[美羽 side]
星々から放たれた光が止み、夜の世界が崩れていく。
「燃費、悪いなぁ………」
世界が崩れるのと同時にボクの神姫化も解けてしまう。
黒い羽衣は消え、元の駒王学園の制服への戻っていく。
今のはボクが夜を司る神として使える現段階では最高の技で、夜の世界に閉じ込めた相手を星々の輝きと熱を以て消滅させるというもの。
全方位、数えきれない程の星からの熱は防ぎきれるものじゃない。
更に言えば、相手の展開している結界をも呑み込み、上書きしてしまうので、仮に結界に封じ込められたとしても、内側から崩すことが出来る。
ただし、消耗が大きすぎて、使えば神姫化が解けてしまう。
周囲の空間を解析しなければいけないため、魔法陣の完成に時間がかかるのと、燃費が悪すぎるのが、この技の欠点だ。
夜の世界が完全に崩れた後、見えてくるのは元の戦場。
ヴィーカ達が結界を展開する前の場所に戻っていた。
ベルの結界が崩れたからなのか、あの魔神も夜の世界が完成したと同時に消えていた。
「あれはあの結界の内側でないと維持が出来ないってことだね。………今のを受けてまだ生きてるなんて、あってほしくないけど………」
圧倒的な光と熱で相手を焼き尽くす夜の世界は回避はまず不可能、防御したとしても無事という訳にはいかないだろう。
ボクにはもう戦う力なんて残っていないし、今ので終っていてほしいところだけど………。
しかし、そんなボクの願いは届かなかったようで、
「それは、残念ね………」
傷だらけのヴィーカがボクの前に立ちはだかった。
左腕を失っているが………まさか、立てるだけの力が残っているとは………。
ヴィーカの側にはベルがいて、こちらはヴィーカのような傷は受けてないようだ。
ベルを庇ったのかな………?
ボクがベルの傷の少なさに驚いていると、ヴィーカが笑みを浮かべながら言う。
「………どんなに強くても妹だもの。妹を守るのはお姉ちゃんとしての役目、でしょ?」
「そうだね。そこはすごく共感できるよ」
ボクだって、サラが危機に瀕していたら、ヴィーカと同じことをした。
後先考える前に体が勝手に動いていると思う。
ヴィーカに守られたベルはというと、表情はいつもと変わらないけど、ヴィーカの腕の治療を始めていた。
懐から取り出した小瓶―――――フェニックスの涙をヴィーカの傷口に振りかけ、彼女の傷を癒していった。
ベルがヴィーカに言う。
「………ゴメンね、ヴィーカ。ヴィーカの腕、無くなっちゃった………」
「流石に完全消滅したものは回復できないわね………。まぁ、良いわ。ベルが無事ならね♪」
申し訳なさそうな声音のベルの頭を微笑みながら撫でるヴィーカ。
そんな彼女達の姿はボク達兄妹と似ていて………。
彼女達には彼女達の絆がある。
これまで戦ってきた敵とは違い、誰かを想い、大切な日とを守るために体を張ることが出来る、そんな人達だ。
それなのに―――――。
「まだ………戦うつもり?」
ボクはそう問いかけた。
こんな問いはナンセンスだと思う。
彼女達の答えは分かりきっていたことだから。
ヴィーカは不敵に笑みを浮かべながら言う。
「もちろん。こんな中途半端なところでやめるなんてことはしないわ」
「それは………君の大切な人を失うことになっても?」
ボクの言葉にヴィーカは目を丸くする。
「優しいのね。でも、この戦いを仕掛けた以上、ここで逃げるわけにはいかないの。………もう幾つもの血が流れた。この世界に痛みが広がっているわ。強者にも弱者にも」
「それが分かっているなら、なんで………!」
「それが分かっているからこそよ。あなた達に守りたいものがあるように、私達にも守りたいものがある。でも、それにはこの痛みこそが必要なのよ」
次の瞬間、ヴィーカの体から濃密なオーラが発せられる。
オーラは急速に大きくなっていき、この一帯を包み込んで―――――。
「『武器庫』の再展開!? まだこんな力が残っていたというの!?」
あれほどの傷を受けて、まだ『武器庫』を展開する力が残っているなんて………!
驚くボクは改めてヴィーカに視線を向ける。
すると、『武器庫』を再展開したヴィーカの顔が青白くなっているのが見えた。
目元には隈も出来ていて、無理をしているのは明らかだ。
「君、自分の命を使って………!?」
「ウフフ………あなた達が命懸けなら、私達だって命懸けってことよ」
再び、この一帯がヴィーカの固有結界に包まれていく。
ヴィーカの覚悟に応じるようにベルもまた動き出し、力を解放し始める。
ヴィーカ以上の強大な力が彼女から放出され、あちこちから絵画が召喚されていく。
「………ベル、ヴィーカと一緒」
「お姉ちゃんとしてはこれ以上、無理してほしくないけど………ありがとね、ベル」
手を繋ぐ二人。
繋いだ手を通して、ベルとヴィーカの力が混ざり、新たな力の波動を生み出していく。
二人を中心に渦巻く力の流れに吸い込まれるようにヴィーカの創造した神具とベルの描いた絵画が浮かび上がった。
そして、二人の創造物が空中でぶつかり、解け合っていく―――――。
「これが本当に最後よ」
ボクの前に召喚されるのはあの魔神。
これまで描いてきた全ての者の能力を使用できるというベルが召喚できる最強の魔神だ。
だけど、さっきとは少し違っていて、全身から槍や剣などのあらゆる武具が埋め込まれている。
感じる力の波動からして、あれら全て、ヴィーカが創造した神具だろう。
そして、魔神の胸には赤い核のようなものがあり、その中にヴィーカとベルの姿が見える。
本当にこれが最後にするつもりなのだろう。
「ハハハ………。どれだけ、無茶苦茶なのさ、君達は………!」
ここまで来ると逆に笑いが出てくるよ。
ボクは魔神を前にして構えた。
神姫化は解け、もう戦う力なんて残ってない。
立っているのもやっとなぐらいだ。
でもね………ここで、ここに来て、負けるわけにはいかないんだ………!
「ハァァァァァァァァッッ!」
ボクが掌を突き出すと、魔神の頭上に同じ魔法陣が展開される。
魔法陣が強く輝きを放つと、魔神の体に凄まじい重力がかけられていった!
魔神の足が地面にめり込み、大地が悲鳴をあげるのが聞こえてくる!
あの魔神相手に神姫化もなしで真っ向勝負なんて出来ない。
だから、少しでも相手の力を削いで、隙を作るしかない!
「………そんなの、効かない………!」
核の中にいるベルが手を横に払う。
その動きだけでボクの重力魔法が破られてしまう!
結構な力を籠めたんだけど、紙を破るみたいに突破されるとはね………!
巨大な神具を握った魔神はその豪腕でボクに斬りかかってくる。
上から下へとただ振り下ろす大きな挙動。
隙だってある。
だけど、魔神からの殺意が向けられるだけで体が動かなくなってしまう。
ボクはもう限界の体に鞭打って、後ろに飛んで、剣を回避する。
しかし―――――。
ドォォォォォオオオオオオオオオンッッ!
ただの一振りだけで、大地が真っ二つにされた!
地面が大きく揺れ、上下にズレ始める!
舞い上がった土砂が、振り下ろされた時の風圧がボクを直撃して、全身を痛め付けてくる!
痛みで風の魔法が解け、完全に空中に放り出される形になったボク。
動きたいけど動けない。
腕の一本どころか、指の一本さえ動かない。
まるで自分の体ではなくなってしまったかのように、ボクの言うことを聞いてくれない。
空中に放り出されるボクに黒い影が映る。
上を見ると魔神の巨大な掌が待ち構えていて―――――躊躇なく、ボクを地面に叩きつけた。
「ガッ………! あ………ぁぁぁぁ………!」
全身に強い痛みが走ったと思うと、今度は何も感じなくなった。
多分、今ので全身の骨が凄いことになったかも………。
あと、内蔵もいくつかやられたかな………。
痛みってここまで来ると、逆に痛くなくなるんだね………。
痛覚すら狂ってしまう痛み………お兄ちゃんはこんなことを何度も経験してきたんだろうな。
声も出せず、己の呼吸音すら聞こえなくなって、視界も歪んできた―――――その時。
「ねぇ………ね………は、やらせないと言ったはずだ………!」
確かに聞こえたその声。
歪んだ視界の中で見えた一人の少女の姿。
ボロボロの姿で、槍を支えにした少女は血を吐き出しながらも立ち上がっていて、
「この人は………私の光、なんだ………。家族を失って………ずっと、一人だった私を迎えてくれた………暗闇の中にいた私を、照らしてくれた………」
少女は満身創痍の体を引きずって、前に進み始める。
「守られてばかりで………ようやく守れたと思った………。だけど、ここで失ったら………私はもう何も見えなくなる………また、あの闇に戻ってしまう………! もう大切な人を失いたく………ない………! だから………だから………!」
少女は足に力を籠め、顔を上げると、空に向かって叫んだ。
取り戻した自分の心を、感情を、全てさらけ出すように、自分の想いを全て乗せて叫んだ。
「私は………守る………! 来るなら来い! 貴様らがどれだけの力を持っていようとも………! これ以上、私の大好きな人には指一本たりとも触れさせないッ!」
少女は力強く槍を構えた。
もう立つことすら出来ないはずの体で。
ただ、ボクを守るがために、その命を削ろうとしている。
「サ………ラ………」
何をやっているんだボクは。
妹にここまで言わせて、何を寝ているんだ。
ボクが大好きな人は、ボクが愛した人は、将来を誓った人は何度倒れても立ち上がったはずだ………!
動いてよ………動いてよ、ボクの体!
ボクだって、もう大切な人を失いたくない!
何のために強くなった?
何のためにここまで来た?
ここで失ったら、ボクだって………!
「………もう終わらせましょう。大丈夫よ、もうこれ以上は痛くないわ。苦しまないよう、一瞬で決めてあげる」
魔神の核の中からヴィーカの声が聞こえてくる。
魔神が両腕を広げると、空に暗雲が立ち込め、魔神の頭上にエネルギーが集中していく。
完成するのは魔神よりも一回り大きな暗黒の球体。
紫色のスパークが飛び交い、強烈な波動を放っていた。
あれを落とされたら、間違いなく跡形もなく消し飛ぶね………。
どうすればいい………?
どうすれば、この状況から抜け出せる?
考えろ、考えるんだ………!
意識をギリギリ繋ぎ止めた状態で思考を巡らせていくボクだが、相手は答えが出るのを待ってくれない。
完成したエネルギー球が落とされ、全てを消し去ろうとした―――――。
「お待たせ、二人とも」
その声とともに突然、現れた目映い光。
白金色に輝く翼を広げたアリスさんがボクとサラを守るように立っていた。
アリスさんが言う。
「ゴメンなさい、こんなにも遅くなってしまったわ。本当ならもう少し早く動けたんだけど、あの二人を相手にするから、ギリギリまで粘ってたの。あとは任せて、休んでて。―――――一撃で終わらせるから」
アリスさんが纏う光がより一層、強く、神々しくなっていく。
広げた翼から黄金の粒子が広がり、優しい光がボク達を包み込んでいった。
現れたアリスさんにヴィーカが言う。
「遅かったじゃない、王女様。遅すぎて忘れていたわ」
「ええ、待たせたわね。遅れた分はきっちり働かせてもらうわ。うちの『僧侶』と『騎士』がここまで頑張ったのに『女王』が活躍無しじゃ格好がつかないもの」
アリスさんは腕を前に出して、槍を水平にすると柄のところを撫でた。
高まっていくアリスさんの力に呼応しているのか、ドクンッと槍が強く脈打ち始める。
アリスさんは槍の切っ先を魔神の核―――――ヴィーカとベルに向けると、柄の先端、石突きの部分を右手で握った。
「霊槍アルビリス。四大神霊が作った神槍。私は今まで槍と対話なんてしてこなかったから、えらく時間がかかってしまったわ。でも、おかげで理解することができた。この槍の心の力を―――――」
白金色の雷に包まれたアルビリスの形状が変化していく。
切っ先はより鋭く、柄はより太くなると、石突きのところに翼のようなものが現れる。
アルビリスが変化していくと同時にアリスさんの空いた左手にオーラが集中して、こちらも形状が変わっていた。
上下に細長く伸び、緩やかな曲線を描いていく。
そして、上下の各先端が糸のようなもので結ばれた。
アリスさんが構えたその姿はまるで―――――弓矢を構えているような姿だった。
アリスさんが言う。
「これが霊槍アルビリスの真の姿―――――真
アリスさんが巨大な矢と化したアルビリスを引く。
鏃には尋常ではない力がチャージされていて―――――
「―――――
白き雷を纏った矢が魔神を居抜き、全てを破壊していった―――――。
▽
それから少ししてからだった。
「美羽ちゃん、大丈夫………じゃないわね。すぐにアーシアさんのところに連れていくから」
気が付いたらボクはアリスさんに肩を担がれていた。
ボクの反対側にはサラもいて、アリスさんはボクとサラの二人を担いでいる格好だった。
体に力の入らないボクはアリスさんに体を預けながら、周囲を確認する。
「………終わったの?」
ボクの問いかけにアリスさんは空を見上げて、
「ええ、終わったわ」
ヴィーカとベルが再展開した結界は完全に消滅して、あの魔神の姿も無くなっていた。
空を見上げると、神姫化したアリスさんのオーラが一面を染めていて、白金色に輝いているのが見えた。
「本当に一撃で決めちゃったんだね………」
「美羽ちゃん達が時間を稼いでくれたもの。それに言ったでしょ? 『僧侶』と『騎士』が頑張ってるんだから、『女王』もカッコいいところ見せないとね?」
微笑むアリスさん。
うん、赤龍帝眷属の『女王』がアリスさんで良かった。
こんな女性がいるから、ボク達の眷属が成り立っている、そんな風にも思ってしまう。
まぁ、これを言うとアリスさんは首を横に振ってしまうだろうけど。
ボク達が真っ直ぐ進んだ先。
そこにはヴィーカとベルの姿があった。
ベルを庇うように抱き付いているヴィーカ。
だけど、二人の体はアリスさんの一撃で貫かれていて、二人とも肉体が崩壊しているのが見えた。
ヴィーカは抱き締めたベルの頭を撫でながら言う。
「ゴメン………なさいね。お姉ちゃん、ベルのこと………守れなかった。ウフフ………口ではあんなこと言ってたのにね。他者の大切なものを奪っておきながら、自分の大切なものを守ろうとした………その罰なのかしら………?」
ヴィーカの胸の中にいるベルは弱々しくヴィーカの服を掴んで、消え入りそうな声で言った。
「………良いの。ベルも、いつかはこうなるって………分かってた………」
「そう………。でも、ベルと逝けるのなら、それはそれで良かったの………かも」
微笑むヴィーカ。
彼女の声も徐々に小さく、耳をすまさなければ聞き取れなくなっていく。
アリスさんがヴィーカに問う。
「あんた、本当にここまでする必要あったの? こんなボロボロになって………」
「ウフフ………なーに? 私の心配………?」
「茶化さないでよ、バカ」
「ウフフ、ごめんなさいね………。でも、これで………良かったのよ」
ヴィーカはアリスさん、ボクと順に視線を向けると口を開いた。
「………行き、なさい。あなた達が未来を掴むというのなら………彼のところへ………。きっと、彼は………この世界とあの世界………二つの世界を…………」
それ以降、ヴィーカとベルの声が聞こえることはなかった。
アリスさんは一度、瞑目すると前を―――――この世界の中心を見据えた。
「行きましょう。まだ戦いは続いているのだから。………今から行くから待ってなさいよ、イッセー!」
[美羽 side out]
~あとがきミニストーリー~
イッセー「おまえら、声出せぇぇぇ! この世界は俺達のツッコミにかかってるんだぞ! どんだけぇぇぇぇぇッ!!」
ギャスパー「が、頑張りますぅ! ど、どんだけぇぇぇぇぇッ!!」
木場「僕もなのかい!?」
イッセー「当たり前だ! ツッコミ役は貴重なんだよ! ほら、木場も! どんだけぇぇぇぇぇッ!!」
木場「くっ、やるしかないのか! ど、どんだけぇぇぇぇぇッッ!!」
イッセー「ワンモアセイ!」
木場&ギャスパー「「どんだけぇぇぇぇぇ!」」
イッセー「エビバディセイ!」
木場&ギャスパー「「どんだけぇぇぇぇぇ!」」
今日も今日とて、ツッコミ役の鍛練は続く。
曹操「どんだけぇぇぇぇぇぇぇぇッ!! ………お、俺はなにをして………!?」
~あとがきミニストーリー 終~
本編シリアスだから、あとがきでブレイクッ!
次回からイッセーVSアセムだ!