目が覚めると見覚えのある天井があった。
この感触、この匂い、この感覚は間違いなく俺の部屋だ。
いつもは美羽達と一緒に寝ているベッドも一人だと大きすぎて変な感じだな………。
そんなことを思う俺だったが、ふと、俺の隣に気配があるのを感じた。
「イッセー、起きた?」
その声に振り向くとオーフィスが一人、俺の隣で座っていた。
先日、クリフォトの襲撃でニーズヘッグの野郎にやられた傷はすっかり治り、顔色も良くなっている。
どうやら、アーシアの治療とニーナ達の看病が功を奏したようだ。
俺は暫く寝ていたせいで重くなった体を動かして、上体を起こすと、オーフィスと向かい合う。
「ああ、今起きたよ。オーフィスはもう良いのか?」
「我、もう大丈夫。イッセーは大丈夫?」
「俺ももう大丈夫だ。心配かけて悪かったな」
そう言って俺はオーフィスの頭を撫でた。
うーむ、相変わらずのサラサラヘアー。
撫でたときの反応が犬みたいで可愛い。
オーフィスが言う。
「イッセー、変わった。良く分からないけど何か違う。寝てる間に、何かあった?」
………ライトと再開したことを言ってるのか?
あれのおかげで俺の中で色々と決意できたけど………。
オーフィスが知ってるはずないし、見た目で何か変わってるのかね?
オーフィスは両手で俺の頬に触れる。
「イッセーの力、我が知らない力。イッセー、我の知らない存在になる。でも、イッセーはイッセー。我の友達」
「そうだよ。どんな存在になろうとも俺は『兵藤一誠』だ。オーフィスの友達だ」
俺の答えに満足そうな表情を浮かべるオーフィス。
オーフィスが俺に訊いてくる。
「イッセーはこれからアーシア達のところに行く?」
「ああ。皆が戦ってるのに、俺だけ寝てる訳にもいかないしな。それに俺を待ってる奴がいる。行くしかないのさ」
目を閉じると感じる。
美羽が、アリスが、リアスが、朱乃が、アーシアが、皆が戦っている。
ヴァーリも、サイラオーグさんも拳を振るってる。
そして、皆が戦う場所から更に向こうにはアセムがいる。
俺が来るのを待ってる。
行くしかないだろ。
オーフィスは一つ頷くと、顔を近づけてきた。
そして―――――何も言わずにキスしてきた。
その瞬間、俺の中に何かが流れ込んできて………。
暫しの沈黙が続いた後、オーフィスは唇を離す。
「我の想い、イッセーに託した。イッセーの力、皆の想いが強くする。我もイッセーの力になりたい」
オーフィスの想い、か。
龍神様からも託されるなんて、色々と凄いことだよな。
「ありがとな、オーフィス。オーフィスの想い、無駄にはしねぇ」
それだけ言うと俺はオーフィスを離し、ベッドから降りた。
うっ………結構、体がバキバキになってるな。
今日の日付は………うわっ、思ってたより眠りっぱなしだったのな。
となると、あれだな………今の俺には圧倒的に足りないものがある。
――――――妹成分が圧倒的に足りねぇ!
ああっ、美羽も、ディルちゃんもいねぇ!
皆、向こうに行っちゃってるし!
美羽に抱きつきたい、モフモフしたいよぉぉぉぉぉぉぉ!
「イッセー?」
妹成分不足に悩む俺を見て、首を傾げるオーフィス。
…………よし。
俺は無言でオーフィスに近寄ると―――――オーフィスを抱き締めた。
落ち着く。
妹ではないが、オーフィスを抱き締めていると足りないもの………癒しが補充されていく!
今のオーフィスは『イッセー、何してる?』みたいな感じだろうけど、そんなオーフィスが可愛い!
俺がオーフィスから癒しを補充している時、部屋の扉が開いた。
そちらを見るとおぼんに水の入ったコップをいくつか並べているニーナの姿があった。
ニーナはオーフィスを抱き締めている俺を見ると、体をプルプル震わせて――――――。
「お兄さぁぁぁぁぁぁんっ!!」
おぼんを放り投げて、俺の胸に飛び込んできた!
あまりの勢いに俺はベッドの上に押し倒されてしまう!
ニーナが涙声で言う。
「良かった………! お兄さんが起きてくれた! お兄さんが戻ってきてくれた!」
顔を涙でぐしょぐしょにしながら、ニーナは強く抱き締めてくる………首を。
「うぐぐぐ…………苦ちぃ………。に、ニーナちゃん、目覚めて早々、俺、旅立っちゃいそう………。ぎ、ギブ、ギブ………マジで死ぬ…………!」
後ろに回された手と、押し付けられるニーナちゃんのおっぱいが俺を圧迫死させようとしてくる!
嬉しいが、洒落にならん!
「ああっ、ゴメンね、お兄さん! 私、お兄さんが起きてくれたことが嬉しくてつい!」
慌てて放してくれるニーナ。
うん、割りとマジで死ぬかと思った。
ニーナちゃんも意外と力強いんだよね。
そこは姉譲りか?
ニーナは涙を拭うと、エヘヘと嬉しそうに笑った。
「おはよう、お兄さん。お姉ちゃんも私もずっと待ってたんだよ?」
「待たせてゴメンな?」
「ううん。こうして起きてくれたから私はそれで………と言いたいところだけど、ちょっと待たせ過ぎかな? オーフィスさんにしてたみたいに、私もぎゅってしてくれたら、許してあげる」
ハハハ…………ニーナちゃんってば、アリスとは違う可愛さがあると言いますか。
どこか小悪魔的な雰囲気があるよね。
まぁ、もちろん拒否するわけないけどね。
俺はニーナの頭を撫でた後、背中に手を回して抱き寄せた。
「待たせて悪かったな。もう大丈夫だ」
「うん!」
薄く涙を浮かべながらも、嬉しそうに頷くニーナ。
全く、俺はどれだけ心配かけてたんだ?
『どれだけ心配したと思ってるのよ!』って、アリスに怒られそうだ。
そんなことを考えていると、ドタドタと廊下を走ってくる音が聞こえる。
その音は次第に大きくなってきて、
「イッセー! 目が覚めたのか!?」
「もう大丈夫なの!?」
父さんと母さんが猛ダッシュでこちらに寄ってきた!
鬼気迫る二人の表情が怖い!
安心してるの!?
怒ってるの!?
どちらとも取れるから、本気で怖いよ!
俺の腕を掴む二人を宥めるように言う。
「落ち着いてくれよ、二人とも。俺はこの通り、問題ないよ?」
「ああ! そうみたいだな! くぅぅ………本当に心配したんだからな!」
「そうよ! 起きるならもっと早く起きてほしかったわ!」
「イダダダダ! 腕! 腕が潰れる! 母さん、こんなに力強かったっけ!?」
「何を言ってるの! 母は強しよ!」
「それ、意味が違うと思うんですけど!?」
母は強しって、腕力のことじゃないよね!?
なんだよ、そのゼノヴィア思考は!?
つーか、この状況、さっきのニーナと同じじゃねーか!
俺の絶叫を聞いて、ようやく二人は腕を放してくれたが………。
さて、目覚めたところで、早くいかないとな。
他の皆も俺を待ってる。
俺はここにいるメンバーに出発を告げようとした。
しかし、それを母さんに阻まれてしまった。
「イッセー、あんたも行くんでしょ? だったら、行く前にご飯食べて行きなさい」
「え? でも、時間が…………」
「腹が減っては戦は出来ないでしょ? 必ず勝って、帰ってくるためにも食べて行きなさい。ニーナちゃん、手伝ってくれる?」
「はい!」
そう言って母さんはニーナを連れて部屋を出ていってしまう。
飯か………確かに数日眠りっぱなしのせいで、腹は減ってる。
でも、あまり時間はないし…………。
すると、父さんが俺の肩に手を置いた。
「イッセー。母さんの言う通りだ。食って行け。平和ボケした俺には分からないけど、こういう時こそ、万全の状態にしないとダメなんじゃないか?」
▽
二階のリビングに降りると、ダイニングテーブルの上に料理が並べられていた。
おにぎりが数個と味噌汁、沢庵という超シンプルなメニュー。
ただし、おにぎり一つ一つがやたらとデカい。
通常の二倍近くあるんじゃないだろうか。
俺が椅子に腰かけると、母さんが笑顔で言う。
「さぁ召し上がれ。私とニーナちゃんのスペシャルおにぎりセットよ」
「私が作ったのこれだよ! 凄いでしょ!」
ニーナが指差したおにぎりは綺麗な三角形で、パリパリの海苔が巻かれていて、実に美味そうだった。
俺はそのおにぎりを手に取り、一口。
何度か咀嚼した後に飲み込んだ。
ニーナが上目使いで聞いてくる。
「どう、かな?」
「美味い。塩加減が絶妙で良い感じだ」
俺が感想を言うとニーナは両手を挙げて喜んでいた。
味噌汁は………うん、美味い。
母さんの味だ。
ずっと味わってきたけど、やっぱりお袋の味ってやつは安心感を覚えるな。
この後も俺はただただ二人が作ってくれたおにぎりを頬張った。
時間がないのは分かっているんだけど、ついついゆっくりと味わってしまう。
それだけ、出されたおにぎりと味噌汁は美味く、食べてると身も心も温まっていった。
母さんが作ってくれたおにぎりを噛み締める度に思い出す。
幼稚園の遠足も、中学の弁当もこの味だった。
俺は生まれてからずっと、母さんの手料理を食べてきた。
ここまでデカくなれたのも、母さんのおかげだ。
食べ終えた俺は箸を起き、手を合わせた。
「ご馳走さま。美味かった………本当に美味かった」
「うん。また作ってあげる! 約束だからね?」
「おう。楽しみにしてるからな?」
腹も膨れ、準備万端。
身支度を終えた俺は玄関へと向かう。
玄関にいるのは俺以外だと、父さんとニーナ、オーフィスの三人だ。
三人とも俺を見送りに来てくれた。
母さんがいないのは…………やはり、息子を戦場に送るという状況が耐えられないんだろうな。
一人、自室へと籠ってしまった。
玄関扉の向こうから気配がするけど………。
俺は玄関扉を開けると、そこにいた人物に声をかけた。
「こんなところにいてもいいのか、ティア? アジュカさんのところにいなくても大丈夫なのかよ?」
そう、玄関を出たところで俺を待っていたのは長い青髪のお姉さん――――――ティアだった。
ティア姉はフッと笑う。
「このような事態だ。アジュカも色々と動いていてな。私も個別で動いている。でだ、我が主のエスコートをしようというわけだ。たまには使い魔らしいことをしても良いだろう?」
「まぁ、いつもはお姉さん的ポジションだもんな。な、ティア姉」
そう言うとティアは顔を赤くして、
「う、うむ! ま、まぁ、そうだな!」
うーむ………やはり、ティアは『ティア姉』と呼ばれると嬉しいらしい。
これは中々に可愛い。
とりあえず、ティアは俺と一緒に来てくれるってことか。
「よろしく頼むよ、ティア姉」
「ああ、任せておけ。マスター」
互いに笑み、頷く俺達。
俺は振り向き、父さん達に声をかけようとした。
その時、母さんが階段の方から慌ただしく降りてきた。
母さんの手には紙袋。
一瞬、赤いものが見えたけど…………。
母さんは玄関に来ると、大きく息を吐いた。
「ふぅ、間に合った………。急ぐのは分かるけど、急ぎすぎよ、イッセー」
「いや、本当に時間ないし………。母さん、それは?」
俺は母さんが抱えている紙袋に指を指す。
すると、母さんは笑んで、紙袋の中のものを取り出した。
母さんが取り出したのは―――――赤い羽織。
それは見覚えのある………いや、とても懐かしいものだった。
これは―――――。
母さんが言う。
「アリスさんに頼まれて作ったのよ。イッセー………あんたが、勇者と呼ばれていた時に着ていた羽織。あんたの象徴なんでしょ?」
そう、この羽織は俺が戦場に立つときに着ていた長羽織だ。
鮮やかな赤色の布地、背中に施された赤龍帝の紋章。
昔着ていたものはとっくに破れて焼けてしまったけど………まさか、もう一度、こいつを見ることになるなんてな。
ニーナが教えてくれる。
「ロスヴァイセさんとリーシャお姉ちゃんがね、対物理、対魔術のコーティングをしてくれてるから、すっごく頑丈なんだよ?」
確かに魔術的なものを感じるな………。
よく見ると、所々に美羽やアリス、リアスやアーシア達の魔力も籠められている。
皆の想いがこの羽織に籠められているってことか。
きっと、信じていてくれたんだろうな。
俺が必ず立ち上がってくれると。
母さんから受けとると、羽織からは重みを感じた。
布の重さじゃなく、籠められた想いの重さだ。
母さんが言う。
「行ってきなさい。そんでもって、必ず皆で帰ってくること。良いわね?」
父さんも続いた。
「俺達はずっと待ってる。ここはおまえの家だ。いつまでもおまえ達の帰りを待ってるからな」
念を押すかのように言う二人。
心配もあると思う。
でも、二人の目はとても強い………これが『親』ってやつなのかな?
俺は一度目を閉じると、真っ直ぐに二人の目を見て言った。
「必ず帰ってくる。約束するよ」
俺は見送りに来てくれた皆に背を向けると―――――赤い羽織に袖を通した。