ハイスクールD×D 異世界帰りの赤龍帝   作:ヴァルナル

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追憶パートつー!


13話 追憶 始まりの日

俺がこの世界にやって来てから、数ヵ月が過ぎた。

この世界に大分馴染んできた俺はいつものようにライトとつるんでいる。

 

早すぎる朝………鳥もまだ眠っている時間帯からライトに起こされ、城下町を走り回る。

流石にライトみたいに余裕と言うわけじゃないけど、俺もそれなりに走れるようになった。

 

「ぜーはー………ぜーはー………み、水………」

 

うん、話せる元気があるだけ、かなり進歩したと思う。

 

目の前にいるこいつは全く息を切らせていないのを見るとあれなんだけど………。

 

ライトはカラカラと笑いながら言ってくる。

 

「ハハハ、大分と体力がついたんじゃないのか?」

 

「毎日これだけ走らされて、進歩が無かったら泣くぞ………」

 

俺はプルプル震えている足をなんとか動かして、水道へ。

端から見れば、その姿は生まれたての小鹿みたいに見えるだろう。

 

水を飲みに行くだけでも、結構キツいものがあるな………。

 

しかし………。

 

「よーし、そんじゃ、剣術の修行といこうか!」

 

「鬼か! 生まれたての小鹿みたいになってる俺を見て、よくそんなこと言えるな!」

 

ライトは相変わらずのスパルタだった。

 

 

 

 

「うおりゃぁぁぁぁぁぁ!」

 

木刀を持って、ライトに突貫する俺。

走った後はこの国の騎士団の人に混じって、俺も剣術の稽古だ。

 

そもそも、一応、客人として扱われている俺は別にこんなことをしなくても良い。

むしろ、ここの騎士団の人達も俺を見て、

 

「おーおー、やってるやってる」

 

「イッセーもよくやるよなぁ。つーか、ライトのやつも容赦ねー」

 

こんなことを言ってくる程だ。

 

俺がライトと走ったり、剣術の稽古をしているのは、ここに来たばかりの時に俺が発した言葉が原因だった。

 

 

………ここにいる間、時間は余ってるし何かすることないかな………?

 

 

そう、この言葉が全ての始まりだった。

この世界で俺がしなきゃいけないのは、元の世界に戻る手段の調査と生活の確保。

 

ただ、前者は俺が慌てたところでどうなるものでもなく、モーリスのおっさん達が文献を集めてくれるのを待つしかない。

後者はこのオーディリアが支援してくれているので、なに不自由なく過ごせている。

………少し申し訳なく思うが、俺が元いた世界の話をしてくれれば、それで良いと言われている。

どうやら、この世界の人にとっては、興味深い話らしく、俺の話に聞き入ってくれている。

 

で、この空いた時間をどうするかという話になり、ライトが一緒に修行をしてみないかと提案してきたんだ。

 

俺としても勇者のやってる修行がどんなものなのか興味もあったし、暇潰しにはなると思って、軽い気持ちで頷いたんだが…………。

 

「そらっ!」

 

ライトの横凪ぎの一撃が俺の髪を掠めた!

髪の何本かが斬られたぞ!?

 

「危ねっ! おまえ、もう少し加減しようぜ!? 初心者なんだぞ!」

 

「何ヵ月かやってきてるんだから、初心者よりは上だろ。ほら、俺に一本入れてみろー」

 

手招きして挑発してくるライト。

 

「ぬぐぐぐ…………!」

 

この野郎!

一々、挑発してきやがるから、腹立つ!

 

そう、俺が修行をやり続けている理由はこれだ。

 

………一発、ぶちかまさないと気がすまん!

 

「今日こそ一本入れたらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

俺はがむしゃらに木刀を振った!

とりあえずは今まで教わったことを活かして、技を繰り出してみる………が、ライトは余裕の表情で避けていく!

 

ちぃ………!

分かっていたけど、素人に毛が生えた程度じゃ、勇者様には届かないか!

 

やっぱり、小手先だけの技じゃ、一本も取れないか。

 

だったら――――――。

 

「最終的には気合いだぁぁぁぉぁぁぁぁぁ!」

 

「ただの突進じゃねーか! だが、その通りだ! 分かってるじゃないか、イッセー!」

 

猪突猛進。

俺はフルスイングでライトに斬りかかった。

 

 

それから、暫くして。

 

 

「も、もう………げ、限界………う、腕が上がらねぇ………」

 

ひたすら攻め続けた俺はスタミナ切れで地面に突っ伏していた。

必死の特効だったけど、ライトには掠りもせず………。

 

俺とライトの稽古を見ている騎士団メンバーは動けない俺を見て爆笑してやがる。

 

こんちくしょうめ!

 

ライトは木刀を片手でクルクル回しながら、口笛を吹いていた。

あれだけ動き回っていたのに汗一つかいてねぇ………。

 

ライトが笑みを浮かべて言ってくる。

 

「はっはー。今日も一本取れなかったな、イッセー」

 

「………次は一本決めてやるからな」

 

「その意気だ」

 

悔しげにする俺の横にライトは腰を下ろした。

 

そして、俺に水筒を差し出してきた。

俺は無言で水筒を受け取り、口をつけた。

 

騎士団のメンバーが言ってくる。

 

「イッセーに剣術は向いてないんじゃないか?」

 

「そうだな。始めた頃よりマシだが、成長が遅すぎる。新米騎士にも負けてたし」

 

うっ………返す言葉がない。

 

俺はライト以外にも相手になってもらう時がある。

結果は惨敗。

どんなに打ち込んでも鮮やかに木刀を払われて、一撃を受けてしまう。

言われたように、この間は新米騎士の人にも負けてしまった。

 

俺はここ数ヵ月、稽古に励んでいたんだけど………。

 

運動は出来る方だと思ってた。

学校の体育でもそこそこの成績だったしな。

 

もちろん、ここの騎士団に所属している人は俺より万倍も剣を振るってきたんだろうし、俺が負けるのは当たり前とも思う。

けど………やっぱり、勝てないのは悔しいもんだ。

 

俺が深くため息を吐くと、ライトが言った。

 

「まぁ、確かにイッセーの成長は遅いかもな。初級魔法も出来ないし」

 

「追い討ちをかけてくるなよ…………」

 

この世界の初級魔法は七歳くらいの子供でも出来る超簡単な魔法。

それを俺は全く発動させることが出来ないでいた。

 

まぁ、俺はこの世界の人間じゃないし、その辺りが関係しているのかもしれないけど………。

 

ライトは笑顔で続けた。

 

「だけどさ、どれだけ負けても向かってくるど根性は凄まじいものがある。これだけ負け越したら、諦めそうなんだが………」

 

「負けっぱなしでいられるかよ。元の世界に戻る前に絶対、一本取ってやるからな」

 

「それだよ。負けず嫌いなのは良いことだ。おまえの根性は騎士団員に匹敵するかもな。おまえらもイッセーを見習えよ? この調子だと、いつか一本取られるぞ、マジで」

 

「「うぃーす」」

 

ライトに言われて答える若い騎士達。

返事を返した騎士達は俺と同い年ぐらいだ。

 

才能はなくても、根性だけはありますか………。

それはそれで泣けてくるけど、根性に関しては勇者様のお墨付きってことで喜ぶべきなのかな?

 

ある程度、体力の回復した俺はフラフラしながらも立ち上がる。

 

「とりあえず、汗流してくるわ………。身体中ベトベトだ」

 

それだけ言い残して、その場を去る俺。

 

汗を流す場所はこの演習場を出て、すぐの所にあるんだけど………。

 

「ゲッ………満員かよ」

 

中には汗を流しているおっさん達で一杯だった。

 

うん、なんか嫌だ。

ヘロヘロの状態でおっさんに囲まれるのはキツい。

おっさん達に捕まると、俺のいた世界について長々語らされるんだ。

 

というわけで、少し遠いが城の中にある浴場へと向かうことにした。

 

限界の体を引きずり、歩くこと数分り

目的地にようやく到着。

 

扉を開けて、中に入ると――――――。

 

「あっ…………」

 

「「「「えっ………?」」」」

 

中にいた全裸のお姉さん達と目があった!

 

こ、この人達はこの城にいるメイドさん達だ!

この世界のメイドさんは護衛としての役割も持っているから、全員が武器の扱いに長けている。

 

そうか、今日はメイドさん達も演習の日だったのか………!

 

こ、これは―――――眼福です!

 

すると、裸のメイドさん達を掻き分けて前に出てくる者がいた。

 

金髪の美少女にして、この国のお姫様―――――アリス!

 

武闘派のお姫様であるアリスは拳を握ると、ニコニコ顔で聞いてきた。

 

「とりあえず、グーで良いよね?」

 

「ちょ、ちょっと、待っ――――――」

 

「このドスケベェェェェェェェェェェッ!!」

 

無慈悲な一撃が顔面に放たれたのだった。

 

俺は思っていた。

たまにアリスの無慈悲なグーパンチが飛んできたりするけど、いつまでもこんな生活が続けば良いと。

いつかは元の世界に戻ることになると思うけど、それまではここにいる皆と仲良く、楽しく生きていきたいと。

 

 

でも――――――俺の願いは叶うことはなかった。

 

 

 

 

「迎撃に出た部隊はどうなっている!」

 

「はっ! 魔王軍の勢いは凄まじく、とても太刀打ち出来るものではありません!」

 

その日は突然やって来た。

 

いつもは穏やかなオーディリアの城下町は、大混乱に陥っている。

理由は敵対している魔族が大勢力で、このオーディリアに攻め込んできたからだ。

 

オーディリアと魔族の国は隣接しているため、国境付近に互いに軍を敷き、牽制しあっていた。

たまに衝突もしていたみたいだが、それは極小規模な争いに留まっていた。

二つの国は硬直状態だったんだ。

 

その硬直が、数日前に崩れた。

 

最強の魔王と称される魔王シリウスが出てきたんだ。

魔王の出現によって、維持されていた戦線は瞬く間に突破されてしまう。

 

そして、今。

魔王率いる魔族の軍勢がこの城下町まで迫っている。

 

モーリスのおっさんの指示が聞こえる。

 

「住民の避難を最優先しろ! 極力、戦闘は避けるんだ!」

 

「で、では、この町を放棄するということですか!?」

 

「そうだ! 相手との戦力差を考えろ! 住民を守りながらでは、とてもじゃないが勝てる相手じゃねぇ! シリウスの野郎が出張ってることを忘れるな………!」

 

「………っ! 分かりました、皆にはそう指示を出しておきます!」

 

シリウスという名前は屈強な騎士を身震いさせていた。

 

ここの騎士団は他の国と比べても練度が高いことで有名らしい。

そんな人達が震えるって、どれだけ強いんだよ、その魔王は………。

 

おっさんが辺りを見渡して呟く。

 

「ライトは………もう動いているのか………」

 

「彼は最前線にて、敵軍を迎え撃っております。避難までの時間を稼ぐつもりかと」

 

―――――っ!

ライトはもう戦っているのか!

最強の魔王が率いる大軍勢を相手に、時間を稼ぐために自ら、戦場に立つのかよ………!

 

ライトはこの町の人達を守るために戦っている。

俺は………あいつは今も戦っている。

俺にも………何か…………。

 

俺は立ち上がると、騎士団員に指示を出しているおっさんに言った。

 

「おっさん! 俺も避難活動に参加させてくれ!」

 

俺の言葉におっさんは一瞬、言葉を失う。

それから、飛んできたのはおっさんの怒号だった。

 

「バカ野郎! おまえも先に逃げるんだよ! おまえに何が出来る!?」

 

「あいつが! ライトは今も戦っているんだ! 俺だって………俺だって何か力になれるはずだ! それに、俺はこの町の人達に恩がある! 俺も守りたいんだよ!」

 

それだけ言い残して、俺はこの場から駆け出した。

後ろからおっさん達の制止の声が聞こえるが、俺は止まらずに、ただ走った。

 

親友が戦っているのに、俺だけ逃げるわけにはいかないんだよ………!

あいつが戦うのなら、戦う力のない俺はせめて………!

 

俺は城を抜け出し、町へと向かった。

 

 

 

この判断が後に、一生消えない後悔になるとも知らずに。

 

 

 

 

 

「こっちです! この道を真っ直ぐいけば、騎士団の人達がいます! そこで保護してもらってください!」

 

「あ、ありがとう!」

 

お礼を言って、教えた道を走っていく子連れの夫婦。

 

ライトに付き合って、この町を走り回っていたことがここで役に立ったな。

この数ヵ月でこの町の道は大きい道から小さい道、普段は人が使わない道まで粗方覚えた。

そのおかげで最短のルートを教えることが出来る。

 

今となっては、住民以上にこの町に詳しいんじゃないだろうか?

 

「これで結構な数を誘導できたか………」

 

俺は汗を拭いながら、そう呟いた。

 

ここは他の場所よりも避難が遅れている地区だ。

もしかしたら、他にも避難の遅れている人がいるかもしれない。

 

ふと、俺の頬に冷たいものが触れた。

 

………雨か。

 

小降りというレベルでもないが、もう少ししたら本格的に降りそうだ。

雨雲で空はどんどん暗くなってくる。

 

………なんか、嫌な予感がするな。

 

先を急ごうとした、その時―――――。

 

 

ズゥゥゥゥゥゥゥゥン………

 

 

何処からか爆発音が聞こえてきた!

辺りを見渡すと、向こうの方で黒煙が上がっている!

 

まさか、魔族軍がもう到着したのか!?

 

どうする………?

ここに留まっていては俺も殺されてしまうだろう。

でも、ここには逃げ遅れた人もいるかもしれないし………。

 

すると、誰かが泣いている声が聞こえてきた。

 

見ると一人泣きじゃくっている子供がいた。

 

「君、一人か? お父さんとお母さんは?」

 

「………はぐれちゃった………」

 

混乱の中ではぐれたのか。

もしかしたら、この子の両親は騎士団の人達に保護されているかもしれないな。

 

魔族の軍隊も迫っていることだし、ここはこの子を連れて退いた方が良さそうだ。

 

そう思い、俺は子供の手を取った。

 

「こんなところにいたのか…………人間め………ッ!」

 

突然、聞こえてきた第三者の声。

 

振り向くと、そこには一つの影。

獣の耳に尻尾。

口からは牙を覗かせている。

 

あれは獣人―――――魔族だ。

 

その魔族の手には一本の剣が握られていて、明らかな殺意が俺へと向けられていた。

 

人間を恨んでいる………仇を見つけたような目………!

きっと、大切な人を人間に奪われたのだろう。

 

憎しみの感情が俺を貫く――――――。

 

「あっ………」

 

ヤバい………逃げなきゃ…………!

この子を連れて早く逃げないと………!

 

でも、足が言うことを聞いてくれない。

初めて向けられた強烈な殺意に足がすくんでいやがる………!

 

僅かに後ずさる俺に対して、あの魔族は一歩一歩、確実に距離を詰めてくる。

歩みがどんどん速くなっている。

 

そして――――――。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

赤く染まった瞳で斬りかかってくる魔族!

 

俺は咄嗟に子供を庇うように抱き締め――――――。

 

 

 

 

生暖かいものが俺の背中に当たった。

 

 

 

 

あれ…………痛くない…………。

 

生きてる…………のか?

 

俺はゆっくりと目を開けた。

 

そこで目に飛び込んできた光景に俺は目を見開いた。

 

「ガッ、フッ………無事………か、イッセー………?」

 

魔族の剣に胸を貫かれたライトがいた。

 

俺は言葉が出てこなかった。

状況を呑み込むことが出来なかったからだ。

 

剣を引き抜かれ、ライトは力なく俺へともたれ掛かってきた。

ライトの胸から夥しい量の血が流れていて―――――。

 

「あ………お、おまえ、なんで………」

 

ようやく状況を理解した俺は何とか声を発した。

 

ライトが俺を庇った………?

でも、こいつは前線にいたんじゃ………?

それに、どうやって俺を見つけた………?

 

いや、それよりも早く止血しないと………!

でも、そこに魔族がいる………!

 

 

どうすれば良い………?

俺はどうすれば良い………?

 

恐怖と驚愕で頭と体が動かない。

真っ白だった。

視界は歪み、音が遠退いていく。

 

すると、ライトは俺の背中に手を回して、俺を抱き締めた。

 

あらゆる音が聞こえなくなるなか、ライトの声だけは俺の耳に届いて―――――。

 

 

「…………ごめんな。皆を………頼む………」

 

 

この後のことはあまり覚えていない。

 

 

気がついた時には、俺はライトの剣を握っていて、全身を魔族の血で濡らしていた。

 

 

 

 

雷鳴が轟いている。

小降りだった雨は激しくなり、町を強く打ち付けていた。

 

「ああああああああああああああああああああああああ…………ああああ………ぁぁぁぁぁぁ…………」

 

冷たい雨が降る中、俺は天に向かって言葉にならない声を発していた。

 

「なんで…………どうして…………! 俺は…………俺はぁぁぁぁぁぁ…………!」

 

俺の心を表しているのか、雨は激しさを増していく。

 

俺のせいでライトが死んだ………。

俺が軽率な行動を取ったばかりにライトが………。

ライトを殺したのは俺…………。

 

「オレガ…………ライトヲシナセタ………」

 

目の前が黒く染まる。

手足の震えが全身に回っていく。

気持ち悪い感覚が体の内側で暴れている。

やがて五感全ての感覚がなくなり、気持ちの悪さだけが残った。

 

その時だった―――――。

 

『今代の相棒は随分興味深い状況にいるじゃないか』

 

頭の中に男の声が響いた。

俺の左手には見たことのない赤い籠手が装着されていて、

 

『ふん、才能は皆無か………今回は白い奴に先を越されるかもしれんな。だが………』

 

目の前が真っ白になったと思うと、俺は燃え盛る火の中にいた。

 

そして、正面には巨大な赤いドラゴン。

 

『俺の名はドライグ。かつて赤き龍の帝王と呼ばれた者だ』

 

赤いドラゴン―――――ドライグは俺に告げる。

 

『これだけは言っておくぞ、小僧。今の気持ちを忘れるな。そうすれば、いずれおまえは――――――』

 

そこまで聞いたところで、景色は元に戻っていた。

 

血濡れの自分に気絶した子供、俺が殺した魔族の兵士、そして―――――二度と動くことのないライト。

 

だが、ここに先程までいなかった者がいた。

闇色の服を纏った威厳のある顔つきの男だった。

 

「おまえが噂の異世界より現れし者か。なるほど、僅かにだが、この世界の人間の持つ波動とは異なるな」

 

「………あんたは………?」

 

「私はシリウス。魔王だ」

 

シリウス…………こいつが、魔王………。

 

魔族の兵士が現れた時は恐怖で頭も体も動かなかった俺だったけど、この時だけは妙に頭の中がクリアだった。

 

俺はフラフラと立ち上がるとシリウスに問うた。

 

「あんた…………この戦争を終わらせるつもりはあるのか?」

 

「そのつもりだ。だが、ここに来るまでお互いに血を流し過ぎた。明確な決着がつかない限り、これから先も血は流れ続けるだろう。何十年、何百年後も」

 

「明確な決着………人間を滅ぼすのか………?」

 

「…………」

 

シリウスは何も答えない。

ただ、俺の目をじっと見て、内側を覗いているような雰囲気だ。

 

暫しの沈黙の後、シリウスは口を開く。

 

「止めておけ。おまえでは何をしようと無駄だ。今のおまえに出来ることは何もない。早々に元の世界へと帰ることを勧める」

 

「………断る」

 

「なに?」

 

「俺が………俺がこの戦争を止めるからだ………!」

 

「言ったはずだ。無駄だと。無駄死にしたいのなら、止めはしないが…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

無言となる俺にシリウスも無言となった。

シリウスは改めて俺の目をじっと見てくる。

 

何かを得たのだろうか、シリウスは一つ頷くと、そのまま踵を返した。

 

「異世界より現れし者よ。名を聞いておこう」

 

魔王の問いに俺は答えた。

 

この時、いったいどういう気持ちで言ったのかは俺にも分からない。

復讐心からか、それとも別の気持ちなのか。

あらゆる感情が渦巻いていたのは確かだ。

 

「俺は…………兵藤一誠。赤龍帝の兵藤一誠だ………! 覚えておけ、シリウス。俺は必ず、この戦争を止めて見せる………! あんたを倒してな………!」

 

「そうか………」

 

シリウスはその場を去っていった。

 

俺はまた、冷たい雨を降らせてくる空を見上げた。

今の俺の心のように暗い空を。

 

 

 

 

あの日が全ての始まりだった。

あの日が今の(・・)『兵藤一誠』へと繋がる原点。

 

『そう、彼を失った時があなたの始まりだった』

 

どこからか、女性の声が聞こえてきた。

 

『あの時の後悔、悲しみ、絶望はあなたの胸の奥にある。ずっと………この先も忘れることはないでしょう』

 

ああ、忘れられない。

忘れちゃいけないことだ。

 

俺はあいつに………。

 

『そうね。忘れてはいけないこと。でも………だからこそ、あなたは彼と話すべきだわ。あの時、聞けなかったこと、聞きたかったことを全て、彼にぶつけてきなさい。それがあなたを―――――』

 

 


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