[三人称 side]
「見事………ッ!」
自身に打ち込まれた拳に笑みを浮かべるラズルはゴブッと口から血の塊を吐き出した。
神々しく輝くサイラオーグの拳はラズルの中心を捉え、彼の身を外側からも内側からも破壊したのだ。
「ここまで、やるとは………正直思ってなかったぜ………。ハハハ………俺の、負けだ」
ラズルの全身から赤い煙が上がると、彼の変身が解け、元の姿へと戻っていく。
赤い体毛が消えた後、現れたのは体の至るところに深い傷を負った肉体。
それはサイラオーグの攻撃だけでなく、リアス達の攻撃が積み重なって出来たものだ。
サイラオーグがゆっくり拳を引き、ラズルと向かい合う。
それでも、ラズルは倒れようとしなかった。
サイラオーグが問う。
「もう死が近いのだろう? なぜ、倒れない?」
ラズルがもう長くはないのは誰の目からも明らかだった。
あの獣のような覇気が今の彼からは微塵も感じられない。
それでも、ラズルは倒れなかった。
意識が飛びそうになる中、ラズルは苦笑を浮かべた。
「こいつは………俺の戦士としての、意地ってやつだ。死ぬときは立ったまま死んでやるってな………。誰が相手だろうと、膝は着かねぇ。倒れてなるものか………。おまえもそんな気持ちがあるんじゃねぇのか、サイラオーグ・バアル?」
「確かに………と言っても、何度も膝は着いてきたがな」
「だが、果てしない激戦を潜り抜け、おまえはこうして立っている………違うか?」
そう言うとラズルは赤い空を見上げた。
「俺は………親父殿のやり方に疑問を持ってた。本当にこんなやり方で良いのかってな………。だが、今ではこれで良かったんだと思う。サイラオーグ・バアル、俺はおまえと、おまえ達と戦って可能性を見た。きっと、親父殿もそうだったんだろうな………」
自分という絶対の破壊者に何度叩きつけられようとも、何度血反吐を吐こうとも真正面から向かってきた。
そして、ついには自分を打ち倒した。
己の限界を超え、圧倒的な実力差を乗り越えたのだ。
ラズルにとってはこれ以上ない戦いだった。
「俺は、おまえ達と戦えて満足だ。おまえ達ならこの先に待つものを―――――」
そして、ラズルは天に拳を掲げ、満足そうな表情で言った。
「先に逝ってるぜ、おまえ達。それぞれがケリをつけることが出来たら来いや。その時は………また、一緒に………」
それが異世界の神アセムから『破軍』を与えられたラズルの最期だった――――――。
[三人称 side]
▽
[木場 side]
「………そうですか。ラズル、あなたは満足して逝けたのですね」
剣を交えていると、ヴァルス(分身体)は瞑目してそう呟いた。
その言葉で僕は気づいた。
先程まで、この一帯を包み込んでいた覇気が無くなっていることに。
つまり、ラズルが倒されたということだ。
僕達剣士組はリアス前部長達が戦っている場所から離れて戦っているため、視認はできないが、今のヴァルス(分身体)の言葉からラズルは死んだのだろう。
ヴァルス(分身体)は剣を弾くと、僕達から距離を取った。
「私は術によって創られた存在ですが、『覗者』ヴァルスの持つ記憶、感情はそのまま保有しています。………やはり、失うということは堪えますね」
「だが、この戦いを始めたのはあなた達だ。この戦いで多くの人達が傷つき、失っている」
僕がそう言うとヴァルス(分身体)は瞑目したまま頷いた。
「ええ、分かっていますよ。私達にはそのような言葉を吐くことは許されない」
ヴァルス(分身体)は剣を構え、空いた左手に魔法で作り出した炎を握る。
炎が揺らめいたと思うと、形を変え―――――剣へと変化した。
「此度の事態を引き起こした、その責任は取るつもりですよ。私も父上もね」
そう言うとヴァルス(分身体)は音もなく消える。
やはり速い。
スピードは確実に今の僕より上だ。
右側から気配を感じた僕は聖魔剣で飛んできた炎の剣を弾き、直ぐに体勢を切り換えて地面を蹴った。
今の僕は騎士王形態、つまり僕自身のパワーとスピードを大幅に強化する姿だ。
スピードを最大限に発揮しつつ、僕はヴァルス(分身体)に斬りかかった。
ヴァルス(分身体)が笑みを浮かべる。
「今のを見切るとは流石ですね」
「剣聖に鍛えられましたからね! これくらいではやられません!」
一瞬の鍔競り合い。
その場から飛び退くと、僕達は高速移動しながら剣を交えていく。
「私達を忘れてもらっては困る!」
「そうよ! 戦っているのは木場君だけじゃないんだから!」
蒼炎のオーラを纏うゼノヴィアと浄化の力を纏ったイリナも斬り合いに参加する。
ヴァルス(分身体)の剣を僕が弾き、ゼノヴィアがそこを狙う。
避けられてしまったが、濃密なオーラを纏ったデュランダルとエクスカリバーの攻撃は大地を割るほど。
ゼノヴィアの攻撃を回避したヴァルス(分身体)が着地すると同時に後方から光の矢が何本も撃ち込まれる。
放ったのは黄金の翼を広げるイリナだ。
浄化の力が籠められた矢は掠めただけでも、相手の戦意を奪う。
僕の高速の剣、ゼノヴィアの破壊力が籠められた剣、そして、遠距離からの支援も交えつつ、自らも斬りかかるイリナの剣。
この三人のコンビネーションはモーリスさんとの模擬戦で彼に勝つために編み出した連携だ。
互いに足りない力を補いながら攻める戦法は自分達でもかなりのものだと自負している。
しかし、そんな僕達の戦法をヴァルス(分身体)は涼しい顔で全てを避けきっていた。
「これならどうだ!」
焦りの表情を浮かべるゼノヴィアがデュランダルにオーラを乗せて横凪ぎに振るう。
今の彼女の破壊力はモーリスさんのお墨付き。
防御したとしても、その上から叩き伏せられる。
その斬撃をヴァルス(分身体)は―――――。
「力みすぎです。力の流れが乱れていますよ?」
真正面から受け止めた。
それも―――――指先だけで。
「なっ………」
これにはゼノヴィアも驚きを隠せず、動きを完全に止めてしまっていた。
いや、動けなかったのだろう。
動きを止めたゼノヴィアの腕を掴むと、ヴァルス(分身体)は空中で弧を描くようにして、彼女を地面に叩きつけた。
「ガハッ………!」
「ゼノヴィア! このっ………!」
イリナは飛び出すと、周囲に光の矢を展開する。
光の矢は高速で飛び出し、ヴァルス(分身体)を貫こうとする。
だが、光の矢が届くことはなかった。
なぜなら、ヴァルス(分身体)が当たる直前に握り潰したからだ。
「ウソッ………!? なんで!?」
「あなたの浄化の力は厄介です。ですが、直接触れなければどうということはありません。より大きな力で握り潰せばこの通り」
開かれた彼の手には濃密なオーラが滲み出ていた。
更に強大な力でイリナの力を捩じ伏せたと言うことか………。
その時、後方から凄まじい波動を感じた。
振り返ると、ゼノヴィアがデュランダルとエクスカリバーをクロスする形で天に掲げ、刀身に莫大なオーラを纏わせていた!
蒼炎のオーラはどんどん強くなり、天を穿っている!
ゼノヴィアが立っている場所が彼女のオーラに耐えられず、抉られ、巨大なクレーターが広がっている!
ゼノヴィアが叫ぶ。
「こちらの心を読むことが出来るのなら、避けきれない一撃をくらわせればいい! そちらが力で捩じ伏せるのなら、私はそれの上をいくだけだ! クロス・クライシスッ!」
刹那、極大の聖なる波動が解き放たれる!
振り下ろされた蒼炎の力が空を空間をも斬り裂きながら、ヴァルス(分身体)へと襲いかかった!
ゼノヴィアが現時点で放てる究極、最強の技だろう!
ゼノヴィアの宣言通り、放たれたクロス・クライシスは回避不可能なほど、巨大。
いかに相手の心の内が読めたとしても、これは避けきれないだろう。
「これは中々。確かにこれでは避けることは叶いませんね。ならば、真正面から相殺させていただきます」
ヴァルス(分身体)は炎の剣の切っ先を迫る極大のオーラに向けて―――――。
「―――――喰らえ、赤炎の獅子よ」
炎の剣がうねり、そこから炎で形作られた巨大な獅子が飛び出してきた!
炎の獅子は顎を開き、クロス・クライシスに牙を突き立てる!
赤熱と蒼炎が拮抗し―――――大地を激しく揺らしながら弾けた。
「………ッ!?」
この結果にゼノヴィアは言葉も出ない様子だ。
僕もイリナもどう反応すれば良いのか分からなくなる。
それぐらい衝撃的な光景だった。
ゼノヴィアは聖なるオーラをチャージして繰り出した。
対して、ヴァルス(分身体)はほとんどノーモーションで魔法を放ち、完全に相殺してみせた。
つまり、現段階でヴァルスは―――――。
「パワー、スピード、テクニック。全ての面においてあなた方よりも上にいる。そういうことですよ」
「「「………ッ!」」」
ここまでの手合わせで彼は僕達三人と互角かそれ以上の戦いを披露してきた。
僕達も彼が強いのは重々承知していた。
だけど、こうもハッキリ言われるとね………。
「付け加えるなら、本体は術で創られた私よりも強い。この意味は分かりますね?
モーリスさんの地獄の修行で確実に強くなった。
それでも………それでも、届かないと言うのか………!
冷や汗を流す僕達を見て、ヴァルス(分身体)は言う。
「フフフ………感じますよ、あなた達の焦りを。だが、諦めてもいない。私を倒すために、あの手この手を考え、隙あらば一瞬で勝負をつけるつもりでいる。まさに油断大敵。ある意味、下手な神クラスよりも強く、厄介な相手です。まぁ、そこが良いんですけどね」
爽やかな微笑みと共に親指を立てるヴァルス(分身体)。
………どうにも油断はしてくれなさそうだ。
まぁ、そんなことは最初から期待していないけどね。
イリナが厳しい表情で呟く。
「力でもダメ、速さでもダメ、技でも………。こんなの、弱点をつくしか………。でも、弱点なんてどこに………?」
「………」
そんなイリナの呟きに思い当たるところがあった。
そういえば、ヴァルスの弱点って、ないこともないような………。
確かあれは初めて剣を交えた時。
アウロス学園の襲撃の時に――――――。
僕がそこに思考が至ったとき、ゼノヴィアがハッとなった。
「そうだ! ナイスだぞ、イリナ!」
「え? な、なによ、ゼノヴィア?」
「弱点だ、弱点! イッセー達から聞いているぞ! 奴は悪口に弱いガラスのハートだということをな!」
ヴァルスの弱点というか………うん、確かにあったよ。
相手の心が読めるのに悪口に弱いって………。
なんで、そうなってしまったんだろうね?
能力と性格が合っていないような………。
ゼノヴィアが言う。
「イリナ! 木場! 思い付く限り、悪口を言うんだ! やーい、ジミー!」
「え、ええっ!? そ、それって、イジメをしてるみたいで、気が引けるのだけど………。ううん! これも天界のため、世界のため、皆のため! 言うしかないのよね! え、えっと、ジミー! 陰険! あ、あと………ノーデリカシィィィィィ!」
思い付く限り、悪口を叫んでいくゼノヴィアとイリナ。
こ、これで良いのかな?
た、確かに相手は無視できない敵だし、世界を破滅に導くレベルの神の眷属だし………。
戦いの中、相手の弱点を突くのも戦術だけど………。
「うっ………ぐぁっ! こ、心が………! な、泣きそう………」
目元を押さえて苦しむヴァルス(分身体)!
目元には涙が滲んでいる!
効いてる、効いてるよ!
僕達の連携攻撃をものともしなかったのに、悪口が効いているよ!
なんだか、僕も泣けてきた!
「よし、効いてるぞ、イリナ! バーカ! バーカ! あ、あとは………おまえの母ちゃん出べそォォォォォッ!」
ゼノヴィア!
君はどこでそんな言葉を覚えてきたんだ!
イリナもゼノヴィアに続く。
「あ、そうだわ! 確か、イグニスさんが男性には言ってはいけないワードをいくつか言っていたわ! 多分、通じるはずよ!」
一番の危険人物の名前が!
この流れでイグニスさんの名前が出てくるなんて、最悪のパターンじゃないか!
「本当か、イリナ! よし、そいつをくらわせてやれ!」
「ちょ、ちょっと待って………う、うーんと………えーと、なんだっけ? た、確か………ほ………」
「ほ? その続きは!?」
「ほ………そうだわ!
「
ダメだ………目眩がしてきた。
それ、こんな場所で叫んで良いようなワードじゃないと思うんだけど………。
というより、イグニスさんは何を教えてるんですか!?
数えきれない悪口(?)を叩きつけられたヴァルス(分身体)。
地に膝を着け、泣きながら苦しんでいた。
………もう止めてあげようよ。
僕が二人を制止しようとした、その時―――――何かがハズれるような音がした。
振り返ると、先程まで苦しんでいたヴァルス(分身体)が幽鬼のように立っていて、不気味な笑みを浮かべていた。
そして―――――。
『フハハハハハ! よくも我輩を侮辱してくれたな! 最近、胸まで筋肉で硬くなっていないか気にし始めた脳筋娘と、夜な夜な甘い妄想に耽り、一人いかがわしい行為をしている自称幼馴染みのエロ天使よ!』
「「なぁぁぁぁぁぁぁッ!?」」
空まで突き抜ける二人の絶叫に僕は、天を仰いだ。
拝啓、皆様。
今日はどのようにおすごしでしょうか。
僕は今日も仲間のために剣を振るっています。
僕達は…………いえ、正確には彼女達は………。
とてつもない仕返しをされそうです。
[木場 side out]
ヴァルス(分身体)………覚醒(笑)