「俺の………勝ちだ………」
肩を上下に揺らし、血を滴らせる俺は仰向けに倒れるアセムに向けてそう宣言した。
大地が裂ける音がする。
俺を中心に一帯は深く陥没、遥か彼方まで地割れが続いていく。
空からもガラスが砕けるような音が延々と聞こえてきた。
見上げれば、空間全体に亀裂が入り、破片となって落下している光景はどこか神秘的でもある。
そして、この一帯を包み込む真紅のオーラ。
元々、血のように赤くおどろおどろしい色をしていた空も真紅の色が上書きしているせいで、今はとても鮮やかだ。
渾身の一撃だった。
俺に残された体力も、気力も、想いも全てを乗せた真紅の拳。
ドライグが言う。
『過去最高の一撃だったぞ。土壇場の馬鹿力とはいえ、ここまで周囲に影響を及ぼすとはな。まぁ、それもおまえらしいが』
だろうな。
それくらいしないと、アセムには届かなかったさ。
アセムが動く気配はないが、死んではいない。
薄く開いた目はしっかり俺に向けられている。
あの一撃をくらって意識を保てていることには驚きだが、流石はあのラズルの生みの親ってところか。
ラズルも俺の全力を受けても倒れてくれなかったしな。
底無しとも思えるタフさに呆れていると、アセムは小さく笑った。
「ハハハ………効いた、効いたよ。何もかもが打ち砕かれた気分だ。………弱く、ただ嘆いていたあの青年がここまで………。この勝負、僕の負けだ」
ボロボロの体で、どこか感慨深そうに呟くアセム。
そういや、こいつは俺がアスト・アーデに飛ばされてから今に至るまでをずっと見てきたんだっけか。
何も知らないガキだった俺。
親友を亡くしてただ嘆いていた俺。
力をつけて戦い始めた俺。
魔王シリウスを倒した俺。
そして、元の世界に戻ってからの俺。
ずっと見てきた奴がこうして自分を倒す。
アセムからすれば、感じるところもあるのだろう。
地面に大の字になったアセムが聞いてくる。
「君は………人が変わるのに『痛み』は必要ないと言ったね」
その問いに俺は頷く。
「ああ。………確かに人も神も死ぬほど後悔しないと変われないのかもしれない。俺もそうだった。だけど、そんなものがなくても変われるんだ。時間はかかるかもしれない。すれ違ったり、間違うこともあると思う。それでも………俺は信じるよ、人が持つ可能性ってやつを」
まだ二十年しか生きていない子供が大それたことを言うと思われるかもしれない。
だけど、俺が歩んできた道程は、この目で見て、感じてきた出来事は確かに俺の中に残ってる。
戦って、傷つけて、傷つけられて。
血生臭い人生だった。
でも、だからこそ、見えてきたものもある。
―――――人の心の光。
人の優しさ、絆の力、何かを守る強さ。
人は多くの可能性を持っているんだ。
そして、俺はそれを実際に体験している。
「ロスウォードを倒した時、人族も、魔族も、神も、皆が一つになった。皆が俺に託してくれたおかげで、あいつを救うことが出来た。あの温かさは今でもここに残ってるよ」
そう言って、俺は自身の胸を指した。
胸に残るあの温かさ。
あの温かさが俺に確信を持たせてくれた。
一つ一つは小さな灯でも、集まればどんな理不尽だって乗り越えられることを。
不意に体に痛みが走った。
アセムから受けたダメージが大きすぎて、立っていることもままならないか……。
俺はアセムの近くに座り込み、話を続けた。
「おまえだってそれを信じていたからこそ、この戦いを始めたんだろう?」
「………なんで、そう思うんだい?」
動かないまま聞いてくるアセム。
俺は深く息を吐いて答えた。
「おまえ、この戦いを仕掛けた時に言ったそうだな? 考えろって。自分達が生き残るために何をすれば良いのか、一人一人が考え、自分の役目を果たせと」
これはアセムが構築したこの世界に乗り込む直前にティアから聞かされたものだ。
「おまえは自分という理不尽を乗り越えてほしかったんだろ? バラバラじゃあ、到底おまえ達には勝てない。だから、世界中の意思が一つに向かうように仕向けた。それこそ、強者も弱者も関係なくな」
「………」
アセムは答えない。
ただ瞑目して俺の言葉を聞いているだけだった。
俺と戦っている時、アセムは『痛み』を以て世界を変えると言った。
それも本心だと思う。
だけど、それとは別に願っていもいたはずだ。
人間も、悪魔も、神も関係なく、全ての種族が手を取り合い、自分を倒すことを。
手段としては過激だと思う。
それでも、こいつは―――――。
「もう良いだろ? もう十分だろ? おまえは散々悩んで、苦しんだ。おまえだって、こんなの本当は望んじゃいないはずだ。だから―――――」
「それは違うかな」
俺の言葉を遮ったアセム。
アセムは痛みに震える体を動かして立ち上がると俺を見下ろした。
「だから、この戦いを終わらせよう………君はそう言いたいんだろう? だけどね、こんな中途半端で終わるわけにはいかないのさ」
そう言うとアセムの体からオーラが滲み始めた。
俺は目を見開き、言葉を失う。
なぜなら、奴のオーラが膨らみ始めたからだ。
「………ッ! おまえ、まだこんな力が………!?」
アセムだって、もう限界のはず。
死んでもおかしくないようなダメージを互いに負っている。
それなのに、こいつは………!
驚愕する俺を前にしてアセムは両手で印を結び始める。
そして、掌で地面を叩いた。
次の瞬間―――――。
ズゥゥゥゥゥゥゥンッッッ
突然、突風が吹き荒れ、大地が激しく揺れた!
なんだ!?
アセムの野郎、何をしやがったんだ!?
周囲を見渡しても、砂埃が舞い上がっていて何も見えない。
だが、この不気味なオーラには覚えがある。
触れるだけで身震いするようなこの波動は………!
冷たい汗が背を伝う中、砂埃が治まり、視界が広がってくる。
そして、
それを見てドライグが驚愕の声を漏らした。
『トライヘキサ、だと………!? 奴め、あの化け物を呼び寄せたと言うのか!?』
そう、現れたのは七体のトライヘキサだった!
正確には七体に分裂したトライヘキサだが………それら全てが俺達を囲むように現れたのだ。
マジか………!?
なんで、こんなところにトライヘキサが来るんだよ!?
トライヘキサはロセの構築した結界で動きを封じられていたはずだ。
まさか、もうその効果が切れたのか………?
そう思って、トライヘキサを見上げてみるが、奴の周囲には結界が張られており、未だにあの巨体を覆っている。
トライヘキサも動く気配を見せない。
つまり、ロセが発動した結界そのものはまだ機能していることになる。
状況を完全に飲み込みきれていない俺にアセムが言った。
いつの間に出したのか、左手にあの黒い籠手を装着していて、
「フフフ………元ヴァルキリー君の論文がトライヘキサを封じるためのものだと分かった時から、君達がトライヘキサの動きを封じる術式を作ることは分かっていた。だから、僕はそれを利用させてもらうことにしたのさ」
「なに………?」
ロセの論文の内容が分かったのは数ヵ月前。
つまり、こいつはかなり早い段階で何かを仕掛けたってことか?
アセムは続ける。
「トライヘキサに施された結界術は素晴らしいものだ。ある程度の時間制限があるとはいえ、伝説の魔獣が身動きが出来なくなるということは、それだけ強固で無駄がないということ。彼女の頭脳と才能はある意味、神レベルなのかもしれかいね」
そうですか、ロセの頭脳は神レベルですか。
そういや、アーシアもドラゴン使いとしての才能は神クラスかもって話になったこともあるし、美羽とアリスは神姫化で神クラスの力を持ってるし………あれ?
もしかして、他のメンバーもそのうち何かしらの点で神に届いたりするのだろうか。
あり得そうだ。
というか、モーリスのおっさんに鍛えられてるメンバーは恐ろしい領域に踏入そうなんだが。
アセムはトライヘキサを見上げて言う。
「自身を封じる結界を破る場合、どんな方法を取るにせよ意識と力がその術式の方へと向かう。そうすると、そこに隙が生まれる。それは伝説の魔獣でも同じことだ」
その時、アセムの体が妖しく輝き始めた。
見れば七つに別れたトライヘキサも同様の光が覆い始めている。
アセムとトライヘキサが共鳴しているのか……?
輝きは次第に強くなっていき、七体のトライヘキサから光の糸がアセムに向けて延びていった。
アセムは笑みを浮かべて言った。
「僕はね、こうなることを見越した上で、トライヘキサが目覚める前に独自の術式を埋め込んでいたのさ。それは―――――トライヘキサを自身に取り込む術式だ」
「なっ………!?」
トライヘキサを取り込む!?
そんな馬鹿なこと………いや、待てよ。
こいつはロセの結界を利用したと言った。
それって―――――。
俺の考えていることが分かったのかアセムは頷いた。
「そうさ。トライヘキサをそのまま取り込むなんてことは不可能だ。だが、結界によって動きを封じられ、意識に隙があるのなら話は別だ」
アセムは纏っている魔王の戦闘服に手をかけると、胸から腹にかけて引き裂いた。
すると、奴の腹には複雑に描かれた魔法陣が描かれていて、
「さぁ、僕の元へと来るがいい。―――――黙示録の獣よ」
刹那―――――
オオオオオオォォォォォォォォォォッッッ!
トライヘキサが叫び、もがき苦しみ始めた!
繋がった光の糸を通して、トライヘキサの巨体がアセムへと吸い込まれいく!
トライヘキサは吸い込まれまいと抵抗しているようだが、ロセの結界のせいで上手く力を発揮できないようだ。
だけど、トライヘキサを取り込むなんてこと、それ自体が自殺行為に等しい。
巨大すぎる力に肉体が耐えられないからだ。
それはアセムも同じで、
「ぐ……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ! あぁぁぁぁぁぁぁッ!」
取り込んだ力が内側で暴れ、血管が破裂。
全身の血管から血を吹き出していた。
目や鼻からも血が流れ、口からは大量の血を吐き出していた。
見ているこちらが辛くなる凄惨な光景に俺は叫んだ。
「やめろ! それ以上はおまえの体がもたない! もう良いだろ!? 決着は………俺達の戦いは終わったはずだ!」
決着はもうついたはずだ。
それなのにアセムは自らを傷つけてまで戦おうとしている。
なんでだ………なんでなんだよ………!
俺達はもう―――――。
しかし、アセムは言った。
「確かに決着はついた。
「自分の命を捨てることになってもか!?」
俺の問いにアセムは血を撒き散らしながらも可笑しそうに笑んで、
「ハハハ………君達にだけ痛みを強いるのはフェアじゃないだろう? 世界を変えようと言うんだ、この程度の痛みどうってこないさ。それにね―――――」
アセムはふらついた体を起こすと、両手を広げて叫んだ。
「僕のための命なんてもうどこにもない。そんなもの―――――とうの昔に捨ててきた!」
「………ッ!」
アセムを包む輝きが一層強くなる。
それのせいなのか、トライヘキサを吸い込む力が強くなっていて、かなりの力がアセムへと流れていた。
アセムは抵抗するトライヘキサに苦笑する。
「身動きがとれない中、これだけ抗ってくるとはね。流石は最強の魔獣、次元の守護者であるグレートレッドと同格と言われるだけはある。だが、その抵抗もそこまでにしてもらおうか。獣よ―――――僕に従え!」
鋭い眼光がトライヘキサに向けられた。
直接向けられた訳でもないのに、金縛りにあったような感覚だ。
その眼光にトライヘキサはその巨体をビクッと震わせ―――――全てを奪われた。
トライヘキサの姿はその場から消え去り、アセムの中、籠手の宝玉へと吸い込まれていった。
ドクンッ
アセムの体が強く脈打った。
すると、奴の体に変化が訪れる。
全身の肌が灰色に変わり、所々にひび割れが入り始める。
白い髪は腰元まで延び、瞳が赤く染まった。
額の一部が膨らんだと思うと、そこから二つ、角が生えてきた。
ドーピング剤を使ったリゼヴィムみたいな完全な化け物という程ではないが、シルエットとしては人型の鬼といったところだろう。
何より特徴的なのは肥大化した左の籠手だ。
爪は鋭く尖り、あらゆるものを切り裂きそうなフォルムをしている。
更に籠手は肩まで覆っており、アセムの左半身はより一層禍々しさを感じさせた。
肉体の変化を終えたアセムが自身の体を見ながら呟いた。
「なるほど、こういう感じになったか。どこか、リゼ爺のあの姿と似ているところを見ると、結局は僕も彼と同じだったということかな? 君のように名付けるなら―――――『皇獣化』と言ったところか。安直な名前かもしれないが、これが黙示録の獣を取り込んだ僕の新たな力だ」
皇獣化………!
こいつ、本当にあの怪物を取り込みやがったのか!
しかも、俺に受けた傷も回復してやがる!
対する俺は英龍化も解け、変革者の姿ですらない。
今のアセムと戦う力なんて残ってないぞ………!
この状況にはドライグも焦っていて、
『最悪の状況だ………! イッセーも俺も力を使い果たした。逃げることも出来んぞ………!』
逃げるどころか、立つ力も残ってない。
動くことが出来ず、ただ変貌したアセムを睨むことしか出来ない俺。
そして、そんな俺を見下ろすアセム。
アセムは手元に黒いオーラを集めると一振りの剣を創り出した。
「僕は行くとするよ。まだ戦っている者達のところにね。彼らを倒したらここを出て、各神話領域に直接、踏みいるつもりだ」
アセムはゆったりとした所作でこちらに近寄ってくる。
「君はもう動けないだろう? まぁ、君のことだから、無理矢理体を動かして追ってきそうだけど………それもいい。さて、君は―――――」
アセムが俺に問いかけようとした、その時。
俺の後方から凄まじい力の波動が飛んできて、アセムを襲った!
突然の襲撃にアセムは両手をクロスして、防御すると波動に吹き飛ばされるまま、後ろへと退避した。
この攻撃にはアセムも驚いていて………。
「な、なんだ、今の………!?」
多分、味方なんだろうけど、このタイミングで援軍が!?
一体、誰が―――――。
そう思い、辺りを見渡す俺だったが、こちらが見つける前にその者達は俺の眼前に音もなく現れた。
「なんとか間に合った………とは言い難いが、取りあえずは無事のようだな、イッセー」
「ここまでよく戦った。ここからは私達に任せて、少し休んでいなさい、赤龍帝ボーイ」
現れたのは二人。
この二人がこの世界に乗り込んでいたことは知っていたけど、まさかこんな形で俺の前に現れてくれるとは思ってなくて―――――。
「モーリスのおっさん!? それにストラーダの爺さん!?」
………マジかよ。
~あとがきミニストーリー~
ディルムッド「にぃに、これ着てみた……」
イッセー「そ、それは………猫耳パジャマ!」
美羽「うん! 似合うと思って着せてみたよ! 最高でしょ!」
イッセー「最高………! あぁぁ……感動で涙と鼻血が………。猫耳パジャマの美羽も可愛いし、アリスの猫耳パジャマも可愛いし、ディルちゃんも………よし、決めた! これから猫耳パジャマは赤龍帝眷属の指定パジャマにしよう! 美女美少女の猫耳パジャマ! 萌える! お兄ちゃん、マジで萌えちゃう!」
モーリス「なにぃ? ったく、しゃーねぇ。俺も着てやるとするか」
イッセー「なに人の夢潰しにきてんの!? 女の子限定に決まってるだろ!? おっさんの猫耳パジャマなんて誰が見たいんだよ!?」
モーリス「俺も一応、眷属だしな。それにおっさんの猫耳パジャマも需要があるかもしれねぇ」
イッセー「絶対にねーよ!」