『らぁッ!』
気合いと共に繰り出した俺の回し蹴りが炸裂する。
アセムは両腕でガードするが、受け止めた時の衝撃で両腕の籠手に亀裂が入り、砕けた。
「やる………ッ!」
そう言いながら、アセムは反撃の拳を打ち込んでくる。
籠手が壊れたせいで素手での攻撃となるが、それでも凄まじい破壊力を生み出してくる。
真正面から受けた俺もまた、鎧を破壊されてしまう。
無限と夢幻。
この世界で最強の存在。
その領域にまで足を踏み入れた俺達の戦いは、更に苛烈になっていた。
振るった拳の、蹴りの余波で次元が激しく歪み、世界の悲鳴とも聞こえる甲高い音が鳴り響いている。
もし、戦場がアセムの構築した世界ではなく、俺達の世界で行われていたとしたら………結果は言うまでもない。
何もかもが吹き飛んでいただろう。
『EEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEXA!!!!!!』
籠手から鳴り響く力強い音声。
高められたオーラを拳に纏い、ひたすら前に出る。
アセムの攻撃を流し、強大な一撃を叩き込む!
『はっ!』
真っ直ぐ放った拳が奴の兜を砕き、頬にめり込む!
あまりの威力に耐えられなかったのか、アセムは姿勢を崩して後方へと押しやられる。
俺はアセムが反撃してくる前に距離を詰め、続けて二発、三発と打撃を与えていく!
拳が漆黒の鎧を砕き、前屈みに崩れたアセムの顎に膝蹴りがヒットする!
宙に浮いた奴の体を追い越し、真上から思いっきり叩きつけた!
吹っ飛ぶアセムはすぐさま体勢を戻し、怪しく眼を輝かせた。
刹那、奴の正面に巨大な魔法陣が幾重にも展開され、黒い火炎弾を撃ち込んできた。
俺は身を反らしてそいつを避ける………が、通り抜けた遥か先でその火炎弾は大爆発を起こす。
爆風が吹き荒れ、次元を揺らす!
『とっさに放った攻撃でこれ程の威力か!』
ドライグも今の一撃には声を震わせていた。
それほどの威力なのだ。
そんな攻撃をアセムは更に繰り出してくる!
一撃一撃が必殺に成りうる攻撃を無数に放ってきた!
ドライグが叫ぶ。
『イッセー!』
『分かっている!』
俺は全ての火炎弾を避けながら、両手に気を溜め、高めていく。
限界に達したところで、両手を前に突き出し、そいつを解放する!
『こいつでどうだッ!』
放つ極大の気弾が迫る無数の火炎弾の攻撃と正面衝突し、それらを呑み込んでいく。
そして、巨大な気弾はアセムへと直進していった。
だが………、
「かぁぁぁぁッ!」
眼前に迫った気弾にアセムは気合いと共に蹴りを入れ、なんと弾き返してきた!
『マジかよ!?』
驚愕の声を漏らしながら、跳ね返ってきた気弾を、腕を横凪ぎに振ってあられもない方向へと吹っ飛ばした。
これで危機は乗りきった………はずもなく、俺に生じた隙をアセムは見逃さず、一瞬で懐に入り込んできた!
腰を沈めて放たれたアッパーが俺の顎を打ち上げる!
『ガハッ………!』
あまりの衝撃に頭が揺れ、意識が飛びそうになる。
そこへアセムの超神速の連撃が襲ってきた。
回転をかけた拳が鎧を容易く破壊し、生身にめり込んでくる!
凶悪な一撃が鳩尾を穿った瞬間、込み上げてきたものを我慢できず、口から大量の血反吐を吐き出してしまった。
クソッ………強ぇ………!
一発の攻撃が重すぎて、強化された極限進化形態の鎧ですら壊してくる!
しかも、このダメージ、肉体だけでなく精神に響く。
トライヘキサを取り込んだ今でも、奴の攻撃には強い意志が籠められているんだ。
「限界かな?」
肩を上下に動かす俺を見て、アセムがそう訊ねてきた。
限界、だと?
舐めるんじゃねぇよ。
俺はまだ倒れちゃいないし、倒れるわけにもいかない。
約束を守るために、皆を守るために、そして―――――おまえを救うために。
だからさ―――――。
『うぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!』
両の拳を強く握り、咆哮をあげる!
全身から虹色のオーラが強く噴き出し、強く、激しく、大きく広がっていく!
虹の炎が次元の狭間の中でうねりをあげた!
アセムが驚愕の表情を見せる。
「………ッ! まだ上がるというのか!」
アセムが俺から一度、距離を置くなか、俺は深く息を吸って吐き出した。
そして、アセムの目を見て告げた。
『こんなんじゃ、終われない。おまえが今の俺より強いなら、俺はもう一度、追い抜くまでだッ!』
この身に負った深いダメージが嘘のように、俺の力は益々、上昇していく。
そんな俺から発せられる力にアセムは一瞬、たじろぎを見せたものの、今は意味深な笑みを浮かべていた。
「この覇気………流石だ。やはり、君を選んだのは間違いじゃなかった」
アセムは俺のように深く息を吸うと、キッとこちらを射抜くような視線を向け、叫んだ。
「ならば、来るがいい! 赤き勇者よ! 繋ぐ者よ! その力が、想いが本物であるのなら、この理不尽を乗りきって見せろッ!!!!!」
『言われるまでもねぇ!』
共に莫大なオーラを纏い、激突する。
今までの戦いを更に超えて。
互いの拳が、蹴りが、オーラによる砲撃が、己の全てを乗せた攻撃同士がぶつかっていた。
一撃がぶつかると、二撃目は一撃より重く、三撃目は二撃目よりも鋭くなっていく。
俺達は戦いの中で文字どおり、無限に力を上げて戦っていた。
だが、互いにそんな一撃をくらってまともにいられるはずもない。
俺もアセムも骨は砕かれ、内蔵も深いダメージを負っている。
血を吐き出し、骨や筋肉が軋む音を聞きながらも俺達はその手を止めない。
「はぁぁぁぁぁぁッ!」
アセムが瞬間移動を使って、俺の背後に現れると、そのまま蹴りを放ってくる。
俺は、それを滑るような動作でかわし、やり過ごした。
空振りに終わったと知ったアセムは振り向きざまに下から高密度のエネルギー弾を投げつけてくる。
俺はそいつを掌を滑らせて作り出した気のバリアーで跳ね返す。
跳ね返ったエネルギー弾はアセムの顔面に命中する!
「ぐぁあああああ!」
自分の攻撃をもろにくらい、苦悶の声をあげるアセム。
そこへ俺が立ち込める爆煙を切り裂きながら回転蹴りを叩き込んだ!
「ぬぐぅぅッ!」
側頭部へと直撃した俺の蹴りはアセムを吹き飛ばし、次元の狭間から元いた場所―――――アセムが構築した世界、その地面へと叩きつけた。
その衝撃で大地に地割れが生じると同時に爆散した!
俺は追いかけるように大地に降り立つと、両手に虹色に輝く気弾を作り出し、アセム目掛けて走り出す。
こちらの動きに気づいたアセムは新たに魔法陣を構築し、光線を放ってきた。
アセムの背にある蝶の羽と同じ色の光線………あれをくらってしまうと、瞬く間に消滅してしまうか!
デタラメ過ぎるエネルギーが一帯を吹き飛ばしながら迫る!
俺は光線のスピードと自分とアセムの距離を目測で判断すると、地面を蹴り、空中を舞うような動作でアセムの背後へと着地して―――――。
『はぁッ!』
両手の気弾を一気に投げつけた!
二つの気弾がアセムへと吸い込まれていき、大爆発を起こす!
凄まじい衝撃が一帯を揺らした!
更にここから!
『でぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!』
両の手を正面に向け、マシンガンのごとく気弾を放つ!
全ての攻撃がアセムへと命中し、立て続きに起きる爆発の中で奴の悲鳴が聞こえてくる。
俺が右手を天に翳すと、掌には虹に輝くオーラが集まっていく。
それは凄まじいパワーを宿していて―――――
『こいつで最後だッッッッ!』
投げつけたそれが着弾した瞬間、天まで立ち上る爆炎が生じ、ここら一帯が弾け飛んだ。
揺れが治まった後、目の前に広がっていたのは俺の攻撃によって一面に広がる炎。
広大な大地が全て灼熱の炎に包まれている。
ドライグが言う。
『今のはかなり効いたはずだ』
ああ、そうだろうな。
俺との殴り合いで相当体力が削られたところに、今の連撃だからな。
トドメのつもりで撃った。
間違いなく全力でやった。
だけど………。
炎の中にゆらりと立ち上がる影が見えた。
それはズタボロになったアセムの姿。
肌は焼けただれている上、片腕はちぎれかけている。
普通なら決着がついてもおかしくない状態だ。
そう、普通ならな。
――――――アセムの肉体が再生していく。
あれほどの傷があっという間に塞がり、元の綺麗な肉体へと戻ってしまった。
ドライグが舌打ちする。
『やはりトライヘキサを取り込んでいる以上、回復するか。不味いぞ、イッセー』
向こうは回復できる。
しかし、こちらはそんな便利な機能はついていない。
量子化すれば、ある程度の回復も出来るが、それではこちらがもたない。
アセムが言う。
「このままいけば、じり貧は確定。君は敗北し、僕が勝つ」
そう言うと奴のオーラが高まった。
体力も回復したのだろうか、奴の力に衰えが見えない。
対して、こちらの力は傷つけば落ちていく。
そう都合良く、何度も限界突破は出来ないしな。
どうする………どうすれば良い?
嫌な汗が背中を伝った―――――その時。
僅かにアセムの体がビクンッと震えた。
何事かと思い、奴の肉体を見ると、胸に小さな穴が空いていた。
その穴からは奴の血が流れ出ていて………。
不思議な顔をするアセムだが、次の瞬間。
「………ッ!? これは………ゴブッ!」
アセムは何かに苦しむようにもがき始め、口から血反吐を吐き出した!
更に目や鼻からも血が流れ始めると、全身の血管が浮き上がり、次々に破裂していく!
「ぐぅ………ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
絶叫するアセム!
なんだ!?
アセムの身に何が起きたというんだ!?
すると、俺の耳元に魔法陣が展開され、そこから声が聞こえてきた。
『イッセー、聞こえますか?』
『リーシャ? まさか、今のはリーシャが?』
そう、声の主はリーシャだった!
俺の問いにリーシャが答える。
『今、彼を狙撃したのは私です。そして、彼の体にある弾丸を撃ち込みました。―――――ロスヴァイセさんが開発したトライヘキサ捕縛用の術式、それを少し変更した術式を刻んだ銀の弾丸です。これにより、彼と、彼の中にいるトライヘキサの繋がりを一時的に遮断しました』
『じゃあ、アセムが苦しんでいるのは………』
『ええ、繋がりを断ったということは、それまでコントロールできていた力が使えなくなるということ。そして、有り余る力は内側で暴走します。今、彼を襲っているのは、その膨大な力そのものです』
なるほど、恐らくトライヘキサの力を使用するためには精密な力のコントロールが必要なはずだ。
そこを乱されたらどうなるか………それがこの現状というわけだな。
リーシャが続ける。
『しかし、その弾丸の効果はそう長くは続かないでしょう。イッセー、決めるのなら今しかありません』
『ああ』
それだけ返すと俺は通信を切った。
地面をのたうち回るアセムを見下ろして言う。
『………悪いな、こんな決着の付け方になってしまって』
俺がそう言うと、アセムは全身から血を噴き出しながら、震える体で立ち上がった。
そして、苦笑しながら言ってきた。
「フ、フフフ………なに、悪役にはぴったりの展開だろうさ。これくらいの覚悟は出来てたよ。でも、決着はまだ着いていない。僕はこうして立っているのだからね」
体をふらつかせるアセム。
言葉とは逆にアセムからのプレッシャーがガクンと落ちている。
あの圧倒的な力も今は感じない。
それでもアセムは拳を握り、雄叫びをあげた。
「くっ………うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
そのボロボロの体のどこにそんな気力があるのかと、驚かされる程凄まじい気合いを放ち、アセムは周囲の炎を吹き飛ばし、前に飛び出してきた。
俺はその場から動かずに、アセムの蹴りが届く寸前に飛び上がり、上からカウンターの蹴りを叩き込む。
アセムは腕を交差してそれを受けるが、がら空きの脇腹に俺の回し蹴りが直撃した。
血を撒き散らしながら、吹っ飛ぶアセムは地面を転がりながら、体勢を整えた後、巨大なエネルギー波を放ってくる………が、俺は僅かに半身を引いて、やり過ごし、アセムへ素早く飛びかかっていく。
アセムを殴り飛ばし、蹴りを入れ、更に連続で拳を打ち込んでいった。
吹き飛ぶアセムを追いかけた俺は十分に気の乗った拳をアセムの腹に打ち込んだ。
どうにか反撃してくるアセムの攻撃を身を屈めて避けると、アセムの体を蹴りあげる。
宙に浮かぶアセムの回りには虹色のオーラがまとわりついていた。
蹴りあげた時に流しておいた気が、アセムの動きを封じているんだ。
「くっ………!」
もがくアセムだが、脱出できそうにはなかった。
もう、アセムがこれに逆らう術はない。
決めるぞ、ドライグ!
『ああッ! 行くぞッ!』
宙に浮かぶアセムを見上げた俺は、気合いと共に気を高めていく!
そして、胸の前でクロスさせた腕を思いっきり振り上げた!
『だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!』
『Star Burst Explosion!!!!!!!』
新たな音声が籠手から鳴り響き、地中から噴き出す虹色のオーラ。
天を貫く虹の柱はアセムを呑み込んでいき―――――奴を覆っていた虹のオーラが大爆発を引き起こした。
▽
[美羽 side]
あの儀式を終え、結界の外に出たボクは引き続き眷獣と戦いながら、見ていた。
この戦いを、世界の命運を握る二人の戦い―――――お兄ちゃんとアセムの戦いを。
誰もが………神も、悪魔も、天使も、堕天使も、その他の種族、この場の全ての者達が二人の激戦を見守っていた。
全員が理解していた。
あの二人は次元が違うということを。
あそこに割って入れる者などいないことを。
だから、自分達に出来ることを成すしかなかった。
そして、今。
二人の決着がつこうとしていた。
リーシャさんがアセムに撃ち込んだ弾丸は、アセムとトライヘキサの繋がりを見事に断ち切ることができ、大幅な弱体化に成功した。
そこへお兄ちゃんの全てを籠めたであろう技が決まり、アセムを呑み込んでいった。
虹色の炎が空に残る中、最後に立っていたのは赤い勇者だ。
それを確認したと同時にボク達が戦っていた眷獣やトライヘキサの分裂体が動きを止めた。
怪物達の目からは光が消え、完全に活動を停止している。
アリスさんが言ってきた。
「終わったようね」
「うん………そうだね」
ボク達の会話が聞こえたのかは分からないけど、他の皆も武器を下ろし、深く息を吐いていた。
ようやくだ。
長かった戦いがようやく終わったのだと。
自分達が生き残ったという結果に、最悪最強の敵に自分達が勝利したのだという結果に雄叫びをあげる人達も出てきていた。
「やっと………やっと終わったんだね」
―――――その時だった。
「フフフフ………ハハハハ。あと少し、あの弾丸の効果が切れる時間がもう少し遅ければ、僕は終わっていただろうね」
空から聞こえてくる声。
その声に戦場が凍りついた。
ボクは声につられて空を見上げると―――――そこには絶望が待っていた。
「あれは、なに………!?」
リアスさんが目を見開き、震えた声を漏らす。
他のメンバー、アザゼル先生やヴァーリさんですら嫌な汗を流し、体を震わせていた。
空にあったもの………それは灼熱の海。
空一面を埋め尽くす巨大な炎の塊。
太陽が降ってきたのかと、錯覚させる程に巨大。
炎の塊から発せられる熱で地面が焼け、かなりの距離があるはずなのに発せられる熱で体が燃え尽きてしまいそうになる………!
ボクは慌てて、冷却の魔法を周囲に施すが、それでもこの感覚が消えない………!
空に浮かんでいる一つの影―――――アセム。
彼の体は半身が失われていた。
恐らく、お兄ちゃんの一撃によるものだろう。
しかし、あれを受けて生きているということは、リーシャさんの弾丸の時間制限内に倒しきれなかったということか。
活動を停止していた眷獣やトライヘキサの分裂体が吸収されていく。
その瞬間、空を覆う火の海から強い波動が放たれ始めた。
アセムがお兄ちゃんに言う。
「僕ももう長くはもたないだろう。だから、これが本当に最後だ。君が世界を救うか、僕が全てを終わらせるかだ」
アセムが手をこちらに翳す。
すると、空に浮かぶ灼熱の海が落ちてきた。
「天地創造にも等しいこの力。受けてみるが良い」
[美羽 side out]
―――――この力を使った時、あなたはあなたでいられらなくなる。
―――――あなたにその覚悟はある?
―――――そう、分かったわ。ならば、私もあなたと彼女達を信じましょう。
―――――あなたに私の本当の名前を。封じた私の真の名前を授けましょう。
―――――約束して、イッセー。必ず戻ってきて。