5
「…君はまだ、生きているよ。ナオキ」
「!?」
聞き覚えがあるようでないような、そんな声に反応し起きると、そこは見たことのない光景だった。
白い。とにかく、空間全てが白いのだ。
「どこだ…ここ…!?」
「安心しろ。ここは、安全な場所だ」
声のする方を見ると、若い男が立っていた。
俺と、同年代くらいの男だ。
しかし、彼もまた、全てが白かった。髪も、目も、アクセサリーも、服も、白かった。
さすがに、肌は色白なだけだったが。
「だっ…誰だよ、お前」
バッと立ち上がり、聞いた。
すると、男はふむ、と考えるような素振りをした。
「分からないのか。奴のことは分かっていたのに…まぁ、普通は分からないのだが」
奴のこと? 分かっていた?
だんだん怖くなって、叫んだ。
「誰なんだよ、お前!!」
男は俺の焦りように、さすがに少し驚いたような顔をしたが、すぐに冷静な顔付きに戻った。
「…落ち着け。私は、シャルドネという者だ。敵ではない」
「そ、そっか、よかった…」
敵ではないという言葉を聞いて、やっと息を落ち着かせることができた。
するとそんな俺を見て、シャルドネという男はため息をついた。
「…君は、いつもそうだな。人を疑うと言うことを、知らない。少しは、学習したらどうなのだ」
(…え?)
うっかり、ポカンとしてしまった。
まるで、昔から俺のことを知っていたような、そんな言い方をしてきたからだ。
俺は、こんな奴知らないのに。
ふう、とまたため息をつくシャルドネ。
「ノワールめ…ナオキのこういう所を、最大限に利用したのか……」
(ノ、ノワール? 誰?)
聞いたことのない名だ。
「ち、ちょっと待て、色々ちょっと待ってくれ」
もう、色々起こり過ぎて、頭がパンクしそうだ。
相変わらずの無表情で、シャルドネが返事をした。
「どうした」
「つ、つまりあの、えっとあのですね、えー………どーゆーことっスか?」
焦る俺をよそに、彼はさっきと同じように、ふむ、と考えるような素振りをした。
「…そうだな、理解するには少し、難しいかもしれんな」
(少し所じゃねーって)
「全部分かんねーよ」
今度は、俺がため息をつく番だった。
「確かに…今回はかなり特殊な例だと思う」
そう言って、シャルドネは指を鳴らした。
すると、真っ白な大きなテーブルと、椅子が二つ、地面から現れた。
彼はそのまま、真っ白な椅子(いす)に座った。
「とっ…特殊?」
突然の出来事に、またポカンとしてしまった。
「うむ。まぁ座れ。疲れたろう」
シャルドネにうながされ、俺も真っ白な椅子に座る。
彼に言われた通り、体はぐったりと重かった。
「あぁ。…と、言うか、絶対に起きない事態のはずなのだが…まぁ、起きてしまったからには、仕方ないか」
他人事のように、話すシャルドネ。
(…いやまぁ、他人事なんですけどね)
俺は、頭の中で自分をツッコんだ。
すると。
「他人事ではない。これは私にとっても、ゆゆしき事態なのだ」
「!?」
(今こいつ、何て言った…?)
少し戸惑った。
どうやら俺は、心を読まれてしまったらしい。
(こういうのって、なんて言うんだっけ…読心術?)
シャルドネはムッとした。
「別に私は、心を読む能力を持っている訳ではない」
「いや、また読んでんじゃねーか」
「違う。読んでいない」
シャルドネの顔が、さらにきつくなった。怒ったのだろうか。
(逆ギレかよ…こいつ、めんどくせえ奴だな)
そう思っていると、彼は俺は指差し、静かに言い放った。
「私は、君自身だから分かるだけだ」
(…ん?)
君自身? ってことは………俺?
「…えっと…それはえっと…?」
シャルドネは、またため息をついた。
「分かりたくて、分かっている訳じゃない。分かってしまうのだ」
「…え…えーと…えー…」
俺はまだ、理解ができなかった。
(だってあの…え? 姿とか違くね? 顔はちょっとだけ、似てるかもしれねーけど…そんなに白くねーよ、俺…)
ぐるぐると頭を駆け巡る、疑問。
「落ち着けナオキ。…というか、落ち着いてくれ。私まで、頭が混乱してしまう」
いきなりシャルドネが、焦ったように声をかけてきた。
(あ、あぁそっか、聞こえてるんだっけ…)
「…すっ…すません…」
俺は謝った。そうだった、俺の心の声は全て、こいつに筒抜けだったんだ。
「いい。誰しも、そんなことを言われたら動揺するだろう。私こそすまん。だが、本当のことなのだ」
男は、頭を下げて謝ってきた。
(意外に、いい奴なのかも…)
彼の素直さに感激していると、いきなり彼は立ち上がった。
「とりあえず、このことは後々話すとしてだ」
そして、顔に手をやりながら、聞いてきた。
「君が覚えているのは、自分の記憶だけか?」
「へっ?」
なんというポーズで、聞いてくるんだ。格好つけている…つもりなのだろうか。
「君が覚えているのは、自分の記憶だけかと聞いているのだ!」
シャルドネは同じことを、さっきよりも大きな声で聞いてきた。
声量にビクッと体を震わせ、やっと俺は考えた。
「えっ!? えー、えーとー…」
そして、何とか声を絞り出した。
「…た、多分…」
「そうか」
顔から手を離し、椅子に座り直すシャルドネ。
何だったんだ、今の。
「ならば、君のことについて、いくつか質問させてもらうぞ」
シャルドネはテーブルにひじをつき、小ぎれいな顔の前で手を組む。
面接のような緊張が、俺の中で走った。
「緊張しなくていい。簡単な質問だ」
「は…はい」
そう言われても、緊張するものはしてしまう。とりあえず、大きく深呼吸をした。
「じ、じゃあお願いします」
「よし。そうだな、まず最初に…君の名前は?」
名前…それはさっき、シャルドネが言ってた気がする。
(えーっと…確か…)
「…ナオキ」
「名字は?」
…名字…?
「…もう分からないか」
シャルドネはまた、ため息をつく。どうやら、彼の癖のようだ。
俺は少し、悔しくなった。
「待てよ。ヒントくれ、ヒント」
「クイズ番組じゃないんだ。時間もないし、次の質問に移るぞ」
「…」
(チッ、つまんねー奴…)
心で舌打ちをした。
すると、シャルドネの目が鋭くなった気がした。
さっと顔を伏せて、目を合わせないようにした。
「…次の質問に、移るぞ」
怒った声を出していたので、もう顔が上げられなくなってしまった。
「…はい」
返事はしておいた。
少しの間の後、彼の声が聞こえた。
「君の年齢は?」
「…えーと…」
頭に、何も出てこない。
「…これもか」
シャルドネは、少し落胆したようだった。
それでも、質問はしてくる。
「誕生日は?」
「…えー…」
「住んでいる所は?」
「…」
「好きなものは?」
「……」
「…性別は?」
「………ん? え!?」
俺は顔をバッと上げた。
「お、男だよ男!! バカにしてるのか!?」
しかし、シャルドネはため息をつくだけだ。
「本当に、最低限のことしか覚えてないのだな」
「…すんません」
確かに、最低限過ぎる程の最低限さだ。質問に答えていて、思った。
これだけの記憶があれば、生きていけるだろうぐらいの、適当な記憶だけ…。
「…分かった。今度は、違う質問をしよう」
また少し間を置いて、質問してくるシャルドネ。
「…アヤノについては?」
アヤノ…。アヤノって………ああ。
「俺の妹」
「……………それ以外の情報は?」
それ以外? 名前以外ってことか?
「そんなもん、いくらでも答えるよ」
ふふん、と鼻を鳴らし、勝ち誇ってみる。
「そうか、言ってみろ」
彼は真顔のままだった。
仕方ない、語ってやろう。
「はいはい」
俺は、大きく息を吸った。そして、早口でしゃべり始めた。
「アヤノ。九月六日生まれで、小学三年生の女の子で、背はちっさい。好きなものは、甘いもの。ツインテールがいつもの髪型で、俺にひっついてくる。元気で明るくて、遊ぶのが大好きで、それでいて頭もいい。気使いができて、人見知りしなくて、あと」
「もういい」
シャルドネは、低く手を挙げた。
これ以上は、お腹一杯…ということらしい。
(んだよ、まだ語れるのに…)
「ナオキ、一ついいか」
残念だなと思っていると、彼が話しかけてきた。
「何スか」
俺は少しイラッとしながら、返事をした。
「なぜ、妹のことだけはそんな鮮明に覚えているのだ?」
「…え」
そういえば、そうだ。
なんで、アヤノのことだけ…。
考えれば考える程、頭の中にもやがかかっていく。
「…またか」
ボソリとつぶやいて、いきなり男は立ち上がり、俺の前に歩いてきた。
そして俺の頭を、手でガッとつかんできた。
「な、何スか」
怖くて手を剥がそうとするが、接着剤で張り付いたように剥がれない。
「少し、じっとしていろ」
シャルドネがそう言った途端、頭に強い衝撃を受けた。
「!?」
頭の中のもやが一気に晴れていく。
「これでだんだんと、思い出すはずだ」
彼はため息をついて、自席へと戻った。そして、テーブルの上で手を組んだ。
「もう一度、同じ質問をしよう。君の名前は?」
名前…。
「…ナオキ」
「名字は?」
名字………。
「カ………カワサキ!!」
そうだ、俺の名前は…川崎直樹だ。やっと思い出すことができた。
「君の年齢は?」
「…14!」
中二に上がったから、14歳になったんだった。
「誕生日は?」
「5月5日」
そう、俺の誕生日は、子供の日。
「住んでいる所は?」
「東京」
「好きなものは?」
「スナック菓子」
特に、ポテチが好きだ。
「性別は?」
「それ必要あるか?」
シャルドネは、そこまで質問してフッと笑った。
「やっと思い出してきたな、ナオキ」
「ああ」
でも、なぜここまで忘れていたのだろうか。
と、いうか…ここまで忘れる必要があったのだろうか。
「なら、最後の質問だ」
シャルドネの目が、きつくなった。
「…アヤノについては?」
アヤノ…。アヤノって………。
(俺のことをお兄ちゃんって呼んできて…キレると怖くて………さっきも殺されそうに………いや、俺はあいつに殺され……………!!)
そこまで思い出して、俺は机をバンッと叩き、叫び出した。
「俺のことを殺してきた! 殺してくるんだよ!! 何回も、何回も!! あいつ、何なんだよ!? 人なのか!? それとも…!!」
シャルドネはそんな俺を見て、納得したような顔をした。
「…そう。それが本来の反応だ。本体の君が、奴を知っているはずがない」
本、体…?
(ど、どういうことだ…? さっきっから君自身だの、本体だの…)
「分からないのも、無理はない」
「!」
バレた。どうやら、俺自身というのは嘘ではないらしい。
「今から、それを説明しよう」
シャルドネは、おもむろに立ち上がり、歩き出した。
「君は、川崎直樹。中学二年生の、14歳。ある時を境に、いじめられるようになってしまった」
「…」
(そんなはっきり言わなくても…)
「そして」
歩くのを止める、シャルドネ。
「君は自殺を図った」
「!?」
自殺…?
俺、そんなことしたっけ…。
「ゆっくりでいいぞ、ナオキ。君は全てを思い出すことが、可能になったのだから」
「いや、あの…」
まず、それをしたかどうかも…と言おうとした時だった。
「!!」
頭の中で、フラッシュバックが起こった。
そして、自殺をした日のことを、思い出した。
手首にケガを負った、あの日のことを。
6
「クスクス…」
「コソコソ…」
小さく笑っている声と、小さくしゃべっている声がする。
きっと、俺のことを見て笑っているのだろう。しゃべっているのだろう。
制服を燃やされた、可哀想な俺を、ネタにして、笑ったりしゃべったりしているのだろう。
「ごっめんねー、川崎ィー」
目の前の机で謝っているのは、五加木だ。
「ちょーっと焦がすだけのつもりだったんだけどさァー、手ェ滑っちゃった♪」
なぜ、こいつは笑っているんだろう。
「まァでも、机に落書きとか、上ばきが隠されるよりは、マシかも?」
なぜ、こいつは楽しそうなんだろう。
「それとも、そっちの方がよかったァ?」
人の制服を、燃やしておいて、なぜこんなに幸せな顔をしているんだ?
「…なんでだよ」
「あ?」
「なんでだよ!」
俺は、奴につかみかかった。
「なんで、燃やすんだよ!!」
「ちょ、川崎くーん、落ち着けってー」
五加木が、少し焦ったような声を出した。
多分、初めて反撃されたからだろう。
それを見ていた周りの奴らが、俺を床に押さえつけた。
「やめろ、川崎!」
「あいつに刃向かうな! 死ぬぞ、色んな意味で!!」
そんなことを、叫んでいるのが聞こえてくる。
なんでだよ。
いいじゃねーか、刃向かったって。
あいつみたいな奴は、一発ぐらい入れないと、分かんねーんだよ。
そう叫び返そうとした時、上から五加木の声がした。
「お前、なにムキになっちゃってんの?」
そのセリフを聞いて、俺の中の何かが、切れたような音がした。
そうかそうか、こんなのでムキになっちゃいけねーってか、そうかいそうかいへーへーへー。机にバカとか死ねとか書かれて、上ばきが隠される、証拠がないから必死に耐えてきたんならこんなことでムキになるなというのか。ちくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょううう。
「…は、はは」
笑いが、こみ上げてきた。
俺の異変に気付いたのか、俺を押さえていた数人が驚いたような顔をした。
「か…川崎?」
「ハッ…ハハハ、ハハハハハハハハハ、イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
ついに、大声で笑いだす俺。
周りが引いたのが、よく分かった。
短い叫び声も、聞こえたような気がする。
しかし、そんなのは気にしない。
俺は笑いながら立ち上がり、自分の筆箱の中身を机の上にぶちまけた。
そして、はさみを手に取った。
「お、おい、マジかよ川崎…」
完全に怖がっている、五加木。
「あはっ…あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ」
俺ははさみを持った手で、勢いよく殴りかかった。
「ひいっ!」
避けられた。
勢いがよ過ぎたのか、俺は倒れこんでしまった。
「っ!!」
ついでに、持っていたはさみで、手首を切ってしまった。
赤い液体が、少しずつあふれてくる。
…怖い。
「いてえ…!! 痛いよ、痛いい、い!!」
……怖いよ、嫌だ、痛いよ。
リスカ、やったことなかったのに。これでやったみたいになっちゃったよ、くそ、嫌だ、あああ。
「…いてえ、いてえんだよお、痛いんだよおお」
俺は、泣き出した。
痛いな痛いな悲しいな、なんでこんなことになっちゃったんだろうな、なんでだろ、なんで、なんでなんでなんで、なんでだろ、ああそっか俺のせいか、そうだ俺のせい、俺の俺の俺の俺の…。
「…クッ…ククッ…」
また笑いだした俺から、周りが一斉に離れる。もちろん、五加木もだ。
俺は立ち上がり大声で、饒舌にしゃべり出した。
「そりゃそうだよ、俺みたいなチビで勉強できなくて冗談を冗談と思わない奴だったらいじめられるよな、なんで分かんなかったんだよこのマグロ頭! そうかそっかそっかバカだもんな俺、バカだよ、仕方ないよなうんうんうん! 気付かないんだもんなアアアアアアアアーハハハハハハハヒヒヒヒイイイヒヒヒ!!」
俺は窓に向かって走り出した。
「なんでもっと早く気付かなかったんだろうな俺もバカだよなでも大丈夫バカはバカなりにバカっぽくいてやるよ永遠にずっとずうっといてやるからさ大丈夫だよ五加木大丈夫大丈夫大丈夫!!」
そして、窓を全開にする。雨が、吹き込んでくる。
「じゃあそういうことでみなさんさようならさようならさようなら」
俺は、窓の縁に足をかけて、飛んだ。
雨と共に、落ちていく。
風を切る、音がする。
あぁ落ちてるんだ、って分かった。
叫び声が、聞こえる。誰の、だろう。
「……………ああああああああああああああああああああ!!」
ああ、この声、は。
聞き慣れ、た、この、声、は。
…俺か。
グシャリという音が、体全体に響いた。
体が、暖かくなってくるのを、そして冷たくなっていくのを感じる。
「…げほっ…」
口に、鉄の味が広がる。
降ってくる雨が、暖かい。まるで、お湯みたいだ。
あれ、体が動かない。それに…痛い。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
誰でもいいから、
「……助け……………て………………………」
目の前が、真っ黒になった。
7
「…思い出したようだな」
シャルドネの声で、俺は我に返った。
「あ、うん…なんとなく…」
と、いうか全て…。
俺は、気持ちを落ち着かせるため、深呼吸をした。
そう、俺は窓から飛び降り自殺をした。あの雨の日、俺は…。
…ならば。
「…なんで俺、生きて…?」
さっきのフラッシュバックの通りなら、俺はもう死んでいるはずだ。
うむ、とシャルドネはうなずいた。そして、また歩き出した。
「確かに君は、自殺を図った。しかしだ」
(しかし?)
俺が首を傾げると、シャルドネがこっちを向いた。
「君の中の本能は、”生きたい”と思ってた」
「ほ…本能が?」
生きたかっ、た?
俺はまだ、生きていたかったのか…。
あの時、そんなこと考えている余裕がなかったけど…そうか。
本当は、生きていたかったのか、俺。
しみじみとあの時のことを思い出していると、シャルドネはコホン、と咳ばらいをした。
「…まぁ、その本能が私な訳だが」
「お前なの!?」
と、いうか人なのかよ。
「俗に言う、擬人化という奴だ。二次元でも、よく取り入れられる手法だろう?」
よく、知っておいでで。
「お前、オタクなの?」
「何を言う。君がオタクなのだろうが」
「マジで!?」
そういえば、そうだった。
ここにきて、まさかのカミングアウト。
俺がツッコんでしまったことにより、シリアス路線からギャグ路線へ、急降下だ。
色々なんてこった。
多分彼は、ボケているつもりはないのだろう。
だからといって。
(空気読めよ…)
俺がため息をつくと、シャルドネもため息をついた。
「KYなのも、君譲りだ」
「マジで!!?」
全てにおいて、俺のせいじゃねーか。
「まぁ、とにかく…君は生きている」
シャルドネは、腕を組んだ。
「私は、生きていたかった…だから、君は死ななかったのだ。…死ねなかった、というのが正しいか」
「…」
俺はまた、顔を下に向けた。
これは、謝った方がいいのだろうか。
こいつは、シャルドネは、生きていたかったのに。
(俺は、それを…)
「…君のせいじゃない」
「…」
また彼に、心を読まれた…というか分かられてしまった。
「何でも、背負いこもうとするな。そこが、君の悪い所だ。全てにおいて、自らが悪いと卑下する。君のせいじゃ、なくてもだ。どうしてそう、ネガティブになる。だから」
「…でも、今回は」
俺は、シャルドネの言葉を遮った。
「今回は…絶対に俺だけのせい…」
そう、俺のせいだ。
本当は死にたくなかったのに、深く考えずあんなことをした。
「絶対、全部俺のせいだ」
顔を上げて、彼の顔をしっかりと見て言い切った。
しかし、彼も。
「違う」
俺の顔を、しっかりと見て言い切った。
なぜ、そう言い切れるのだろうか。
「………補足するのを、忘れていた」
シャルドネは、ため息をついた。
「死にたくなかったのは、君の半分だ。…つまり私。残りの半分は死にたがっていた」
半分?
「半分って…?」
「君の理性であり、そして君の妹でもある」
(………妹?)
俺は、バッと立ち上がった。
「ち、ちょっと待て。俺には弟しか…」
妹? いない妹が、俺の半分? 死にたかった?
支離滅裂にも、程がある。
しかし、シャルドネは、冷静なままだ。
「そう、君には弟しかいない」
「…何、訳分かんねーこと、言ってんだ?」
「君はさっきまで、どこにいた」
質問を質問で、返すなよ。
「まず俺の質問に」
「その答えは、私の質問の答えにある」
シャルドネは、険しい目つきだ。
席に座り、机にひじをつき、しぶしぶ思い出すことにした。
さっき。この部屋に来る前、俺はどこにいたか。
「…アヤノと一緒に、ばあちゃん家に…」
「そのアヤノとは、誰だ」
「…」
俺は頭をかいた。
(まだ質問するつもりなのかよ、こいつ)
「いいから答えろ」
「…」
アヤノは…。
「俺を殺す奴」
「君を殺す、なんだ」
いや、だから。
「俺を殺す、妹だった奴だよ!」
………あ。
ため息が聞こえる。
「やっと気付いたか…」
そうだ、あいつは俺の妹のフリをしていた…。
そうか、そういうことか。
あいつが、アヤノが…俺の半分、つまり理性なのか。
「そういうことだ」
シャルドネが満足そうに、ため息をついた。
(ため息にも、バージョンあんのか…)
そんな下らないことを考えていると、シャルドネがまたため息をついた。今度は少し、困ったような息のつき方だった。
「アヤノ…本当の名前はノワールだが、まあいい。奴は、君の理性だ。そして、君の半分でもある」
と、いうことは…。
「お前とアヤノって、俺ってことだな?」
「まとめると、そういうことになるな」
「じゃあここは…」
ここは、どこ?
俺の本能や理性が擬人化してしまい、殺されても次の瞬間には生きかえってしまうなどという…何でもありな、ここはどこ?
そこまで考えて、ハッとした。
「………夢?」
シャルドネは、うなずいた。
「そう、ここは夢。君が見ている、夢の中」
「じゃあ俺…寝てんのか…」
あの日から、ずっと。
「ああ。しかしここは、君の夢の中であって、君の夢の中ではない」
俺の夢の中であって、俺の夢の中ではない?
(なんじゃそりゃ)
俺は、うーんと唸ったのち、聞き返した。
「どういうことだよ」
「まずここは、君の夢の中だ。しかし、君の精神の中の、深い深い夢の中でもある」
「深い…ノンレムだか、レム睡眠っつー奴よりも、ずっと深いってことか?」
「ああ」
はあ。
ならば、一体どこが俺の夢ではないというのだろうか。
それを聞こうとしたら、彼は答えてくれた。
「そして、奴の夢でもある」
…それって。
「つまり」
シャルドネは、机に身を乗り出してきた。
「そう、ノワール…アヤノだ」
俺も、机に身を乗り出した。
「言いにくいなら、ノワールって言っていいよ、分かってるから。…俺は、アヤノって呼ぶけど」
「…ノワールだ」
ちゃんと、言い変えてきた。
(なんて、律儀な奴なんだ…)
「ノワールが、君をここまで深い所にまで来させたのだ」
シャルドネは、顔に手をやった。
だから何なんだ、その手は。
「奴は、理性という肩書きがあるにも関わらず、理性としてちゃんと働かなくなり、さらには君を…精神を、深い眠りにつかしてしまった」
顔に手をやっても、言っていることは真面目だから、ふざけてはいないようだ。
「多分、原因はいじめだろう」
彼は手の間から、俺の顔を見ながら言ってきた。
「!」
「奴があそこまで破壊されて、崩壊して、暴走しまったのは、ナオキ。君が受けた、いじめのせいだ。そのために死にたいなどという、ふざけたことを考えてしまっていたのかも知れん…そして、一連のことを引き起こしてしまったのだろう」
俺の、せい…。
俺の気持ちが沈んだのが分かったのか、シャルドネは手をどかし、困ったような顔をした。
「だから、違うと言っているだろう。本当は、そういう気持ちの管理をするのが、奴の仕事だ」
理性の仕事…。
「…お前は? 俺の本能なんだろ?」
聞くと、彼はかぶりを振った。
「私はそういう精神管理には、携わってないのでね。どちらかというと、肉体管理だ」
彼はそう言うと、椅子に深く腰かけた。
「それにしたって、君を護るためとはいえ精神を、楽しかった記憶の中に閉じこめておくのは、間違っている」
閉じこめる…。
「やっぱり、そうだったのか」
夏休みにばあちゃん家に泊まった時の記憶を、永遠と流されていたのか。
「そうだ。少し、ノワール好みに変えてあるがな」
「アヤノ好み?」
シャルドネはうなずく。
「君の弟を、妹という風に改ざんしたり、祖母が全く出てこなかったのも、そのせいだ」
そういえば、ばあちゃんは一回も出てきていない。
「まあ…弟を妹に変え、ノワール自身がその妹になり変ったのは、君が本当の記憶を思い出した時すぐ対応できるように、監視するためだろう」
「もしもの場合って奴か」
「うむ。それと…その時以外の記憶を消したのも、奴。記憶喪失になっていたのは、そのせいだ」
そこまで、考え尽されているとは。
「最も、それを私が許す訳がなかったがな。今、君を護れるのは私だけだったし…できる限りの邪魔は、してやった」
シャルドネは、フン、と鼻を鳴らした。
「じゃあ、俺に話しかけてきたのも、本当の記憶を頭の中に流してきたのも、もやを取り払ってくれたのも、危険な時にとっさに体を動かしてくれたのも…」
「全て、私だ。無論、暴走しているノワールに、邪魔し返されたがな」
「邪魔し返された?」
強いな、アヤノ。
「覚えてないのか。頭の中にもやがかかっているような気がしたり、めまいを感じたり、殺されたりしたろう」
「ああ…」
「あれは、記憶を書き換えるためのスイッチのような行為だ。…さっきの、卒倒するような酷いめまいは、私がやったがな」
(最悪だな、この白髪頭)
そう俺が思った時、シャルドネは机を叩いた。すると、机がガシャンと音をたてて、真っ二つに割れてしまった。
一瞬、何が起こったか分からず、硬直してしまった。
「最悪なのは、君だ」
彼は、しゃべりながら割れた机の間を通って、俺の方へ歩いてきた。
「君は、ノワールのこの仕掛けに気付いても、そのまま流されてしまっていた。抗おうと、しなかった。抜け出そうと、しなかった。助けを、求めなかった」
「そ、そんなことねえよ! 今回は助けてって…」
…今、回、は?
「そうだよナオキ」
シャルドネは、胸ぐらをつかみ、俺をにらみつけたまま言った。
「君は先程、ループと言ったな。ああそうだ、ループだ。今年の夏休みの記憶の、繰り返しだ。しかし君は、私の妨害を受けて、ノワールに殺られて、全てをリセットされても、
そのループ地獄を、存分に享受し続けたのだ。楽しんでいたのだ。
これがどういう意味か分かるか、ナオキ。すなわちそれは、君が前回まで、ノワールのやり方に賛同していた、ということなのだ。ループをすることの最終決定を下したのは、精神…君なのだ」
彼はそう言い放ち、胸ぐらをつかむ力を強めた。
…俺が。
……アヤノの。
………この地獄に。
賛、同?
「嘘だろ!!」
俺は、シャルドネの胸ぐらをつかみ返した。
「嘘じゃない」
しかし、彼はひるまなかった。
「君は、あの地獄に、身を投じ続けていた。思い出していないだけだ」
「嘘だアァァアアァァァアァァァァァ!!!」
アヤノのように、叫んだ。叫ぶしか、なかった。
だって、あいつの、アヤノの、あの地獄に。
俺は乗っかっていたなんて。
一番苦しいはずの俺が、乗っかっていたなんて。
きっと、思い出したくなくて、奥深くに追いやっていた記憶だったのだろう。
だが、その記憶は今、シャルドネの呼びかけにより、思い出し始めた。
(これでも、いい)
と考えていたという記憶や、
(いじめられっ子に戻るなら、ここにいたい)
という記憶が、思い出せば思い出すほど出てくる。
だから、誰も助けに来てくれなかったのだ。
と、いうより、助けに来れなかったのだ。
俺が、助けを、拒んでしまっていたから。
あの地獄を、楽しんでしまっていたから。
「嘘だろ…嘘だ…」
何回も繰り返されたループの記憶と、彼女の…アヤノの思惑通り動いてしまっている、自分の記憶に押し潰されそうになりながら、つぶやく。
天国から、地獄。
上げるだけ上げて、できるだけ高い所から堕とす。
俺の今の中は、それの繰り返しだったということ。
シャルドネの胸ぐらをつかんでいる手を、力なく離した。
そんな、夢なんて。
そんな、地獄なんて。
ただの。
「…ただの、いじめじゃねーか…」
俺がつぶやくと、シャルドネはゆっくりと、俺の胸ぐらをつかんでいた手を離した。
「それだ」
「…え?」
驚く俺に、微笑を浮かべるシャルドネ。
「君は今回のループで、やっとそのことに気付いたのだ。だから、私が助けだすことができた。ノワールに、少しの隙が生じたからな」
それって…。
彼は、くるっと後ろを向き、指を鳴らした。
すると、机が元通りに戻っていく。
「君は奴に、依存していた。だから、助けようにも助けられなかったのだ。しかし」
元通りになった机をなでながら、シャルドネは振り向いた。もう、真顔に戻っていた。
「君は、ノワールへの依存を拒絶した。あのループを、君はいじめと感じてしまったからだ。多分、君が記憶を蘇らせた時に、毎回殺されていたのが原因だろう」
ループと言う名のいじめ、と思った俺は、アヤノの世界を、拒んだ。
言い換えれば。
「ループを、克服した…ってことか…?」
「…そういうことだ。だからといって、問題が解決した訳ではない」
彼は神妙な面持ちで、机に座った。
「え!?」
まだ、終わらないのか。
せっかく、克服したのに。
「ノワールも、救わなければならない」
「!!」
アヤノ、も…。
シャルドネは、ため息をついた。
「奴は、君の理性だからな。救いたくなくても、救わなければいけない」
救いたくなくてもって…。
「お前、それは酷いだろ」
俺のそのセリフに反応し、彼は目を鋭くした。
「酷いのは、ノワールだ。君をここまで振り回して…私達はナオキに、使役しなくてはならない存在なのに…」
そして、お決まりのため息をついた。
ああ、そうか。
こいつは、シャルドネは。それと…ノワールも。
「真面目なんだな」
俺は、にへ、と笑った。
その言葉に驚いたのか、シャルドネの鋭かった目が丸くなった。
「…いきなりなんだ」
「いや、まあ…」
指で軽く、顔をかく。
「そんなに、俺のこと考えてくれる奴らがいるなんて、思ってなかったからさ」
俺は、一人だと思っていた。
友達なんて、偽善者だと思っていたし、両親は忙しくて、弟は小さい、そんな家庭だったからだ。
俺は、一人で頑張って行かなくてはならないと、思っていた。
けど。
俺だけでは生きてはいけない。
だから、それを支える補助が必要だ。
いじめられている時に、俺の気持ちを抑えてくれたりしていた、理性。
いじめられている時に、俺の体を色々導いてくれたりしていた、本能。
ノワール、シャルドネ…この二人がいてくれてこそ、俺が成り立つのだ。
「俺の中にしかいないけど…ちゃんと支えてくれてる奴っているんだなって、思ってさ」
見えていないだけだったのだ。
気付いていないだけだったのだ。
本当は、すぐそばにいてくれたのだ。
「何か…うん、ありがとな」
へへ、と頭をかいた。
すると、シャルドネは。
「…礼を言うのは、まだ早い」
そう言って、顔を片手で覆った。
「大事なのは、ここからだ」