ハイスクールD×D 異世界帰りの赤龍帝   作:ヴァルナル

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11話 英雄となった少女

[三人称 side]

 

 

チーム『D×D』のメンバーが魔王アジュカ・ベルゼブブからライザーの身におきた事態について、レーティングゲームの闇について聞かされている時のこと。

オーフィスが襲撃を受ける少し前のことだ。

 

一誠の父と母は二人で外に出掛けていた。

二人で釣りをするため、駒王町の外に出ていたのだ。

 

釣竿をセットし、釣糸を垂らす二人。

本来なら、父と息子の水入らずで釣りをしたかったのだが………。

 

「たまには夫婦水入らずも良いだろう」

 

ふぅと息を吐く一誠の父。

慣れた手つきで魚をおびき寄せる餌を蒔いていく。

 

「イッセーも色々と忙しいのよ。何て言っても我が家の出世頭よ? 息子に抜かれたわね」

 

「ここまで遠く突き放されるとな。我が息子ながら中々やる」

 

冗談っぽく息子について語り合う。

 

地位的には一誠は自分よりも遥かに上になっただろう。

 

上級悪魔――――――。

眷属を従え、自身の領地を持つ。

加えて冥界の下級、中級悪魔とは比べ物にならない権限がある。

 

一誠の父からすれば、企業の社長という感覚だ。

 

波に揺れる釣糸を眺めながら呟く。

 

「上級悪魔、か………。今は慣れてしまったけど、冗談みたいだよな。ファンタジー過ぎるぞ」

 

「初めて聞かされた時…………というか、イッセーが美羽を連れてきた時も頭の整理がつかなかったわよ。一晩たったら、いきなり大きくなってるわ、女の子連れてきてるわで」

 

一誠が異世界から帰ってきた日。

不思議なことに向こうでの三年はこちらでは一瞬。

その原理はまだ解き明かされていない。

 

そのため、夫婦からすれば目を疑う事態だったのは間違いない。

 

息子が家族を連れてきてから三年の月日が流れた。

 

「悪魔とか堕天使とか話を聞くだけなら、ファンタジーだけど、実際に触れあってるとそうでもない。あの子達は普通の女の子とそう変わらない。―――――俺達の娘だ。………そういえば、昔のこと話したんだったな」

 

その言葉に母は頷く。

 

「あの子達もいつかは親になる。そのためには知っておいた方が良いと思ったのよ。ふふふ、知ってる?」

 

「なにを?」

 

「イッセーったら、美羽にプロポーズしたんですって。まぁ、今更かもしれないけど、すっごく喜んでたわ」

 

「ははは、こりゃ、結婚式も近いのかね?」

 

息子達の将来の姿を思い描きながら、夫婦は談笑する。

 

このまま穏やかな時が流れてほしい。

帰ったらいつものように息子達を待っていよう。

そんな想いでいた。

 

 

その時だった―――――。

 

 

「…………?」

 

突然、周囲の空気が変わった。

 

人間である二人に気配を読んだり、オーラを探る力はない。

当然、その手の訓練をすれば身に付くだろうが、今のふたりはただの人間なのだ。

 

そのただの人間でも感じとることが出来るこの違和感。

 

「なに、この臭い…………」

 

異臭を感じた一誠の母は鼻を抑えた。

 

明らかにおかしい。

何が起きたのか、周囲を確認すると…………。

 

それはいた。

 

《グヘヘヘ、おめがドライグのおっとうとおっかあだな?》

 

黒い鱗と黄土色の蛇の腹。

細長い蛇の形状をした怪物。

巨大な四肢に翼が四つ。

 

大きく開かれた口からはよだれのようなものが延々垂れ流れている。

巨大な手には何かを握っているようだが、暗闇ではっきりと確認できない。

 

怪物の名はニーズヘッグ。

北欧に生息していた伝説の邪龍。

 

「ひっ………ば、化け物…………!」

 

ニーズヘッグの巨体に、その醜悪な姿に夫婦は後ずさった。

 

異形の存在と交流があるとはいえ、二人が出会ってきたのはリアス達のような者達。

人型でなくとも、触れてきたのはファーブニルのような比較的大人しい存在だ。

 

しかし、目の前の邪龍は違う。

明らかに自分達に害を成そうとしている。

自分達に害意、敵意を向けてくるような異形は夫婦にとって初めてだったのだ。

 

ニーズヘッグは醜悪な笑みと共に言う。

 

《ルシファーの息子がよ? おめらを捕まえたらオーフィスは何も出来なくなるって言うからよ? 捕まえにきたんだぁ》

 

「「…………!」」

 

自分達を捕まえにきた。

そして、同居しているオーフィスの名。

 

全てを理解できたわけではないが、本能で察知した。

 

 

―――――自分達を人質にするつもりなのだと。

 

 

一誠からは現状を聞かされていた。

そのため、ある程度の状況は理解できる。

 

ニーズヘッグは手に握っていた何かを放り投げた。

 

それは―――――血塗れの堕天使。

夫婦の護衛にと、アザゼルが手配した者だった。

しかし、その護衛も既に息絶えている。

 

それを確認した瞬間、強烈な恐怖が襲い掛かってくる。

 

「ぁぁ………ぁぁ………っ!」

 

恐怖のあまり、声が出ない。

逃げなければいけないのに、脚が動いてくれない。

 

一誠の母が恐怖に膝を着こうとした時、一誠の父はその手を掴んだ。

 

「に、逃げるぞ! 立つんだ!」

 

「ぁぁ、脚が………!」

 

「ちぃ! 俺がおぶる! とにかく逃げるんだ! ここで掴まればイッセーの足を引張ってしまうだろ!」

 

自身の認識の甘さを恨んだ。

なぜ、釣りなんかに来てしまったのか。

自身達が狙われることを考えなかったのか。

 

後悔したところで、もう遅い。

 

だから、今はただ逃げることを選んだ。

目の前の怪物から。

連れ合いと共に。

 

一誠の父は脚が動かない母を背負うと、走った。

とにかく全速力で、隠れるところを探しながら。

 

しかし、相手は伝説の邪龍。

 

ただの人間が逃げ切れる訳がない。

 

《グヘ、グヘヘヘ。逃がさねぇぞぉぉぉっ》

 

巨体とは思えない俊敏な動きでニーズヘッグは夫婦の先の回り込む。

ニーズヘッグが手を伸ばせば余裕で届く距離に夫婦はいた。

 

―――――絶望が夫婦を襲う。

 

このまま掴まってしまうのか。

息子達の足を引っ張ってしまうのか。

自分達が掴まることで、息子達が傷つくのなら、いっそのこと―――――。

 

そこまで思考が及んだ、その時。

 

ヒュンッと風を切る音が聞こえた。

次の瞬間、夫婦の目の前に一振りの剣が突き刺さる。

 

そして、その剣は夫婦を囲むようにドーム状の障壁を展開。

ニーズヘッグの手を阻んだ。

 

予想外の事態にニーズヘッグも首を傾げる。

 

ふいに声が聞こえてくる。

 

「させん」

 

女性の声だった。

 

ニーズヘッグがその声に振り向いた瞬間――――――鋭い斬戟がニーズヘッグを襲う。

 

横凪ぎに飛んできた一撃は硬い鱗を切り裂き、ニーズヘッグの顔に一文字を刻み込んだ。

 

《な、なんだぁっ!?》

 

ニーズヘッグは咄嗟に後ろに飛び、敵を確認する。

 

すると――――――。

 

「その方々に手は出させない」

 

紫色の髪を後ろで束ねた女性。

その手には一本の槍と一振りの剣。

 

女性の姿に一誠の父は声を漏らす。

 

「ディルムッド…………さん?」

 

「遅くなり、申し訳ありません。嫌な予感がしたので来てみれば…………どうやら、当たったようで。マスターの父上殿、母上殿。その剣から離れないようにしてください」

 

―――――ベガルタ。

 

ディルムッドが持つもう一振りの剣。

一定の範囲に結界を張り、盾となる。

 

ニーズヘッグを阻んだのはこの剣の能力だ。

 

ディルムッドは夫婦の側に立つとニーズヘッグを睨む。

 

「『外法の死龍(アビス・レイジ・ドラゴン)』ニーズヘッグ。リゼヴィム・リヴァン・ルシファーの手駒か。命が惜しくば退くことだ。この方々に指一本触れさせはせん」

 

《あぁっ? なんだ、おめ。そいつらの娘か?》

 

「…………娘………か。私には贅沢な言葉だ」

 

自嘲気味に笑むディルムッド。

 

ニーズヘッグが指を鳴らす。

すると、周囲にいくつもの魔法陣が展開される。

その数は三十といったところだ。

 

そこから現れたのは量産型の邪龍。

しかし、ただの量産型ではない。

 

《グヘヘヘ、量産型のグレンデルだとよぉ。ルシファーの息子には出来るだけ使うなって言われたけどよ、おめさ相手するなら、これくらいいいよなぁ?》

 

一人に対して敵は三十を越える邪龍。

 

よりにもよって、グレンデルの量産型。

本物程でないにしろ、その防御力の高さは凄まじい。

リアスのように滅びの魔力を練れるのであれば楽だろうが、ディルムッドとは相性が悪い。

 

一誠の父が叫ぶ。

 

「だ、ダメだ! 俺達のことは良い! あなたも逃げてくれ!」

 

若い、美羽達よりも年下の女の子が自分達のために危険に身を晒す。

子を持つ親としては我慢ならないことだった。

 

しかし―――――。

 

「あなた達に何かあればマスターが悲しみます。あの笑顔を曇らせるわけにはいかない」

 

ディルムッドはそれだけ告げて、駆け出した。

槍と剣を握り、邪龍の群れの中へ――――――。

 

 

 

 

少女はイギリスのとある田舎で生を受けた。

父と母、姉の四人家族。

 

一家は代々人里離れた山奥で生活していたため、他の者達と交流は少なかったが、それ以外はどこにでもある普通の家庭だった。

 

優しい父に優しい母、そして優しい姉。

今は滅多に笑うことがない少女だが、この頃はよく笑う普通の少女だった。

 

少女が慕っていたのが三つ歳が上の姉。

困ったときは助けてくれる、落ち込んでいるときは励ましてくれる。

そんな優しい姉が好きで、いつも後ろをついて回っているほど。

 

平和な日々。

 

しかし――――――ある日、その平和は脆くも崩れ去った。

 

はぐれ悪魔が家を襲ったのだ。

 

狙いはその一族が持つ秘宝。

ケルトの英雄、ディルムッド・オディナが使っていた魔槍と魔剣。

 

はぐれ悪魔は家に押し入ると母を殺し、父を殺した。

 

姉は少女をとある部屋に隠し、魔剣ベガルタによる結界で少女を覆った。

 

そして、囮になるべく、少女をその部屋に隠しはぐれ悪魔の前に出た。

 

本来、二本の魔槍と二振りの魔剣は姉が受け継ぐはずだった。

だが、この時の姉はまだ完全に使いこなせているわけではなく、唯一使えるのがベガルタ。

そのベガルタは少女を守るために使ってしまい、武器は持っていたとはいえ、はぐれ悪魔にとっては丸腰も同然。

 

―――――姉は抵抗虚しく父母同様に殺されてしまう。

 

屋敷のどこを探しても秘宝を見つけられなかったはぐれ悪魔はその場を去る。

 

はぐれ悪魔が去ったことを知った妹は部屋を出た。

そこに広がっていたのは無惨な姿にされた肉親。

 

親は既に息絶えて、姉は辛うじて息があったが、手遅れなのは明らか。

 

姉は最後の力を振り絞って、少女に託した。

自分が受け継ぐはずのものを。

 

 

『それがあなたを守ってくれるわ。生きて、生きて、生き延びなさい。私の分まで。そうすればきっと―――――』

 

 

それが姉の最後の言葉だった。

 

泣いている暇など少女にはなかった。

槍と剣の存在を知ったはぐれ悪魔が再び襲ってきたのだ。

 

少女は逃げて、逃げて、必死で逃げた。

頼れるものは自分と姉から託されたこの槍と剣のみ。

姉の最後の言葉を守るためにはどうすれば良いか。

 

逃げた末にたどり着いた答えが――――――強くなることだった。

 

感情を捨て、害成す者を斬り伏せる。

 

他にも道はあったのかもしれない。

だが、それまでに闇を見すぎた。

はぐれ悪魔もそうだが、自分を利用しようとする人間、その他異形の存在。

 

少女は生きるために非情になった。

 

英雄派に声をかけられたのはそんな時だった。

 

異形に対して牙を剥く者達の集まり。

そこに勧誘されたのだ。

 

特に行く宛もなかった少女は誘いに乗った。

しかし、英雄派が行うテロ活動に手を貸す気はなかった。

 

それは英雄派のやり方が気に食わなかったのもあるが、それ以上に人間も異形と同様に裏の顔を持つことを知っていたからかもしれない。

 

月日が流れ、英雄派は瓦解。

 

少女は再び流浪に出ることに。

その矢先に出会ったのが――――――歴代最高の赤龍帝と称される男とその妹だった。

 

 

 

 

「私に…………まとわりつくな!」

 

ディルムッドは槍を振り回しながら、過去のことを思い出していた。

 

なぜ、自分はここにいるのか。

なぜ、血の繋がらない者のために戦っているのか。

 

どうみても分が悪い。

一人ならなんとか出来ただろうが、今は守りながらの戦闘。

結界で二人を保護しているとはいえ、やはり負担が大きい。

 

それなのに、どうして――――――。

 

ディルムッドは邪龍の攻撃を捌きながらふいにそちらへと視線を向ける。

結界の中で自分を心配する夫婦。

 

なぜ、この者達のためにここに来たのか。

 

 

―――――よかったら家、来る?

 

 

―――――へぇ、ボクより年下なんだね。

 

 

―――――ディルさんって呼んでいい?

 

 

―――――ディルさんディルさん、今日の晩御飯は何が良いかな?

 

 

脳裏に黒髪の少女が浮かび上がった。

いつも笑顔で語りかけてくる少女。

彼女といると不思議と心が安らいだ。

 

それが不思議だった。

 

でも、日々を過ごしていくうちにその理由がようやく分かってきた気がする。

 

姉と似ていたのだ。

顔も似ていないし、声も違う。

しかも、自分よりも幼く見える。

 

――――――彼女の優しい笑顔は姉とそっくりだった。

裏のない、心からの笑顔。

それに牽かれたのかもしれない。

 

「くっ………っ!」

 

ディルムッドは一体の邪龍を仕留めると、大きく後ろに跳んだ。

 

戦闘開始から十分。

着ている服は破れ、白い手足には赤い血が流れている。

こちらの攻撃は通りにくい上に、守りながらの戦い。

流石のディルムッドでも無傷というわけにはいかなかった。

 

最悪なことに、一体減ると新たに魔法陣が展開されて新たに邪龍が送られてくる。

どうやら、大規模に呼ぶと三大勢力に属する者に感づかれると考えているようだ。

 

一度に数百という数を相手にしなくて済むので、その点だけは救いと言える。

 

それでディルムッドの不利が逆転するわけではないが。

 

「もういい…………! もう良いんだ…………!」

 

彼女の後ろ、結界の中で一誠の父が涙を流していた。

 

「俺達のために、命をかける必要はない! お願いだ! お願いだから逃げてくれ………!」

 

「そうよ! ディルさんだけなら、逃げることも出来るのよね? だったら、私達を置いて早く…………!」

 

傷ついていく少女の姿に耐えきれなくなった二人は泣いて叫んだ。

 

二人にとってはディルムッドも娘のような存在。

少々愛想が悪いが、本当は食いしん坊で、一誠のラッキースケベに泣くようなところもあって、実は甘えん坊なところもある、そんな娘。

 

その娘が自分達のために傷ついていく。

 

やめてくれ、と何度も叫んだ。

 

だが、ディルムッドは首を横に振った。

そして―――――見たことのない優しい笑顔で二人に言った。

それは彼女本来の笑顔で――――――。

 

 

「――――心配しないで。何があっても私が守るから。絶対に守りきってみせるから。絶対に大丈夫だから」

 

 

ディルムッドは再び槍を構え、剣の切っ先をニーズヘッグへと向けた。

傷だらけの体で、それでも両の足で地を踏みしめる。

 

静かで濃密なオーラを纏い、英雄は立つ。

 

「我が名はディルムッド。ケルトの英雄ディルムッド・オディナの魂を引き継ぎし者。北欧の邪龍よ、作られし邪龍共よ、この二人には指一本たりとも触れさせはせん。―――――さぁ、来るが良い。私は死んでも守りきってみせよう」

 

 

[三人称 side out]




ただの食いしん坊じゃありません!

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