。
アーシアの力で治してもらった者達…………つまり、聖女時代にアーシアが癒したという人達からの手紙ということだろう。
ストラーダのじいさんは続ける。
「貴殿が教会からいなくなった後もその手紙はずっと送られ続けていたのだ。いつか貴殿に渡そうと私が預かっていたのだが………此度、それがようやく叶った」
ストラーダはアーシアの手を取り、優しく微笑んだ。
「…………貴殿が追放される旨を聞いた折、どうにかして隠棲先を探したのだが…………間にあわなんだ。申し訳なかった」
その一言にアーシアは涙を溢れさせた。
肩を震わせ、受け取った封筒をぎゅっと抱き締めた。
ストラーダのじいさんはアーシアの頭を撫でた。
「落ち着いてからでいい、その手紙の主達にぜひ返信してあげてほしい。あるいは訪問してくれてもいいだろう。貴殿の優しさに救われた者は多いのだ。きっと喜ぶだろう。私がその件をすでに手配している。教会に言ってくれれば、いつでも面会は可能だ」
アーシアは声を詰まらせて号泣していた。
アーシアの癒しは、優しさはちゃんと伝わっていたんだ。
この封筒の束がその証拠だ。
アーシアに救われ、感謝している人達がこれほどまでにいる。
それが分かっただけでも俺は嬉しい。
そして、その手紙を預かってくれていたストラーダのじいさん。
間に合わなかったとはいえ、アーシアを救おうとしてくれていた。
やっぱり教会にもアーシアを分かってくれている人がいたんだ。
と、ここにアザゼル先生が姿を現した。
先生は戦闘終了後に何やら動いているようだったが…………。
モーリスのおっさんがアザゼル先生に問う。
「おう、そっちも終わったか」
「まぁな。…………つーか、モーリスよ。おまえさんが、やらかしてくれたお陰で余計な仕事が増えちまったぜ」
苦笑する先生。
先生の言葉にストラーダのじいさんが言う。
「元総督殿。その様子ですと、我らに付いていた背信の徒はあぶり出せたようですな」
「ああ、おかげさまでな」
先生は頷くと俺達に改めて説明をくれる。
「リゼヴィムの野郎がクーデターを扇動していたのは少し話しただろう? で、そうなると、教会内に奴と通じていた裏切り者がいるってことにもなる。今回のクーデターとケンカの一戦でそいつをあぶり出そうとしたのさ。案の定、あのフィールドにヴァルブルガが入ってきただろう? それはつまり裏切り者がフィールドに入る魔法陣を奴らに流したってことだ。俺達はそこまで読んで準備して、裏切り者が誰なのか、特定するまで踊らせていたのさ」
ストラーダのじいさんが続く。
「今回の件でここまで来たのも、その者をあぶり出すためでもある」
「なるほどね。…………それで、アザゼル。モーリスの件はどういうことかしら? 話してくれていても良いじゃない」
リアスが納得しながらも半目で先生に視線を送った。
ま、まぁ、最後まで黙ってたもんね。
俺も伝えてなかったし。
アザゼル先生は頬をポリポリかきながら言う。
「敵を騙すなら味方からってな。モーリスとリーシャについてはある意味こちらの切り札にしたかったのさ。奴らがどんな手札を持っているかは分からんからな。出来るだけ情報を伏せておきたかったのもある」
「…………本当にそれだけ?」
「本音を言えば、おまえらが驚く顔を見たかった」
「アザゼル…………あなたねぇ…………」
額に手を当てて盛大にため息を吐くリアスと苦笑する周囲のメンバー。
その中でただ一人落ち込んでいる者も…………。
「…………まさかフィールドを斬られるなんて…………。術式を見直さないといけませんね…………」
ロセだ。
あのフィールドはあり得ないほどに強固な作りになっていて、ロセの封印と結界術が織り込まれていたそうなのだが…………。
「斬っちまって悪かったな。ま、済んだことは良いじゃねぇの」
モーリスのおっさんはフィールドを真っ二つに斬ったそうなんだよね。
アザゼル先生達が裏で修復したから良かったものの…………。
つーか、このおっさん、全然悪いと思ってねぇ!
リーシャがロセの両肩に手を置いた。
「まぁまぁ。これがモーリスですから。あまり気にしない方が良いですよ? 少し前なんて、空と海を斬ってしまって大騒ぎを起こした程ですから」
「あの時はうちの若い連中が苦労してたっけな。いやー、やっちまったな!」
「「「「…………」」」」
口を開けて唖然とするオカ研メンバー&生徒会メンバー。
何となくだけど…………ごめんなさい。
うちのチートおじさんが滅茶苦茶でごめんなさい。
ストラーダのじいさんが再び懐を探り、一つの小瓶を取り出した。
「元総督殿。此度の騒動の代価の一つとしてあなたにお渡ししたいものがあります」
小瓶を受けとる先生。
その小瓶の中には陶器の欠片らしきものが入っていた。
それを見た先生は目を見開く程に驚き、唸った。
「こいつは…………本物の聖杯の欠片か」
『―――――っ!?』
先生の言葉に『D×D』メンバー全員が驚いた!
本物の聖杯の欠片!?
それってかなり貴重品なんじゃないのか!?
いくら今回の騒動の代価としても…………それって良いのかよ!?
先生が確認するようにストラーダに問う。
「そういうことなんだな、ストラーダ?」
「ええ」
ストラーダは頷く。
…………何かあるのか?
教会にとって貴重であるはずの物をこちらに渡す、それによるメリットが。
俺にはまだ分からないが…………。
ストラーダの視線がリアスと木場に移る。
「リアス・グレモリーの『騎士』よ。―――――イザイヤ。施設にいたときにはそう呼ばれていたと聞く」
「―――――っ! なぜ、その名前を?」
驚く木場。
イザイヤ…………それが教会の施設にいたときの木場の名前。
俺達にも教えてくれたことはなかったんだが…………。
「繰り返された実験の中で帰って来なかった子が何人もいたと聞く。だが、一名だけ例外がいたのだ。トスカという名に覚えがないだろうか?」
「…………トスカ…………。まさか…………っ!」
トスカという名前を口にした木場は目を見開き、何度も頷いた。
ストラーダが配下の者に視線を配る。
すると、戦士の一団の中から一人の少女が姿を現した。
白い髪をお下げにした、歳は十二、三歳くらい子だ。
彼女は木場を見るなり、口元を押さえた。
「…………イザイヤ?」
「…………そ、そんな…………! 本当に、トスカ…………なのかい?」
「…………うん」
言葉もない木場。
そんな木場にストラーダは語る。
「彼女は強固な結界術型の神器を持っていたのだ。実験の中でそれが発現し、バルパー達も手が出せなくなった。所有者である彼女が仮死状態になっても結界が解かれることはなく、研究員達も仕方なく施設の隠し部屋の奥深くに置いておくしかなかったそうだ。彼女を見つけた我々も結界を解くことは叶わなかった」
ストラーダはしかし、と続けた。
「同盟の折、堕天使側から提供された技術により、ようやく解くことが出来たのだ。結界内で仮死状態だったゆえ、成長は止まっており、衰弱も見られた。そのため、この国に連れてくるには時間を要したのだ」
ストラーダのじいさんの言葉に耳を傾けながらも、木場はゆっくりと少女に歩み寄った。
彼女もまた木場へと近づいていく。
トスカと呼ばれた少女は木場の頬を撫でた。
「イザイヤ、こんなに大きくなっちゃったんだね。…………私はあの頃のままなのに」
「…………いいんだ。いいんだよ………」
二人は再会の抱擁を交わす―――――。
「イザイヤが生きていてくれて、良かった」
「…………っ! そうか…………そうだった…………。君も、君達も、僕も…………それが全てだったんだ…………っ! 生きることが!」
木場は涙を流しながら、強く、強く彼女を抱き締めた。
復讐なんて願っていない。
それは俺達もそうだし、彼女も…………おまえに託した他の皆もそうだ。
木場、おまえも心の中では分かってたんじゃないか?
おまえの剣が何よりの証拠だろ?
ストラーダのじいさんが二人を優しい瞳で見守りながら言う。
「彼女を連れていきなさい。教会にいては何かと利用する者が出るやもしれん。何より、彼女もそれを望んでいよう」
「ストラーダ猊下…………僕は…………」
木場が何かを言おうとするが、ストラーダは首を横に振る。
「決して私を許すな。許せば貴殿の斬れ味は鈍る。聖と魔の狭間こそが貴殿の力の根源となろう」
ストラーダは次にゼノヴィアへと視線を向け、彼女の頭をその大きな手でわしゃわしゃと撫でた。
「戦士ゼノヴィアよ。赤龍帝ボーイと共に戦った姿はまことに優雅であったぞ。恋せよ、乙女ゼノヴィア。デュランダルは愛にこそ寛容なのだ」
「―――――はい」
ゼノヴィアはただ一言だけそう返す。
たた一言だけど、その中にはゼノヴィアの誇りや想いが全て籠められているような気がした。
このじいさんは最初からアーシアへの手紙も、木場の同士のことも全てを用意してから戦いに臨んだ。
戦士達の想いをぶつける機会を設けると同時にアーシアと木場も救っていった。
…………なんて、じいさんだよ。
ふいにストラーダのじいさんと目があった。
じいさんはただ笑みを浮かべるだけだが、俺も自然と笑みを浮かべて頷きを返した。
モーリスのおっさんが息を吐く。
「やれやれ…………とんだじいさんがいたもんだ」
「ふふふ、それはこちらの台詞ですな、異世界の剣士殿。貴殿の言葉、この老体にも染みましたぞ」
「そうかい。ま、俺が一つだけ言いたいことがあるとすれば…………じいさんよ、あまり死に急ぐもんじゃねぇぜ? 今回の件、俺ぁ、アザゼル達の話を聞いたに過ぎん。こっちの事情もそこまで分かってねぇ。…………だがな」
モーリスのおっさんの目は教会の戦士達、ストラーダの弟子達に向けられた。
「じいさんが死んで悲しむ奴がいる、泣く奴がいる。だったら、あんたは死ぬべきじゃねぇよ。あんたがこれからしなきゃいけないのはあいつらの行く末を見守ることだろう? それが俺達、こいつら若者の先を生きる者がすべきことじゃねぇかい?」
おっさんはそう言うと俺の頭をポンポンと叩いた。
その感触はいつだったか…………昔もこうしておっさんに頭を撫でられたことがあった。
その大きな手で。
「死ぬなら天寿全うして、弟子に見送られながら笑顔で死んでやろうぜ。それが弟子孝行ってな」
そう言うとおっさんはニッと笑んだ。
ストラーダのじいさんもしわくちゃの顔に笑みを浮かべて返す。
ストラーダのじいさんは審問を受けるために転移魔法陣の方へ足を進めていく。
じいさんが乗ると、魔法陣の輝きが増し、転移の光が強くなる。
転移の瞬間――――――じいさんは笑みと共に右の拳を天高く上げた。
ヴァスコ・ストラーダ―――――教会の戦士達の父。
その男はあまりに大きな存在だった。
「へっくちょい!」
「おっさん、そろそろ上着ろよ。風邪ひくぞ? 俺はまだあんたを見送る気はないからね?」
「バカ野郎、俺もまだまだ見送られる気はねぇよ」