[美羽 side]
「イタタタ………」
「無理して起きなくて良いんだよ?」
上半身を起こすと、苦痛の声を漏らすお兄ちゃん。
二週間も寝続けたのだから、体のあちこちが硬くなっているのだろう。
ボクはお兄ちゃんの体を支えながら言う。
「お兄ちゃん、起きてくれたのは嬉しいけど………待たせ過ぎだよ。ここ最近、皆、元気なかったんだよ?」
アリスさんも、リアスさんも他の皆もお兄ちゃんがいなくて、どこか元気がなかった。
いつも隣にいた人がいなくなると、こうも胸が苦しくなるのかって。
お兄ちゃんは苦笑する。
「すまん………」
「ん。とりあえず、罰としてこのままギュッてさせて」
ボクは力一杯、お兄ちゃんを抱き締めることにした。
少しお兄ちゃんが苦しそうな顔してるけど、これくらいはさせてもらうよ。
お兄ちゃん成分が………お兄ちゃん成分が補充されていく!
お兄ちゃんの鼓動も呼吸も、ちゃんと聞こえる!
「お兄ちゃんだ………やっと、お兄ちゃんが帰ってきてくれた………!」
「み、美羽ちゃん! う、嬉しいけど、くるちぃ! お兄ちゃん、目覚めて早々に昇天しそう!」
「………そんなこと言いながら、ボクのおっぱいに顔を埋めてるくせに」
「………バレタッ!?」
「バレるよ。ボクのおっぱい、好き?」
「当たり前だろ!?」
「じゃあ、もう少しだけ………ぎゅぅぅ」
「あうっ! 美羽のおっぱいが! おっぱいがぁぁぁぁぁぁ!」
それから手を離すと、お兄ちゃんはバタリとベッドに倒れてしまう。
そして、鼻血を流しながら、とても良い笑顔で言った。
「我が一生に、一片の悔いなし!」
天に向けて拳を突き出すお兄ちゃん。
その手はそのままボクのおっぱいを揉んだ。
▽
「少しは落ち着いたかな?」
「ああ。最高のおっぱいだった………」
感涙しながら、未だにボクのおっぱいを揉み続けるお兄ちゃん。
どうしよう………完全におっぱい欠乏症になってる。
全然、落ち着いてないよ………。
とりあえず、ボクもお兄ちゃん欠乏症はある程度治まったし良しとしよう。
久し振りのお兄ちゃんは最高でした!
お兄ちゃんが言う。
「それにしても、二週間か。思っていた以上に寝てたんだな」
「お兄ちゃんの生命力は一時的に枯渇しちゃったしね。そこはもうしょうがないよ。むしろ、二週間で起きられて良かったと考えるべきかな」
「んー………そう言われればそうなのかな?」
「でも、皆を心配させたのは変わらないからね?」
「うっ、美羽は手厳しいな。でも、分かってるさ。後でちゃんと謝るよ」
そう言って、コップに入った水を飲むお兄ちゃん。
ボクはこの後、起こったことを話すことにした。
「お兄ちゃんの生命力は今も疑似神格の補助付きでなんとか成り立ってる状態。こっちは仙術治療を毎日受けることで、いずれは完全回復するみたい。失った右腕の方はアザゼル先生達が再生治療を施してくれるみたいだよ?」
「あっ、前に俺とゼノヴィアの傷を治した薬か」
「あれの発展版かな。また冥界の医療機関に通うことになると思う。それまでは義手をつけることになるよ」
アザゼル先生は戦後の処理をする傍らでお兄ちゃん専用の義手の製作に取り掛かってくれている。
流石に今は忙しくて、すぐに完成というわけにはいかないけれど、数週間後には完成する予定だそうだ。
「アザゼル先生のみたいにロケットパンチついてるかもね」
「憧れはするけど、使わないと思う。何かの拍子で発射したら目も当てられねぇ………」
アザゼル先生のことだから無駄に機能をつけてたりするのは十分にあり得る。
サテライト兵器とかは絶対にやめてほしい。
バイクにも着けようとしていたみたいだし。
とりあえず、お兄ちゃんの体に関してはこんな感じだろう。
「さっきね、松田君と元浜君が来てたんだ」
「あいつらが?」
「うん、お兄ちゃんのお見舞いにね。………二人とも、ボク達のこと、なんとなく気づいてるみたいだった」
「………そうか」
そう言うお兄ちゃんの顔は特に驚いている様子はなく、どこか納得したような表情だった。
お兄ちゃんは息を吐いて言う。
「あの戦いの時、皆の声が聞こえたんだ。その中にあいつらの声があった。………あいつら、状況も上手く呑み込めてないのに、俺の応援をしてくれたよ。その時から覚悟は決めている」
お兄ちゃんは窓の外の景色を眺めて、
「俺は話すよ。本当のことをあの悪友二人に」
「うん、お兄ちゃんが良いならボクは何も言わないよ。それに、松田君も元浜君も、お兄ちゃんの口から話してくれるのを待つって言ってくれたしね」
「ったく、あいつら………。これだから、あの二人との繋がりは切りたくないんだ。最高の悪友共………今度、あいつらと飯でも食いにいくかね」
ポリポリと髪をかくお兄ちゃんはとても嬉しそうだった。
ま、まぁ、脱童貞に関しては黙っておいたままの方が良いと思うけど。
多分、悪魔とか異形とかそっちのけで血の涙を流して襲ってくると思うから………。
そんなことを思っていると、お兄ちゃんが訊ねてきた。
「他に変わったこと、あるんだろ?」
あったのか、ではなく、それは確認するような質問の仕方だった。
お兄ちゃんはさっき目覚めたばかりとは思えないくらい強い瞳をしている。
全てを理解しているような、そんな眼を。
「………そうだね。いきなり言うと混乱すると思って、後回しにしていたけど、今なら教えても良いかな」
ボクは語り始める。
この二週間で起こった最大の出来事について。
▽
アセム、トライヘキサの戦いから三日後のこと。
各神話勢力は戦後処理、事態の収集に追われていた。
人間界に大きな影響を残したアセム、トライヘキサと邪龍の群れは、それと戦う異形、超常の存在と共にメディアに写されてしまい、人間達の間で大いに物議を醸していた。
今回の戦争は人間界、超常の世界、その両方に大きく爪痕を残す結果となってしまっている。
………が、本来なら今よりもずっと悪い状況になっていたはずだった。
兵藤家最上階に設けられたVIPルーム。
ここにオカ研メンバー、アザゼル先生、モーリスさん、リーシャさん、ワルキュリアさん、ニーナさん、サラが集まっていた。
リアスさんが言う。
「アザゼル、お兄様にも言ったのだけれど」
リアスさんが何かを言い終える前に、アザゼル先生が言葉を遮るように言う。
「ああ、一々言われなくても分かってるよ。おまえ達、黙っていて本当にすまなかった」
前に立ったアザゼル先生は深く頭を下げた。
―――――『隔離結界』。
アザゼル先生を始めとした各勢力の首脳陣は分裂したトライヘキサを、確実に被害を減らすため、倒しきるため、隔離された専用の結界領域に転移するつもりだった。
更にそこに繋ぎ止めるため、領域内部でトライヘキサと各陣営のトップクラスとそれに付き従う戦士達が、数千年、一万年かけてトライヘキサを滅ぼしきる。
そういう作戦を実行するはずだった。
しかし、アザゼル先生達の作戦はそれを読んでいたアセムによって阻まれることになる。
アセムがトライヘキサを吸収したことにより、隔離結界の実行が不可能になったんだ。
アザゼル先生が言う。
「俺もサーゼクスもミカエルも、もしもの時の覚悟を決めていた。おまえ達を悲しませることになるだろう。だが、それでも、おまえ達を信じて未来のために………だが、その覚悟を全部、イッセーの奴に持っていかれてしまったよ。俺達はあいつに救われたのさ」
モーリスさんが息を吐く。
「我が弟子ながら無茶苦茶だな。ま、済んだことは良い。あいつも助かるだろうしな。アザゼル、おまえ達もここにいる。おまえも教え子を持つ身なら、こいつらの行く末を見届けてやれよ?」
「おまえに言われると耳が痛い………が、その通りか」
モーリスさんの言葉に髪をボリボリとかくアザゼル先生。
モーリスさんは手元の資料を見ながら考え込む。
顎髭をさすりながら、言う。
「………で? 今、やるべきことはこの訳の分からん現状について考えることだ。―――――死者数ゼロ。こいつはどういうことだ?」
その言葉に続くようにボク達も資料に目を通す。
これは現在の段階で纏められている、先の戦いのレポートだ。
事の発端から、その経緯。
そして、最後の決着まで。
中には当然、アセムのことまで書かれている。
異世界アスト・アーデの神。
彼がトライヘキサを、邪龍を従え、戦争を起こした理由も記されている。
今、モーリスさんが言ったのは被害報告の欄。
崩壊した施設の数に、人間界への被害、消滅した神々、そして―――――各勢力の死者数。
その死者数に記されている数字はゼロ。
そう、先の戦いで―――――トライヘキサが復活してからアセムとの戦いが終結するまでに、消滅した神を除き、死んだ者はいないということだ。
アザゼル先生が唸る。
「死んだ者は確かにいる。俺も目の前で部下が消えていくのを目の当たりにしている。一応、確認するが、おまえ達もそうだな?」
その問いに皆が一様に頷いた。
ボクも大勢の人達が炎に焼かれ、凶悪な力を秘めた武器に貫かれる光景を見てきた。
あの戦いで、間違いなく大勢の人達が亡くなったはずなんだ。
アザゼル先生は報告を続ける。
「戦時中、確認した死者だった者に話を聞いた。そいつが言うには、自分は確かに死んだ。トライヘキサの炎に焼かれて死んだはずだった。しかし、暗闇にいた自分を追いかけてきた光が自分を連れ戻してくれた。………だそうだ」
「光が………連れ戻した? 死した者が生き返ったというの?」
「そう捉えるのが普通、なんだろうな。他の一度、死を確認した者からも同じ証言が取れている」
言葉を濁すアザゼル先生。
確かに結果や証言だけ見れば、そう捉えるのが普通なのだろう。
でも、起きていることは明らかに異常だ。
アザゼル先生が言う。
「死者を生き返らせる術はある。おまえも心当たりはあるだろう?」
「それって、聖杯ですか………?」
ギャスパー君が恐る恐る訊ねた。
神滅具『幽世の聖杯』。
聖遺物の一つである聖杯。
生命に関する能力を持ち、生物を強化したり、魂から肉体を再生したりと使いようによっては生命の理を狂わせる神器。
アリスさんが言う。
「聖杯、ね。あの力なら死者を生き返らせることは出来るでしょう。実際、私達もあの力で苦労させられてきたんだし。でも………ヴァレリーさんが?」
聖杯の所有者はヴァレリーさんだ。
彼女はギャスパー君と行動を共にしていたけど………。
アザゼル先生は首を横に振って否定する。
「いや、それはないだろう。ヴァレリーのもとには三つ全ての聖杯が揃っているが、彼女の力ではあれだけの数の死者を生き返らせるなんて芸当は不可能だ。仮に行ったとしても、今頃は力を行使した反動で何かしらの異変が起きているだろう。ギャスパー、ヴァレリーは今、どうしてる?」
「彼女は今、二階で段ボールに入ってますぅ」
「………それはそれで異変が起きていると取るべきなのか? おまえ、恩人になに教えてんだよ」
半目で問うアザゼル先生。
うん、前にも思ったけど、なんで段ボールを勧めたの?
量産型段ボール吸血鬼とか、こっちはどう受け止めれば良いか困るんだけど………。
ロスヴァイセさんが言う。
「聖杯が全てこちらにあり、彼女が健在であるなら、聖杯の力というのはないでしょうね」
アザゼル先生が頷く。
「だろうな。で、他の線だが………他者の命を移す、ということを考えたが」
「死者の数が多すぎるし、その分の死者が出るだろ」
モーリスさんがその線を真っ向から切り捨てた。
まぁ、その線はまずないよね。
それに命を移すにしても、しっかりした前準備と、大掛かりな術式が必要となる。
あれだけの数の死者を甦らせるなんて、不可能だ。
アザゼル先生も続く。
「だろうな。でだ、こいつは各勢力との議論で出た線で最も否定され、最も可能性があるとされるものだ」
「それは?」
リアスさんが聞き返す。
アザゼル先生は瞑目し、低い声音で言った。
「―――――アセム。野郎が死者を生き返らせたという線だ」
『………ッ!』
その言葉に皆が目を見開いた。
同時になるほど、と納得できるものがあった。
アセムの力と知識があれば、実行することも可能かもしれない。
最終的には龍神クラスかそれ以上の領域に踏み込んだ彼なら………。
しかし、その線は各勢力の間で否定されている。
リアスさんが言う。
「アセムが、自ら断った命を生き返らせたというの………? なんで、そんなこと………」
「分からん。俺達もアセムの意図を図りかねているのさ。だからこそ、最も可能性がありながら、最も否定されているのだがな」
アザゼル先生の言葉に皆がうーんと考え込む。
確かにあり得ない話ではないし、でも、そうする意味が分からないし………。
ピンポーン
家に響くインターホンの音。
「宅配便かな?」
ボクが訊ねるとゼノヴィアさんが挙手した。
「多分、私だろう。この間、通販で漫画を購入したんだ。すまない、少し待っていてくれ」
そう言ってゼノヴィアさんが席を立った。
それがちょうど良い合図となり、ボク達はふぅ、と息を吐いた。
あんまり考え込むと疲れるからね。
適度に頭を休めないと。
ワルキュリアさんがテーブルに並べられたティーカップを見て言う。
「それでは、少しティータイムとしましょう。今、紅茶と茶菓子をご用意します」
「ワルキュリアお姉ちゃん、私も手伝う!」
ワルキュリアさんに続くようにニーナさんが部屋を出ていく。
その時だった―――――。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
家中に響くゼノヴィアさんの悲鳴!
「ゼノヴィア!?」
「どうしたのでしょう!?」
「分からないわ………とにかく、行ってみましょう!」
悲鳴を聞いたボク達は慌てて部屋を飛び出して、ゼノヴィアさんが向かった玄関へと走っていく。
階段を降り、玄関へと辿り着いたボク達を待っていたのは―――――。
『フハハハハ! 注文した漫画だと思ったか? 残念、我輩でした! その悪感情、大変、美味であるぞ! 頭だけでなく腹筋まで硬い脳筋娘よ!』
………なんか、いた。
[美羽 side out]