DayDreamer   作:字だけを載せる。

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DayDreamer(下)

 

「いいか、ナオキ。念の為に、もう一度だけ説明するぞ」

俺は深呼吸をしてから、うん、とうなずいた。

「ノワールは、まだからくりがバレたことを知らない。さらに、私のように君の心を見ることができない。そんなことより、君の記憶操作に力を入れているからだ」

「つーことは、またあの世界に入ったら…」

「その点は、大丈夫だ」

シャルドネは、俺の頭をわしづかみにした。

「君は、奴の依存を克服した。だから、再び記憶喪失になることはない」

それを聞いて、俺は、にっ、と笑った。

「予防注射済み、って訳だな」

俺の笑顔を見て、彼は微笑を浮かべた。

「ああ。ワクチンを何回も打たれてるから、大丈夫だ」

だがすぐに、真顔に戻った。

「だからといって、油断はするな。相手は暴走してしまっているが、君の理性だ。私が奴と同じように暴走していないから、君はまだ平気でいられる。しかし、一つ間違えれば、また…」

「はいはい、そういう死亡フラグはいらねーから」

手を左右に振る。

「もうこれ以上、しゃべんじゃねーぞ。お前みたいなキャラだと、すぐに死亡フラグを言いかねないからな」

シャルドネは俺の言葉を聞いて、初めて、満面の笑みを見せた。

「なっ…なんだよ、なんで笑顔なんだよ」

初めて見たから、少したじろいでしまった。

「…あ………いや、あの…」

笑顔だったことに気付いていなかったらしく、シャルドネは慌てて顔を手で隠した。

「…いつもの君が、出てきたな、と、思っ、て…」

最後の方はもう、途切れ途切れだ。

「いつもの?」

シャルドネは、小さくうなずいた。

「君が偽善者だと思っている、友達とのしゃべり方に、なってきていたからな」

彼はため息をつきながら、顔から手を離した。

「偽善者の、友達…」

そういや、いつもアニメの話で盛り上がってたっけ。

あいつらといるのは、楽しかったといえば、楽しかった。だけれど、話が合っていただけだ。

「だから、な。君が本当の世界に戻ったら」

「え?」

「君が本当の世界に戻ったら、偽善者なんて言わず、友達をもっと、信用してもいいんじ」

「アウトォォォ―――――ッ!」

俺は彼のセリフが言い終わる前に、大声で叫んだ。

「なっ!?」

声量に驚いたのか、シャルドネは少し後ずさりした。

しかし、俺はそんなこと気にしない。

「バカヤロー! お前ソレ、思いっ切り死亡フラグな!? もうしゃべんな!!」

必死に説明した。

だが、KYなシャルドネは。

「いや、だって…君には嫁がいるのだろう? 早く帰って結婚し」

「ギャアァァァァァ!!」

「あ、それに、彼女もいるのだったか。早く帰ってデートとか」

「ヒギイィィィィィ!!」

叫びまくる俺。

確かに、彼の言う通りだ。愛しの俺の嫁(アニメ)や、愛しのハニー(ギャルゲー)が現実世界に待っている。

それはそれとして、もうこいつ、殴っていいだろうか。

「もういい! もう行く!」

俺は、白い部屋の出口に走っていこうとした。

「あ、あと」

しかし、止めるシャルドネ。

(んー、もー!!)

「何だよ!!」

振り向くと、彼は腕を差し伸べていた。

「手を出せ」

「あ?」

「ほら、手を出せってば」

(めんどくせーなー…)

とりあえず、彼が差し伸べている手の下に、手を出した。

すると。

「これは、印だ」

そう言って、俺の手に何か置いた。

「…何だ、コレ」

よくよく見てみると、シャルドネがつけていた、あの白いアクセサリーだった。

「こんなん、もらっていいのかよ」

「ああ。その代わり」

「その代わり?」

アクセサリーをポケットにしまいながら、聞いた。

シャルドネは、少し寂しそうな顔で笑った。

「…もう二度と、こんなことを起こさないでくれ」

「!」

…印っつーのは、そういうことか。

「はいはい、わーってますよ。あんな痛えことなんか、言われてもやらねー」

俺は今度こそ、出口に歩いていった。

そして、出口の扉を開けて、もう一言だけ言った。

「頼んだぜ、シャルドネ」

扉を閉めると共に、

「任せろ、ナオキ」

という声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロローグ

 

………。

穀物が、風に揺れる音がする。

空を見ると、晴れとも曇りとも言えない空が広がっていた。

寝ていたのに気付き、起き上がってみる。分かったのは、自分の周りが、全て麦のような穀物の畑だということだけだった。

立ち上がっても、穀物の背の方が俺よりも高く、何も見えない。

…いや、それよりも。

(…もうそろそろか)

思った通り、何かがせまってくる音がした。心臓が跳ね上がったりしなかった。この後何が起こるか、知っているからだ。

後ろを向く。

目の前の穀物が、音に合わせて少しだけ動いている。

俺は、大きく深呼吸をした。

それに気付いたのか、音がどんどん俺に近付いてくる。

誰だろう…いや、もう分かってるじゃないか。

来るものが恐ろしいものだと分かっていたが、逃げようとはしなかった。怖かったが、必死で我慢した。

そして、音を立てていた奴が、俺の目の前に勢いよく飛び出してきた。

 

 

「お兄ちゃん、みーつっけた!」

目の前に勢いよく飛び出してきた何かは、俺の腹に飛びこんで来た。

…いや、何かではない。

アヤノである。

俺の、理性だ。

俺は、飛び込んで来るアヤノを、全力で止めた。

「!?」

そんなことをされると思ってなかったのか、彼女は怯えた表情だ。

「アヤノ、もう終わりにしよう」

俺は本気の目で、そう言った。

「な…何を終わらせるの?」

怯えた表情のまま、彼女は聞き返してきた。

そうか、分かんないか。じゃあ言ってやるよ。

「…この世界を、終わりにしよう」

アヤノは、少しポカンとしたが、意味が分かったらしく、あの低い声で叫び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やだやだやだいやだあああああああ!! だってナオキのためにっ!ナァァァアアオキイのためにいいいいいいいいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、一気に空が暗くなり、穀物の畑はみるみるうちに枯れていった。

おお、すっげえ。

見とれていると、アヤノが襲いかかってきた。

「リィィイイィセットォオォオホホ、ホホホホホホッ、ホーホホホーッ」

(やべっ)

すぐさま、枯れた穀物の上を走って逃げる。

「待ってよォォオオォナオキィィイイ、イイイイヒヒヒヒッ、ヒヒヒーヒッ」

アヤノは、人ではない姿の状態で、追ってきた。

早い。もう、追いつかれそうだ。

だが、あいつの足が早いことは、もう経験済みだ。

「おい、ノワール! 一つだけ、言いたいことがあんだよ!」

「!?」

まさか本当の名前を呼ばれるとは思っていなかったらしく、彼女は足を止めた。

「なっ…に…?」

(よし、今だ)

その隙に、思いっ切り走った。

「…何なんだよォオオォォオオオオオオ!!」

アヤノが叫び、また走り始める。が、彼女との距離は充分にとってある。

と、思っていたのだが。

「ウウウヴヴヴヴァァァアアアァァアアアアアアアオオオオオオオオオ」

突如、獣の咆哮のような…いや、咆哮が聞こえた。

「!?」

振り返ると、そこには。

「な―――――!!?」

ゲームにでてきそうなラスボスのような生き物が、いた。

とてつもなく深い穴のような黒い目に、赤黒い肌、耳まで裂けた口。

最後のループの時に見せた、アヤノの本当の姿だった。

「ナァアアアアオキィィィィィィイイイイアァァァアァ」

うわあ、よく聞くとナオキって言ってるよ。

ということは、つまり。

(やっぱりアヤノなんだよな、アレ…)

色々なんてこった。

今度は、ギャグ路線からRPG路線ですか。

なら、俺にセーブくらいさせてくれよ。

そんな俺の文句が聞こえているはずもなく、ラスボスアヤノは、メキメキと黒い翼を大きく広げ、こっちに飛んできた。

風圧が強い。吹っ飛ばされそうだ。

「あ」

そう思うが早いか、俺の片足が軽く浮いた。バランスが取れなくなり、派手に転んでしまった。

「ってえ…」

転んだ際についてしまった土をはたこうとしたが、そんな暇はなかった。

「ギャアァァァァアアアアアアアオォォオオオ―――――ッ」

後ろから、ラスボスが迫っていることに気付いたからだ。

「ひいい!」

俺はまた、走りだした。

だが、ラスボスはさすがに早い。

「オォォオオオオオォォォォォオオオオオ―――――!!」

咆哮を上げながら、こっちへ飛んでくる。

「くっそ…」

追いつかれでもしたら、彼女に殺られて、またループ地獄へ戻されてしまう。

シャルドネが、そう教えてくれたのだ。

『絶対に、殺されるな。殺されたら、彼女の記憶操作が働き、全てが振り出しに戻ってしまう。そうなったら…』

そうなったら、今度はいつ俺が彼女の思惑に気付き、抜け出そうとするか、分からなくなる。

1年後? 10年後? それとも、死ぬまで…?

ふざけんな。

(絶対、逃げ続けてやる)

しかし、この状況は非常にマズい。

いつ追いつかれて、あのラスボスに変化したアヤノの餌食(エサ)になっても、おかしくない。

なんでもありすぎるぞ、俺の夢。

(…なんでも、あり…)

俺はハッとした。

そして、走るのをやめた。

「やっと、待っててくれたんだねェェエエエエエェェェェ」

ラスボスは嬉しくなったのか、スピードを上げてこっちにせまってきた。

ああ、待ってたよ。

こういう、主人公的なひらめきが、浮かんでくるのをな。

夢。狂ってしまった理性の望みでも、なんでもありになる、夢なら。

(その理性の元である精神でも、望みは叶えられるはずだ!!)

俺はおもむろに、バッと空に向かって手を挙げた。

するとラスボスの上から、ラスボス程大きい、檻が降ってきた。

いきなりすぎる展開についていけなかったのか、アヤノは逃げることができず、大人しく檻に入ってしまった。

「ガアアアァァァアアアァァァアアァァァァ」

必死に暴れる、ラスボス。

「バーカ、無駄だっつーの」

俺は笑って大きい檻を見上げた。

そう、この檻は、<ラスボスの力では壊せない>のだ。とっさに、手を挙げたら出てくるように念じた。

彼女がいくら暴れた所で、びくともしない。

(これで、少しは時間を稼げる…)

はずだった。

「アァァアアアアァァァァアアアアァアァァ―――――――ッ!!」

ラスボスが鼓膜が破れそうになる程の大声で咆哮を上げると、檻はバラバラと崩れてしまった。

「っ!?」

焦った俺は、その場から逃げようとした。

しかし、ガッと、何かに足を取られて、勢いよく転んでしまった。

「なっ…」

急いで、起き上がって、足を確認すると。

「うわああっ!?」

長い、長い手が、足をしっかり持っていた。

その手の主は、もちろん。

「イヒ、ヒヒヒ、ヒヒヒーヒッ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」

ラスボスのアヤノである。

女の子の声と、低い声を織り交ぜながら、笑ってこっちに歩いてきた。

逃げようとしても、足をつかまれているため、逃げられない。

「ナオ、ナオキ、キおに、いちゃ、ち、ちゃん」

アヤノが、檻があった場所から、歩き出した。一歩ずつ歩いてくると共に、彼女の大きさが元に戻っていく。

「く…」

早く、逃げないと。早く、走らないと。

俺はまたこいつに、全てを白紙に戻されてしまう。

足をつかんでいる手を、取ろうとする。けれども、彼女の力が強過ぎて取れない。

「ナオ、キキ、キも、バーか、バカバカ、バ、カだなあ」

声が近付いてくる。

「わた、私のゆ、夢で、もあ、るん、んだからさ、さああああ!! わ、たし、たしだっ、だってさ、さ、ナオ、キと同じ、なじこ、とできる、んだ、だ、だ、だよ? よ? よ!?」

アヤノは、怒っていた。

それも、そのはずだ。

シナリオ通りに動かず、逃げ出して、あろうことか夢の主を閉じこめようとしたのだから。

「だ、から」

声が、女の子の声に戻った。容姿も、女の子に戻っている。

「死んで、死んでまた戻ろう? シャルドネに、きっと変なこと吹きこまれたんでしょ? だから、逃げたんだよね。怖いんだよね。でも…大丈夫。私は何も、狂ってなんかないから。私は、普通だから。元気だから」

とても、嘘をついているようには聞こえない声だった。

「リセットしちゃえば、さ。苦しいのも、悲しいのも、痛いのも全部、消えるんだから」

彼女はもう、目の前にまで歩いてきていた。

「いじめだって、人間関係だって、家庭の事情だって、面倒くさいことも、全部、ぜーんぶ消えるんだからさ」

そして、俺の首を、締めてきた。

「全部、ナオキの、ためなんだよ…?」

泣きそうな顔で、締めてくるアヤノ。

俺のため、ねえ。

ずいぶんとまあ、お節介焼きだな。

「じゃあ、またね、ナオキ…」

アヤノが、首をつかんでいる手に力を入れ始めた、その時。

俺は、ニヤリ、と笑った。

「!!」

驚いたような顔する、アヤノ。

「あのさ」

だが、俺は構わない。

「さっき、俺が言ってた、お前に一つ言いたいこと。言っといてやろーか」

「…」

彼女は答えない。

が、首を締めるのを止めた。

「そうか、聞きたいか」

じゃあ、教えてやろう。

「俺はな、お前が思っている程」

 

 

 

「「弱くないんだよ」」

 

 

 

俺の言葉に被せてきた声の方を向く、アヤノ。

そして、驚いた。

「なん、で…」

なぜなら、そこにいたのは。

たった二人しか存在しない、この世界にいないはずの。

この世界に、存在を許されていないはずの。

「大丈夫か、ナオキ」

…シャルドネだったからだ。

「なんで、な、んで、ナ、ン、デェェエエエェエエエエエエエェェェエ」

怒り狂う、アヤノ。

しかし。

「もう遊びは終わりだ、ノワール」

シャルドネが、アヤノに手をかざした。

その途端、アヤノが透明な箱のようなものにつつまれてしまった。

「!!」

アヤノはそこから出ようとするが、出られない。何か叫んでいるが、聞こえない。ついには、泣き出してしまった。

「すまない。ヒーローは、遅れてやってくるものだと聞いていたから、遅くなった」

シャルドネは、悪ぶれるようすもなく言い切った。

「いやお前、アヤノ泣いてるけど…」

「知らん。自業自得だろう」

しれっと言い返してきた。

うん、確かにそうなんだが。

「とりあえず、これで」

彼は、ため息をついた。

「一段落は、ついたな」

「…ああ」

そうだな。

俺は軽く、深呼吸をした。

 

10

 

シャルドネの計画は、こうだった。

① まず、俺をおとりになって、アヤノの注意をひかせる。

② その間にシャルドネがアヤノの作った世界に干渉し、邪魔どころか彼女の世界を破壊するように書き換える。

③ ②の処理が終わった後、シャルドネが俺を助けにくる。

俺は、この計画に疑問があった。

「この②の所ってさ…お前、邪魔しかできてなかったんじゃないの? 書き換えるとか、んなことできんの?」

そう、彼は、俺に記憶を思い出すヒントを与えるという、アヤノにとって邪魔なことしかしていなかった。

「あの時は、君が助けを拒絶していたから、それくらいしかできなかったのだ」

「ああ…」

2対1だったから、力が思うように発揮出来なかった…ということだろう。

「…ごめん」

「謝らなくていい。それよりも…」

シャルドネは、ため息をついた。

「本当に、この方法でいいのか? 君に、危険が伴うのだぞ」

あぁ、それね。おとり…ってとこだろ。

「いい。つか、一番それが手っ取り早いんだろ? 楽な方がいいじゃん」

「…分かった」

彼は、納得したようだった。

「よっし、じゃあこれで」

ニヤリ、と笑う俺。

「あの妹もどきに、復讐できるっつーことだな…」

捕まえたらまず、どうしてやろうか。

逆に俺があいつのことを、殺ってやろうか。

「それは駄目だ」

シャルドネが、心を見たらしく言ってきた。

「んだよ。こんなんじゃ、まだまだドSには程遠いのかよ」

口をとがらせて言うと、彼は真面目な顔をした。

「違う。言っただろう、彼女は君自身でもあるんだ」

「え、うん。そーだけど?」

あいつは俺の理性。そんなこと、もう知っている。

「だから…理性である彼女を傷つければ、君自身も傷ついてしまうのだ」

「マジか!?」

ブーメランじゃねーか。

シャルドネは、深くため息をついた。

「全くその点は、本当に不便極まりない。君が彼女に殺される度、彼女も君も、すさまじい痛手を負うのだからな」

…へえ、アヤノも苦しんでたのか。

つーことは、あいつって。

「アヤノってさ、Mなの?」

結構、真面目に質問したつもりだったのだが、彼の目は冷たくなった。

「…そんな訳ないだろう」

「そ、そうだよな…」

「質問はそれだけか。ならば、もう一度確認するぞ」

 

 

 

そんな訳で、この作戦は決行された。

そして、見事に大成功したのだ。

アヤノの世界は消滅し、今はシャルドネの白い部屋に戻ってきている。

「まさか、こんな上手くいくとは思ってなかった」

シャルドネは、ポツリと言った。

彼の発言に、俺はムッとした。

「んだよソレ、どーゆーことだよ。俺がおとりじゃ、不十分ってか」

「いや、そういうことじゃなくて」

いつものため息をつく、シャルドネ。

「私が、君のことを助けに行けるかどうか、疑問だったのだ」

「…見殺しにする、ってことか?」

俺は、のどをゴクリと鳴らし、聞いた。

「違う」

彼はかぶりを振った。

「間に合うかだ。書き換えの処理が、君がおとりになってくれている間に、終わるかどうかが疑問だった」

え。

「それ、作戦会議の時に言えよ!! 大事じゃねーか!!」

さすがに、怒った。

そんな大事なことなら、言ってくれていると思っていたからだ。

「忘れていた。…それに、君に聞かれなかったし…楽な方がいいと言っていたし…」

「言い訳すんな!!」

せっかく、清々しい気分だったのに。全部、吹っ飛んだわ。

「だ、だからこそ」

「あ?」

「だからこそ…成功して、よかったと思う」

シャルドネは、そう言った後、気まずそうな顔をした。

成功ねえ。

俺は、シャルドネの隣にあるものに、目を向けた。

透明な、箱のようなもの。

その中にいる、一人の女の子。

ずっと、泣いている。捕まってから、ずっと。

「なあ、アヤノ」

アヤノは、ハッとしてこっちを向いた。

どうやら、こっちの声は聞こえるようだ。

「ナオキ、何をする気だ」

シャルドネが、焦ったような顔でこっちを見てくる。

そんな彼に、俺は笑った。

「大丈夫、何もしねーよ」

そして、アヤノの方に向き直した。

「質問するから、『はい』ならうなずいて、『いいえ』なら首を振ってくれ。いいか?」

彼女は、コクッとうなずいた。

「よし、じゃあいくぞ」

コク。

「俺はあの雨の日、自殺をしたよな。あの時、お前が一人で突っ走って、俺にあんなことさせたのか?」

あんなこととはもちろん、五加木に対してやったことや、狂ったように笑いだしたこと、そして飛び降り自殺をしたことだ。

一発目から重い質問だが、仕方ない。俺はあの時の真相を、知りたかった。

質問を聞いたアヤノは、バツが悪そうな顔をした。

「…どうなんだ?」

しばらくして、彼女はコクッとうなずいた。

やっぱ、そうだったのか。

「一人で、暴走しちまったんだな?」

…コク。

「そうか…」

俺が少し残念そうにすると、アヤノはパクパクと口を動かし始めた。

「いやアヤノ、お前の言ってること、分かんねーから…」

「ナオキを護りたくてやった…と、言っているぞ」

シャルドネが、いきなり入ってきた。

「アヤノの言ってること分かるなら、そう言ってくれよ」

彼の言うのが遅いのに、毎回脱力させられてしまう。

「すまない、忘れていた」

「なんでいっつも、お前が忘れることは俺にとって大事なんだよ…」

「…忘れないように、心がける…」

それも忘れたら、もうシャレにならないぞ…と言おうとしたが、やめておいた。

そんなことよりも、アヤノだ。

「でもな、アヤノ」

俺は彼女の方に、向き直した。

「さっきも言ったように、俺はお前が思ってる程、弱くない。あの時だって、制服は買い直せばよかったし、あんな物的証拠があったんなら、先生に提示して、五加木の野郎を自宅謹慎でも、反省文でも、退学処分にでも、できたはずだ」

パクパク。

「じゃあ、もし五加木が学校外でああいうことをやってきたら、どうするの? …だそうだ」

「シャルドネ、声まで真似しなくていい」

こいつ、裏声使ってきやがった。

「そうか…」

少し、残念そうにするシャルドネ。

(なんでそう、お前は色々とクラッシュするんだ…)

「何か壊したか?」

「…机とかアヤノの世界とか」

「ああ」

小さく、咳ばらいをする。

「…えー」

アヤノが、こっちを向いた。

「そうだな…そうなったら、警察沙汰にでもするさ。…な? 俺はそこまで、弱くねーだろ? 色んな人に、助けてもらっ…」

そこまで言って、ハッとした。

色んな人に、助けてもらう。

 

俺は、一人じゃなかったのだ。

そう思いこんでいた、だけだった。

結局、俺だって人間だから、誰かに支えてもらわなければいけない。

アヤノとシャルドネ、だけじゃない。母さんや父さん…一応、友達にだって助けられていた。

なぜもっと早く、気付かなかったのだろう。

もっともっと早く気付いていたら、こんなことには…。

 

アヤノが、口をパクパクと動かす。

シャルドネはそれを見て、少し寂しそうな顔をして言った。

「私が暴走してまで、ナオキを救わなくて、よかったってこと? …だと」

暴走。

そうだ、こいつは、アヤノは。

俺をいじめから、救うために。つらい現実から、逃避させるために。

暴走を、した。

だが、シャルドネに邪魔をされた。生きたいと、強く思われてしまったのだ。

しかしアヤノは、それでも諦めなかった。

俺を、深い眠りにつかせて、外のことを完全遮断した。

全ては。

彼女を、こういう風にしてしまった、全ての元凶は。

 

いじめに耐えられなかった、弱い精神のせいだ。

 

耐えることができず、理性に押し付けてしまったから、こんなことになってしまったのだ。

「…お前は、悪くない」

俺は、彼女の目を見て、しっかりと言い切った。

するとアヤノは、箱の中で立ち上がった。口を、激しくパクパクと動かしている。

シャルドネを見ると、耳を塞いでいた。多分、大声で叫んでいるのだろう。

ひとしきり口を動かした後、アヤノは座りこみ、また泣きだした。

「…なんだって?」

シャルドネに、聞く。

「私だって、悪いよ。あんなの、最後の手段過ぎたもん、私のせいだもん、私が受けとめられなかったから…以下略」

「略すなよ」

彼は、大きなため息をついた。

「以下略は、泣き始めた所だ。再現しろというのか」

「いいです、ごめんなさい」

お前の泣き顔見て、誰が得するんだ。

俺達がそんな会話しても、彼女はずっと泣いていた。

「でもさ、お前なりの考えだったんだろ?」

透明な箱に、手を当てる。意外と、暖かかった。

「お前が考えついた、最善の策だったんだろ? じゃあ、文句言わねーし、怒ったりもしねーよ」

アヤノは、おそるおそる顔を上げた。

そして、小さくゆっくりと、口を動かした。

『ほ ん と う に ?』

俺でも分かる、口の動かし方だった。

今度は、俺がうなずいた。

「ああ。だって、押し付けたのは、俺なんだし。それでもちゃんと、考えてくれたなら、俺がとやかく言えねーだろ」

ニッ、と笑う。

「ありがとな」

アヤノは、その感謝の言葉を聞いて、やっと笑顔に戻った。

やはり彼女には、笑顔が似合う。

 

11

 

「俺って、もう起きれんのか?」

再び白い部屋の出口に立って、後ろにいるはずのシャルドネに、振り向かずに聞いた。

「ああ。もう君は、あの世界から解放されたからな。いつでも、大丈夫だ」

「そっか」

俺は深呼吸をして、大きくのびをした。

「ナオキ」

「ん?」

「一人で、背負いこむなよ」

また、同じことが起こるから。

彼は、そう言いたいのだろう。

俺は、鼻で笑った。分かりきっていることだったからだ。

「分かってるよ、もう押し付けねーようにすっから」

「うむ。それと」

それと?

「何だよ」

「君の周りには、友達が大勢いる」

思わず、振り返った。

そして、叫ぶ。

「友達なんかじゃない、あいつらは」

「あの日、五加木につかみかかっていった時」

彼の言葉に、口をつぐんだ。

「彼らは、君を止めてくれただろう」

「…だから、何だよ」

「もう、認めたらどうだ」

シャルドネはいつものように、ため息をついた。

「本当は、彼らのことを信用したいのだろう? だが、彼らに迷惑がかかるのを恐れて、彼らさえも君の中で、偽善者という敵にしてしまっているのだろう」

「う…」

彼の隣でアヤノも、うんうんとうなずいていた。

二人とも、さすが俺自身だ。全て、知っている。

「無理をするな。自分を労れ」

「…はい」

力なく返事をすると、シャルドネは立ち上がった。

「さあ、もう行け。長居は無用だ」

「ああ」

透明な箱に入ったままのアヤノも笑顔で、大きく手を振ってくる。

俺は、彼女に手を振り返し、深呼吸してから、出口の扉に手をかけた。

 

ここを出たら、全てが終わり、全てが始まる。

 

手をひねると、扉はいとも簡単に開いた。

出る時、あっ、と思い出し、足を踏み出すのを止めた。

「シャルドネ!」

まさかまた、話しかけられるとは思っていなかったらしく、彼は大きく体を震わせた。

「なっ…何だ」

俺はそんなシャルドネに笑いながら、大声で、

「ありがとな!!」

と、言った。

彼は体裁を整え、フッと笑い、無言でうなずいてくれた。

その姿を見た俺は満足し、扉の向こう側へ、一歩ずつ、踏み出していった。

 

 

 

エピローグ

 

 

 

………。

何かの、機械音がする。

耳に残るような、ピッ、ピッ、という音だ。

(…?)

それに反応し目を開けると、見たことのない天井が広がっていた。

(ここは…?)

寝ていたのに気付き、起き上がってみる。分かったのは、自分が病院のベッドに寝ていたということと、自分の周りが、カーテンに囲まれているということだけだった。

思い切って、カーテンを開けると、そこには看者らしきおっさんが、いびきをかいて寝ているだけだった。

…いや、それよりも。

(…今、何時…いや、いつなんだ?)

あの日から、一体何日経っているのだろうか。

ベッドの隣に設置してある机をみると、デジタル時計が設置してあった。

そこには、9/9、AM10:06と示していた。

(…あの日から、一週間ぐらい、経ってるのか…)

そう、自殺したのは、二学期の始めだった。

もう授業は、かなり進んでいるだろう。

(今度のテスト、どうしよ…)

焦り始めた時だった。

俺の病室に、誰かが入ってくる音がした。

いきなりだったため、心臓が跳ね上がった。

…どうやら、聞き間違えではないようだ。目の前のカーテンが、少しだけ動いている。

「…え?」

思わず声を出すと、それに気付いたのか、カーテンが全開にされた。

そこに、立っていたのは。

両親と、弟の大樹だった。

「…にーちゃんが起きたー!」

大樹は、俺に突っ込んできた。

「ぐはっ!?」

意外と、重かった。

「にーちゃん、おっかえりぃー!」

バタバタと暴れる、大樹。

父さんが、そんな弟を持ち上げた。

「こら、大樹、やめなさい。嬉しいのは分かるけど、お兄ちゃんはケガ人なんだぞ」

俺は久々に、父さんの顔をちゃんと見たような気がした。

そんな二人を気にもとめず、母さんは俺の手を握り、涙をポロポロとこぼしながら、嬉しそうに笑った。

「直樹…やっと起きたのね…」

そうか、丸一週間振りくらい、会ってないんだっけ。

「おかえり、直樹」

父さんも、涙をこらえられなかったのか、笑いながら泣いていた。

「やっと起きたのかい…よかったねえ」

隣でいびきをかいていた看者のおっさんも、いつの間にか起きて、なぜか泣いていた。

「…うん、ただいま」

俺は静かに、そう言った。

「今、お医者さんに知らせてくるからな。待ってろ」

父さんが外に出ようとして、あることに気付いた。

「あ、ちょ、ちょっと待って」

「ん?」

「…ト、トイレ行ってからじゃ、駄目?」

こんな時に俺は、トイレに行きたくなってしまったのだ。ここでまさかKYが発動するとは。

病室に泣き声が響いたのも束の間、笑い声が響いた。

「いいよ、行って来い」

「オレも行くー!」

大樹が、手を引っ張る。

そして、ベッドから降りた、その時だった。

軽い、金属音がした。

「…?」

下をみると、そこには。

「あ」

白い、アクセサリーが落ちていた。

多分、ポケットにしまっていたものが、落ちてしまったのだろう。

(おいおい、マジかよ)

俺はそれを、拾い上げた。

あれはやはり、夢ではなかったらしい。

夢であって、夢ではない夢。

こう言ってみると、もう訳が分からなくなる。

「どしたの?」

弟が心配そうな顔で、俺を見上げている。

「…いや」

アクセサリーを、ポケットにしまい直した。

「なんでもねーよ。んじゃ、行くか」

「うん!」

俺は弟とともに、病室の扉を開けた。

 

廊下の窓に、青空に浮かんだ太陽が浮かび、日を差していた。

 


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