今月中には6章を書き切りたいと思います。
体育倉庫での一件があった日の放課後。
部活の時間だ。
「全員集まってくれたわね」
部員全員が集まったことを確認すると、部長は記録メディアらしきものを取り出した。
「これは若手悪魔の試合を記録したものよ。私達とシトリーのもあるわ」
戦いの記録。
そう、今日は皆で試合のチェックをすることになったんだ。
部室には巨大なモニターが用意される。
アザゼル先生がモニターの前に立って言う。
「おまえら以外にも若手悪魔たちはゲームをした。大王バアル家と魔王アスモデウスのグラシャラボラス家、大公アガレス家と魔王ベルゼブブのアスタロト家、それぞれがおまえらの対決後に試合をした。それを記録した映像だ。ライバルの試合だから、よーく見ておくようにな」
『はい』
先生の言葉に全員が真剣にうなずいていた。
皆、他の家がどんなゲームをしたのかすごく気になるようだ。
参加している若手悪魔はほとんどが俺達と同期。
どんな戦いをしたのか気になってしょうがないって感じだ。
実は俺も気になっている人がいる。
サイラオーグ・バアル。
部長の従兄弟に当たる人だ。
部長から聞いた話だと、あの人が若手のナンバーワンらしい。
まぁ、そう言われれば納得だ。
あの人は会合で集まった若手悪魔の中でも別格だと思ったほどだからな。
「まずはサイラオーグ―――バアル家とグラシャラボラス家の試合よ」
さっそく、サイラオーグさんか。
相手はあのヤンキー。
あいつ、サイラオーグさんに吹っ飛ばされてたけど、まともな勝負になるのか?
記録映像が開始され、数時間が経過する。
グレモリー眷属の顔つきは真剣そのものになり、視線は険しいものになっている。
そこに映っていたのは―――圧倒的なまでの『力』だ。
あのヤンキー悪魔とサイラオーグの一騎打ち。
一方的にヤンキーが追い込まれていた。
眷属同士の戦いはすでに終わっている。
どちらも強い者ばかりを眷属に持っていて、白熱したが、問題なのは『王』同士の戦いだ。
最後の最後で駒をすべてなくしたヤンキーがサイラオーグさんを挑発した。
サシで勝負しろ、と。
サイラオーグさんはそれに躊躇うことなく乗った。
ヤンキーが繰り出すあらゆる攻撃がサイラオーグにはじき返される。
まともにヒットしても何事もなかったようにサイラオーグさんはヤンキーに反撃していた。
自分の攻撃が通じないことで、ヤンキーはしだいに焦り、冷静さを欠いていた。
そこへサイラオーグさんの拳が放り込まれる。
幾重にも張り巡らされた防御術式を紙のごとく打ち破り、サイラオーグさんの一撃がヤンキーの腹部に打ちこまれていく。
その一撃は映像越しでも辺り一帯の空気を震わせるほどだった。
「・・・凶児と呼ばれ、忌み嫌われたグラシャラボラスの新しい次期当主候補がまるで相手になっていない。ここまでのものか、サイラオーグ・バアル」
木場は目を細め、厳しい表情でそう言った。
サイラオーグさんのスピードは相当なものだった。
それも、木場が目を奪われるほどの。
スピードが持ち味の木場にとっては思うところがあるのだろう。
見ればギャスパーがブルブル震えながら俺の腕につかまっていた。
ビビりすぎだろ、ギャスパー・・・・・。
「リアスとサイラオーグ、おまえらは『王』なのにタイマン張りすぎだ。基本、『王』ってのは動かなくても駒を進軍させて敵を撃破していきゃいいんだからよ。ゲームでは『王』が取られたら終わりなんだぞ。バアル家の血筋は血気盛んなのかね」
先生が嘆息しながらそう言う。
確かに、部長は前に出ていく傾向が見られるよな。
部長は恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「あのグラシャラボラスの悪魔はどのくらい強いんだ?」
ゼノヴィアの問いに部長が答える。
「今回の六家限定にしなければ決して弱くはないわ。といっても、前次期当主が事故で亡くなっているから、彼は代理ということで参加しているわけだけれど……」
朱乃さんが続く。
「若手同士の対決前にゲーム運営委員会がだしたランキング内では一位はバアル、二位がアガレス、三位がグレモリー、四位がアスタロト、五位がシトリー、六位がグラシャラボラスでしたわ。『王』と眷属を含みで平均で比べた強さランクです。それぞれ、一度手合わせして、一部結果が覆ってしまいましたけれど」
「しかし、このサイラオーグ・バアルだけは抜きんでている―――というわけだな。部長」
ゼノヴィアの言葉に部長は頷く。
「ええ、彼は怪物よ。『ゲームに本格参戦すれば短期間で上がってくるのでは?』と言われているわ。逆を言えば彼を倒せば、私たちの名は一気に上がる」
と、部長は言うけど・・・・・・
皆には悪いけど、今の実力ではサイラオーグさんには勝てないだろう。
まぁ、その辺りは皆も理解してると思うけどね。
「とりあえず、グラフを見せてやるよ。各勢力に配られているものだ」
先生が術を発動して、宙に立体映像的なグラフを展開させる。
そこには部長や会長、サイラオーグさんなど、六名の若手悪魔の顔が出現し、その下に各パラメータみたいなものが動き出して、上へ伸びていく。
ご丁寧にグラフは日本語だった。
グラフはパワー、テクニック、サポート、ウィザード。
ゲームのタイプ別になっている。
最後の一か所に『キング』と表示されている。
たぶん『王』としての資質だろう。
サイラオーグさんはかなり高めだ。
そして、ヤンキー悪魔が一番低い。
まぁ、あいつは王って感じはしないもんなぁ・・・・。
部長のパラメータはウィザード―――魔力が一番伸びて、パワーもそこそこ伸びた。
あとのテクニック、サポートは真ん中よりもちょい上の平均的な位置だ。
そして―――サイラオーグさん。
サポートとウィザードは若手の中で一番低い。
だけど、そのぶんパワーが桁外れだ。
ぐんぐんとグラフは伸びていき、部室の天井まで達した。
極端すぎるがパワーが凄まじいということか・・・・・。
サイラオーグさんを抜かす五名の中でも一番パワーの高いゼファードルの数倍はあるな。
「ゼファードルとのタイマンでもサイラオーグは本気を出しやしなかった」
だろうな。
ヤンキーと戦ってる時のサイラオーグさんは映像からも分かるほどに余裕があったしな。
「やはり、サイラオーグ・バアルもすさまじい才能を有しているということか?」
ゼノヴィアが尋ねると、先生は首を横に振って否定する。
「いいや、サイラオーグはバアル家始まって以来才能が無かった純血悪魔だ。バアル家に伝わる特色のひとつ、滅びの力を得られなかった。滅びの力を強く手に入れたのは従兄弟のグレモリー兄妹だったのさ」
サイラオーグさんも俺と同様に才能が無かったのか。
ということは、あの強さは――――
「サイラオーグは、尋常じゃない修練の果てに力を得た稀有な純血悪魔だ。あいつには己の体しかなかった。それを愚直までに鍛え上げたのさ」
やっぱり、サイラオーグさんも修行したんだな。
あそこまでの強さになるには相当、厳しいものだったのだろう。
努力の果てに得た強さ。
だから、あの人の目は自信に満ち溢れているんだ。
先生は続ける、語りかけるように。
「奴は生まれたときから何度も何度も勝負の度に打倒され、敗北し続けた。華やかに彩られた上級悪魔、純血種のなかで、泥臭いまでに血まみれの世界を歩んでいる野郎なんだよ。才能の無い者が次期当主に選出される。それがどれほどの偉業か。―――敗北の屈辱と勝利の喜び、地の底と天上の差を知っている者は例外なく本物だ。ま、サイラオーグの場合、それ以外にも強さの秘密はあるんだがな」
試合の映像が終わる。
結果はサイラオーグさん――――バアル家の勝利だ。
最終的にグラシャラボラスのヤンキーは物陰に隠れ、怯えた様子で『投了』宣言をする。
サイラオーグは縮こまり怯え泣き崩れるヤンキーに何かを感じる様子もなくその場をあとにしていく。
映像が終わり、静まりかえる室内で先生は言う。
「先に言っておくがおまえら、ディオドラと戦ったら、その次はサイラオーグだぞ」
「――――っ!?」
部長は怪訝そうにアザゼルに訊く
「少し早いのではなくて?グラシャラボラスのゼファードルと先にやるものだと思っていたわ」
「奴はもうダメだ」
先生の言葉に皆が訝しげな表情になる。
「ゼファードルはサイラオーグとの試合で潰れた。サイラオーグとの戦いで心身に恐怖を刻み込まれたんだよ。もう、奴は戦えん。サイラオーグはゼファードルの心―――精神まで断ってしまったのさ。だから、残りのメンバーで戦うことになる。若手同士のゲーム、グラシャラボラス家はここまでだ」
あらら・・・・・。
心を完全に折られちゃったのか。
まぁ、自慢の魔力が全く通じず、素手だけでボコボコにされたのだから、仕方がないのかな・・・・・?
「おまえらも十分に気をつけておけ。あいつは対戦者の精神も断つほどの気迫で向かってくるぞ。あいつは本気で魔王になろうとしているからな。そこに一切の妥協も躊躇もない」
アザゼルのその言葉を皆が頷く。
部長は深呼吸をひとつした後、改めて言う。
「まずは目先の試合ね。今度戦うアスタロトの映像も研究のためにこのあと見るわよ。―――対戦相手の大公家の次期当主シーグヴァイラ・アガレスを倒したって話しだもの」
「大公が負けた? マジですか?」
俺は思わず、部長に尋ねてしまう。
俺はてっきりあのメガネのお姉さんが勝ったと思っていたからだ。
会合の時点ではあの人の方がディオドラよりも強かった。
それをディオドラは下したのか・・・・・?
いや、レーティングゲームは王だけで勝てるもじゃない。
ディオドラが何か策を練っていたのだろうか・・・・・。
「イッセーの言いたいことは分かるわ。私もアガレスが勝つものだと思っていたもの。・・・・・とりあえず、映像を見てみましょうか」
そう言いながら、部長が次の映像を再生させようとしたときだった―――
パァァァァァ
部屋の片隅で一人分の転移魔法陣が展開した。
この紋様は見覚えがあるぞ。
グレモリー家の勉強会で習ったことがある。
確か・・・・・
「――アスタロト」
朱乃さんがぼそりと呟いた。
そして、一瞬の閃光のあと、部室の片隅に現れたのは爽やかな笑顔を浮かべる優男だった。
そいつは開口一番に言う。
「ごきげんよう、ディオドラ・アスタロトです。アーシアに会いに来ました」
▽
部室のテーブルには部長とディオドラ、顧問として先生も座っている。
朱乃さんがディオドラにお茶を淹れ、部長の傍らに待機する。
ディオドラがアーシアに何かしてきたら、殴ってしまおうか。
そんなことを考えつつ、俺は部長の後ろで待機している。
「リアスさん。単刀直入に言います。『僧侶』のトレードをお願いしたいのです」
『僧侶』―――つまりアーシアかギャスパーのことだ。
「いやん、僕のことですかぁ!?」
「そんな!? ギャスパー君は渡さないよ!」
ギャスパーが自分の身を守るように肩を抱き、美羽もギャスパーを守るようにギャスパーの前に立つ。
「んなわけねぇだろ」
俺はツッコミながら二人に軽くチョップを入れる。
なんのコントだよ?
しかし、こいつもずいぶんたくましくなったもんだ。
以前なら「ヒィィィィッ!ぼ、僕のことですかぁぁ!?」とか悲鳴をあげて段ボールの中に逃げたんじゃないか?
こいつはこいつで強くなっているってことかね?
・・・・で、ディオドラが欲しい『僧侶』はアーシアのことだろう。
ディオドラが『僧侶』といった瞬間から、アーシアは俺の手を強く握ってきた。
―――『嫌だ』っていう主張だろう
「僕が望むのリアスさんの眷属は―――『僧侶』アーシア・アルジェント」
ディオドラはそう言い放ち、アーシアの方に視線を向ける。
その笑みは爽やかなものだ。
「こちらが用意するのは―――」
自分の眷属が乗っているであろうカタログらしきものを出そうとしたディオドラへ部長は間髪入れずに言う。
「だと思ったわ。けれど、ゴメンなさい。その下僕カタログみたいなものを見る前に言っておいた方がいいと思ったから先に言うわ。私はトレードをする気はないの。それはあなたの『僧侶』と釣り合わないとかそういうことではなくて、単純にアーシアを手放したくないから。―――私の大事な眷属悪魔だもの」
部長はそう言い切った。
元々比べる気もトレードする気も無いのだろう。
「それは能力?それとも彼女自身が魅力だから?」
ディオドラは淡々と部長に訊いてくる。
嫌な意味で諦め悪いな、こいつ。
「両方よ。私は、彼女を妹のように思っているわ」
「―――部長さんっ!」
アーシアは手を口元にやり、瞳を潤ませていた。
部長が『妹』と言ってくれたのが心底嬉しかったのだろう。
「一緒に生活している仲だもの。情が深くなって、手放したくないって理由はダメなのかしら?私は十分だと思うのだけれど。それに求婚したい女性をトレードで手に入れようというのもどうなのかしらね。そういう風に私を介してアーシアを手に入れようとするのは解せないわ、ディオドラ。あなた、求婚の意味を理解しているのかしら?」
部長は迫力のある笑顔で言いかえす。
最大限最慮しての言動だったが、キレているのは傍から見ても一目了然だ。
しかし、ディオドラは笑みを浮かべたままだ。
それが不気味さを醸し出している。
「―――わかりました。今日はこれで帰ります。けれど、僕は諦めません」
ディオドラは立ち上がり当惑しているアーシアに近づく。
そして、アーシアの前へ立つと、その場で跪き、手を取ろうとした。
「アーシア。僕はキミを愛しているよ。だいじょうぶ、運命は僕たちを裏切らない。この世のすべてが僕たちの間を否定しても僕はそれを乗り越えてみせるよ」
そう言って、アーシアの手の甲にキスをしようとする。
ガシ!
俺はディオドラの手を掴み、無理矢理立ち上がらせる。
「悪いな。アーシアは嫌がってるんだ。お引き取り願うぜ」
俺が手を掴みながらそう言う。
すると、ディオドラは爽やかな笑みを浮かべながら言った。
「離してくれないか? 薄汚いドラゴンに触れられるのはちょっとね」
とうとう本性を出しやがったな、こいつ・・・・
と、思ったと同時に俺は冷や汗を流した。
ディオドラにビビったとかそんなんじゃない。
そもそも、こいつなんぞにビビる俺じゃない。
では、なぜか?
それは――――美羽がとんでもない殺気を放ってるからだよ!
ヤバい!
美羽が暴れたら部室が吹き飛ぶ!!
俺は慌ててディオドラの手を離し、美羽を止めようとする。
その瞬間――――
パンッ!!
部室内に、そのような何かを叩く破裂音が聞こえた。
見てみると、そこにはディオドラの頬を平手打ちしたアーシアの姿があり、ディオドラは殴られた頬を抑えていた。
そして、アーシアは俺に抱きつき叫ぶように言った。
「そんなことを言わないでください!」
これにはこの場の全員が驚いていた。
まさか、アーシアが誰かを叩くなんて思ってもみなかったからだ。
美羽もこれには驚いて、殺気の放出を止めている。
「なるほど。・・・・・では、こうしようかな。次のゲーム、僕は――――――」
「いい加減気づけよ。アーシアの顔を見てもわからねぇのか? アーシアはおまえの所にはいかない。何があってもな」
ディオドラの言葉を遮って俺は言った。
「大方、ゲームに勝てたら、自分の愛に応えて欲しいとかいうつもりだったんだろ? バカだろ、おまえ。どれもこれもアーシアの気持ちを無視して一方的にやってるだけじゃねぇか。そんなのはただのストーカーだ」
「・・・・僕をバカにしてるのか?」
「ああ、してるね。・・・いや、嫌悪してると言った方が正しいか。俺はおまえのその目が嫌いだ。いくら取り繕っても、その内にある腐った部分までは隠せないぞ?」
俺の言葉に怒りを覚えたのか、ディオドラから殺気が放たれる。
・・・が、たいしたことじゃないな。
これなら、さっきの美羽の方がはるかに強かったぞ。
睨み合う俺とディオドラ。
その時、先生のケータイが鳴った。
いくつかの応答の後、先生は俺たちに告げる。
「リアス、ディオドラ、ちょうどいい。ゲームの日取りが決まったぞ。―――五日後だ」
その日はそれで終わり、ディオドラは帰っていった。
もう二度と部室に来ないでほしいものだ。
それから魔王からの正式な通達が来たのは、翌日のことだった。