以前、戦場には戦いの音というものがあると聞いたことがある。
吹く風の音。
轟く雷鳴。
遠くから聞こえてくる戦士達の声。
それは戦士達に緊張感を与えると共に、死を意識させるものでもある。
そして今、ここにはもう一つ、戦いの音があって―――――
パンパカパーンパーパーパー
パンパカパーンパーパーパ
ドゥルル~ドゥルル~ドゥルル~
ドゥルル~ドゥルルルドゥルルル~
「なんで、ここに来てロッキーなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」
俺は天を仰ぎ、渾身のツッコミを叫んだ!
モーリスのおっさんから渡された秘密道具。
この危機的状況を乗りきるための装置だろうと思ってたらまさかの音楽プレイヤー!
しかも、流れてくるのがロッキーのテーマ!
ふざけてんの!?
舐めてるの!?
最終決戦だよね、これ!?
おっさんが言う。
「この曲聞いてたらなんか燃えね? やる気が出てくるだろ?」
確かに燃えるよ!
聞いてるだけで何か出来る気分になるよ!
こんな状況じゃなければな!
今はただただシリアス壊してるだけだよ!
なんで、ここまで続いたシリアス壊しに来た!?
かなり良い感じに真面目な雰囲気だったじゃん!
世界の命運をかけた戦い、己の意思のぶつかり合いを繰り広げてたじゃん!
全てロッキーに燃やし尽くされたわ!
八重垣さんが叫ぶ。
「切って良いですか!? オフにして良いですか!? ただただ腹立つんですけど!」
「えー………」
「なに、その嫌そうな顔!? そんなに嫌か!?」
見ろよ、あの八重垣さんがついにツッコミ入れたぞ。
今にもハリセン持ち出して、おっさんの頭を叩きそうな雰囲気だ。
ヤバイよ、これ。
どうすんだよ、これ。
どうすりゃ良いんだよ、これ。
ていうかさ、今流れてる曲って―――――
ふぇに~すもんじゃ~
ふぇに~すもんじゃ~
「ふぇにすってなんだぁ!? つーか、これ微妙にロッキーじゃねーし! パチもんじゃねーか!」
さっきから微妙にメロディーが違うと思ってたら、やっぱりそうかよ!
なんだよ、ふぇにすもんじゃって!
戦闘意欲出るどころか、力抜けるわ!
無償に腹立つんだけど、この音楽プレイヤー、地面に叩きつけても良いかな?
良いよね、許されるよね、これ。
おっさんが言う。
「あー、それな。アザゼルが元々のCDを誰かに借りパクされたとかなんとかって………」
「これ作ったのアザゼル先生かいぃぃぃぃぃぃぃ!」
諸悪の根元はあのおっさんか!
何してくれてるんだよ、あの人!
って、アザゼル先生、借りパクされたんだね!
ドンマイ!
「まぁ、作ってくれって頼んだのは俺だけどな?」
「聞いてねーよ! 諸悪の根元はやっぱりあんたか!」
「諸悪の根元たぁ、ひでーな。元々はカラオケ練習用の音楽プレイヤーとして作ってもらったんだぞ?」
「いやいやいや、じゃあ、なんで持ってきたのって話になるから。ていうか、いつの間にカラオケとか行ってたんだよ!」
「この前、アザゼル達と飲んだ後に行ってきた」
このおっさん、こっちの世界に来て全力で楽しんでやがる………。
それが悪いとは言わないけど、それをこの場に持ち込まないでほしいよ。
お願いだからシリアスを壊さないで下さい。
俺がガックリと肩を落としていると、ストラーダのじいさんが―――――。
「ふぇに~すもんじゃ~……」
「おぃぃぃぃぃぃ! 何を口ずさんでるの!?」
「先程のメロディーが頭に残ってしまってね。頭の中から抜けなくなってしまったのだよ」
さ、最悪だぁぁぁぁぁぁぁ………。
ストラーダのじいさんが『ふぇにすもんじゃ』にやられてしまった!
勘弁してくれよ、じいさんまでこっちに来ないで!
あんたはこっち側に来ちゃいけない人なの!
シリアス側の人なの!
せめて、微笑ましく見守るだけにしてくれ!
八重垣さんが膝を着いた。
その顔はとても現実を受け入れられないといった表情で、
「何と言うことだ、ストラーダ猊下まで………! こんなのツッコミがいくらあっても足りないじゃないか………!」
ですよね!
足りないですよね!
俺も信じられないよ!
なんで、ストラーダのじいさんまでボケ側に回るかな!
すると、俺の耳に爆笑するアセムの声が聞こえてきて、
「ブフッ、アッハッハッハッ! くっ、ひぃひぃ………笑いすぎてお腹が………ゲホッゲホッゲホッ………オエッ」
「おまえまで入ってくるなよ! もう、こっちは十分ボケ空間が広がってるんだよ! もうボケの飽和状態なんだよ! これ以上、俺達にツッコミさせないで!」
「いや~そんなこと言われてもさ。うん、やっぱり、君はボケを呼ぶドラゴンだったんだ。前々から思ってたんだけど、今度から
「なにそれ!?」
禁手化の代わりになんつーもん言わせようとしてんの!?
アセムの言葉にドライグが問う。
『相棒がそれを叫ぶとどうなるんだ………?』
「んー………『
『そうか………』
どこか諦めの混じったドライグの声。
お、おい、ドライグ?
なんか、声のトーン低くない?
ツッコミはどうした?
『いや、相棒ならやりかねん気がしてな。というか、もう発動しているかもしれないと思ってしまったのだ。常時発動型の
諦めるな!
諦めないでくれよ!
「もうやだ! なんでこんなぐだぐだな空間が広がってるんだよぉぉぉぉぉぉ!」
俺は天を仰ぎ、心の底から叫んだ。
シリアスが………シリアスが消えてしまった。
どうしてこうなった?
すると、アセムが不敵な笑みを浮かべて言ってきた。
「僕はただ壊すだけだ。このシリアスな世界を………!」
「もう壊れてるよ! シリアス粉々に砕け散ってるよ! これ以上何を壊すというんだ! つーか、その台詞どっかで聞いたことあるよ!? あと、いつの間に眼帯つけた!? さっきまでそんな包帯なかったよね!? 分かってやってるだろ!?」
「シリアスよ、安らかに眠れ………」
「シリアァァァァァァァスッ! カームバァァァァァァァァクッ!」
どんなに願っても、どんなに叫んでも俺の願いは叶わない。
どれだけツッコミを入れても次から次へと現れるボケの数々。
壊されていくシリアスを前に俺は――――――。
「エイドリアァァァァァァァンッ!」
ただそう叫んだのだった。
ちなみに叫んだ内容に意味はない。
▽
「さてさて、テンションを上げたところで………奴をどう攻略するかね?」
モーリスのおっさんが首を鳴らしながらそう言った。
テンションなんて上がってないよ。
無駄にシリアス壊しただけなんですけど………。
「ぶっちゃけて言うぞ? 今のあんたを止めるには俺とじいさんだけじゃあ、手が足りなくなっている」
ストラーダのじいさんも続く。
「うむ。貴殿は時が経つほどにトライヘキサを自身のものにして力を増す。対して私達は体力を失う一方だ。それに私が使った秘薬の効果ももう少しで失われるだろう。そうなれば、どうなるか結果は見えている」
やっぱり、アザゼル先生が作ったというあの薬は時間制限があるのか。
いくらじいさんでも元の姿になれば体力がついていけず、押しきられてしまう。
今のじいさんの言葉からして、戦える時間はそう長くはないのだろう。
モーリスのおっさんもそうだ。
ここに来る前にヴァルスとやりあったという。
アーシアに傷を癒してもらっていても、体力までは完全に戻すことはできない。
しかも、俺と八重垣さんを庇った時に相当な力を使っている。
俺は戦闘不能。
八重垣さんが出ても、二人の足を引っ張ることになってしまう。
………厳しいな。
厳しい表情を浮かべる俺達。
すると、おっさんが小さく呟いて、
「間に合ってくれれば良いんだがな………」
「そうですな。それまでは何としてでも………」
間に合う?
それってもしかして―――――。
「ま、どのみち今はやるしかねぇんだ。やるぞ、じいさん!」
「良いだろう! 我らの教え子がここまでの道を切り開いてくれたのだ。私も戦士としての維持を見せようではないかッ!」
途端、二人から凄まじい覇気が放出される!
二人の覇気は後ろにいる俺達をも圧迫してくる。
息が出来ないくらい重く、濃密な………。
「ここに来てこれだけの力を………! あの二人は底無しか………!?」
モーリスのおっさんとストラーダのじいさんは地面を蹴って瞬く間にアセムに迫った。
流れる清流の動きで相手に自分の動きを悟られないようにし、剣を振るうときは烈火のごとく攻め立てる。
静と動を完全に使い分けた一部の無駄も隙もない。
剣を極めた最強の武人の全て。
だが―――――
「アハハハハハハッ! もっとだ! もっと力を上げてよ! こんなもんじゃないだろう?」
アセムは二人の猛攻を凌ぐどころか圧倒していた。
アセムが放つ剣が、魔法が彼らに深い傷を負わせていく。
おっさんの剣を弾き、おっさんの腹に回し蹴りを入れる。
じいさんの聖拳を流すと、肩から脇腹にかけて大きく斬り裂いた。
「ゴフッ」
「ぬぅ………!」
アセムの強烈な反撃に苦悶の表情を浮かべる二人。
だが、激痛をその精神で無理矢理抑え込む二人の攻撃の手は止まらない。
連撃に連撃を重ね、神速の剣を幾重にも繰り広げていく。
しかし、彼らの神速の剣すらアセムは軽々と捌いてしまう。
奴の力が桁違いに膨れ上がっている。
もうどれたけトライヘキサの力を己のものにしているのか………。
おっさんが剣気で黒く染まった剣をアセムに叩き込む。
それに応じてアセムも自身のオーラで作り出した剣を振るい―――――おっさんの剣が砕け散った。
「なっ………!?」
その光景に俺は目を見開いた。
そして、目の前の事実を受け入れられないでいた。
おっさんの剣が砕けた………!?
嘘だろ………!?
確かにおっさんが所有しているあの二振りの剣は良く斬れる名刀という点以外は普通の剣だ。
魔剣でも聖剣でも神剣でもない。
しかし、おっさんは磨き上げた剣技によって相手が聖剣が来ようとも魔剣が来ようとも真正面からやりあっていた。
そのおっさんの剣が砕けた。
それはつまり、アセムの力が完全におっさんを上回ったということ。
自身の剣が砕かれたことにおっさんは目を見開き―――――宙に舞う折れた切っ先を握り、アセムの肩に突き刺した。
アセムの肩から噴き出す血を見て、おっさんは不敵に笑んだ。
「まさか剣を折られるとは思わなかったぜ。ま、俺もまだまだってことかね? だが、この程度で動揺を誘えると思うなよ?」
そのまま突き刺した切っ先を深く押し込み、アセムの腹を蹴り飛ばした。
おっさんが左手を突き出すと、掌に光が集まり始める。
「あれは………召喚の光………?」
掌に集まった光は形を成し、薙刀が現れる。
おっさんは召喚した薙刀をアセムめがけて投擲。
アセムの胸を薙刀が貫いた。
胸に突き立つ薙刀を見て、アセムは口から血を吐き出しながら笑む。
「君が薙刀を使うとは………!」
「薙刀だけと思うなよ?」
アセムの懐に潜り込むおっさんの両手に握られるのは短剣。
おっさんはその握った短剣をアセムの掌に突き刺した。
突き刺した短剣を手放し、次に召喚するのは槍。
「ここに来る前、ワルキュリアに術式を組み込んでもらっていたのさ。これであいつのメイド服の中にある武器全てを俺は扱える」
おっさんは槍でアセムから放たれたオーラを斬り裂きながら言う。
「アリスに槍を教えたのは俺だ。ライトとイッセーに剣を教えたのも俺。ワルキュリアに暗器の使い方を教えたのも俺だ」
「なるほど。だけど、君の力では今の僕には届かない」
アセムが振るわれた槍を掴み、握り潰した。
その直後、空いた手で迫るデュランダルの切っ先を掴んだ。
「訂正だ。
そう告げるとアセムはデュランダルをもその手で破壊した。
まずい、二人の得物が失われた!
いくら二人でも丸腰では………!
武器を失った二人に焦る俺。
その時だった。
ジャラ、という音がしたと思うとアセムの両腕に鎖が巻き付いた。
見るとおっさんとじいさんの手にそれぞれ鎖が握られていて、左右からアセムの腕を引っ張っていた。
あれはワルキュリアの鎖分銅か!
両腕を封じられたアセムが言う。
「これで僕の動きを封じたつもりかい? たとえこれで僕の動きを止められたとしても、君達にはもう剣がない。どうするつもりだい?」
アセムの言葉を聞き、おっさんとじいさんは自身の血で足元を濡らしながらも笑みを浮かべた。
「はっ! 確かに俺達は得物をあんたに砕かれた。だがな―――――」
「我々の刃はこれだけではないぞ」
次の瞬間―――――動きを封じられたアセムを爆撃が襲った!
四方から放たれる極大の攻撃の数々!
こいつは………この力は………!
「お待たせ、お兄ちゃん」
その声に振り向いた時、そこにいたのは優しい微笑みを見せてくれる美羽。
そして、頼もしい仲間達―――――チーム『D×D』が駆けつけてくれていた。
~あとがきミニストーリー~
イグニス「イッセー、あなたの更なる可能性の扉を開く時が来たわ」
イッセー「そうだな。………俺はまだまだ先へ進む。今を超えて、更に向こうへ」
ドライグ『待て、おまえ達。このやり取り、少し前にも見た気がするのだが………』
イグニス「今のあなたなら分かるはずよ。共に叫びましょう! あなたの求めるものを! ずっと心の奥にあるものを!」
ドライグ『無視か!?』
イッセー「見せてやるよ、俺の新たな力を、更なる可能性をな! 来い! 俺の―――――」
ドライグ『おまえもか!? おまえ達に俺の声は届かないのか!?』
イッセー&イグニス「「
ドライグ『シスコンから乳に変わっただけだろうがぁぁぁぁぁぁッ!』