二年ってあっという間ですね(苦笑)
「よう、イッセー」
「おう、ライト」
俺とライトはいつもの挨拶を交わした。
昔と変わらない、シンプルな挨拶だ。
俺と同じ茶髪に端正な顔立ち、鍛え上げられた肉体は以前のまま。
目も、表情も何も変わっていない、昔のままのライトだ。
ライトは何処からか木刀を出すと、こちらに放り投げてきた。
俺は投げられた木刀をキャッチすると、ライトの右手に目をやった。
ライトの右手にも俺と同じ木刀が握られている。
ライトは木刀の切っ先を俺に向けると笑みを浮かべながら言った。
「ちょっと付き合え、イッセー」
ライトは強く地を蹴って、飛び出してきた―――――。
▽
それから少しの時間が過ぎた。
俺とライトは木刀を撃ち合っているが、その間、俺達の間で会話は無かった。
聞こえるのは吹く風の音、風に揺れる草の音、ぶつかり合う木刀の音、そして、互いの呼吸だけ。
俺が上段から木刀を振り下ろすと、ライトは自身の木刀をこちらの木刀を絡めとるように操り、弾き飛ばそうとする。
俺は咄嗟に手首を捻って、力の流れを変え、それを阻止。
ライトは俺の行動を読んでいたかのように、鋭い突きを撃ってくる。
屈んで避けてみるが、前髪をギリギリ掠めてしまった。
お返しとばかりに、俺はライトの剣戟を弾いて、そのままの勢いで回転斬りを繰り出し、ライトに強い一撃を与える。
その一撃を木刀の腹で受けるライトだったけど、予想より剣戟が重かったのだろう。
ライトは体勢を崩してしまった。
―――――もらった。
僅かな隙。
だけど、この隙が致命的になることを俺達はよく知っている。
ライトの体がぐらついた瞬間、肩口へ鋭い斬戟を放つ。
これが決まれば、肩から脇腹にかけてバッサリ斬ることになる。
まぁ、それは真剣だったらの話で、今は木刀だから、打ち身程度で済むけど。
こちらの剣がライトに届く―――――と、確信したのと同時だった。
ライトは柄の先、柄頭で俺の木刀を受け止め、弾き飛ばしてきたんだ。
相変わらず、芸が細かい。
モーリスのおっさんには及ばないだろうけど、純粋な剣術じゃ、俺はライトに劣っている。
木刀を弾き返され、今度は俺が体勢を崩す。
上半身が仰け反り、重心が完全に後ろへと下がってしまっている。
瞬時に体勢を立て直したライトは木刀を左手に持ち変え、横凪ぎに斬りかかってきている。
間に合わない………そう判断した俺は咄嗟にバックステップで後退。
重心を元に戻して――――――。
絶えず鳴り響いていた木刀を撃ち合う音が止み、辺りはしんと静まり返る。
今の今まで大きく動き回っていた俺達は完全に動きを止めていた。
というのも、俺の木刀はライトの喉元に、ライトの木刀は俺の喉元にと、互いに寸止めした状態で硬直してしまっていたからだ。
ライトは自身に突き付けられている切っ先を横目に笑みを浮かべた。
「強くなったな。荒々しさが所々にあるけど、かなり洗練されている。ここまで来るのにかなりの修行を積んだんだろう?」
「まぁな。モーリスのおっさんとか、師匠にしごかれたよ。何度も死ぬかと思ったよ」
「ハハハ、モーリスのしごきは地獄だからなぁ。おまえの師匠も容赦ないみたいだ。まぁ、そのおかげで今のおまえがあると思うぞ?」
そうなんだけどね。
常に死を意識するような修行を乗り越えてきたからこそ、俺はここまで来ることが出来た。
俺は剣を下ろすと言う。
「おまえのお陰だよ、ライト。俺はずっとおまえに憧れてた。おまえのようになりたいって、いつも思ってた」
俺の言葉にライトは苦笑しながら、剣を下ろした。
「おいおい、いきなりそんなこと言うなよ。照れるだろ?」
「だけど、本当のことだ。それにおまえとの約束があったからな」
俺はあの時………ライトが魔族の剣に貫かれたあの時に、託された。
『皆を頼む』というただ一つの言葉。
あれは今でも俺を支える太い芯として残ってる。
ライトはフッと笑むと木刀を仕舞い、草むらの上に座り込んだ。
こちらに背を向けたライトの視線の先にあるのは―――――オーディリアの城下町。
道理でこの場所に覚えがあると思った。
ここはライトが案内してくれた、こいつのお気に入りの場所だ。
ライトが言う。
「ま、座れよ」
「おう」
言われるまま、俺はライトの隣に腰を下ろす。
そして、ここに来てからずっと感じていた疑問を投げてみた。
「つーか、ここどこ?」
「今更かよ」
「おまえが手合わせ申し込んできたんだろうが。聞くタイミングなんてなかったじゃん」
「それもそうか。ここは『英霊達の祠』だってさ」
「英霊達の………祠?」
聞き覚えのない単語だ。
ここがアスト・アーデだったとしても、聞き覚えがないな。
俺の問いにライトは頷く。
「ここにはな、アスト・アーデ歴代の勇者達の魂が眠る場所なのさ。世界のために行き、激動の中に命を落とした者が死後、安らげるようにと用意された場所………らしいぜ?」
「最後、疑問形になってるぞ。おまえも曖昧なのかよ」
「そんなこと言われたって、俺もそう聞かされたんだから、仕方ないだろ。ちなみにシリウスの魂もここにいるぜ?」
「マジでか!?」
ライトの何気ない言葉に驚愕する俺!
ここ、勇者が眠る場所じゃないのかよ!?
あの人、魔王なんですけど!?
あ、でも、世界のために生きたということなら、シリウスがいても不思議じゃないのか。
シリウスだって、長年続いた人間と魔族の争いを終わらせるために命を捧げてきたしな。
まぁ、歴代最強とも称された魔王が勇者の眠る場所にいるってのも変な話だけど………。
しかし、辺りを見渡してもシリウスや歴代の勇者達の姿が見えない。
見た感じ、かなり広大だし、違う場所にいるのかね?
そんな俺の疑問を見透かしたようにライトが言う。
「他の人達には外してもらっているよ。おまえとはサシで話したかったしな。シリウスもおまえに託すものは託したとか何とか言って、奥に引っ込んでる」
なるほど………。
確かにシリウスにも色々と託されたし、約束もした。
最後に話したあの時にシリウスは伝えるべきことは全部伝えたって感じなのかな?
あの人、口数少ないしな。
「あ、シリウスからの伝言があった。忘れない内に伝えとくけど、初孫は女の子が良いそうだ。頑張れよ?」
「おいぃぃぃぃぃぃ! あんたも孫かよぉぉぉぉぉぉ!」
俺のツッコミが草原に響き渡る!
あんた、前と言ってること違うし!
前は程々にって言ってたじゃん!
結局、あんたも孫なの!?
ここに来て、心身ともに安らぎましたか!?
つーか、女の子希望ですか!
俺もそう思ってました!
娘に『パパ』って呼ばれたいもん!
美羽との娘………絶対、可愛い。
断言できる、俺は溺愛してしまう。
将来を妄想して悶える俺を見て、ライトは爆笑する。
「ハハハ! 昔はスケベなくせに奥手だったおまえが娘かよ! しかも、ハーレム叶ってるんだろ? ま、搾り取られて、死にそうになったことがあるらしいけどな! おまえに好意を持ってる女子って、結構パワフルな娘が多いよなー」
「なんで知ってるんだよ!?」
「おまえがここに来る前に赤い髪の女神さまに聞いた」
「あんの駄女神がぁぁぁぁぁぁぁ!」
あの駄女神、なに暴露してくれてんの!?
搾り取られて死にそうになったのって、あんたが原因じゃん!
あの時はティア姉もいたけど!
マジで死ぬかと思いました!
もうヤダ、あの駄女神!
間接的にシリアス壊してくるなよ!
ここで俺はふと気づいた。
「って、今思ったけど、イグニスは先におまえに会ってたのか」
「まぁな。おまえの話を聞いてやってくれって言われてさ」
イグニスのやつ、気を使ってくれたのかね?
まぁ、普段は駄女神なあいつも、ここぞって時には女神してくれるしな。
俺は一度、目の前に広がる絶景を見た後、小さく息を吐いた。
「ま、おまえには色々と話したいことがあるのは事実だ。オーディリアの様子とか、おばさんの様子とか。俺がどんな体験したとか、挙げたらキリがないくらいにな。でもさ、ずっと、おまえに聞きたかったことがあるんだ。おまえが俺を守ってくれたあの時のことで………」
「なんだよ?」
城下町を眺めながら聞いてくるライト。
拳に少し力が入るのは、緊張しているからなんだろうな………。
その問いをした時に返ってくる答えが怖いのか………。
自分でも良くわからないな。
でも、これは聞きたかったことで―――――。
「後悔………してないか?」
「は?」
俺の呟きにライトは頭に疑問符を浮かべていた。
俺は一度、深呼吸をしてから、ライトの方を見る。
そして、ライトの目を見ながら訊いた。
「あの時、俺を庇っておまえは死んだ。………おまえには夢があった。やりたいことがあった。それなのに、俺を守るのと引き換えにおまえは色々なものを失った。………後悔してないか? 俺を守って命を落としたこと」
ライトには夢があった。
実家を継いで、世界一の料理人になるという夢が。
ライトにはやりたいことがあった。
新作メニューを考えたり、常連さんとくだらない話で爆笑しながら、日々を過ごしたかった。
戦争の真っ直中だったけど、ライトには未来があった。
そんな未来を結果的に俺は奪ってしまった。
俺が無知で、無力だったばかりに。
だから、俺はずっと思っていた。
本人に直接聞いてみたかった。
―――――俺を助けたこと、本当は後悔してるんじゃないかって。
ライトが小さい人間だとは思ってない。
こいつは大抵のことは笑い飛ばすくらい、器の大きいやつだ。
それでも、心の何処かでは後悔があるんじゃないかって………。
俺達の間に暫しの間、沈黙が続いた。
時間が経過すると共に雲が流れ、俺達の頭上を雲の影が何度も通りすぎていった。
ふいにライトが小さく息を吐く。
そして、ついに口を開いた。
「後悔が無いと言えば嘘になる」
そう言うとライトは自身の掌を見つめた。
「イッセー。おまえが言う通り、俺にはやりたいことがいっぱいあった。まだ作ってない新作メニューもあったし、予約してた店の幻の料理もたべてないし、市場のおやっさんに頼んどいた魚も受け取ってないし………。ワルキュリアに頼んでた酒も貰ってねぇ………チクショウ。しまった! 母さんに渡したレシピ、一ヶ所修正するの忘れてたぁぁぁぁぁぁぁ!」
天を仰いで絶叫するライト!
分かってたけど、料理関係ばかりじゃねぇか!
おまえ、死んでもそればっかりか!
別の意味でショックだわ!
おまえはどこまでいってもクッキング勇者なんですね!
心の中でツッコミを入れる俺だったが、途端にライトは真面目な表情で言った。
「あとは母さんを一人にしてしまったことと………おまえに重荷を背負わせてしまったこと、かな」
「―――――っ」
俺は最後の言葉に目を大きく見開いた。
ライトは言う。
「俺の言葉がおまえに背負わなくていい重荷を背負わせてしまった。本来なら、おまえは元の世界に戻って日常に戻るはずだった。それを潰してしまったのは俺だ。………さっき手合わせした時、良く分かったよ。おまえがどんな想いで強くなったのかが分かった。おまえの目を見て理解したよ。これまでどんな経験をしてきたのか。きっと、おまえは辛い経験を沢山してきたはずだ。それに………俺の死で自分を殺したいくらい責めたんだろう? ………ごめんな、イッセー」
なんで、こいつが謝ってるんだよ………。
ライトは俺を助けてくれた。
こいつが謝る理由なんてないはずだろ………?
あの時のことは全て、俺が―――――。
俺は衝動的に言葉を発しようとした。
でも、それを遮るようにライトは爽やかな笑顔を浮かべた。
「だけど、俺はあの時の選択を間違ったとは思ってないんだ。昔、モーリスが言ってたんだけどさ、人生ってのは選択肢の連続だ。皆、後悔しないように選択をするけど、どれを選んだところで大なり小なり後悔があるってな。だからさ、思うんだ。―――――どうせ、後悔するなら、自分が一番納得できる選択をしようって」
ライトは笑みを浮かべると立ち上がり、オーディリアの城下町を眺めながら続けた。
「俺は一番納得のいく行動をした。おまえが生きてくれたし、俺の意思を託せたのがイッセー、おまえで良かったと思ってる。その証拠が今のおまえ達だろ? だから、謝るついでに言わせてくれ。―――――ありがとう。俺の想いに応えてくれて。俺の変わりに役目を果たしてくれて本当にありがとう」
「………っ!」
バカ野郎………!
そんなこと言いやがって………!
おまえにそんなこと言われたら…………俺は………!
「なんだよ、泣いてるのか? 暫く見ない内に泣き虫になったか?」
「うるせーよ! おまえがそんなこと言うからだろうが!」
服の袖で目元を隠す俺を見て、ライトは可笑しそうに笑う。
この野郎、昔から俺をからかってくるよな!
相変わらずで逆に安心するわ!
笑うのを止めるとライトは真っ直ぐに俺の目を見てきた。
「俺、思うんだよ。イッセー、おまえが俺達の世界に来たのは偶然じゃなく、必然だったんじゃないかって。兵藤一誠という男は世界を繋ぐために生まれてきたんじゃないかってな」
「おいおい、いくらなんでも大袈裟すぎるだろ。確かに境遇的には特殊すぎるけど、元々は普通の人間だったんだぞ」
「かもしれないな。こいつは俺の勝手な想像だし。でも、おまえの力は皆の願いを、想いを繋げるものだろう? おまえの内から沸き出る輝きはそのためのものなんじゃないか?」
そう言うライトの目は俺の内側、奥深くへと向けられていて、まるで全てを知っているような口調だった。
死んでからここに来て、生きてる時には見えなかったものや感じなかったことが分かるようになったのか?
ライトは言う。
「まぁ、俺が言いたいのは、これからも皆を頼むってこと。そして、これからもおまえは、おまえでいてくれってことだな」
「前半は分かるけど、後半のはどういう意味だよ?」
「そのままの意味さ。おまえは変わる。だけど、本質はバカでスケベで真っ直ぐな『兵藤一誠』のままでいてほしいってこと。俺の親友で、皆の勇者。な、イッセー」
勇者様に『勇者』って呼ばれると変な気分だ。
でも、なんだろうな。
こいつにそう言われると、これまでずっと引っ掛かっていたものが外れた………そんな気分だ。
ライトはニッと笑むと拳を突き出す。
「これからも頼んだぜ、ドスケベ勇者様」
「任せとけ、クッキング勇者様」
俺も拳を突き出して、ライトの拳と合わせた。
少し増えたとは言え、ライトから託されたものは前回と同じ。
でも、心の中はあの時とは逆だ。
どこまでも広がる青空のように晴れ渡っている。
ライトは親指を立てて自身の後ろを指した。
見ると、そこにはいつの間にか一枚の扉が現れていた。
「勝手口はあっちだ。そろそろ時間だろ?」
「そうだな。皆がいる。俺も行かないと。俺を待ってる奴もいるし」
俺は歩を進め、ライトの横を通りすぎた。
俺達の距離は一歩、また一歩と離れていく。
俺は扉の前で静止すると、振り向かずに言った。
「なぁ、ライト」
「なんだ?」
「ありがとな」
「おう。あ、そうそう。おまえにもう一つ頼みたいことがある。たまには母さんの様子も見に行ってやってくれ。母さん、おまえのことも息子みたいに思ってたからさ」
「もちろん。そっちも任せとけ」
俺は背中越しにそう言うと、扉のドアノブに手をかける。
―――――ありがとな、ライト。
おまえと話せて良かった。
おまえの声を聞けて良かった。
おまえが認めてくれたから、おまえがまた託してくれたから、俺は真っ直ぐ前を見ることが出来るよ。
扉を開けると、そこには赤い髪のお姉さんが立っていた。
赤髪のお姉さん―――――イグニスが聞いてくる。
「もう良いの?」
「ああ。もう大丈夫だ。あいつの声を聞けたからな」
「そう。なら、行きましょうか。皆が待ってるわ」
「ああ、行こう。皆のところへ」
俺はイグニスが差し伸べてきたその手を取った。
現在、R18の執筆もしています!
頂いたメッセージの中で名前が多かったヒロインは―――――
ロスヴァイセです!
というわけで、R18の投稿まで少々お待ちを!