翌朝…………といってもまだ三時なので、まだ夜か。
イグニスに襲われた俺だったが、悲鳴を聞いて駆けつけてくれた美羽達の手により、なんとか救い出された。
女体化していたことにより、少々問題が…………というか、朱乃やレイナがイグニスに便乗しようとしてえらいことになる直前までいった。
止めてくれたのは主に美羽とリアス、アーシア、それからロセ。
この四人の手によって、俺の処女は奪われずに済んだ。
この時、俺は後で四人を全力で甘えさせると心に誓った。
まぁ、そんなことがあった後、昨日は美羽と二人で寝ることになったんだが…………。
美羽の寝顔を見ると昨日の母さん達の会話を思い出して、内から何かが込み上げてくる。
母さん達が俺をどんな気持ちで産んでくれたのか。
どんな気持ちで育ててくれたのか。
そして、どんな気持ちで俺の帰りを待ってくれていたのか。
感謝と同時に日頃から心配をかけている申し訳なさもある。
でも、イグニスが言った通りで、俺が父さん、母さんに笑顔を見せることが親孝行になるというのなら、これからもそれを続けていきたい。
立場上、これからも危険な場所に赴くことがあるだろう。
それでも、何事もなかったように二人の元へ帰りたい。
改めてそう思えた。
それからもう一つ。
美羽達を改めて『娘』と言ってくれたことが自分のことのように嬉しかった。
父さんも母さんも娘には甘々だ。
美羽のことも家に来てからは実の娘のように可愛がってる。
アーシアも、リアスも、他の皆も。
それは俺も分かってた。
でも、昨日の感動は一晩経った今でも消えていない。
ずっと心の中にあるんだ。
目が覚めた俺は隣でぐっすり眠っている美羽の黒髪をそっと撫でた。
相変わらずツヤツヤしてて綺麗な黒髪だ。
何より寝顔が可愛い。
朝、こうして寝顔を見ることは俺の癒しとなっている。
しばらく撫でていると、美羽がゆっくりと目を開けた。
「んっ………お兄ちゃん………?」
「あ、わりぃ。起こしちゃったか」
「ううん………。ボクは良いけど…………まだ三時だよ? 起きるの早くない?」
「あー………。まぁ、そうなんだけどね………。なんていうか、あまり眠れなかったというか………」
「それって………昨日のことで?」
「………うん」
俺が頷くと、美羽は上体を起こして俺と向かい合った。
そして、なんとも嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「………ボクもね、お母さんに『娘』って言われて嬉しかった。分かってた…………お母さんもお父さんも血の繋がりのないボクを家族として見てくれている。でも、改めてああ言われると………すごく嬉しかったんだ」
「俺もだよ。母さん達の想いを改めて知ることができた。それだけで胸が一杯になった。実は………イグニスにイタズラされそうになる前にさ、俺、一人で泣いてたんだわ」
「え………?」
聞き返す美羽。
恥ずかしくなった俺は頬をかきながら小さな声で言った。
「男が一人、部屋で泣くなんてさ。恥ずかしいけど、それでも涙が止まらなくて………もちろん嬉し泣きなんだろうけど………」
「変じゃないよ? ボクだって泣いたもん」
美羽は可愛く首を横に振りながらそう言ってくれた。
「親って大きいよね。普段は口にしないけど、ずっとボク達のことを見てくれてる」
「だよな。………俺さ、今まで色々なこと経験してきて、昔に比べたら成長したとは思ってたんだ。だけど、昨日わかったよ。俺はまだまだなんだなって。たくさん修業して強くなって、色々なものを見てきて、複雑な考えも出来るようになって…………。それでも、まだまだ子供なんだよな…………」
そう、俺はまだまだ子供なんだ。
どれだけ図体がでかくなろうと、どれだけ力が強くなろうと、どれだけ頭が切れるようになっても、親からすれば俺は子供なんだ。
俺はベッドの上で大の字になった。
見上げた先にあるのはこの大きなベッドに取り付けられている天蓋。
ベッドに残った熱とサラサラしたシーツの感触が心地いい。
俺は天蓋を見つめながら呟いた。
「今のままじゃ、父さんや母さんに追い付けないんだろうな。もし、俺達が追い付けるとしたら、その時は―――――」
「ボク達が親になった時、だね?」
美羽が言葉の続きを言う。
俺は一つだけ頷いた。
「多分、きっとな。………俺達が親になる、その時が来たら、初めて今の父さん達の気持ちが分かると思う。子を持つ親の気持ちってやつが」
「そこで追い付いているかは分からないけどね? うちの両親は偉大すぎるもん」
「だな」
あはは、うふふと俺達兄妹は苦笑を漏らす。
美羽は俺とぴったりくっつくように横になった。
俺の腕を枕にして、体を寄せてくる。
そして、満面の笑顔で言った。
「ボク、この家の娘になれて良かった。イッセーの妹で、お父さん、お母さんの娘で。………でもね、昨日のお母さんの話を聞いてたら、ちょっと欲が出てきちゃった」
「欲?」
俺が聞き返すと、美羽は―――――。
「お兄ちゃんのお嫁さんになって、赤ちゃんを産む! そして、お母さん達にボク達が幸せになっているところを見せる! まぁ、前から口にしてるから今更な感じはするかもしれないけどね。でも、今よりももっと幸せになって、ボク達の笑顔をお母さん達に見せてあげたいなって」
「………そっか。そうだよな」
うちの親にしかり、イリナのお父さんにしかり、バラキエルさんにしかり。
なんだか、色々な人から孫をせがまれてるけど、今ならなんとなくだけど、その気持ちが分かる気がする。
俺は美羽の手を握った。
「俺も美羽と同じだよ。でさ………俺も少しだけいいかな? これも今更って思われるかもしれないけど。というか、何度か似たようなこと言っちゃってるけど…………」
「なに?」
見つめ合う俺と美羽。
俺は徐々に顔を近づけながら言った。
「美羽…………結婚しよう。俺、美羽が好きだ。大好きだ」
「…………! うんっ!」
美羽は目元を潤ませて笑顔で頷いてくれた。
俺も美羽も、たくさん親孝行したい。
そして、それは俺達が幸せになったところを見せることなんだと思う。
美羽は目元を拭いながら苦笑する。
「もうっ、お兄ちゃんったら、ちょっと不意打ちだよ」
「そ、そうかな? 前から似たようなこと言ってると思うけど…………」
「こうして面と向かって、改めて言われると嬉しいものなの。特に大好きな人から言われるとね。あ、それ、リアスさん達にもしてあげてね? ボクだけじゃ、不公平だし。皆もお兄ちゃんのこと大好きなんだから」
「あはは………。そのつもりだよ。というか、皆からされてばっかりじゃ………男として格好つかないだろう? 改めて俺からも…………ね?」
少し照れながら言う俺に美羽は微笑みを浮かべていた。
▽
朝食を済ませた後のこと。
俺はアーシアとある場所を訪れていた。
駒王町の地下にある広大な空間。
ドーム状に広がる空洞は厳重に結界が敷かれており、その中央には大きな丸い物体―――――ドラゴンの卵が置かれてある。
この卵は以前、タンニーンのおっさんから任された希少種のドラゴン『
おっさん曰く、冥界の空気は卵に悪いらしく、空気の綺麗な人間界に置くことにしたらしい。
そして、他の場所よりも厳重な警備がされているこの町を選択したそうだ。
この卵は駒王町にいる『D×D』メンバーで順に様子を見に来ていた。
今日は俺とアーシアの番なのだが…………。
実は俺達以外にも卵を見に来ている者がいる。
「おまえが卵の面倒を見るなんてな」
俺の目の前には大きな卵を抱き抱えるオーフィスの姿。
「我、子育てしたことない。興味津々」
実を言うと、オーフィスは毎日ここに通いつめている。
どうにも「卵」「孵化」「ドラゴン」というキーワードが重なり、興味をひかれているそうだ。
長く生きてきたオーフィスも卵からドラゴンが生まれる瞬間というのは見たことがなかったらしい。
「ひっひっふー」
誰だオーフィスにラマーズ法なんて教えたやつは………。
それ、すでに生まれた卵にするのは違うと思うんだが…………。
「…………」
実はこの空間にはもう一人、来訪者がいた。
少し離れた位置で座り込み、オーフィスにジーっと視線を送り続ける黒いコートの男。
クロウ・クルワッハもここにいるのだ。
オーフィスがここに訪れていることを知った奴は、何度かオーフィスの行動を観察するために足を運んでいるそうだ。
………端から見てると幼女をじっと見ている感じで、一般人が見たら通報されそうな絵面だけど。
タンニーンのおっさん経由での来訪なので、ここに来ることは特に問題とされていない。
一度は敵対した存在だったが、何度か話して分かったことがある。
この邪龍はどこまでもドラゴンなんだ。
グレンデルとは違う、ただただ自由に生きている。
そして、ドラゴンという種がどこへ向かっているのかを探求しているだけなんだよな。
良く分からんところもあるけど…………。
すると、アーシアがクロウ・クルワッハの方に歩み寄って行く。
「あ、あの、これ、良かったら食べてください」
アーシアが手提げ袋から取り出したのは一房のバナナ。
それはいつもオーフィスがおやつで持ち歩いていたやつだ。
時折、ファーブニルや邪龍四兄弟にも与えているようだが…………。
アーシアの中では「ドラゴン=バナナ」という謎の方程式が出来上がっているのだろうか…………?
…………いや、他にもいたか。
家に居候している、あの食いしん坊英雄。
あいつもオーフィスと並んでバナナ食ってたな…………。
「バナナといいます。おいしいですよ?」
「…………」
微笑むアーシアと無言でバナナを受けとるクロウ・クルワッハ。
クロウ・クルワッハは少々困った表情をしているが…………。
バナナを渡すと、アーシアは一礼してこちらに戻ってくる。
アーシアが言う。
「私もたまにオーフィスさんとここに様子を見に来ていたんです」
アーシアはオーフィスと仲良しだ。
天界に言った時にもその話題になったが、アーシアのドラゴン使いとしての才能は世界に広がりつつある。
龍王と契約をし、邪龍すらも手懐けてしまうほど。
過去に邪龍を従えたのは悪神や邪神の類いだけとのことだから、アーシアのドラゴン使いとしての才能は神クラスなのかもしれない。
アーシア本人はただ友達になったという感覚なのだろうけど。
いや、そのアーシアの純粋さこそ、ドラゴンが惹かれている要因かもね。
と、ドラゴンのことで一つ気がかりなことがあった。
「…………ファーブニルの様子はどうだ?」
天界での一戦でアーシアを庇い傷つき、そのアーシアのために猛烈な攻撃を仕掛けた龍王。
あいつは龍の逆鱗を俺に見せてくれた。
しかし、リゼヴィムの攻撃を受け続けた結果、ファーブニルは重症を負い、眠り続けることに。
アーシアの治療のおかげで、傷自体は治ったが…………。
アーシアは悲哀に満ちた表情で首を横に振った。
…………相変わらず反応はなし、か。
アーシアの召喚に応じないのは体力と意識が戻っておらず、応じられないのではないかと皆は言っている。
あれほどの傷だし、それも考えられるけど…………。
ふいにオーフィスが言葉を発する。
「心配無用。ファーブニルは戦っている」
「奴も龍王だ。引くようなタマではあるまい」
と、クロウ・クルワッハも真剣な顔つきでそう続けた。
…………バナナを持ったままで。
俺とアーシアはドラゴン二体が言っていることに皆目見当もつかず、顔を合わせて頭に疑問符を浮かべてしまっていた。
ファーブニルは戦っている…………?
今の状態で?
何と、どこで?
あいつが牙を剥くとすれば、アーシアを傷つけたリゼヴィムだが…………今の状態で奴に仕掛けているとは思えない。
そこまでの体力はないはずだしな。
そんなことを考えていると、時間は正午になっていた。
俺はオーフィスに言う。
「そろそろ昼飯だな。オーフィス、おまえはどうする? 今日の昼はスパゲティーらしいぞ」
名残惜しそうに卵をひとなでした後、オーフィスはこちらに小走りしてくる。
「我、ご飯は逃さない」
やれやれ、食い意地の張った龍神さまなことで…………。
まぁ、そこが可愛いところでもあるんだけどね。
流石は我が家のマスコット。
俺はオーフィスを肩車してっと…………。
「こうしてると本当に子供だよな」
「我、ここ好き」
ほほう、龍神さまは気に入りましたか、肩車。
今まで何度かしてきたが、そのせいか膝の上以外にも肩車を望むようになったんだよね。
さて、俺達は引き上げるとして、もう一人の邪龍さまはどうしたものかと思い、そちらを向くと…………。
「あいつ、いつの間に帰ったんだよ…………?」
クロウ・クルワッハの姿はそこにはなかった。
オーフィスが帰ると分かれば、即引き上げですか…………。
「帰るか、アーシア」
「はい」
俺達はその場を後にした。
ちなみに、クロウ・クルワッハはバナナもちゃんとお持ち帰りしたようだ。
今回は平和な回でしたー。