[木場 side]
―――――八重垣正臣。
かつて、教会の名うての剣士にしてイリナの父親、紫藤トウジさんの部下だった。
十年ほど前、駒王町で皇帝ベリアルの従妹にあたるクレーリア・ベリアルさんと恋に落ちてしまう。
しかし、当時の状況ではそれが許されず、粛清され命を落とした。
だが、時を経て聖杯の力により復活、復讐を果たすべく駒王町の教会にいた関係者やバアル家の関係者を含めて次々に襲撃し、最後の一人となった紫藤トウジさんを狙った。
そして、天界で治療を受けるトウジを狙いクリフォトと共に天界に攻め込み、魔人と化した状態でイリナ達と戦い、最終的にオートクレールの浄化の力を受けて敗れた。
イッセー君達と共闘してクリフォトの首領であるリゼヴィムを退かせたことにより、重い罰は避けられたものの、天界の収容施設に収監されることになった。
時折、イッセー君と連絡を取っていたようだけど………。
イリナは挙手すると僕達の前に出て言った。
「えっとね、アセムからの宣戦布告を受けて、ミカエル様が八重垣さんを派遣することに決めたの。この戦いには彼と彼が持つ聖剣の力がきっと力になってくれるだろうって」
彼が腰に帯びている一振りの聖剣――――――
修復中だったところに『
今は復讐の念から解放された彼と同様に本来の姿を取り戻したようだ。
伝説の聖剣と聖剣に選ばれた者。
確かに戦力としては大きいだろう。
アザゼル先生が言う。
「アセムが展開している『
「だけど、相手が確実に天界を攻めてこない確証はないわよ? 今、天界を手薄にするのはマズいのではないかしら?」
「リアス、おまえの言うことは最もだ。当然、天界にもそれなりの人員を残しておく。だがな、奴はこちらの裏をかいたり、リゼヴィムのように姑息な手段は取らないだろう。新たに『門』を開いて天界を襲撃するなんてことはない。少なくとも、俺はそう考えている」
「なぜ、そう言い切れるの?」
リアス前部長の問いにアザゼルは窓の外―――――冥界特有の紫色の空にぽっかり空いた大きな穴を見つめながら口を開いた。
「簡単だ。そんな真似をしなくても、奴にはこの世界を潰せるだけの力があるからさ。圧倒的な戦力、力を以てこちらをねじ伏せることが出来る。向こうには既にそれだけの力が揃っている。それにな、アグレアスでアポプス、アジ・ダハーカと言葉を交わしたが、あの段階では奴らは手を組んじゃいなかった」
「つまり、アセムから邪龍達に接触を図ったと?」
「恐らくな。そして、イッセーから聞いているアセムの性格上、あの二体を力ずくで配下に置くことはしないだろう。そうなると、あの邪龍達は自らの意思でアセムと組んだことになる。―――――アポプスとアジ・ダハーカ。あいつらはグレンデルやニーズヘッグなんぞとは格が違う。ただ強者との戦いを望み、まどろっこしい真似を嫌う。そんな奴らが組んだ相手だ。アセムは宣言通り真正面から来るだろう。今更、新しい『
アザゼル先生はベッドで眠るイッセー君に視線を移す。
「俺には奴がイッセーの成長を待っていたように感じる。おまえ達も思い当たる節はあるんじゃないか?」
そう言われ、皆はこれまでのことを思い出し始めた。
吸血鬼の町で接触してから、アウロス学園の一件、天界襲撃に冥府での戦闘。
更には先日のアグレアス。
特に天界では動けなくなったイッセー君に対して、何もせずに去っていったそうだ。
美羽さんが呟く。
「あの人は……アセムはお兄ちゃんをずっと待っていた。待ち続けていた。もしかしたら、今も待っているのかもしれない。あの『門』の向こうで」
その言葉にアザゼル先生が続ける。
「俺もそう思う。まぁ、真正面からぶつかることになる。シンプルな分、こっちの方が厄介ではあるがな。………っと、少し脱線したが、そういうわけで八重垣正臣も俺達と行動を共にすることになった」
八重垣さんは瞑目する。
「僕のことを快く思わない者もいると思う。僕は君達の敵だったのだからね。特に局長の娘である天使イリナは複雑な心境かもしれないね」
八重垣さんはベッドの方に歩み寄り、イッセー君の横に立った。
「僕は聖杯の力で蘇った。そして、赤龍帝の彼がいなければ、あの場でもう一度死人になっていただろう。あの時………僕はあの場で消えてもいいと思った。しかし、こうして生きている………生き残ってしまった」
天界で八重垣さんはリゼヴィムの手によって殺されるはずだった。
しかし、イッセー君がそれを阻んだ。
「僕は彼になぜ、僕を助けたのかと問うた。僕は死人だ。それがもう一度、死んだところで何も変わらないだろう。だけど、彼は言った―――――『あなたは今、生きてるじゃないか』とね」
八重垣さんは胸に手を当てて小さく笑んだ。
そして、僕達の方を向いて真っすぐに言ってきた。
「こんな僕でも生者として出来ることがある。戦うよ………いや、戦わせてくれ。あの町は僕とクレーリアにとって悲劇の場所だ。今でも時折、胸が痛む。だけど、あそこには彼女と過ごした記憶が、思い出があるんだ。彼女はあの町が好きだった。だからこそ今度は守りたい。復讐のためにではなく、守るためにこの剣を振るうさ」
彼の瞳は復讐に取りつかれた者の目ではなかった。
何かを守るために覚悟を決めた目、未来を見ている者の目だ。
僕はそう感じた。
すると、イリナが八重垣さんに手を差し出した。
「八重垣さん、よろしくお願いします。私もダーリン………イッセー君との思い出の場所を失いたくありません。必ず守ります」
「ああ。よろしく頼むよ、天使イリナ」
八重垣さんはイリナの手を取り、強く頷いた。
この場にいる者で彼のことを否定しようとする者はいない。
皆も笑みを浮かべて、力強く頷いていた。
この戦いは今と未来だけでなく、過去も守る戦いになりそうだ。
皆………特にオカ研メンバーは全員があの町に思い出がある。
僕もリアス前部長に救われてから、今に至るまで失いたくない記憶がある。
あの町は大切な場所なんだ。
八重垣さんの言葉は僕達の決意を新たにするには十分すぎる言葉だった。
▽
「さて、顔合わせも終わったところで本題に入る」
八重垣さんとの再会を終えた後、アザゼル先生は僕達を見渡してそう言った。
アザゼル先生は指先に魔法陣を展開すると病室の壁に映像を投影する。
壁に映し出されたのは日本にあるグリゴリの研究施設、その一角だった。
「先に言った通り、場所の確保は出来た。日本の支部は今のところ被害ゼロだからな。十分なサポートが出来る。用意した空間は東京ドームの半分くらいのスペースだ。修業スペースとしちゃ十分だろう。どこかの剣聖様が無茶苦茶しなければな」
「そいつは保障できねぇな。相手はマジでヤバい連中だ。死ぬ気でやらんと短時間でのレベルアップは望めないぜ? 心配すんな、こっちも殺す気でいくからよ。なぁ、祐斗?」
え、えっと………心配しか出来ないんですけど………。
三日後の決戦を前に死ぬ可能性が出て来たよね?
モーリスさんの修業を受けることになっている僕とゼノヴィア、イリナは真っ青になっていた。
そんな僕達を置いて説明は続く。
アザゼル先生の視線は美羽さんとアリスさんへと向けられる。
「でだ、肝心の術式はどうなっている?」
「そっちは問題ないよ。僕とアリスさんが力を合わせたら、結界の規模と強度を考えて、大体、二時間…………結界の中では一ヵ月くらいの時間は取れると思う」
一ヵ月。
その期間内にどれだけレベルアップできるかは分からない。
それでも、元々、僕達に与えられていた三日という期間を考えれば、十分すぎる時間と言える。
「上出来だ。細かいサポートは俺達の方でやる。修行スペースには衣食住の空間も設けてある。食料もな」
「そいつはサポートが行き届いているな」
「だが、結界の内側に入ってしまえば、外部との連絡は一切取れなくなる。結界の術式上、内側から出ることは出来ない。出るときは美羽とアリスが結界を解いた時だけだ。まぁ、おまえさんなら、結界を斬ることも出来るだろうが………」
「そいつは俺が加減すれば良い話だ。何も問題ない。外と連絡を取れなくても、その分、修行に集中できるってもんだ」
外部との連絡が取れなくなる………か。
つまり、外で何か起きても僕達を呼び戻すには一度、結界を解除しなければならないということか。
今回使う結界はあまり使い勝手が良いとは言えないね。
まぁ、そうおいそれと出来るものではないと思うのだけど。
八重垣さんが言う。
「天使イリナ、君が結界の内側に入った後のことは任せてほしい。ミカエル様とシスター・グリゼルダも了承済みだ」
「祐斗、ゼノヴィア。あなた達もこちらのことは気にせず、修業に打ち込んでちょうだい。私達で何とかしておくわ。それから、アーシア」
リアス前部長は僕とゼノヴィアに声をかけた後、アーシアさんに話しかけた。
「あなたも結界の中で祐斗達をサポートしてあげてほしいの。それにあなたの禁手もそこで慣らしておいて。あなたの回復力はこちらの戦力に必須になるわ」
「はい、リアスお姉さま」
トライヘキサだけでも手に余るというのに、そこにアセム達が加わった。
今度の戦いはかつてないほどに激しいものになる。
命を落とす者も大勢出てくるはずだ。
その中でアーシアさんの回復の力は戦線維持の要になるだろう。
リアス前部長はアーシアさんの頭を撫でると抱き締めた。
「だけど、無理はしないでね? 祐斗もゼノヴィアもイリナも。モーリス、そこのところは分かってくれているのよね?」
リアス前部長の目がモーリスさんへと向けられる。
とうのモーリスさんは頭をかきながら、苦笑を浮かべた。
「わーってるよ。さっきは冗談で言ったが、本当に死んじまったら意味がない。俺は生き残らせるためにこいつらを鍛えるんだ。………まぁ、今までで一番、厳しくいくけどな」
「それなら良いわ。この子達を鍛えてあげてちょうだい。お願いするわ」
「任せときな。その代わり、イッセー達のことは頼む。美羽とアリスも結界の維持で動けなくなるからな。ニーナとワルキュリアもいるが、何かが起こらないとも限らん」
「もちろんよ」
話が纏まったところで、病室と扉が開かれた。
そちらに目をやると、イッセーくんのご両親がいた。
「もう入っても大丈夫かしら?」
「ええ、お母さま。というより、外で待っていらしたんですか?」
「何か重要そうな話をしていたから………入るタイミング分からなくて」
「俺達が入ると皆の気が散るかと思ってね」
苦笑しながら入室してくるお二人。
イッセー君のお父さんの手には大きな鞄がさげられている。
多分、イッセー君が目覚めた時用の着替えだったり、他の必要なものを揃えてきたのだろう。
すると、アリスさんがイッセー君のお母さんに話しかけた。
彼女の表情はとても真剣なもので―――――。
「お母さま、お願いをしてもよろしいでしょうか?」
「お願い? ええ、私に出来ることなら何でも言ってちょうだい」
その返しにアリスさんは頷き、こう言った。
「一つ、お母さまに作ってほしいものがあります」
▽
数時間後。
全ての用意が整ったので、僕とゼノヴィア、イリナ、アーシアさん、美羽さん、アリスさん、そしてモーリスさんは東北の山奥にあるグリゴリの施設に移動していた。
白衣を来た研究員の人に案内されて、長い廊下を歩くこと五分。
僕達が案内されたのは施設の最深部にある、広大な空間だった。
そこにあるのは二階建ての仮設住宅のみで、他は何もない。
ただただ真っ白な空間が広がっているだけだ。
美羽さんとアリスさんは互いに頷くと、神姫化して魔法陣を展開し始める。
何十、何百という魔法陣が二人の前で回転し、少しずつ大きくなっていく。
暫くすると動いていた魔法陣は消え去り、代わりに僕達の前に巨大な魔法陣が新たに展開された。
それはこの広大な空間、床一杯にまで広がった。
魔法陣の輝きが強くなると、美羽さんが僕達に言った。
「それじゃあ、五人は入ってくれる?」
促された僕達は魔法陣の内側へと歩を進めた。
それを確認した美羽さんとアリスさんは呪文を唱え始める。
そして―――――。
「三人とも頑張って。…………モーリスの本気の特訓は本当にキツいから…………。心を強くもって…………ね?」
「「「…………」」」
という不吉なアリスさんの言葉を最後に、魔法陣が輝き、修業用の結界が発動された。
[木場 side out]