[美羽 side]
「………なんで、こんなに美味しいのよ」
「あら、そう? それは嬉しいわ♪」
少し剥れた顔でヴィーカ作のチャーハンを好評するアリスさんと、微笑むヴィーカ。
不法侵入のあげく、勝手に家の食材を使って作られたチャーハンだったけど、チャーハンに罪はないということで皆がそれぞれ口に運んだのだが………それが、こちらが悔しくなるほど美味しかった。
家でもよく作るけど、正直、この家の誰が作ったものよりも美味しい。
これまでヴィーカと幾度となく戦ってきたアリスさんにとっては相当ショックだったようで、
「………素直に認められないわ」
と、複雑な表情でチャーハンのおかわりをしていた。
ちなみに料理が苦手だったアリスさんもお母さんのもとで修行を積み、以前よりも上達している。
アリスさんも自身の上達を感じていたからこそ、余計に悔しいのだと思う。
「コツは火加減ね♪」
ヴィーカがウィンクしながら、そう付け足すのだった。
ヴィーカが作った昼食を食べ終わるとボク達は改めてヴァルスの話を聞くことにした。
その横では………、
「皿洗いは任せとけ。得意なんだ」
「………ベルも、手伝う」
見た目と合わない発言をするラズルと相変わらず眠たそうな目をしながら皆の皿を運んでいくベル。
あの人達、普通に家のキッチンを使いこなしてるんだけど………もうツッコミはいいよね?
これ以上、ツッコミ入れてたらキリがないし。
アザゼル先生が一度、咳払いをした。
「さて、かなり脱線してしまったが、今度はマジで話そうじゃないか。まず、おまえの話を聞こう。もちろん、下手な動きを見せない限り、こちらから手を出すことはないと約束する」
ヴァルスは軽く頭を下げて言う。
「感謝します、アザゼル殿」
「だが、こちらの質問には全て答えてもらうからな?」
「ええ、もちろんです。私共が答えられる範囲であれば、あなた方の問いに対して嘘偽りなく全てを答えると誓いましょう」
そう言うと、ヴァルスは紅茶の入ったティーカップに口を着けた。
ティーカップをテーブルに置いて、リラックスした様子のヴァルスは資料―――――先程までボク達が読んでいた先の戦いのレポートに目を落とした。
「さて、話さなければならないことがいくつかありますが………あなた方の疑問からお答えしましょう。まず、第一に先の戦いで全ての死者が甦っていること、第二に私共………まぁ、私は死んでいませんが、一度死んだはずのヴィーカ達までもが甦っていること。こちらから説明するとしましょうか。この二つについて結論から申しますと、我が父アセムによるものです」
ヴァルスの言葉をボク達は冷静に受け止められていた。
午前中の会議でその可能性が出ていたからだ。
各勢力の間で最も否定され、最も可能性があると言われた線。
――――――アセムが全ての死者を甦らせた、という考えだ。
アザゼル先生が眉根を寄せて聞き返す。
「やはりな。こちらでもその可能性は考えていた。だが、奴はどうやって数え切れない数の死者を甦らせたんだ?」
死者を甦らせる方法はある。
一つは神滅具である聖杯の力。
二つは他者の命をその者へと移すこと。
他にも禁術を用いるなどで命を創造したりすることも可能だが、どれも入念な準備と複雑な術式を必要とする。
どれも大きな代償を支払うことになる。
しかし、アセムは一度に大勢の死者を甦らせている。
アザゼル先生の問いにヴァルスが答える。
「父上が天界、その最上階にある『システム』に潜り込んだことは覚えていますか?」
「そりゃあな。あの時はミカエル達がかなり焦っていたが………。あれはアセムが自身専用の神滅具を作るためではないのか?」
そう、アセムは『システム』に潜った後、自身専用の武具を作成している。
その力は変革者になったお兄ちゃんの力を遥かに凌ぐものだったと聞く。
ヴァルスは頷く。
「ええ、それもあります。しかし、それだけではないのです。父上が『システム』を覗いた真の理由は―――――この世界における命の理を知るため。簡単に言えば、神滅具『幽世の聖杯』の構造を知り、それをもとに術式化するためです」
その言葉を聞いて、ボクが訊ねた。
「最後、アセムが何かの術式を発動させたのが見えたけど………あれって………」
「想像の通りですよ。あれこそが聖杯の構造を術式化したものだったのです。父上は戦の前に自身に術式を埋め込んでいました。そして、最後の決着の時………父上は自身の全てと、トライヘキサの全てを使って術式を発動させたのです。ですが、それだけではありません。あなた方はあの世界―――――父上が構築された世界に入った時、何かを感じませんでしたか?」
アセムが構築したあの世界。
確かに初めて足を踏み入れたというのに、あの世界にはどこか覚えがあった。
どこか冥府に似たような………。
他のメンバーも同じことを思っていたようで、ボクと同じく、あの世界について思い出していた。
そこでアザゼル先生が何かに気づいた。
「なるほど。あの世界は冥府………いや、それだけじゃない。天界にも似ている雰囲気があった。あの世界は各神話に存在する魂が行き着く場所を再現していたってことか」
「流石です。ええ、その通り。あの世界を作る際、父上はこちらの世界に存在する、あらゆる魂が行き着く場所を参考にして創造したのです」
ヴァルスは資料を捲る。
そこにはトライヘキサが復活した日のことが書かれてあるページだった。
「トライヘキサ復活後、大勢の者がかの力の前に消えることになることは分かっていました。そこで父上は彼らの魂を受け入れる器としての役割をあの世界にもたせていたのです。亡くなった方の魂が消滅しないように」
そして、とヴァルスは続ける。
「父上は最後に自身とトライヘキサ。そして、あの世界を一つの装置として、戦いで亡くなった全ての死者を甦らせたのですよ」
つまり、アセムはボク達が考えていた以上に動いていたということか。
長い期間と超高度な術式、ありとあらゆる術を使っていた………。
ヴァルスの解説を聞いたアザゼル先生は顎に手を当てて、今の話をぶつぶつと復唱していた。
しかし、顔を上げたアザゼル先生の表情は未だ理解に苦しんでいるようで、
「方法については分かった。それなら不可能ではないと思う。まぁ、それだけの術式を発動できるアセムならではの手段だと思うがな。………だが、理由はなんだ? あれはアセムが起こした戦いだ。奴の手によって大勢が散った。しかし、アセムはその全てを甦らせた。俺にはその意図がまだ読めないでいる」
そう、そこが肝心なところなんだ。
方法は分かった。
でも、それを行った理由が分からない。
問われたヴァルスは息を吐くと、昔を思い出すような表情で答えた。
「痛みがなければ世界は変わらない。だが、痛みだけでは本当の意味で世界は変わることができない」
呟くように発した言葉にボク達は一様に怪訝な表情でヴァルスに視線を送った。
ヴァルスが言う。
「これは父上の持論です。………人は後悔しなければ変わろうとしない。『痛み』を知って、初めて変わろうとする。アザゼル殿、三大勢力が和平へと至った根本はそこではありませんか? 種の存続のため、それもあるでしょう。ですが、失うこと、戦時中に味わった後悔をもう二度と繰り返したくない。そんな思いがあったはずです」
「………」
何も答えないアザゼル先生だが、ヴァルスの言葉に目を細めた。
過去の大戦を潜ってきたアザゼル先生も大切な存在を多くなくしている。
今の言葉に何か感じるところがあったのだと思う。
ヴァルスは瞑目して続けた。
「『痛み』は人を、やがては世界をも変える。………しかし、それだけでは足りないのです。『痛み』だけでは悲しみ、憎しみ、怒りを生む。それらはやがて歪んだ方向へと世界を変えてしまう」
それはかつてのアスト・アーデの歴史と同じだった。
憎しみが新しい憎しみを生む。
そうして、途方もない憎しみの連鎖が続いていた。
「だからこそ、父上は皆を甦らせたのです。悲しみによる変革ではなく、『希望』と『可能性』による変革をもたらすために」
更にヴァルスは話を続ける。
「あの戦いで父上はこの世界を変えようとした。しかし、変えたかったのは制度や各神話の関係ではありません。むしろ、急激な改革は不満を呼びます。父上が真に変えたかったのは―――――人々の心。それも変わろうとする切っ掛けで良かったのです。希望ある未来のために、自らが変わろうとする意思を芽生えさせる、その切っ掛けを与えることが出来ればね」
人々の心を変えるための戦い、か。
確かに強引過ぎるやり方ではあるけど…………。
でも、お兄ちゃんが世界中に広げたあの虹の輝きは、皆の心を繋げた。
どんな絶望の中にも希望があること、どんなに小さくても、そこには可能性があることを示したんだと思う。
きっと、アセムはお兄ちゃんの力と心を信じて、あの戦いを………。
アザゼル先生は腕を組み、暫く何かを考えた後、ヴァルスに訊ねた。
「優しすぎる悪神………か。正しいやり方とは言えないが、アセムは本気で世界を変えようとしたんだな。だが、奴がそこまでこの世界を変えようとしたのはなぜだ?」
「そうですね………突然ですが、アザゼル殿。あなたは異世界『
突然出てきた新たな異世界の話題。
この世界ともアスト・アーデとも異なる世界『E×E』。
そこには未知の世界が広がっているとのことだが………。
アザゼル先生が苦い顔で答える。
「それか………。正直、語れるほど多くの情報はなくてな。今、うちのエージェントがリゼヴィムの拠点で情報を集めている。が、リゼヴィムの奴が向こうの邪神とやらを挑発してしまったことは分かっている。向こうに色々な情報を送っていることもな」
「そうですか。ならば、この場でハッキリと告げておきましょう。仮にその邪神とその配下がこちらの世界に攻めてきたとしましょう。そうなれば―――――この世界は間違いなく破壊されます」
『なっ………!?』
淡々とした口調で告白された内容にボク達は言葉を詰まらせた。
世界が破壊される………!?
「それはどういうことでしょう?」
「そのままの意味ですよ、木場殿。父上が観測し、把握した邪神の力ですが………恐らく、龍神クラスをも遥かに上回るものと思われます。しかも、その邪神に匹敵する神が二柱。彼らが攻めて来た場合、この世界はまともに太刀打ち出来ないでしょう」
龍神クラスをも遥かに上回る。
それは無限だった頃のオーフィスさんや夢幻を司るグレートレッドを超えるということ。
そして、先の戦いにおけるお兄ちゃんとアセムよりも強いということだ。
そんな存在が三柱もいる。
それは言われるまでもなく―――――。
「絶望的な戦力差があるってことだな」
モーリスさんが静かにそう呟いた。
そして、その呟きはボク達に厳しい現実を理解させるには十分過ぎた。
ボク達はあの絶望的な戦いを乗り切った。
でも、あれを更に上回る絶望が存在する………。
アザゼル先生が言う。
「なるほど………アセムが強引にでも世界を変えようとした理由は納得できるな。俺達は内輪で揉めてる暇なんぞないということか」
「ええ、アザゼル殿。先の戦いは異なる世界間同士の戦いを想定したものでした。あの戦いを経験し、その上でこの情報を知れば、嫌でも思い知らされるはずです」
「ああ、俺達には圧倒的に戦力が足りん。全ての勢力の力を合わせてもな。………それで?」
「それで………と言いますと?」
アザゼル先生の言葉にヴァルスが片眉を上げて聞き返した。
アザゼル先生は前のめり気味な姿勢でヴァルスに訊ねる。
「アセムはこの先の展開をどう考えていたんだ? 絶望的な現状を知らせるだけではないんだろう? 奴のことだ、この現状を打ち破る策を考えていたはずだ」
―――――ッ!
アザゼル先生の言う通りだ。
絶望的な未来を回避するために、あれだけ大掛かりなことを実行したアセムがそこで止まるとは考えにくい。
まだ、何かある。
アセムはこの先の未来を見据えて、更なる計画を持っていたはずだ。
その問いかけに、ヴァルスは口許を薄く笑ました。
「仰る通り、父上には更なる計画があります。それを伝えるために、私共はこうして生かされたのですから。我らが父アセムの計画、それは―――――」
ヴァルスはその計画を告げた。
その内容はあまりにスケールが大きすぎるもので―――――。
「この世界とアスト・アーデ。二つの世界間における同盟です」
完結まであと二話!